特集 2023年6月8日

独立国だけど領土がない!?「マルタ騎士団」ってなんですか?

マルタ騎士団という「領土がない国」がある。

国際法では独立国として認められていて、国連に席もある。憲法だって中央政府だってある。国旗もパスポートも通貨もある。人口はバチカン市国やツバルより多い。 でも、領土はない。

なんだか雲をつかむような話だけど、ぜんぶ本当のことなのだ。日本で唯一のマルタ騎士団員の方に、どういうことなのか話を聞いた。

1975年宮城県生まれ。元SEでフリーライターというインドア経歴だが、人前でしゃべる場面で緊張しない生態を持つ。主な賞罰はケータイ大喜利レジェンド。路線図が好き。(動画インタビュー)

前の記事:あなたの会社の「伝説の社員」を教えてください

> 個人サイト 右脳TV

まるで異世界転生

 2023年現在、マルタ騎士団には13500人の騎士(ナイト)が所属しており、約10万人のボランティアを擁している。

その騎士のひとりが、今回お話をうかがった武田秀太郎さん。現在、日本国籍を持つ唯一のマルタ騎士団員である。

maltatakeda_100.jpg
武田秀太郎さん。普段は九州大学都市研究センターで准教授を務めている。たまたま上京されたタイミングでお話をうかがいました。

武田さんがマルタ騎士団の一員となったのは昨年のこと。日本人としては約90年ぶりのことだという。

シドニーで行われた叙任式の写真を見せてもらうと、その様子はもう完全に異世界転生であった。

maltatakeda_101.jpg
2022年6月。シドニー・セント・メアリー大聖堂で行われた叙任式の様子。黒のローブの胸元にある白い十字は、マルタ騎士団の国旗にも描かれている「マルタ十字」。
maltatakeda_102.jpg
武田さんご本人も「これ今いつの時代なんだろう、って思いました」と振り返るほどの異世界っぽさ。大学教員が気づいたらナイトになっていた件。

「で、マルタ騎士団って何?」という問いに答えるには、1000年近く歴史をさかのぼる必要がある。

時は11世紀の中世ヨーロッパ。イスラム勢力から聖地エルサレムを奪還するぞと始まった十字軍運動がその発端だ。

武田さん 十字軍で結成された、キリスト教側の騎士たちの集まりが「騎士団」です。騎士団というと戦闘のイメージがあるかと思いますが、マルタ騎士団の起源はエルサレムに建つ病院でした。

そこはキリスト教の修道会の病院であり、「病者と貧者」に献身をすることで主に近づいていく……という教えを持っていた。

なので、修道士たちはキリスト教徒もイスラム教徒も関係なく治療を行っていたという。全然戦うような感じではないですね。

武田さん ところが、エルサレムという場所が場所だけに、十字軍運動のど真ん中に巻き込まれてしまうんです。聖地の防衛が義務化されてから、一気に軍事化が進んでいきました。

こうして1113年に生まれたのが、マルタ騎士団の源流である「聖ヨハネ騎士修道会」である。

騎士であり修道士という、ハイブリッドな存在。所属する騎士たちは「病院騎士(ナイツ・ホスピタラー)」と呼ばれていたそう。単純に字面がかっこいい。

領土を失ったきっかけはナポレオン

激しい戦いの末、遂に十字軍はエルサレムの奪還に成功。その後、テンプル騎士団やドイツ騎士団など、さまざまな騎士団が聖地の防衛に奮戦する。

……のだが、結局はイスラム教徒の勢いに押され、100年足らずでエルサレムは再奪還されてしまう。聖地を失い、ヨーロッパ全土に散り散りになった騎士団たち。なんやかんやあって消滅したり、形だけ残る感じになってしまった。

一方、聖ヨハネ騎士修道会は「病者と貧者への献身」という原点に立ち返った。傷ついた人たちはいっぱいいるし、戦闘以外にやることはたくさんある。だから消えることなく「騎士団」として続いたのだ。

maltatakeda_103.jpg
文字が続くので、武田さんの異世界転生っぽい写真を一旦ご覧ください。

その後、イスラム勢力の反撃を受けながら、聖ヨハネ騎士修道会はキプロス島、ロードス島、マルタ島へと、地中海の島々を西へ西へと移動していく。

ロードス島では島の統治者となり、ここで初めてロードス騎士団という「領土を持った国」になった。

……あれ? 昔は領土があったんじゃないですか。ここからどうなっちゃったんですか。

武田さん マルタ島の統治者(マルタ騎士団)になったあと、1798年にナポレオンが攻め込んできたんです。同じキリスト教徒であるナポレオンには、騎士団として剣を取るわけにはいきません。マルタ騎士団は戦うことなく、マルタ島を明け渡しました。

こうして、マルタ騎士団は領土を追われてしまう。ヨーロッパを漂流するマルタ騎士団の騎士たち。あぁ今度こそ消滅してしまう……。

……と思われたが、ウィーン会議などの国際会議を経て、「マルタ騎士団は領土を失っても国家主権を持っている」ということが国際的に認められるのだ。なんで!?

