チョロギが好きになった
こうして自作でもしない限り、チョロギに自分から手を伸ばすことはなかっただろうが、思い入れ補正が効いたこともあり、愛すべき食材の一つに加わった。いくつか塊茎を残してあるので、来春また植えてみよう。
もし生のチョロギが売っていたら、自分好みの酢漬けにしてもいいし、素揚げなどで試してみてほしい。知らなかったチョロギの魅力に目覚めるだろう。売っているのを見たことないけど。
子供の頃、親が用意したおせちに赤くて小さなひょうたん型をした謎の食べ物が入って、これはなんだと不思議に思っていたことを覚えている。
それが「チョロギ」という名前であることをだいぶ大きくなってから覚えたが、ではチョロギがなんなのかというと、未だに理解していない。
チョロギの正体をサラッと言える大人になるために、畑で栽培してみた。
チョロギってなんだろう。以前食べた記憶だと、カリっとしていたので練り物ではないはずだ。
おそらくなんらかの植物の一部。ならば種が売られているはずだと検索してみると、白いチョロギが栽培用に販売されていた。チョロギはチョロギを植えることで育つようだ。
あの鮮やかな赤い色は後付けなのか。確か酸っぱかった気がするので、梅酢に漬けてあるのかな。
チョロギは料理名ではなく植物の名前らしい。でも観たことないな、チョロギ。
一体どんな植物で、どこの部分がマシュマロマン(ゴーストバスターズに登場するキャラ)の脚みたいになるのだろう。
袋から一つ取り出してみた瞬間、「ひっ!」と引きつった声を上げてしまった。
……虫だと思ったのである。
チョロギにしては長いし、野性味がすごい。私の知っているチョロギにはない謎の部位が生えている。どうやらちょうど植える時期とあって、早くも芽と根が出てきてるようだ。カブトムシの飼育マットみたいな土と相まって、もう虫にしか見えない。
長野までザザムシ(清流でとれる食用水生昆虫の総称)の取材にいったことがあるのだが、その主な種類であるトビゲラの幼虫を思わせるプリプリのフォルム。正月の華やかなイメージと全然違うぞ。
パッケージの説明を読むと、チョロギは中国野菜であり、栽培は簡単で家庭菜園向きとチンゲンサイみたいなことが書かれていた。家庭菜園に向いているというのは意外だが、簡単なのは好都合。育てている人を見たことないけど。
霜が降りる頃に掘り上げるそうなので、チョロギは地下にできる作物のようである。そして意外なことにシソ科だった。へー。
品種名は「長老喜」と漢字で書かれていた。おそらく当て字なのだろうが、この縁起の良い名前がおせちに並ぶ所以なのだろう。
ただこれは後で知った豆知識なのだが、トビゲラ類の幼虫を表す石蚕(いさごむし/せきさん)に似ているので、ちょろぎは「草石蚕」とも書くらしい。ザザムシを愛する地域だったら草石蚕と書いた方が喜ばれるかもしれない。
このように植える前から驚きと発見の連続だったチョロギを、そっと畑に植えた。
私の家庭菜園は収穫よりも発見が優先されるので、なるべく事前調査はしないで栽培を進めていく。そのため失敗も多いのだが、さてチョロギはどうなるか。
チョロギが無事に収穫できたら、やっぱり赤く染めるべきだろう。となれば俺色の梅酢が必要だ。そのためには梅干を漬けなければいけないのか。チョロギ作り、なかなか大変である。
梅の実を収穫するために梅の木を植えるのは来年の正月に間に合わないが、せめて赤紫蘇くらいは植えておこう。
チョロギも赤紫蘇もシソ科だが、こちらは小さな種から育つ。植物っていろいろですね。
チョロギを植えてから早二か月弱、そろそろ新芽が出てくる頃なのだが、ここで一つ問題が起きた。
10粒のチョロギを植えたエリアには、数種類の個性的な芽が元気に春の訪れを告げているのだが、チョロギがどんな植物なのか知らな過ぎて、どれが残すべき芽なのかがわからないのだ。
チョロギ以外の芽は雑草のはず。だいたい野菜の芽というものは、「私は野草じゃない、野菜だ!」っていう主張のある姿をしているものだが、どうもそれが感じられない。もしかしたら全部違うのかもという不安がよぎる。
