こういうの、みんなは真似しちゃダメだぜ
というわけで、ウチワフグの筋肉はもとより肝臓もおそらくは無毒であろうことがわかった。とはいえ、この手の魚毒は個体差があるモノだし、僕が食べた個体が例外的に無毒だっただけ…という可能性もゼロではない。何にせよ、魚の肝としてはさほど飛び抜けて美味いモノでもないのでオススメはしない。
あと、こういうチャレンジは世間では蛮勇とかセルフ人体実験と呼ばれる類のものであろうから真似はしないように。
深海にはウチワのように広がる腹部を持つ「ウチワフグ」という奇妙なフグの仲間が生息している。
毒性もいまいち明らかになっていないようであるが、このたび入手できたので食べてみることにした。とりあえず安全そうな筋肉と…一番やばそうだが気になる部位である肝臓を。
導入が雑で申し訳ないのだが…。先日、沖縄でハマダイという深海魚を釣っていた友人から「ウチワフグが釣れたけど欲しいか」と連絡が入った。
以前から見てみたい、触ってみたい、食べてみたい魚だったので二つ返事でいただくことにした。以上が事の次第である。
ちなみに、水深およそ300mの海底から釣れたのだというから驚きだ。
フグといえば堤防で釣れるような沿岸の魚というイメージが強いだろう。しかしフグ界もなかなかどうして広いもの。深海にまで進出しているとは。
だがそこは深海魚の端くれというべきか、その姿と生態がなんとも異様。普段はサバフグのような、わりとフツーなシルエットなのだが、その気になればお腹をウチワのように広げることができる。ウチワフグの名はこの姿からつけられたものだ。
これは威嚇のための形態、行動だと考えられているが、たしかに目の前のフグが突然巨大化したら何も知らない魚はびっくりしそうだ。
いや、すべて知っている人間でもビビるわな。
うーん、クーラーボックスから取り出したそばからいいものを見せてもらった。堪能した。
あ、ちなみに今回の企画は調理も試食も撮影もすべてウチワフグを提供してくれた友人宅で行った。
一人で自宅で作業するより楽だから、というのも理由の一つだが他にもワケがある。…試食して何かあったときに病院へ連れて行ってもらうためだ。
というのも、このウチワフグは食用魚として利用されることはほとんど無く、毒性についての研究があまり進んでいないためだ。
ネット上の記述などを見る限り、肉は無毒で食べられるらしいが諸臓器については未知のようである。
だがフグならせめて肝臓、いわゆる「キモ」だけは食の可否を確かめておきたい。それこそまさにフグ料理の「肝」となる部位なのだから。
今回の実験の第一目標である。
ウチワ部を分解すると、その前縁に太く長い骨が入っているのがわかる。この骨を前後させることでウチワフグはウチワを開閉しているようだ。その根元にはたっぷりと筋肉がついており、ウチワ展開が案外にハードワークっぽいことが示唆される。
皮は分厚く、手で強く引っ張るとカワハギのそれのように引き剥がすことができる。 案外、下処理の楽な魚だ。……毒さえ無いと仮定するならね。
なおウチワフグ本来の味を確認するため、そして万が一毒を持っていた場合に気付きやすいよう身と肝臓は刺身に、頭や骨などは煮て潮汁にした。
また、肝の半分は叩いて醤油で和え、肝醤油も作った。これに刺身をつけて食べたら最高だろう。……毒さえ無ければな。
さあ、ついに試食。どんなもんなんだい、ウチワフグ!
まずはほぼ確実に無毒であるとされる白身をただの醤油で食べる。
しっかりとした歯応えとうまみが感じられ、おいしい。やはり同じくフグの仲間であるサバフグに似た味わいだ。
十分に食用に値すると言えるだろう。
…問題はさ、肝っすよ。肝臓っすよ。
続いて、疑惑の肝だけを刺身で食す。
とはいえ、ただパクパク食べてはい中毒しました、はい絶命しましたではあまりに馬鹿馬鹿しい。
肝に毒を持つトラフグなどでは少量ずつ肝を食べると、次第に舌が痺れるなどの違和感が生じるという。
今回はそうした違和感を見逃さずに察知するため、少量を舌の上で転がすように、舌へ押しつけるように、飲み込まずにネチネチと味わう作戦をとった。
すると…!
