アフリカの治安の悪い地域では、金をたかられる、パクられるのが当たり前、怪我がなければラッキーみたいな話をよく聞くが、本当にそうなんだと驚いた。さらにはスナノミというヤバい虫に噛まれてニッパーで削り取ったり、お腹を壊して上と下から同時に放水したりと、数え上げたらキリがないほどの災難があったとか。
いちいち腹を立てていたら生きていけない。こっちからそういう国に承知で行ったんだからと楽しめる二人の強さと若さが眩しい。彼らの物語はコンゴも続いていくのだろう。
旅先で知り合った20歳の青年から、アフリカまで牙のある魚を釣りに行った話を聞いた。なんでも世界中でコンゴ川水系にしか生息しないムベンガ(通称ゴライアス・タイガーフィッシュ) という魚狙いで、そりゃもう大変な旅の様子を大笑いしながら聞かせてもらった。
ものすごくレアな体験談なのだが、ブログとかに書く予定もないというので、もったいないから彼と一緒に行った友人との話を合わせて、ここで紹介させていただこう。
最初に話を聞いたのは、20歳のフリーターである辻航希さん。そのヤンチャっぽい見た目に反して、なんだか恥ずかしそうに小声で旅の話をしてくれた。
後から聞いたらかなりの人見知りで、初対面の人に対しては声が小さくなるのだとか。でも釣りたい魚がいるならアフリカ大陸だって行ってしまう行動力を持つ。
そして辻さんと一緒に旅をしたのが、当時まだ19歳だった大学生の菅野慈さん。
辻さんは三重県、菅野さんは青森県と離れた場所で育ち、18歳の頃に釣りを通じで出会った親友だ。
菅野さんは辻さんより学年だと一つ下だが、誕生日は4か月しか違わないそうで、二人とも「ほぼ同学年です」と言っていたのが印象的だった。対等な立場でありたいのだ。
この土産話は、辻さん、菅野さんという順番で、別の日にそれぞれから聞いたのだが、そのまま書くとわかりにくいので同時に聞いた風でまとめさせてもらった。
――なんでまたアフリカまで釣りをしにいったんですか?釣りのイメージがない大陸ですけど。
菅野:「前からアフリカで釣りをしてみたかったんですよ。高校を卒業した時、怪魚ハンターの小塚拓矢さんに会って現地の話を聞き、背中を押してもらった感じです。それで大学に入学して半年で休学して、旅費のためにバイトをして、一緒に釣りをして相性のよかった辻さんと行くことになりました」
辻:「もともとは東アフリカにナイルパーチとかを釣りに行こうという話だったんですが、小塚さん主催の忘年会でいろいろ話をしていたら、西アフリカのコンゴでムベンガを釣るかという話になって」
菅野:「忘年会に集まっていた釣り好きの大人達から、ムベンガは行きたくても、期間的にも治安的にも、社会人になったら絶対にいけないっていう話をいっぱい聞いて」
――ムベンガを釣るなら若いうちだと、仕事や家庭を持つ大人が遠い目をしながら語ったんだ。
菅野:「行くなら今しかないし、俺らじゃないといけないんじゃないかって。その時が19歳で、海外にも何回か旅をしているけど、10代最後の旅で大きなことをしてみたいなと」
こうしてなかなか旅へと出られない大人達の想いも背負い込み、遥か彼方のコンゴを目指すことになったのだが、空港へ行く前から困難が待っていた。
――ぜんぜんイメージできないんですが、コンゴに行くのは大変なんですか?
