タラノメの水耕栽培、すごくおもしろい体験だった。芽がでるところまでは予想通りともいえる展開だが、まさか根が出て、そのまま鉢植えにできるとは。これはドラマだ。
でもこれって、農業や園芸の世界では誰でも知っている、挿し木という一般的な方法なのだろう。私は挿し木をろくを知らないまま経験によって学べて、ものすごく得をした気分である。
テレビをぼんやり見ていたら、大好きな山菜であるタラノメをハウス栽培している農家さんが紹介されていた。
そういえば野山に自生しているタラノメと、スーパーなどで販売されているタラノメはまったく違う姿だなとは思っていたが、その原因は意外な栽培方法にあったのか。
もしかしたら素人でもタラノメを大量生産できるかもと、ちょっと試してみたら、これが楽しかったのだ。
山菜の女王とも呼ばれるタラノメは、タラノキの新芽のこと。ちょっとややこしいが、「タラ」の木ではなく、「タラノキ」という名前の植物なのだ。よってタラノメではなく、タラノキノメと呼ぶのが正しいのかもしれない。
タラノキは痩せた荒れ地とかにニョキっと生えてくる先駆種。硬く尖ったトゲだらけで、防御力はかなりのものだ。北斗の拳の悪役全般くらいトゲトゲしている。
うっかり握るとすごく痛い。それでいて食べると最高にうまい。タラノメ、それは究極のツンデレ植物。
若いタラノキは、トゲトゲすること、そして早く伸びることに生存戦略の重きを置いているようで、ひょろっと縦一本に成長し、春になると先っぽから新芽を出す。
ある程度まで大きくなると枝別れもするのだが、それまでは太陽目指して一直線。他の植物に負けないで光合成するため、鹿などに葉っぱを食べられないため、そんな理由の進化だろうか。欠点は人間にとって美味しすぎることである。
この新芽(一番芽)を収穫すると、そのすぐ下にある芽の予備軍が目を覚まし、そこから新しい芽(二番芽、脇芽)がバックアップとして出てくる。
これくらいの若いタラノキは、一番芽が収穫されないと二番芽は出てこない場合が多い。植物界のワンオペ営業だ。
これが野生のタラノメ(タラノキ)だが、販売されているタラノメは、大きく分けて3種類あるようだ。
天然(あるいは天然種の露地栽培)のトゲあり(オダラ)、栽培種を露地栽培したトゲなし(メダラ)、そしてハウス栽培のかわいいやつ。
比べてみると、同じ名前の食材とは思えない個性の違いがある。味については後述。
以上の基礎知識を踏まえまして、以下の栽培記録をお読みいただければ幸いです。
ここで話は2014年の春まで遡るのだが、100円ショップのダイソーに「山菜苗」というちょっと変わったコーナーができていた。
ダイソー、何でもあるな。
タラノメといえば、私にとっては憧れの山菜ナンバーワン。埼玉の平地にある我が家周辺では幻の存在なので、いつか植木を手に入れようと思っていたのだが、まさかダイソーで買えるとは。大喜びで2つほど購入。
さっそく中身を取り出してみると、枝に新芽が出た状態のものが入っていた。いやこれは枝ではなくて、地下茎というやつかな。そういえばダイソーの山菜苗コーナーにあったのは、全部地下茎を伸ばして増えていくタイプの植物だ。地下茎繋がり。
これを母親が家庭菜園用に借りている畑にそっと植えようと思ったが、樹木を植えてはいけないという契約らしいので、持ち帰って植木鉢で育てることにした。
家にある一番大きな植木鉢を用意して、二つのタラノキの地下茎を植えた翌年、グイっと伸びたタラノキが新芽を出した。成長が早い。やっぱり畑に植えなくて正解だ。
ただ残念ながら、パッケージにあった写真と違って、メダラタイプのタラノメのようだ。確認したら「とげなし」と書かれていたので、野生種ではない方のタラノキなのだろう。そういえば幹にトゲもない。まあいいか。
さっそく一番芽を摘んで天婦羅にしようかと思ったが、ここで枯れたら悲しいので、この年はグッと我慢した。
そして2年目以降、タラノキは立派に育ってくれた。こんな簡単に育つなら、近所の河原とかにもたくさん生えてくれていればいいのに。
一番芽の全体をポキンと折るのではなく、そこから育った葉っぱだけをハサミで切り取る形で、我が家に訪れる春の味として、毎年大切にいただいている。
そして栽培6年目の今年、ちょっと前にテレビでタラノメのハウス栽培の方法が紹介されているのを見掛けた。
我が家のタラノキが成長し過ぎて、そろそろ切らないといけないと思っていたタイミングだったので、その方法を試してみたいと思う。
先ほど説明した通り、若いタラノキの芽は先端からしかほとんど出てこないが、それが採られると、その次にある芽の元にスイッチが入って育ちだす。
その性質を利用して、芽の位置に合わせて5~10センチほどにカットすれば、それぞれが芽吹き、結果としてたくさんのタラノメが収穫できるのだ。本社で修業をしたラーメン屋の店員が、次々に独立して店長となるが如し。
