特集 2019年12月3日

対馬の伝統養蜂がおもしろい 〜蜂洞とニホンミツバチ〜

長崎県の対馬では特殊な養蜂が盛んである。
一般的なセイヨウミツバチではなく、日本在来のニホンミツバチを伝統的な「蜂洞(はちどう)」という巣箱で育てるのだ。
そしてニホンミツバチの巣から取れるハチミツは…抜群に美味い。今回は対馬式養蜂の実態を探ろうと思う。

1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

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『蜂洞』探して対馬へ!

我々が普段食べているハチミツのほとんどは飼育が容易かつ蜜の収量が多いセイヨウミツバチ由来のものである。手間がかかり採蜜効率の悪いニホンミツバチを飼育する養蜂家は非常に少ない。

地域ぐるみで伝統的なニホンミツバチ飼育を続けハチミツを採っているのは日本広しといえど対馬くらいのものなのだ。

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ニホンミツバチのハチミツ(和蜜とも)は対馬の特産品。かなり色合いが濃いのが特徴だ。

というわけで9月下旬の対馬へとやってきた。

だが今回は渡航当日に対馬へ台風が直撃、歴史的な好天に見舞われてしまった。蜂への影響が気になるところだが、果たして。

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自然と農地が織りなすのどかな対馬の風景。
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季節は秋。ちょうどハチミツを収穫する時期なのだ。
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今回案内をお願いした対馬観光物産協会の西さん。昆虫や植物をはじめ対馬の自然に精通している。
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同じく観光物産協会の山下さんは対馬生まれの元気印。島への愛がTシャツにまで溢れている。

地元の文化や自然に明るい一般社団法人対馬観光物産協会の西さん、山下さん協力のもと、さっそく蜂洞探しが始まった。

市街地からなんとなく山間へ、なんとなく農地が多いエリアへと車を走らせる。すると西さんが何かに気づいた。
「あー、アレたぶんそうですね。」
発見早いな!

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あった!蜂洞だ!

…高さ60センチほどに切りそろえられた丸太が斜面に並んでいる。その様は遠目には祠かお地蔵さんのようにも見える。
事情を知らねば、まさかここでミツバチが飼われているとは思うまい。

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不思議な佇まい。

ニホンミツバチは本来、自然下では主に樹木の洞に巣を作る。

蜂洞はそうした彼ら好みの環境を人工的に再現することで、管理しやすい環境へ誘致、営巣させる装置なのだ。

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丸太の下部にはハチたちが出入りする切り込みが。
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天辺には雨よけの屋根もある。
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足元が石組みで持ち上げられているのも雨天時の浸水対策だ。
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屋根の素材は様々。トタンや鉄板、プラスチック板が多いが、大きな鍋をかぶせたものも。
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こちらは半割りにしたブイ。たぶん海岸に流れ着いたものを利用しているのだろう。

探してみるとあるわあるわ。あちらこちらに蜂洞が。いずれも農地周辺の斜面に下方を見下ろすように設置されていた。これは農業者が自身の所有地である耕作地に蜂洞を構えることが多いため。そしてこのような立地が女王蜂の目に留まりやすいためである。

…しかし、肝心のニホンミツバチがいない。
どの蜂洞ももぬけの殻なのだ。

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なお余談だが、対馬には蜂洞を祀っている神社もある。峰町三根の小牧宿禰神社だ。
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なんと蜂洞そのものが御神体となっているのだ。日本広しといえど、ミツバチの巣箱を祀っているのはこの神社くらいのものではないだろうか。非常に興味深い文化である。
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ニホンミツバチ減の原因は伝染病

