猛毒魚、沖縄では食用
1月末、沖縄を訪れていた僕は現地の友人に連れられてとある漁港で開かれる朝市へ出向いた。
地域の方々がその日のおかずを買い求める小さな市で、観光客の姿はほとんど無い。
市にはイカやカジキなど、外洋で採れた魚介も並ぶが、多くは定置網や潜水で採られた沿岸性の魚が圧倒的に多い。
ネズミフグやシロクラベラ(マクブ)など、一尾数千円はする高級魚が目立った。しかもそれが飛ぶように売れていく。
これは冷凍のトビイカだという。名前の通り、トビウオのように海面を飛ぶ。
何か珍しい魚はいないかと目配せしていると、予想だにしないモノが視界に入り込んだ。
え、お前はここにいちゃダメだろう…。
黄色いボディーに特徴的な水色の虫喰い模様という毒々しいルックスをしたカワハギのような魚。これは見た目に違わず内臓に「パリトキシン」という猛毒を持つことがあるソウシハギという魚だ。こいつで中毒を起こす事例をよくニュースで目にする。
海釣り施設などでは注意を呼びかけるポスターも。
魚釣りをしていてうっかり釣れてもこいつだけは食うまいと心に決めていたが、まさかこんな形で出会うとは。
気がついたら購入していた。ちなみに値段は700円。
周囲を見渡しても、お客さんも売り子さんも特にこの魚を気にかけている様子は無い。動揺しているのは僕だけだ。急いでスマートフォンで調べると、ここ沖縄ではソウシハギを「センスルー」と呼び、毒のある内臓を除いて食べているらしい。
そうか。食べられるのか。とりあえずここは僕が買い取ることにしよう。
値をつけてくれた売り子さんは「毒があるから気をつけて!」などと言うことはまったく無く、淡々と包んでくれた。危ねえ!とも思うが、地元民にとってはそんなことは常識なのだろう。
額の汗が乾かぬ調理
さっそく持ち帰ったソウシハギを調理していく。
一尾しかないのでここは小細工などせず、素直に刺身でいただくとしよう。
尾ビレがとても立派
フグと違ってソウシハギを調理するのに特別な資格や許可はいらない。
だが、絶対にうかつに調理しようなどと思ってはいけない。詳しくは後述するが、こんなもののために素人が命を懸ける必要はないのだ。
顔立ちが邪悪すぎる
歯並びまで恐ろしく見えてくる
まずは体型の似ているウマヅラハギ等と同じく、後頭部に切り込みを入れて頭部と内臓をまとめてちぎり取る。
目の後ろにスコンと切れ目を。
肝臓と消化器系に毒を蓄えるらしいので、ここを傷つけないように細心の注意を払う。
慎重に頭を折り、内臓を引き出す。ちなみにパリトキシンは加熱しても分解されない。厄介だ。
美味しそうな肝が覗くが、絶対食べてはいけない。実際、毒があると知らずにこの肝を食べて中毒を起こすケースが多いようだ。
魚を捌くのに、こんなに無駄なスリルを味わうのは初めてだ。
オペに臨むブラック・ジャックになった気分である。ただしこの場合、失敗して死ぬのはクランケではなく僕本人だ。
カワハギらしく、皮はスルリと剥ける。しかし模様がサイケすぎてビニールのシートにしか見えない。
皮を剥ぎ、三枚におろすと、どこからどう見てもおいしそうなカワハギ系の身が目の前に現れる。
身にはこれと言った毒々しさは無い。
カワハギに倣って薄めに刺身を取っていく。
が、妙だ。身がカワハギに比べてやたら柔らかく、切りづらい。
コリコリした食感を楽しみにしていたので、この時点で既に少しガッカリ。
見た目はおいしそう。
身が柔らかいのでもっと厚く切ってもよかったかも。
さあ、いよいよ試食である。
細心の注意を払いながら調理したので間違いなく大丈夫だとは思うが、やはり最後の晩餐がソウシハギにならないことを祈らずにはいられない。
一思いに口へ放る。
その先に待つのは禁断の美味か、冥土への切符か。
いただきます!
あ、普通…。
「…まあ、おいしいよ?」というのが率直な感想である。
絶品!というわけでは決してないし、かと言ってひどく不味いわけで
もない。特徴がない味。何の変哲も無い白身魚の刺身である。
僕はこんなもののために命を懸けていたのかと馬鹿らしくなってしまった。
カワハギと比べても歯ごたえがぼんやりしていたし、味もやや劣った。
これなら新鮮なカワハギを買って、肝と併せて食べた方がずっといい。
命をかけず、お金をかけてカワハギ食べよう!
何度も言うが、命を懸けてまでソウシハギを食べる理由はハッキリ言って無い。というのが個人的な結論となった。
みんな!無駄な冒険はせず、多少値が張ってもおとなしく安全でよりおいしいカワハギを食おう!
この記事を書いていたら本物のカワハギの肝和えが食べたくなった。