特集 2020年10月16日

セーヌ川で巨大ナマズを釣る

花の都・パリを流れるセーヌ川。
誰もが知るあの水辺に、なんと体長2メートル以上に達する巨大ナマズが生息しているという。

エッフェル!ルーブル!大ナマズ!明らかに浮いた存在な気がするのだが…。
本当にそんなのいるのかね?確かめるべく釣りに行ってきた。

1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

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正真正銘、パリのど真ん中!!

フランスの首都・パリに人知れず巨大魚が潜む…。なんとも都市伝説めいた話題である。

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パリ市街中心部を流れるセーヌ川。こんなところに大ナマズが…?

まず、セーヌ川も日本人の感覚からするとかなり大きく長い河川である。
上流へ上流へと遡っていけば、やがて自然に囲まれた「なんかデカい魚くらい普通にいそう」な景色にたどり着く。
大ナマズの噂もどうせそういう「セーヌ川(※大自然、ど田舎)」での話なのだろうと最初は思っていた。
「東京でクマが出た!→奥多摩だけどね」みたいなね。

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釣り場の移動はには地下鉄を使う。

しかし!今回の件に関してはマジでルーブル美術館やらノートルダム大聖堂やらが立ち並ぶ、正真正銘パリのど真ん中での話だというのだ。…本当なら超すごくない?

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とにかく河岸に人が多いのがパリ。地元民も観光客もごった煮だ。こんな過密地帯ではとても釣りなどできまい。あぶない。

というわけで2017年の夏。僕は釣竿を担いでパリへと降り立った。

洒落たパリジャン&パリジェンヌと観光客の中へ、完全に巨大魚を捕まえる用装備と気持ちで切り込む東洋人。

…こいつ結構なアウェイっぷりだぜ。

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なるべく人通りの少ない、かつ魚釣りが許可されている場所を選んで竿を伸ばす。

それにしても川岸に人が多く、釣竿を振れる場所は限られそうだ。安全に釣りができるポイントを探しつつ、川沿いを散策してみよう。
…というかそもそもセーヌ川って釣りしていいの?

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パリジャンはウナギを釣るにもチーズを使う

そこは心配ご無用。釣具店などでライセンスを買う必要はあるが、一部の禁止区域以外では魚釣りが認められている。
実際、水辺を見渡すとポツポツと釣り人の姿があるではないか。

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あ、釣り人だ!ルアーを投げているぞ。

話を聞いてみると、ヨーロピアンパーチやチャブという魚を釣っているらしい。

地元の漁協的な組織に問い合わせたところ、パリ市街地沿いの水域は見た目こそ澄んでいるが水質に懸念があるようで採れた魚を食べることは禁じられており、釣りをする場合はキャッチアンドリリースが推奨されているという。

実際、現場で出会った釣り人たちもリリースを前提としたいわゆるスポーツフィッシングを楽しんでいるのだった。

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狙っているのはこのヨーロピアンパーチという魚や
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チャブという魚。若者の間ではこうした小~中型魚をスポーツ感覚で釣るのが人気らしい。

と、ここで気になる一団を発見。やたらと派手なカラーリングの釣竿を岸辺に並べている。

先ほどの若者たちとは何やら佇まいが異なるが…。一体何を釣っているのか。

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竿を何本も欄干に立てかけているおっさんグループを発見。
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竿が派手!!パリへ来て早々だが、なんだかお茶漬けが食べたくなってきたな。

さらに手元を見て驚く。
釣り餌にチーズを使用している。実におフランスっぽい…。

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釣り餌にびっくり!チーズだ!!

詳しく話を聞いてみると、彼らの狙いはウナギ(ヨーロッパウナギ)だという。セーヌのウナギはチーズが好物なのだとか…。

しかも、やはり食べるためではなくあくまでゲームフィッシングらしく、釣り上げたウナギは体長を測定してリリースし、仲間内で「誰が一番大きいのを釣ったか」を競い合うのだという。

そして、ここで気になる情報が!
ウナギ釣りをしていると、たまに大ナマズもチーズに食らいつくのだとか。うっかり大ナマズがかかると、大切な竿を一瞬で水中へ引きずり込まれかねないという。
そうした悲劇を防ぐため、平和なウナギ釣りであっても釣竿のお尻をロープで欄干に結えているのだそうだ。

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竿が太い!網がでかい!景色がいい!

やはり花の都のぬし、セーヌの巨大ナマズは実在した!!!!
そして!さらなる核心に触れる人物にも出会う。

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大ナマズ釣り名人として地元では名を知られる青年(地元では有名)。釣竿の太さ!!

水道管みたいな太さの釣竿とアホみたいな大きさのタモ網を構える青年。彼はパリでは名の知れた釣り人で、もっぱらセーヌ川で大ナマズを狙っているのだとか。

過去には何度も2メートル級の大物を釣り上げており、地元のメディアに取り上げられることもしばしばなのだという。おお!たしかに人より大きなナマズが眼前の水底に生息しているのだ。

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タモ網でけぇー!!巨大ナマズの存在が現実味を帯びてきた!

彼が言うには、大ナマズはそこそこの水深さえあればセーヌのどこにでも現れるらしい。

ただ、残念ながらここしばらくは暑さが続いておりナマズが姿を見せないのだとか。苦戦を強いられそうだ。

だが慌てても仕方がない。釣りに臨めるのは3日間のみだが、とりあえず初日は観光気分で川沿いを散策しながら魚を探してみよう。

なんせここはセーヌ、ここはパリ。
あちらこちらに名所が立ち並んでいるのだ。水面ばかり見ていてはもったいないだろう。

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セーヌ沿いにたたずむマザラン図書館
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ルーブル美術館も
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ノートルダム大聖堂も川から望める。
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なにやら川岸に緑色の箱が並んでいるが…
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なんと!箱が開くと古本や土産物の露店に早変わり!
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コレが噂の「愛の南京錠」か!

