全くしゃべれない花もあった



びっしり咲いていて怖い。何も言葉が出てこなかった。
マンガで、小さい女の子がお花にしゃべりかけているのを見たことがある。無垢な性格の子で「お花さん、あのね」からしゃべり始める。
確かに花は顔っぽい。具体的なパーツがあるわけではないのだが、つい目を向けてしまう引力があるところが顔と似ている。
自分だったら花に何をしゃべるだろう。
春の河原だ。風も強くなくて気持ちがいい。花もきっと機嫌がいいだろう。活動の邪魔をしないよう、スマートに話しかけたい。
茂みでよく見るムラサキツメクサだ。自分の考えがしっかりあるが人の話も聞いてくれる優しい先輩、という感じがする。
夜とかは、どんな感じでした? 寝やすいですか?
僕は今日、寝起きが悪かったんですよ。変な夢見て。ガタイのいい老人たちがね、ケンカしてるんですよ。鍋とかで殴り合ってて。怖いから別のフロアに移動して待ってたんですけど、しばらくしたら目の前に老人たちが現れて、満足そうに一列で帰っていくんですよ。ぞろぞろ。
そこで目が覚めたんですけど。
なんかすいません。夢の話しちゃって。
じゃあ、あの、頑張ってください。お邪魔しました。
事前に何も決めずにぶっつけで話しかけてみたら夢の話をしていた。人相手だったらとても良くないコミュニケーションの取り方だが、花はと言うと、ちゃんと話を聞いてくれている感じがした。
そしてそれがすごく嬉しい。自分が発したものが空気中で塵にならずに受け取ってもらえた感触。キャッチャーミットからの音。
マンガの女の子の気持ちが分かった。独り言とは全然違う。花にしゃべりかける喜びというものがある。もちろん返事は何もないが、そこも含めて良いものだなと思った。
もっと小さい花はどうだろう。
あとで調べたら繁殖力が強くてあっという間に広がってしまう雑草、と書いてあった。控えめに見えてすごい。
その、なんだろうな…
今日の夜ご飯のおかずとか…、いや、違うな。違いますよね。
言葉が出てこない。さっきと違い、言葉が風に流されてしまう感じがした。花が小さすぎるのだ。すごく独り言っぽい。
今日の夜ご飯の相談をしようと思ったが、やめておいた。
しゃべる相手の花はある程度の大きさがあった方がいいみたいだ。
最近いい気候が続きますね。
あの、もうね。知ってるかもしれないんですけど、しばらくしたら次は梅雨っていう雨がたくさん降る季節になるのでね。どんなことが必要なのかは分からないんですけど、もし準備が必要なら、ゆっくり始めておいてもいいですよね。
まだ全然大丈夫なんですけど。あともうしばらくしたらね。うん。
大勢を相手にしている、と思ったら「役に立つことを言わなくては」という心理が働き、梅雨の予告をしていた。夢やご飯の話なんかとてもできない。ハルジオンがまた、顔を真上に向けて興味津々な表情をしていたのでなおさらだった。
花相手でも、大勢にしゃべる時は役に立つことを言おうとすることが分かった。
たくさん買っちゃって、ちょっと無理して全部食べたんですよ。だから今お腹いっぱいで。
でもパンでお腹いっぱいって、ちょっと不安な感じがするんですよね。腹持ちしないことが分かってる満腹感があって。分かります? お腹いっぱいなのに、すぐにお腹空くぞ、ってことも分かるんです。
パンはね、程よい量食べた方がいいですね。なんでもそうなんだけど、特にパンはね。
ある程度の大きさがあって、程よくまばらに咲いている花。これが一番しゃべりやすい花だ。
言いたいことが言えた感じがしたし、それをしっかり受け止めてもらえた。返事をせずただ聞いてくれてありがとう。
うまく言葉が出てこない。
買ってきた花にしゃべりかけるのはなんか違うと思った。自分で選んで買って、花瓶に入れているところが良くない。外を歩いていて偶然出会う、というしゃべりかけるまでのストーリーがないのだ。
ガーベラともしばらく暮らしを共にしたら別のストーリーが生まれて、しゃべりかけられるようになるかもしれない。
以上が、5つの花にしゃべりかけた様子である。明らかにしゃべりやすい花としゃべりにくい花があった。
聞いてほしい話があったら、しゃべりやすい花に受け止めてもらうのはどうだろう。スピーチの練習などを聞いてもらってもいい。
びっしり咲いていて怖い。何も言葉が出てこなかった。
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