深夜にデンマークからスウェーデンに帰って行った人
今から数年前、コペンハーゲンに住む友人の家に遊びに行ったことがある。
ちょうどその日は友人の誕生日で、彼の家には友達が集まっていた。飲んだりしているうちに深夜になり、パーティーがお開きになる頃、スウェーデンから遊びに来ていた人が言った。
日本のような島国出身の人間としては、ヨーロッパという陸続きの国境だらけの大陸には圧倒されることが多い。
が、ここはデンマーク。デンマークとスウェーデンの間には海があったはずだが?!
コペンハーゲンとスウェーデンを結ぶ「オーレスン橋」
確かにデンマークとスウェーデンの間には海峡はあるのだが、コペンハーゲンとスウェーデン南部の間は海峡が狭まっている。
もともとボートなどで行き来することはできたのだが、より交通の便をよくするために2000年にオーレスン橋ができたそうだ。
※今回の記事の主役であるオーレスン橋は、デンマークの首都コペンハーゲンと、スウェーデンのマルメを結ぶ。この地名だけ抑えておけば大丈夫
一口に「橋」と言っても、両国を結ぶリンクは実は3つの部分に分かれている。オーレスン橋、海底トンネル、そしてその間にある人工島である。
これら3つを合わせた全長16キロほどのリンクが、デンマークとスウェーデン南部をつないでいるのだ。
このリンクには車専用の道路と、デンマークとスウェーデンの国鉄が共同で運営する鉄道「Øresundståg(オーレスントグ)」が通っていて、コペンハーゲン市内とスウェーデン南部を簡単に行き来できるようになっているのだ。
約30分でコペンハーゲンからマルメへ
私が初めてオーレスン橋を渡ったのは、橋の存在を知った数年後の2017年だった。夫の妹夫婦がスウェーデン南部の街「マルメ」に引っ越したので、遊びに行った時である。
コペンハーゲンの空港の到着ゲートを出ると、券売機がずらっと並んでいる。そこでオーレスントグのチケットを買う。
チケットを手に、エスカレーターで地下にあるホームに向かう。
ホームの入り口には一応「スウェーデン行きの電車」とは書いてあるが、改札もないので間違って国境を渡っちゃった、なんてこともありそうである。(チケットは車内でチェックされる)
オーレスントグは日中は20分に一本走っていて、深夜も1時間に一本は走っているようだ。だから深夜でもデンマークからスウェーデンに帰れたわけだ。
電車内は快適で、4人がけや2人がけの席や、トイレもある。ただ空港〜マルメ中央駅間の乗車時間はわずか30分ほどなので、トイレに行くタイミングを取るのが難しいくらいだ。
利用者は空港から自宅へ帰る人や私たちのような観光客に加え、自転車を乗せている人など地元民と思われる人も多くいた。日帰り旅行中と思われる女子グループもいた。
コペンハーゲン空港駅を出発して少しすると、約4キロの海底トンネルに入る。トンネルが終わると、海峡のど真ん中に浮かぶ人工島に出る。
写真がひどくてあまり伝わらないのだが、電車からの眺めは良く、遠くに風力発電の風車や船が見えた。
一度に2か国行けるお得感
橋が終わると、スウェーデン側の一駅目、ヒリエ駅に到着する。ここでは数年前からホームと車内でパスポート検査が行われるようになった。
EU加盟国でシェンゲン協定に参加しているデンマークとスウェーデンの間では、本来は国境検査がない。
が、数年前に移民規制が強化し難民流入を制限するために身分証明書のチェックが行われるようになったのだ。また今もコロナの影響で往来が制限がされたり、特別なチェックが行われることがある。
とはいえ、わずか30分で海を渡って隣の国に行ける手軽さは感動的だ。
ヨーロッパ内で海峡を渡る鉄道と言えば、ロンドンとパリを結ぶ高速列車「ユーロスター」が有名だが、世界の大都市をつなぐ電車だけあって値段も高いし、時間もかかる。
その点、オーレスントグは特別な理由がなくても、普通の人が日常的に利用できる、庶民的なところが魅力的だ。
スウェーデン側の目的地マルメはと言うと、コペンハーゲンほどの観光地ではないが、街並みが素敵な、住みやすそうな街である。
スウェーデン名物のシナモンロールを食べたり、デンマークとはまた違う雰囲気を味わったり、日帰り旅行にもってこいのコンパクトな街だ。
コペンハーゲンに行く機会があれば、一度に2か国楽しめて大変お得なので、ぜひマルメまで足を伸ばして欲しい。
昔はホバークラフトで横断してたオーレスン海峡
もともとオーレスン橋は、私のような観光客のためではなく、デンマークとスウェーデンに住む人たちが行き来しやすくなるように作られた橋である。
地元の人の生活はどのように変わったのだろう。マルメ出身の友人、ロヴィーザに聞いてみた。
子供の頃は海外に住んでいたこともあるロヴィーザにとって、オーレスン橋ができてからの最大のメリットは、空港まですぐ行けるようになったことだそう。
のぞみ:マルメに空港はないの?