蜂洞自体もたしかに興味深いものだが、やはりニホンミツバチにお目にかかりたいところ。

そこでさらなる助っ人のもとを訪ねることとなった。
長年にわたって対馬の伝統養蜂を研究している豊玉町在住の扇米稔さんである。

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キウイフルーツの棚の下に並ぶ巣箱。夏場の高温対策だ。

快く迎え入れてくれた扇さんの話によると、露地の蜂洞にニホンミツバチがほとんど営巣していない現状は近年の「異常事態」なのだという。

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採蜜を実演してくださる扇さん。ニホンミツバチに関する手腕と知識は対馬でも随一。島外からも教えを乞うて養蜂家や研究者が彼を訪ねてくる。

そもそも蜂洞にニホンミツバチが入るかどうかは最終的に蜂まかせな部分も大きいので、設置場所やその年の気候によっては蜂が寄りつかないものも多少なり出てくるものらしい。しかし、ここまで軒並みガラガラなのは対馬産ニホンミツバチに蔓延するある病気が原因となっているのだそうだ。

「サックブルード病」というウィルス性の伝染病である。

これが一つの巣で発症すると、その巣を壊滅に追いやりつつ近隣の巣へと次々に感染していく。

感染を食い止めるためには発病が確認された巣を直ちに処分するしかないのだが、実際にそれができる蜂洞オーナーは少ない。愛着ゆえに対馬島内ではサックブルードウィルスによって甚大なダメージを被っているのだ。

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扇さんの愛用する巣箱は伝統的な蜂洞ではなく、丸太の代わりに木製の升を重ねた近代的なアレンジが施されたもの。このスタイルの方が断然管理がしやすいのだとか。伝統にとらわれすぎない柔軟な姿勢で和蜜作りに臨んでいる。

扇さんの暮らす豊玉町では、彼の指導の甲斐あって多くのニホンミツバチのコロニーは健全に保たれており、蜂洞への営巣率も依然として高いままだという。

実際、扇さん宅からはブンブンと景気のいい羽音が聞こえてくる。

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おー!いるいる。ニホンミツバチだ!
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見た目と仕草がかわいい。ハチミツ採れなくてもいいから愛玩目的で飼いたくなってきたぞ。

外来種「ツマアカスズメバチ」襲来!!

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なぜか巣箱のそばには虫捕り網とバドミントンのラケット…。

と、ミツバチのかわいらしいブンブン♪に混じってヴィィィィヴィィィィ…!!という野太い羽音も聞こえてきた。
今話題の大陸原産外来スズメバチ、ツマアカスズメバチだ。

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外来種ツマアカスズメバチ襲来!網とラケットはスズメバチ対策だったのだ。

スズメバチ類はニホンミツバチの天敵。

キイロスズメバチ、オオスズメバチ、コガタノスズメバチと様々な種が蜂蜜と幼虫を狙って襲来する。……ものなのだが、どうも様子がおかしい。

数時間観察していたがひっきりなしに飛来するそのほとんどがツマアカスズメバチで、それ以外のスズメバチはキイロスズメバチが一匹気まぐれにやってきて撃退されたのみである。想像以上に影響は大きいようだった。

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今、ツマアカスズメバチは対馬の生態系と養蜂を脅かす存在として盛んに注意喚起がなされている。…もうちょいマシな画像を用意できなかったことを深く恥じる。

どうもツマアカスズメバチは近年になってその数を増やしており、対馬北部ではごく普通に見られる種となってしまっているようだ。

さらに、ツマアカスズメバチは他の在来スズメバチに比べて非常に機動力に優れており(ものすごく安定したホバリングとかできる)、ニホンミツバチたちの対処能力を超えた攻撃を仕掛けてくるのだという。
そういうわけでサックブルードウィルスと並んで、近年のニホンミツバチと養蜂家を悩ませる存在となっているのだ。

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濃厚!美味!日本の蜂蜜!

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さあ、いよいよ巣箱を暴いて巣蜜を採るぞ!

さぁ!ひとしきりツマアカスズメバチを追い払ったところで、ついにハチミツとご対面~。

天板を外すと、型枠にみっちりと詰まった琥珀が甘い香りとともに目に飛び込んできた。
精製する前の蜜が詰まった巣、いわゆる「巣蜜」だ。今回はこれを味見させてもらえることになった。やったぜ!

