ハンバーガーをめくられた
「行けばやってる」ライブ、いつでも観られると思うときっかけが無くてずるずると観ないことになるので「暇だから」ぐらいの理由で観に行ってしまった方がいい。
あとライブとは関係ない話なのですが、合間に行ったハンバーガー屋さんで僕に提供されたハンバーガーが間違っていたらしく、店員さんがそれを確かめるために僕の席に来て「ちょっとすみません」と言って上のパンをぺろっとめくった。
あれはなんだかすごくドキドキした。
「東京都いう街には活気がある。毎日ライブやイベントがそこかしこでやっている」という意見を、マンガか映画かで聞いたことがある。地方出身のキャラクターが東京への憧れを示すためのセリフだ。
僕は今東京で暮らしていて確かにライブとかたくさんやってるよなと思いながらも、結局数週間前から目当てのライブを決めてチケットを取り当日いざ出かける、という参加の仕方しかしていない。毎日何かしらやっているのなら、ふらっと出かけて見つけたライブに当日飛び込んでもいいのだ。
やるにあたってルールを決めた。
調べすぎてしまうと「その日の思いつきで」という大事な要素が薄れてしまう。しかしラフに臨み過ぎるとせっかくのライブを楽しめないかもしれないし、ライブそのものに迷惑がかかるのでやめよう、という趣旨である。
無茶はしない。最悪の事態になってもこの原稿に書くことが無いだけである。取るに足らぬことだ。
SHIBU HACHI BOXは朝10時からやっていて、それは事前に分かっていたのだが9時半ごろ現地に着いた。「取るに足らぬことだ」とか言っていたが不安なのだ。書くことがなかったらどうしよう。
30分で周辺を散策でもすればよかったのだが、ここから遠くへ離れたくない、10時になったらすぐ入りたいという気持ちが勝り、特に何をするでもなくSHIBU HACHI BOXの開店準備を眺めていた。
この案内所ではチケット販売もやっていて、そこで買えるライブの情報がパンフレット内のQRコードから調べられる。府中の落語会の情報が出た。
府中の落語会。
「渋谷じゃないんだ」と思う。ここなら何かライブがやってるんじゃないかと思い勇んで渋谷に来たのだ。落語は是非生で観たいし今から府中に行けないことはないのだが(電車で30分)、この気持ちの持って行きどころはどうしたらいい。
府中に行くか渋谷に留まるか。
そんなことを考えながらぼーっとしていると、友達がR-1グランプリに出ると言っていたことを思い出した。もうすぐ1回戦があるらしいのだ。調べたらやっていた。渋谷で。そう、今、ここでだ…!
R-1グランプリはテレビで放送される、ピン芸No.1を決めるお笑いの大会である。ピン芸というのは一人でやる芸のことで、内容は漫談でもコントでもなんでもいい。
テレビで放送されるお笑いの大会というのはいくつかあって、それぞれ時期をずらして何ヶ月かかけて予選をやっているので、一年を通して何かの大会の予選は観られることになる。さらに時間も、1回戦や2回戦であれば朝から夕方までずっとやっている。
「行けばやってる」のだ。お笑いの大会の予選。
大きいミニシアターぐらいの会場だった。127席あるらしい。そこに僕を含めて10名くらいのお客さんが座っている。お笑いのライブに来たことはあったけど、大会の予選は初めてである。
もちろん演者の方がずっと多くて(その日だけで200名以上出るらしい)、スタッフの方もそちらの対応に意識が行っているようだった。僕みたいな思いつきでふらっと来た人間にとっては気楽で居心地の良い空間である。
そしてあっという間に始まり、結局1時間、20名ほどのピン芸を観た。とても文章にまとまらないので感想を箇条書きにします。
ネタを忘れてしまったり声がうまく出ていない方もいた。僕にとっては突然の思いつきで観たものだったが、その方々にとってはそれほど緊張するくらい大事な舞台だったのだ。
「毎日何かしらやっている」ということは、毎日、誰かが大舞台でうまくいったりいかなかったりしているということを実感した。