辻:「ムベンガが生息するコンゴ川を挟んで、西側に僕たちが行ったコンゴ共和国があって、東側にコンゴ民主共和国という別の国があります」
――国境の川で釣りをするんだ。
菅野:「コンゴ共和国は住人の招待状がないと入国できないっていう話があったんで、出発の二か月前に大使館へ招待状が必要か聞いたんです。そのときはいらないっていわれたんですよ。それでちょっと余裕ぶっこいてたんですが、一か月前にもう一回電話したら、やっぱり必要だっていわれて。『は?』って
辻:「コンゴに身寄りもないし、友達もいないので、どうしたらいんだろうと」
――普通はいないですね、コンゴに知り合い。今、wikipediaで確認したら、『在留日本人数8人(2017年7月)』って書いてありました。
菅野:「宿泊先のホテルが案内状を書いてくれるはずが、送られてきたのはただの予約表で、これは案内状には当たらないと大使館ではねられて。それで出国の二週間前くらいにネットでコンゴに住んでいる日本人を見つけて、その人に連絡を取って、招待状を速攻で作ってもらって」
辻:「一週間くらい前にビザが下りて、ギリギリでした。その人には実際にコンゴで会って、すごくお世話になりました」
――形だけの招待状ではなく、本当に招待してもらったんですね。
チケット代は往復で1人あたり、日本からタイが3万、タイからコンゴが14万円。そして1か月分の滞在費として用意したのがそれぞれ15万円。
さらにビザ代、予防薬代などを含めると総額40万円ちょっとと、なかなかの金額が必要となる。それでもコンゴに釣ってみたい魚がいるからという純粋な動機で、彼らはバイトをしてお金を貯めたのだ。
こうして無事に首都のブラザビルに到着。とりあえず予約しておいたホテルに宿泊し、そこからムベンガの釣れるポイントを目指す。
がんばってコンゴ川までたどり着けば、どこでもヒョイと釣れる魚ではないのだ。
菅野:「ムベンガが釣れるのは、なんとなくこのあたりっていうのはわかっていたので、そこを目指しました。アマゾンとかは釣りが観光として成り立っていますが、こっちはまだ全然です。公用語はフランス語なんで全くわからない。たまにちょっと英語を喋れる人がいて、単語程度ですけど、その人に通訳してもらったり」
辻:「首都での移動は普通のタクシーです。乗ったタクシーのメーターがなぜか全部壊れていて、スピードメーター、ガソリンメーター、タイヤの空気圧のメーターも全部。なんでメーターっていうメーターが全部壊れているんだろうなーって」
菅野:「最終目的地の村へは、拠点となる町まで行って、さらに船で川を進みます。とりあえずはその町までバスで行こうとターミナルまで来たんですけど、出発が二日後とかで」
辻:「そんなに待てないよと途方に暮れて道端で休んでいたら、英語を喋れる人が現れて。その人にここの町までいきたいんだけど車で連れて行ってくれないかと聞いたら、ああいいよって」
――日本でいう白タク(無許可のタクシー)みたいな感じですかね。
菅野:「でも町へ向かう途中、ご飯を食べようと立ち寄った最初の街で、車に置いておいたお金をとられちゃって」
――え、車上荒らしですか?
辻:「いや、そのタクシーの運転手は自称警察官で、『大金を持ち歩くのは危ない、俺が見張っているから大丈夫だ!』っていってたのに、戻ってきたら車ごといないっていう」
――じゃあ運転手に取られたんだ!
菅野:「完全に僕がバカだったんですけど。全額はさすがにあれだなって一部のお金を置いていったら。 日本円で5~6万円……。辻さんは置いていかずセーフでした」
運転手としては、二人に声を掛けた時からそのつもりだったのだろう。命を取られなかっただけラッキーだったと思うべきなのだろうか。
まだ旅の序盤も序盤からこれである。話を聞いているだけで胃が痛くなってきた。
郊外の町でお金を奪われ、ここから先の交通手段もなくなって、どうしたもんかと二人して頭を抱えこんでいると、今度は大学生が話しかけてきた。
菅野:「今こういう状況なんだけどって英語で話したら、その人がドライバーを見つけてくれて、またチャーターしたんです。相場も何もないから全部交渉で」
――それって、さっき騙されたのと同じパターンじゃないですか!