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うわぁ…黄金色…。

…「食の宝石箱や~」とはここで使うためのフレーズでは。

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陽の光を浴びてテラテラと輝く巣蜜。
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ああ、もう…。
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こげんと美味かに決まっとるたいね…。
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GO!山下さんGO!
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あーそういう顔になる味ね?わかったわかった。

……たいへんおいしい。

普段使いしているスーパー売りのお手頃価格なハチミツとは別物である。

コクが深いのに、しつこくない。

『美味しんぼ』で山岡士郎が「本物のハチミツを食べさせてやりますよ」と言いながら出してきそうなハチミツだ。

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いやもう、説明不要だろ?説明しといた方がいい?じゃあ説明するね?…バリうまかとです〜!

また、濃い!美味い!というのは各養蜂家で共通であるにしても、面白いことに蜂洞を置くエリアによって味が少しずつ異なってくるという。
働きバチが蜜を集める花の種類、比率が変わってくるためだ。奥が深い。

さらに花の種類の話でいうと秋が深まってくるとセイタカアワダチソウの花があちこちに咲くのだが、これから採られた蜜は妙なにおいがしておいしくないのだという。そのため、採蜜はセイタカアワダチソウが咲く前に済ませてしまうのが鉄則なのだとか。

ニホンミツバチ養蜂、奥が深いぜ…!

余談 : ニホンミツバチは触っても刺さない(※触り方による)

そういえば、先ほどチラッと「ニホンミツバチはかわいい」という話をしたが、セイヨウミツバチだってパッと見の姿はほとんど変わらない。
しかし、ニホンミツバチはより「気質」が穏やかでかわいらしいのだ。

たとえばこんなこともできる。

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巣を暴かれてご立腹、ご警戒のニホンミツバチちゃんたち。しかしそっと手を差し伸べると…?
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怒ってるはず、怖がっているはずなのに触っても刺さない!手に掬い採ることまでできる!おとなしいな~。

採蜜の際に巣から溢れ出た働きバチたちは周りを警戒して固まるが、そっと優しくであればその群れに手を触れても攻撃してこない。

それどころか手乗りバチになってしまう。…もちろん、手荒く押しつけるように触れると反撃されるけどね。
こういうところもニホンミツバチならではの魅力と言えるだろう。

余談その2 : 蜂洞は海外にもある

また、蜂洞は大陸から伝わってきた文化であるらしく、同様の巣箱を用いた養蜂はアジア各地に見られる。
下の写真はマレーシアの片田舎で見つけた蜂洞。

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細部に違いは見られるが、基本的な構造は対馬の蜂洞と同様。

ただし、飼育されているのはニホンミツバチではなく小型のハリナシミツバチの一種。その名の通り毒針を持たず、指でつまんでも刺してこない。

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ミツバチよりもふた回りも小さいハリナシミツバチの一種。熱帯アジアでは好んで飼われるハチだ。刺さないから公共の場に巣箱を置いておいても平気。

こうして見ると、養蜂ってバリエーション豊富な文化なんだなぁ〜!


ミツバチ以外にも魅力的な昆虫多し

ある意味対馬を代表する昆虫であるニホンミツバチを観察したわけだが、これら以外にも対馬には注目すべき昆虫たちがたくさんいる。

その後は島内を散策し、ハチ以外の昆虫もいろいろと観察してきたわけだがこれが……実に面白かった。もちろん虫だけでなく海の生き物も魅力的だ。

ぜひみなさんも来秋には対馬の自然とハチミツを目当てに訪島してみてほしい。きっといい行楽になるはずだ。

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日本最大のクワガタ(!)として名高いツシマヒラタクワガタ。次はこっちメインで取材するのもいいなぁ。

 


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