肥料は必要なく、切った枝に水を吸わせれば、木の幹に蓄えられた養分だけで芽は育つらしい。水だけで花が咲くヒヤシンスの球根みたいに、木の幹だけで水耕栽培ができるという不思議。本当かそれ。
まさか自分の出番が来るとは思っていない芽の元。このちょっと上でカットすると、ここがトップになって成長が促されるらしい。立場が人(芽)を育てるのだ。
3月17日。カットしたタラノキを適当な容器に並べて、そこに水を入れる。あとは毎日この水を変えてあげるだけ。先端にある芽が育つのはイメージできるけれど、幹の途中にある芽吹く気配のないやつもちゃんと成長するのだろうか。
がんばれ、出番の訪れたタラノキたちよ。今日からみんなが一国一城の主なんだぞ。なんて、なんだか新人研修をしている気分である。
3月23日。切ってから六日目で、早くもカットした枝の先端にあった芽の元が、すべてやる気を出してきた。
なんと発芽率は驚異の100%、みんなやればできる子だったんだ。簡単に成長し過ぎて、どこかオモチャみたいに思えてしまう。
3月29日。12日目にもなれば、タラノキは我が家の観葉植物となった。
鮮やかな新緑は、目に潤いを与えてくれる存在だ。毎日の水替えすら息抜きとなっている。まだ食べていないけど、すでに元を取った気分だ。
ところで水に浸かっている部分に、なにやら白いポツポツができているぞ。なんだこれ。
悪いカビだったら困るし、怪しい虫だったらもっと困る。
一体なんだろうと確認すると、なんと根っこのようだ。
すごいな、タラノキの生命力。上下をバッサリ切られても、上側から芽が育って葉を広げ、下側からは根が出て水を吸い上げるのか。驚異の生命維持システムだ。
4月2日。ちょっとほっそりしているけれど、売られているタラノメくらいの長さに育ってきた。葉っぱの質感がものすごくプラスチックっぽいのが気になるけど。
ぷっくりと成長してくれなかったのは、そもそものタラノキがまだ細かったからか、品種が違うのか。あるいはやっぱり温度管理など栽培のコツがあるのかな。
スーパーで買ってきた市販品と、ダイソーで買ってきてから6年を経て水耕栽培した自家製のタラノメ、味の違いはあるのだろうか。
ちょっとした情が生まれてしまい、収穫するのがかわいそうという気持ちも芽吹いてしまったが、食べ頃を逃して腐らせるのが一番の罪。シンプルにオリーブオイルで焼いて、塩をちょっと掛けて味見をしてみることにした。ごめんね、タラちゃん。
食べ比べてみると、味自体は基本的に同じだった。自家製の方がちょと苦みが強いかな。一番の違いはやっぱりボリュームで、市販品はホクホク感と食べ応えがある。
あと5年くらい時間が経って、我が家のタラノキがもっと太くなれば、市販品のクオリティが出せるだろうか。それにしても市販品のタラノメ、10本で300円くらいだったけど、その手間を想像すると安すぎないか。どうやって原木を栽培しているのだろう。
これはほとんどの農作物に言えることだが、こうして自分で育ててみると、売られている商品の質と安さにあらためて驚くね。
4月7日。芽から伸びが葉がもう開いてきた。そろそろ硬くなってしまいそうなので、成長が遅いもの以外は全部収穫して、一気に食べてしまうことにした。
といっても大した量ではないのだが。
油との相性が良いタラノメなので、自家製パスタのペペロンチーノに加えてみようか。タラノメのペペロンチーノ、略してタランチーノである。
料理名を言いたいだけの料理だったが、もちろんうまい。味付けは塩のみだが、春らしいほろ苦さがアクセントとして麺に絡んでくる。タラノメの量をこの3倍くらい入れたいところではあるが。
こういう年に一回、あるいは人生で一回しか出逢えないであろう旬の料理をもっと食べたい。
釣りをしていて思うのは、釣果が0と1では大違いだけど、1と10ではそんなに変わらないということ。魚の大きさも然り。釣れたか、釣れないか、それが問題なのだ。
その考え方に基づくならば、今回やったタラノメの水耕栽培は成功と言っていいだろう。タラノキを切って、水に浸けて、芽吹かせて、それを食べることができたのだから十分だ。細いとか量が少ないというのは、二の次の話である。
このように心が十分満足したので、芽がまだ小さかったタラノキは食べないで鉢植えにしてみた。すでに小さな根を出していたので、スクスクと育ってくれることだろう。
タラノメの水耕栽培、すごくおもしろい体験だった。芽がでるところまでは予想通りともいえる展開だが、まさか根が出て、そのまま鉢植えにできるとは。これはドラマだ。
でもこれって、農業や園芸の世界では誰でも知っている、挿し木という一般的な方法なのだろう。私は挿し木をろくを知らないまま経験によって学べて、ものすごく得をした気分である。
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