辻:「でも今度は大丈夫でした。ただ道が本当にひどくて、何度もスタックしましたけど。地平線がずーっと何十キロも続いていて、なんにもないんですよ。10時間くらい走って、ようやく拠点の町につきました」
辻:「この町はコンゴ川沿いにあるんですが、釣れるポイントがある村は、ここからさらに離れた場所で陸路だと行けない場所なんです。ムベンガは陸から釣れる魚でもないので、ここでボートをチャーターします」
――拠点の町から船で目的の村まで移動して、その船でそのまま釣るんですね。
菅野:「そのために町の偉い人と交渉するんですが、実は先人の日本人がすでに来ていて、日本人が釣りをするんだったら、この金額だっていわれちゃって」
――もう料金プランができているんだ。
菅野:「その提示されたお金が高額なんですよ。一日1~2万くらい。そんなに払えるお金がなくて……」
辻:「村で10日間は釣りしようと思って来たんですけど、お金が足りないから、この金額で3日間だけやらせてくれって交渉して」
菅野:「それで了承されたんですけど、ガソリンを買いに行くからって1日待たされて、結局2日にされて。さらにガソリンを買いに行ったときにバイクが壊れたからそれも払えって、どんどんお金がなくなっちゃって」
――足元を見てきますね。
辻:「結局ここまで来て、2日しか釣りができなかったんです」
こうしてようやく待望のムベンガ釣りをするための船を手に入れた二人。
目指す場所は船で4時間ほど移動した先にある、水路でしかたどり着けない小さな村だ。なんだかゲームのシナリオみたいな冒険ストーリーである。
辻:「町の人はカネカネカネカネ。でも村に行ったら、いい人ばかりだったんですよ」
菅野:「僕が簡単なコインマジックを見せたら、みんな発狂してましたね。村人が全員集まって、村長とかとも仲良くなって。あっちには手品っていうものがないんだと思います」
辻:「だから村は居心地がよかったですね。調理場とかも貸してもらえたし」
さてここから、ようやく釣りの話である。
――ムベンガってどうやって釣るんですか?ルアーを投げるの?
菅野:「エサです。現地のナマズにハリをつけて。生きてても死んでても、関係なく食ってきます」
辻:「アタリはウキが沈んで、糸がドーンと出ます。ただ、なかなか口にハリが刺さらない。顔でも腹でも、どこかしら刺さってくれればっていう釣り。口がとにかく固いので」
辻:「雨季と乾季で川の水量が全然違うので、その時期に釣れる場所を探さないといけない。 船頭が知っているポイントよりも、自分達で川を見て、ここがいいって指示した方が確実です」
菅野:「ムベンガを釣ったことのある小塚さんからアドバイスはもらっていますが、そこまで確立されている釣りじゃないので、だいたいこうなんじゃないかなって想像で仕掛けを作ってきました。日本で仕掛けを作っている時間がすごく楽しかったですね」
――コンゴ人は、わざわざムベンガ釣りはしないんでしょうね。
菅野:「外国人しかやらない釣りです。向こうの人からしたら金持ちの道楽。ヨーロッパから比較的来るみたいです」
辻:「ムベンガなんて、普通なかなか当たりのないような魚なんですけど、この時は状況がかなり良かったみたいで、二日で一人3回もアタリがあって、結構でかいのも掛かってきました。
菅野:「でも全部バラしちゃって。悔しさだけが募りました」
――うわー。それは切ない。でもお金がなくて続けられないと。
辻:「このファーストアタックが終わって、一旦首都に戻ったんですが、釣りをするお金はないけれど、帰国まで20日以上もある」
――時間だけはあるんだ。コンゴだと日本から送金してもらうのも難しいだろうし、バイトするっていう訳にもいかないし、困りましたね。
菅野:「そしたら招待状を発行してくれた日本人の方から連絡がきて、ご飯でも食べようと。そこで今の状況を説明したら、せっかくだからもう一回いきなよって、お金を貸してくれたんです。それで第二陣の準備を始めました」
こうして招待主だけど初対面の日本人によるご厚意によってセカンドアタックのチャンスを得た訳だが、もちろんこの二人だから簡単にはハッピーエンドなんて訪れない。
