結論
木彫りに挑戦したのは小学生のとき木剣を作って以来、ノミでの彫りは初めてとなったが、とても面白かった。自らの手で自由に造形をデザインできる楽しさを久しぶりに感じることができた。
小学生の頃、手塚治虫の「火の鳥・鳳凰編」を読んであこがれた仏師。僕も我王のように、ノミと木づちで木に何かを彫りたい!
そして彫り始めたのはセロテープスタンド。何でセロテープスタンドなのかって? 理由は……その前に、まずはセロテープスタンドの価格を知ってください!
※2009年8月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。
誰もが間違いなく使ったことのあるセロテープスタンド。
これの値段、いくらぐらいするのか皆さんご存知だろうか。これまで僕はこの質問をいろいろな人に吹っかけてきたが、返ってきた答えはだいたい800~2000円くらいだったので、みなさんもそのくらいの値段だと思ったのではないだろうか。
ところがどっこい、こいつはたったの177円しかしない。ずっしりと重い重量感が高いような印象を招くが、中身をばらしてみるとプラスチックのケースにセメントを流し入れて固めただけの、ごく単純なつくりである。
つまるところコイツは、ある程度の重量さえあれば作る素材は何でもいいというわけだ。
じゃあ、木をまるまる一本くりぬいて、セロテープスタンドを作る事だってできるのか、とある日ふと思いついた。前々から木彫りに興味があった僕は、即座にノミと木づちを買いに行った。
工作をする東京人のメッカが東急ハンズなら、茨城人のメッカはもちろんジョイフル本田、通称ジョイ本である。特に木材に関しては、家一軒建つのではないかというくらいに豊富な品揃えだ。
高校時代は、通学路に池袋ハンズがあったため、毎日足しげく通った僕だが、茨城に住みジョイ本を知ってからは、すっかりジョイ本のとりこになっている。木材コーナーでうっとりしそうになりながらも、手早く道具を買い求めた。
今回は一刀彫ということで、「ノミ一本だけで彫る」というルールにしていきたいと思う。これと木づちを使って、一本の材木を削り、セロテープスタンドを彫りあげていく。
まずは「横型」を彫ります
セロテープスタンドの要となるのは、「切断部」と「回転部」の距離。市販のセロテープスタンドを参考に、二つの部分の位置を決め、マジックで木に線を描く。
続いて、横からの見た目が、それと同じようになるように彫っていく。
季節は真夏。
真昼には木陰で、夕方は西日を浴びながら、夜は蛍光灯に蛾が集まる中、僕は彫り続けた。
まさに大自然とともに呼吸しながらの一刀彫への挑戦となった。気持ち的には仏像でも彫っているほど雄大な心持ちになれたが、現実として彫っているのは事務用品のセロテープスタンドだ。
公園で彫っている間、一番おそれていたのが「何彫ってるんですか」と、通りすがりの人に聞かれることだった。もし聞かれたら、セロテープスタンドなんて答えるとめんどくさくなるだけだし、仏像と答えても同じことになりそうなので、「妖怪像です!」と答えようと心に決めていたのだが、無事聞かれることは無かった。平安時代の仏師並みの気迫が出ていて、話しかけられなかったのかもしれない。もしくは公園でノミと木づち持ってる人とか怪しすぎて近寄れなかったのかも知れない。
無心で彫り続けるうちに、いつの間にかあたりは暗くなっていた。幸いこの公園には明るい照明がある。僕は明るい場所へ移動し、集まってくる蚊を払いながら彫り続けた。明かりにはコガネムシやカミキリムシも集まってくる。さらに花火をする若者の群れも公園に集まってきて、僕をいぶかしそうな目で眺めていった。そのあとスケボーをする人たちまでも集まってきて、僕の彫っている真後ろでガーッゴーッと練習を始めた。
夜の公園にはいろいろ集まってくるな、と思いながら僕は彫り続け、夜中になったので部屋に帰った。
彫りながら調べていって知ったのだけれど、一刀彫とは、一つの刃物だけで彫る木彫りのことだけを指すのではないらしい。「一つの小刀だけを用い」、と書いてあるサイトもあったが、「大小さまざまなノミを駆使し……」と書いてあるサイトもあった。色々調べたが正しい定義は分からなかった。おそらく無いのだろう。でもここまで来たからには名前どおり、このノミ一本だけで彫ってやろうと思う。
というわけで、もっとも彫りにくいと思われる「軸受け」部分も、ノミ一本で頑張って彫ってみた。
既製品の「テープ輪」をそうっとはめてみたところ、無事装着に成功した。バランスよくカラカラクルクルと回る。
ここまで来れば完成は近いが、まだ難関が残っている。「テープ輪」だ。一刀彫セロテープスタンド、「テープ輪」も木で彫らなければ本物とは言えない。しかし細やかさを必要とするテープ輪は「土台部」に対して圧倒的に難易度が高い。軸のバランスが崩れたら回転もよたよたになってしまう。これをどう作るか、それが最大のポイントとなった。そして僕が選んだ選択を、次ページで紹介したいと思う。
「テープ輪」の作り方として、二つの案を考えていた。
第1案が左に示す、穴あけ工法だ。薄切りにした円盤状の木に、穴を開けて木の軸を通す。こっちの方が明らかに楽だが、ノミでは丸い穴を空けられないので、別の小刀を使うことになるし、木の軸も作れないので別売りのを買うことになる。だめだ、そんなの一刀彫と言えない! 僕は一本の木と一本のノミで作るのだ。
というわけで第2案を採用した。右に示す削り出し法だ。厚めの木材からテープ輪を軸もろともノミで削り出す! 軸の位置合わせも含め、かなりの手間だが、今回はこれに挑戦してみた。
5時間ぐらいかけてテープ輪が完成した。
割れるんじゃないか、折れるんじゃないか、左右のバランスが崩れたら使い物にならないんじゃないかなど、多くの不安と戦いながらの5時間だったが、完成品は思ったより上手くできたし、テープも無事はまった。あとはテープ切りの刃物を接着するだけだ。
家族に内緒でサランラップの刃物の端をちょっとだけもらってボンドで貼り付けた。
そして乾燥するまでの間、全体的に成形しなおし、完成とした。
製作時間約20時間をかけて、一刀彫セロテープスタンドが完成した。ワイルドな風貌、圧倒的な重量感は、市販の既製品を凌駕する一品だ。
ここまで来ると単なる事務用品の枠を超え、ファッションアイテムとしての地位や、ライフスタイルの象徴の座を獲得することも夢では無いかもしれない。
こんな感じに。
木彫りに挑戦したのは小学生のとき木剣を作って以来、ノミでの彫りは初めてとなったが、とても面白かった。自らの手で自由に造形をデザインできる楽しさを久しぶりに感じることができた。
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