…舌に肝の切断面を押しつけるように味わうと、かすかながらピリピリとした刺激を感じた。微炭酸の飲み物を口に含んだような感覚だ。
いかにもヤバそうではあるが、あまりこの時点で早合点はできない。旨味調味料を大量に舐めた、あるいはイカスミを直接舐めた場合にもこのような刺激は感じる。過剰なアミノ酸でも同様の現象は起きるのだ。それこそ炭酸ガスもそうなのだから、刺激=フグ毒と結論づけるのは早計だろう。
軽く咀嚼しながら20分ほど口に含んでみるが、舌の痺れなどの異常は生じていない。
意を決して飲み下し、数時間待機するも異常は見られなかったので同様の行程を繰り返し、刺身にして二切れほどを完食。
この時点でかなり勝ちが見えてきたが、念のため友人夫妻に応急処置と最寄りの病院を伝えてそのまま宿泊。朝を迎えた。
結果、無事であった(※ただし、今回食べた個体がたまたま無毒で有毒の個体が存在する可能性もゼロではない)。
ただし、読者の方々に試食をお勧めするものでは決してない。なぜなら…
…そんなにリスクを冒してまで食べる価値があるほどおいしくないんですよね、この肝。
まずくはないんだけど、そこまでのモンではない。カワハギの肝やあんきもに比べれば、それらの足元にも及ばない味なのだ、じゃあカワハギかあんきも食べればいいよね…。
ところで、実を言うとウチワフグは厳密にはフグではないとも言えるのだ。
ウチワフグはたしかに「フグ目」という分類学上のくくりに含まれ、広義には「フグの仲間」であると言って間違いはない。
しかし、トラフグやマフグといった有毒種(フグ毒すなわちテトロドトキシンを持つものことが明らかになっているもの)がいずれもフグ科に属すのに対してウチワフグはウチワフグ科という独立したグループに属す。
ハコフグ科やハリセンボン科の魚たちも「フグの仲間」でこそあるが、テトロドトキシンは持たない。
ハリセンボンに至ってはふぐ調理師の免許を持たずして調理、販売が可能である(※ハコフグは内臓にパリトキシンという毒を含むことがあるため要免許)。
この点はウチワフグも同様だ。売られてるとこ見たことないけどな。
そもそも、フグ毒の「テトロドトキシン(tetrodotoxin)」とはフグの学名「Tetraodontidae」に由来する。
ラテン語でTetraは4つ、odonは歯を意味するので、フグは「4つの歯をもつ魚」というワケだ。たしかにフグ科の歯をよく見てみると、上下左右4本の歯が合体してクチバシ状になっている。
一方でウチワフグ科の学名は「Triodontidae」。
Triは3つの意なので「3つの歯を持つ魚」ということになる。
たしかに、上顎の歯はフグ科と同じく左右二枚の歯が合わさってクチバシ状に構成されているが、下顎の歯はそもそも一枚モノである、
このことから、いかに彼らが「ふつうのフグ」から遠い存在であるかが察せるだろう。
ならば毒を持っていなくても不思議ではないような気も?…が、そうだと断言するわけにもいくまい。
パリトキシンを持つことがあるハコフグにせよソウシハギにせよ、南方のシガテラ毒魚にせよ、毒の有無には個体差がある。今回試食した個体がたまたま無毒だったという可能性だってなきにしもなのだ。
ひょっとすると、ウチワフグも個体によっては肝臓に毒を持つ個体がいるのかもしれない。何せ記録されたサンプル数が今回食べた1匹、しかもその肝スライス2枚のみなのだ。
さらに言えば今回試食していない肝臓以外の臓器に何かしらの毒が含まれる可能性が皆無とは、現時点では断言できない。
というわけでみなさん内臓の試食に関しては真似しないように(沖縄の水産関係者曰く、肉は流通することがあり、少なくとも中毒例は存在しないとのことでした)。
あ、そういえばウチワフグのあらでダシをとった潮汁はフツーにおいしかった。
今後はウチワフグが手に入ったら内臓には執着せず、肉は刺身に、あらは汁物にして楽しみたいと思う。
というわけで、ウチワフグの筋肉はもとより肝臓もおそらくは無毒であろうことがわかった。とはいえ、この手の魚毒は個体差があるモノだし、僕が食べた個体が例外的に無毒だっただけ…という可能性もゼロではない。何にせよ、魚の肝としてはさほど飛び抜けて美味いモノでもないのでオススメはしない。
あと、こういうチャレンジは世間では蛮勇とかセルフ人体実験と呼ばれる類のものであろうから真似はしないように。
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