菅野:「前回みたいに車や船をチャーターするとお金がすごく掛かるので、二陣はもう直接船で行こうと。首都も目的の村もコンゴ川沿いなんで。船を出してくれる漁師を見つけたんですが、そこでまた問題があって。川は対岸のコンゴ民主共和国との国境なんで、港にイミグレーションみたいなのがあるんですよ。外国人はそこの許可が下りないと出航できないんです」
辻:「そこで現地の旅行会社でライセンスをとろうとしたけど、ここじゃとれないと農林省みたいな場所に連れていかれ、大臣みたいな偉い人にお願いしたら、いくらで作ってやると。その日が金曜で、月曜の9時に取りに来いっていったのに、9時にいなくて、2~3時間待たされた挙句、やっぱりダメだと」
菅野:「今度は水産省みたいなとこで作ってもらうことになったけど、いつになるかはわからないって言われて。その時は助けてくれた日本人が一緒に来ていて、交渉してくれて二日後に作ってくれる約束をしたのに、いったら大臣がいないから今日はダメだとか、どんどん伸ばされて、結局さらに10日以上も足止めです」
辻:「きつかったですね。ストレスで気が狂いました。しかもお金がないんで、一日200円で泊めさせてくれる宗教施設で、フランスパンをかじる生活です」
菅野:「決まっている帰国の日が迫ってきて、これ以上伸びると釣りをする時間がない。結局、正規のルートは諦めて、港の警察とイミグレーションに賄賂を払って出航しました」
辻:「首都から村までは片道9時間くらい。途中で嵐にあって転覆しかけましたけど、結果的に一陣よりも早くて安かったです」
出国する日が迫っていたので、今度も釣りをする時間は僅か二日間のみ。
一か月の滞在で合計4日しかアタックできなかった彼らに、憧れのムベンガは釣れたのだろうか。
菅野:「第一陣で1人3回ずつ、計6回もアタリがあったから、ポイントまでいけば次は絶対に釣れる自信があったんですが、今度は食いが悪くて。それでも初日に辻さんが一本釣ってくれて。泣きました」
辻:「この日のアタリはこの一回だけ。口じゃなくて、あごの下にハリが刺さって、どうにか釣れました」
辻:「二日目も状況は渋かったんですが、90センチ弱がもう一本釣れて」
菅野:「一匹目は感動してうれしかったんですけど、二匹目はちょっと……。ちくしょう、なんで俺に掛からないんだよって思っていたら、最後の最後に大物が掛かって」
――おおお、大逆転ですか!
菅野:「それを僕がバラして終了っていう感じですね。2回ジャンプされて。あれは130センチ以上あったんじゃないかなー」
こうして見事に釣り上げたムベンガだが、そのまま日本まで持ち帰るわけにはいかないので、頭だけ残して身は村人と食べたそうだ。
辻:「正直、そんな美味しくなかったです。ムベンガよりは日本の雷魚のほうが美味しい」
菅野:「白身の……あんま美味しくない魚。日本の魚でいうならタラに近い感じっすね」
辻:「記念に頭を持って帰るのに乾燥させなきゃいけない。村の人が俺に任せろって言うから預けたら、適当に塩漬けにしたみたいで、グショグショになっていて。結局自分達で燻して持って帰れるようにしたんですが、その塩漬けの塩代をとられました」
――なんだか大変なことが多かったみたいですが、コンゴは行ってよかったですか?
辻:「(即答で)よかったですね。次はもっと大きいのを釣りたいから、来年また行くかもしれないです」
菅野:「(即答で)よかったです。結局楽しい。借りたお金は次にコンゴへ行った時に返す予定です。村の人にお土産も持っていかないと。あと新しい手品も。次は辻さんよりも大きいのを釣るんで!」
アフリカの治安の悪い地域では、金をたかられる、パクられるのが当たり前、怪我がなければラッキーみたいな話をよく聞くが、本当にそうなんだと驚いた。さらにはスナノミというヤバい虫に噛まれてニッパーで削り取ったり、お腹を壊して上と下から同時に放水したりと、数え上げたらキリがないほどの災難があったとか。
いちいち腹を立てていたら生きていけない。こっちからそういう国に承知で行ったんだからと楽しめる二人の強さと若さが眩しい。彼らの物語はコンゴも続いていくのだろう。
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