ロヴィーザ:マルメ空港からは国内便しか飛んでないから、地元の人は昔からコペンハーゲンの空港をよく使ってるんだ。
オーレスン橋ができる前は、マルメとコペンハーゲンの港を往復するホバークラフトがあって、それに乗って空港まで行ってたよ。
のぞみ:かっこいい!
ロヴィーザ:でも時間もかかるし、不便だったんだよね。ホバークラフトに乗ってる時間は30〜40分だけど、大荷物を持って港まで行ったり、コペンハーゲン側に着いてからも空港までバスで移動しなくちゃいけなかったから大変だったよ。
のぞみ:一般の人もホバークラフトに乗って海峡を横断してたの?
ロヴィーザ:ホバークラフトはスカンジナビア航空が運営してるもので、空港に行く人だけが利用できたはず。確かホバークラフト代も航空券に含まれてたと思うよ。チェックインもホバークラフトに乗るときにやってたと思う。
のぞみ:ホバークラフトでチェックインできるの、すごい。
ロヴィーザ:一般の人はフェリーを使ってたけど、結構時間がかかってたんじゃないかな。
橋ができて移動時間が短くなったおかげで、マルメに住んでコペンハーゲンで働いている人も結構いるよ。昔じゃ考えられなかったことだよね。
のぞみ:毎日国境を渡って通勤しているってこと!
ロヴィーザ:そう、スウェーデンの方が家賃と物価が安いのと、コペンハーゲンの方が仕事が見つけやすいのが理由かな。コペンハーゲンの給料もマルメより高いし。
特にコペンハーゲン空港の店員なんか、スウェーデン人が多いよ。
のぞみ:でも言葉の壁ってないの?デンマークはデンマーク語で、スウェーデンはスウェーデン語でしょ……
ロヴィーザ:デンマーク語を話せるスウェーデン人もいるけど、大体みんな英語で会話してると思うよ。
のぞみ:他にもデンマーク人とスウェーデン人が国境を行き来する理由はある?
ロヴィーザ:デンマークの方がお酒が安いから、お酒を買いに行くスウェーデン人も結構いるよ。
スウェーデンでは国営の酒屋でしかお酒が売ってないんだよね。デンマークはその点ドイツみたいで、スーパーでもお酒が売ってるし、飲酒年齢も低いんだよ。
のぞみ:お酒目当てで国境を超えるのは、ヨーロッパあるあるだね!
あとで思い出したのだが、そういえば夫の妹夫婦が婚姻手続きをしたのもデンマークだった。
スウェーデンよりデンマークの方が手続きに必要な書類が少なくて楽だからと、オーレスントグに乗ってデンマークの市役所に一緒に行った覚えがある。
国境の行き来が簡単になったことで、幅広いメリットがあるようだ。
ある人の日常は他の人の非日常
ロヴィーザと話をしていて気づいたのが、彼女にとって橋の存在があまりにも普通であり、私が興味を持つことを逆に不思議に思っていたことである。
デンマーク側の人も、スウェーデン側の人も、パッとお互いの国に行けることが日常なのだ。千葉に住む人が東京に通勤したり、京都の人が関西空港を使うのと同じような感覚なのだろう。
よくドイツ人に「東京から京都までたったの2時間でいけちゃうの、新幹線ってすごいよね!」と言われても「ふーん、そうだね」ぐらいにしか思ってなかった。
でもそれは、私がロヴィーザに「スウェーデンからデンマークに簡単にいけちゃうの、オーレスン橋すごいよね!」って聞くのと同じなんだな〜と思った。
いや、でもやっぱりオーレスン橋は魅力的だ。
YouTubeで見つけた、マルメからコンペンハーゲンまでの道のりを運転席から撮った動画が最高なので、ぜひ旅行気分に浸ってください。