また、セーヌ川に架かる橋のいくつかにはアベックたちが残した「愛の南京錠」なるしゃらくせえおまじないがびっしり。

残念ながらこちとらカップルでも観光でもなくナマズを釣りに来ている身である。無縁なり。

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ノートルダムのそばで…

歩きながらひたすら水面へルアーを投げる。

単調な作業。魚からの反応は皆無。だが、景色が景色なのでまったく退屈はしない。

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セーヌの流れにルアーを投げる。通行人に気をつけながら投げる、投げる。

でもなぁ~。一匹も釣れないんじゃあ、本当にただただパリ散策をしておしまいだしなぁ~。

もう日も暮れてきたけど、なにか手がかりくらいは初日のうちに得ておきたいぞ~。

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日が傾いてきた。と、その時!

夕暮れ時、岸辺にオレンジ色の明かりが灯りはじめた頃。川面へ投げたルアーが何者かに押さえ込まれた。
日が翳った途端に活発になる、つまり夜行性の大型魚…となればコレは…。

「ナマズだ!」

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来た!セーヌのぬしがおいでなすったか!!

重い!
いわゆる「引きが強い」というのとはちょっと違い、その場でイヤイヤ首を振って暴れ続けるような抵抗を見せる。

泳ぎがそんなに得意でない、水底を這い回るナマズらしい動きである。数分間も暴れさせると、すっかりおとなしくなってしまったところを岸へと引き寄せる。

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出た!これが「ヨーロッパオオナマズ」だ!

水面を割ったのは1.2メートルほど、噂に聞いていた特大級ではないが十分に「大ナマズ」と呼ぶに値する魚であった。

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立派な魚ではあるが、実はこれでもまだまだ小物である。残念ながら漁協的組織の規則により食べられず。

このナマズは和名を「ヨーロッパオオナマズ」という世界で最も大きくなる淡水魚の一つである。

その名の通りヨーロッパ各地の河川に生息しているのだが、近年では欧州内であっても本来は本種が生息していなかった地域にコイなどとともに放流され定着するケースが増えている。セーヌ川もその例のうちであるという。

なお、実は分類学的には日本産のナマズに非常に近縁であり、よくよく見ると大きさ以外の姿形はそっくりである。

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こちらは日本産のナマズ。実はヨーロッパオオナマズは本種にとても近縁な魚で、基本的な体の構造は同じ。

ちなみに釣れたのはちょうどノートルダム大聖堂のすぐそば。

この程度のサイズであっても、いざ実際に釣り上げてみると周囲の景色も相まって異様な存在感だ。岸辺でナマズを抱えていると、「こんなのがいるのか!?」とギャラリーが集まってきた。観光客はもちろん、地元民にとってもセーヌの大ナマズの存在はそう知られた情報ではないようだ。

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ヨーロッパオオナマズの頭部。わかりづらくて恐縮だが、上顎に長いヒゲが1対と下顎に短いヒゲが2対ある(日本のナマズは上下の顎に1対ずつの計4本しかない)。

なお、先述のとおりこの辺りのセーヌ産魚は食することを禁じられている。そのため「外来魚っちゃ外来魚なのになぁ」という釈然としない思いと、「食べてみたかったなぁ」という後ろ髪惹かれる想いを振り払ってリリースした。

さあ!とりあえず1匹釣れたぞ!あとは自分よりでっかい特大サイズを拝むだけ!
こりゃ明日か明後日には新聞やSNSを賑わせてしまうなー、参った!

…などと考えていたのだが、その後のセーヌはうんともすんとも言わず、何のドラマも起きないままに全ての日程が過ぎ去ってしまった。

どうやら、小型とはいえ初挑戦で1匹でも手にできたのはかなりの幸運だったようである。

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※でっかいのはこんな感じ

と、まあそんなこんなでかなりの竜頭蛇尾ではあるが、個人的には納得、満足のパリ旅となった。

秘境でもなんでもない、あんな街中にこんなに大きな魚がいるというのはなんとも不思議なことである。魚ってすげえんだなあと、鳥肌が立ってしまう。
欲を言えば、当初夢に見ていたような馬鹿でかい個体が釣れればそのギャップは段違いに大きくなっていたのだろうが。

「本当にそんなにデカくなるの?」という声が聞こえてきそうなので、後日に他の地域で出会った大型個体の写真だけ載せておこうと思う。
こんなのが、間違いなくパリにもいるのだ。

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パリ取材の2年後にスペインで出会った大型の個体
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迫力が段違い。これがパリだったら大騒ぎになっていたことだろう。

…こんなの釣れてたら、マジで新聞沙汰だったな……。その後の騒ぎを考えると釣れなくてよかったのかも…。


パリ、また行きたい

以上、今回は3年前の出来事を掘り返しての記事だった。

このタイミングで海外ネタをお届けしたのは、新型コロナウィルスの流行により海外旅行ができなくなってしまったからである。

こんな時だからこそ、記事を通じて異国情緒を味わってもらえたら。…という粋な計らいのつもりだったが、たぶん世の人の99%はこんなヌメヌメした粘液旅情は求めていないよな、と原稿を書き終えてから気づいた次第です。

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和食を出すレストランで「GYU-DON」なるメニューを頼んだらカットステーキとオニオン和えたやつにライス添えられたんが出てきた。完全に欧米の味つけで美味しかったです。

 

 

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