このあとお昼ごはんを食べて池袋演芸場に来てみた。観光案内所での落語会のことをぼんやり覚えていて、でも落語を観るのならこの機会に演芸場に行ってみても良いんじゃないかと思ったのだ。
演芸場というのは講談や落語の常設館で、毎日昼から夜までやっていて、しかもチケットは当日券しか販売しないので、まさに「行けばやってる」というふらっとライブを観たい人にぴったりの場所である。
初めて来たけどこんな繁華街にあるとは知らなかった。居酒屋がおせち料理みたいにギュウギュウに詰まった通りに紛れて演芸場がある。
演芸場居酒屋だ。しかしコンセプトだけじゃなく中身も何もかも演芸場なのだ。つまり演芸場居酒屋から居酒屋を引いて、演芸場のコンセプト以外の全部を足したものが池袋演芸場である。つまり演芸場なのだ。
お金を払って地下二階まで階段で降りる。ここからの感想をまた箇条書きにまとめた。
初めての場所で最初は緊張していたのだが、だんだんマスクの下で口角が上がり、最後には声を出して笑っていた。気分が底まで落ち込んだら河原とかマンガ喫茶に行こうと常々思っているのだが、選択肢に演芸場を加えてもいいなと思った。
あと講談師の神田伯山さんのラジオを普段よく聴いているのだけど、たまたま出番があって生の講談を観られた。ラジオで聴いていたあの声がホールを制してすごい緩急で跳ね回っていた。やはり思いつきで来たライブでも「この人は…!」という瞬間があるとライブにハリが出て良い。
運が良ければもう一つくらいライブが観られるのではと思い、よきところで地上に出る。「行けばやってる」で常々思っていたのがアマチュアオーケストラである。
高校大学の部活動のオケ(オーケストラを略してオケというらしい)、部活のOBのオケ、各自治体のオケ、気の合う友達で作ったオケ、すごい数のオーケストラが精力的に活動している。そうすると毎日とまではいかないが毎週末、どこかで何かしらのオケが演奏会をしている可能性がある。そう思ったのだ。
その日は豊島区管弦楽団のニューイヤーコンサートをやっていた。すごいぞ…!
「行けばやってる」のだ。オーケストラってやつは。ちなみにこの原稿が掲載される週の週末を調べてみると15日(土)には筑波大学管弦楽団のコンサートと、ARTE TOKYOというマンドリンオーケストラのコンサートがある。16日(日)には調べた限り東京だけで6つのコンサートがあった。無闇に前向きな気持ちになる。行くのだ! やってるから!
やってしまった。ちょっとうまくいきすぎてると思ったのだ。見つけた時点で電話で確認すればいいのに舞い上がって足が先に動いてしまった。
アキSONGBIRDさんという方が歌っていた。アキSONGBIRDさんを豊島区管弦楽団と思い込もうとしてみたのだが、人数から曲まで何もかも違うのでアキSONGBIRDさんの曲を正面から聞いた。
池袋の街にカーンと響く明るい声がまた前向きな気持ちを連れて来てくれた。ライブ鑑賞にキリがついたし足もクタクタだったのでこんなところで家に帰った。
数日経った今でも全部のライブの生々しい感触を覚えている。一つだけ観た時より生々しさが長持ちしているのだ。観た全部のライブが、R-1 1回戦と池袋演芸場とチケット買えなかった豊島区管弦楽団とアキSONGBIRDが、あの日に圧縮されて、今同時にゆっくりと解凍されているのだ。
一日に詰め込む必要は特にないのだけど、ふらっと出かけてライブを探すと「行けばやってる」タイプのライブを観られることが分かった。
「行けばやってる」ライブ、いつでも観られると思うときっかけが無くてずるずると観ないことになるので「暇だから」ぐらいの理由で観に行ってしまった方がいい。
あとライブとは関係ない話なのですが、合間に行ったハンバーガー屋さんで僕に提供されたハンバーガーが間違っていたらしく、店員さんがそれを確かめるために僕の席に来て「ちょっとすみません」と言って上のパンをぺろっとめくった。
あれはなんだかすごくドキドキした。
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