どれを抜いて、どれを残すのが正解か。
さあ、みんなも考えよう。
そうだ、梅酢用にと植えた同じシソ科である赤紫蘇の芽がヒントになるはずだ。
きっとチョロギと似ているだろうとチェックするが、どうにもピンとくるものがない。シソはシソだった。
どれが正解なのか、一か月も待てばおのずと答えは出るだろうと思いつつ、もし全部違ったら急いで買い直して植えなおさないといけないので、そっと掘り返してチェックしてみた。
その結果、よく生えている雑草のホトケノザ(春の七草のホトケノザとは別種)かなと思ったやつがチョロギだった。危なく抜いてしまうところだった。
この原稿を書きながら調べたら、ホトケノザもシソ科でした。
友人宅に梅の実がなっていると聞き、梅干用に収穫させてもらった。ありがとう、ありがとう。
これを水につけてアク抜きして、塩と砂糖と焼酎で下漬けする。
チョロギは3つほど芽を出したが、無事に成長しているのは一つだけ。どうやらなんらかの害虫にやられてしまったようだ。届いた段階ですでに芽や根がちょっと出ていたので、これなら大丈夫だろうと油断したのが悪かった。
いきなりほぼ無農薬の畑という過酷な環境に植えるのではなく、育苗ポットなどである程度大きく育ててから植えるべきだったか。無事に収穫できるか、ものすごく不安である。
チョロギの栽培、全然簡単じゃない。いやプランターを使って虫のいない土に植えれば家庭菜園向きなのかな。
難航するチョロギの栽培に対して、赤紫蘇はまったく問題なく茂っている。
適当に引っこ抜いて葉っぱだけにして、塩でよく揉んで汁を絞り、アクを抜いてから下漬けした梅の汁で揉み、梅干の本漬けをする。もしチョロギの栽培がダメだったら、おせちに梅干を添えてやる。
ちなみに梅干を作るのは11年ぶり2度目で、過去の自分が残した記録(こちら)をネットで確認しながら作っている。
チョロギがミントの仲間みたいに伸びてきた。そういえばミントもシソ科だったっけ。葉っぱの味を確認しなかったことが悔やまれる。
チョロギは7月上旬に花を咲かせ始め、下旬に満開の見ごろを迎えた。説明書きにあったように、確かに花も楽しめる植物だ。
シュッと伸びた茎に小さな花がたくさん連なっている。シソ科らしいかわいい花である。あと何株か育ってくれていれば、もっと見ごたえがあったのに。
梅干を漬けているビンをチェックすると、梅の汁に赤紫蘇の色がしっかりと移り、きれいな梅酢が完成していた。
梅は干して梅干にして、チョロギを染める大事な梅酢は冷蔵庫で大事に保管しておこう。
シソだったら花が咲いた後には種ができるが、チョロギはただ枯れるだけで種らしきものが見当たらない。すでに雨風で落ちてしまっているのか、見つけられないほど小さく少ないのか。
チョロギには「種で増えるぞ!」という気合が感じられない。それって地下の芋や茎で増える植物あるあるなので、きっとそういうことなのだろう。
種が見当たらない代わりに、よく見ればもともとチョロギが生えていた場所の周囲から、新しいチョロギの新芽がいくつも伸びている。
土の中がどうなっているのかすごく気になるが、収穫まで掘り返す訳にはいかないので我慢せねば。
そろそろ秋も深まってきて、夏野菜はすっかり枯れてしまったが、チョロギはまだモサモサと元気に茂っている。さすが縁起物、寿命が長い。
さすがに11月ともなると、チョロギの緑も色あせてきた。
収穫のタイミングは霜が降りる頃ということなので、掘り起こすのはもう少し先だろうか。
とうとう師走がやってきた。お正月の準備も始めようかなという頃に、ちょうどチョロギは枯れてくれた。
年末のちょっと前が収穫時期というタイミングの良さも、栄えあるおせち選抜に長年選ばれ続けている理由なのかも。
根元からちょっと離れた場所にスコップを差し込み、体重をかけててこの原理で地面を持ち上げた瞬間、「ひっ!」と引きつった声を上げてしまった。
……虫だと思ったのである。
デジャブ?
そうだそうだ、チョロギってこんな形だったっけ。久しぶりの対面で忘れていたよ。もしここに植えたのがチョロギだと知らなければ、この集団芋虫にパニックを起こしていただろう。私は芋虫が苦手なのだ。
ざわつく心を深呼吸で落ち着かせて掘り進めると、チョロギは土の中で横方向に根茎を伸ばし、その先々で上には芽を出し、下には可食部分となる塊茎を育てていた。
こうしてチョロギの正体がどんな植物なのかわかったので、もうすでに大変満足してしまった。
正直なところ、食べ物としてのチョロギにはあまり思い入れや期待感はないのだが、せっかく梅酢も作ったことだし、正月用に仕上げていきましょうか。
チョロギは複雑な形状なので、洗うのがすごく面倒くさかった。我が家の畑が田んぼの横にある粘土質の土というマイナス要素もあるのだが、水で軽く洗ったくらいでは、くびれ部分に詰まった泥は落ちない。
仕方がないので旅行携帯セットから使い捨て歯ブラシを取り出して、ひとつずつ丁寧に磨いていく。もし植えた10個全部が成長していたら、この作業が面倒すぎて逆に投げ出していたかもしれない。
象牙のような質感を持つチョロギは骨や歯を連想させるため、よくわからないけれどご先祖様ありがとうって思った。
チョロギそのままの味はどんなだろう。試しに生で食べてみると、シャクシャクとした触感で、ラッキョウのような繊維っぽさはない。粘りを抜いたレンコンが近いだろうか。
そして味はうっすら甘くてカブに似ていて酸味も辛味もまったくない。これはおせちの赤いチョロギからはまったく想像のできない予想外の風味だ。
チョロギの漬け方だが、まず塩で漬けてから塩抜きをして本漬けする方法が正しいような気もするが、今回は煮沸消毒の意味も込めて軽く茹でて、自家製梅酢に漬けてみる。
せっかくだから紅白そろえるために、米酢で白いバージョンも作ろうかな。
茹でたてをそのまま塩で食べてみると、加熱によって歯ごたえは少し穏やかになったものの、チョロギ独特と言ってもいいシャクシャク感はちゃんと残っており、甘味がしっかり増している。ゆり根が近いだろうか。もう少し長く茹でればホクホク感がでてくるのかもしれない。
チョロギ、なかなかうまい食材じゃないか。そういえばパッケージに炒め物や煮物にも利用できると書いてあったな。
色や形が悪かったものは茹でずに180度の油で2分素揚げにしてみたのだが、こちらは食感がフニャっとしたものの、これはこれですごくうまい。この小ささがつまみに最高。
チョロギの素揚げ、どこかの隠れ家的割烹料理屋がこの時期限定で出すメニューにありそうだ。
こうしてチョロギの持つ食材可能性を知ってしまうと、たくさん収穫できなかったことが悔やまれる。でもこういう食材は物足りないくらいがいいんだろうなという気もする。
そして一週間後、そろそろ漬かった頃かなとチョロギをビンから取り出して試食。赤い梅酢漬けは梅酢の味、白い米酢漬けは米酢の味そのままだった。すっぱい!
昔よく食べた駄菓子のすもも漬けを思い出す強烈な酸味とシャクシャクの歯ごたえ。関係ないけどすももを酢漬けの桃だと思っていたな。酢桃。
もうちょっと甘く味漬けした方が万人受けしそうだが、この酸味が味の濃いおせちの箸休めによさそうだ。
酸っぱくてシャクシャクのチョロギ、とても気に入った。育ててよかったよ。
こうして自作でもしない限り、チョロギに自分から手を伸ばすことはなかっただろうが、思い入れ補正が効いたこともあり、愛すべき食材の一つに加わった。いくつか塊茎を残してあるので、来春また植えてみよう。
もし生のチョロギが売っていたら、自分好みの酢漬けにしてもいいし、素揚げなどで試してみてほしい。知らなかったチョロギの魅力に目覚めるだろう。売っているのを見たことないけど。
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