武田さん マルタ騎士団自体の外交努力もありましたが、イギリスやフランスの政治的な思惑もあったみたいですね。ともあれ、以来200年間、マルタ騎士団は国際法上で類を見ない「領土なき独立国」であり続けているんです。

そうは言っても、最初は右往左往の日々だったらしい。

マルタ島には帰れないし、「土地ちょうだい」というお願いに「いいよ!」なんて言う国なんてない。ヨーロッパ各地にあったマルタ騎士団の修道院も次々閉鎖して、遂にゼロになってしまった。

そこで立ち返ったのが、やはり「病者と貧者への献身」。

ローマに本部を置いたマルタ騎士団は、「病院騎士団」として再出発するのだ。

いったん広告です

パスポートはあるけどたまに空港で止められる

ここから時計の針を一気に現代まで持っていこう。

現在、マルタ騎士団の主たる活動は人道支援にあてられている。世界120ヶ国で活動を展開し、1500の診療所・医療センター、20の総合病院、110の老人介護施設を運営。年間予算は約3000億円にのぼる。

医療支援のほかに、災害や紛争にも対応。有事から48時間以内に世界へ出発できる体制があり、東日本大震災では児童養護施設へ緊急支援を実施したことも。ロシアによるウクライナ侵攻でも、侵攻直後に救助隊を派遣している。

「病者と貧者への献身」は、現在進行形で続いているのだ。

武田さん マルタ騎士団は、現在122ヶ国と外交関係にあります。国交を結んでいれば、救援活動を迅速に行えるなど、人道支援に大きなメリットがあるからです。

maltatakeda_208.png
マルタ騎士団と外交関係を樹立した国家。アジアやアフリカまで幅広いが、アメリカや日本などは含まれていない。

そんなわけで、マルタ騎士団の外交官はパスポートを持っている。外交関係がある国ならちゃんと国境を越えられる、EUにも正式に認められたマルタ騎士団パスポート。

……とはいえ、たまに空港で止められることもあるらしい。

武田さん この前も、タイで国際会議があった帰りに「これはなんだ?」って止められて、空港で何時間も待たされたナイトがいますよ。そりゃ知らないと「なにこれ!?」ってなりますよね(笑)

ちなみにマルタ騎士団には自国通貨(スクード)があり、コインの鋳造もしている。ただ現在は使えるところがなく、記念硬貨と化しているとのこと。ほしい。

マルタ騎士団に入るまでの長い道のり

長い年月をかけ、不思議な運命をたどってきたマルタ騎士団である。やっぱり「自分もその一人になりたいな」みたいな気持ちがあったわけですか武田さん。

武田さん 自分から「入れてください」と手を挙げたわけではないんですよ。そもそも、マルタ騎士団は自薦を受け付けていないんです。

maltatakeda_205.jpg
「『入れてくれ!』って押しかけてくる人は、逆にブラックリストに入ると思います(笑)」

武田さんは、学生時代に国際支援を経験したことをきっかけに、人道支援活動を続けるかたわら趣味で騎士道の研究を始めたという。

ネットで騎士道を検索してもラノベや漫画ばかり引っかかるなか研究を続け、騎士道に関する書籍の翻訳を手掛けるまでになった。

maltatakeda_207.jpg
レオン・ゴーティエ『騎士道』(中央公論新社)。翻訳者に武田さんのお名前が。趣味というにはあまりにもガチの書籍。

こうして騎士団に関する理解がMAXに達した武田さんに運命が微笑む。2020年、国際原子力機関(IAEA)の国連職員としてウィーンに行くことになったのだ。

騎士団的には本場である。マルタ騎士団は国連にオブザーバーとして加盟しているので、「本当に席があるんだなぁ」と実際に確かめに行ったりもした。

そしてある日、同僚から「マルタ騎士団に興味ありますか?」と話しかけられる。ありますと伝えると、すぐに騎士とのランチが設定された。

武田さん フリースを着た気の良いおじさんが来たんです。楽しくお互いの人道支援の苦労話なんかをおしゃべりして、美味しかったですね~って解散して、家に帰って名刺を検索したら公爵だったんですよ。偉いんですよ!公爵は。

さらに検索すると、おじさんの家は城であることも判明。

そういえば「コロナ禍でお互い狭いアパートに閉じ込められて大変ですね」って話題になったとき、「まぁ私は庭でハンティングができただけ幸運だったけど」って言ってた。どうりで。

maltatakeda_201.jpg
「身分を明らかにしないの本当にやめてほしいんですよね~」と嘆く武田さんと、爆笑する筆者。

それから何度か騎士とランチを重ねると、「この話って言ったっけ?」ということも。どうやら騎士団側でも武田さんの背景や人道支援歴を調べているっぽい。「明らかに面接でしたよね」と武田さんは言う。

そして2020年の年末、騎士団側から「あなたをマルタ騎士団に推薦したい」と連絡を受ける。どうやら“面接”を通過したらしい。

でも、ここでYESと答えてもまだ入団できない。ここから1年間の「修練期間」になるのだ。

武田さん 1年間、騎士団の慈善活動に携わったり、祈祷会に参加したり、小論文を書いたり……。ここで「本当に騎士にふさわしいか」を見極めるわけです。本業もあるので、週末ですべてこなすのは本当にきつかったですね……。

「きついけど頑張れるか」も含めて見ているのだな、と理解した武田さんは、頑張って最後までやり切った。

そして2022年3月、「ローマの評議会であなたの入団が認められました」と、いきなり結果が知らされる。

武田さん 「ようやく認められた」という安堵の気持ちが大きかったですね。周囲の方々にすごく助けていただいたので、これで顔向けできるなと。騎士になることはゴールではなくて、ここからが本当のスタートですから。

maltatakeda_202.jpg
叙任式で与えられたローブ。「ローマにある聖職者衣の専門店で、テーラーメイドで作ってもらったものです。現地のお店には行けないので、自分で首とか肩とか採寸して数字を送りました」

⏩ 「マルタ騎士団に選ばれました」はすべて詐欺

▽デイリーポータルZトップへ つぎへ>

banner.jpg

 

デイリーポータルZのTwitterをフォローすると、あなたのタイムラインに「役には立たないけどなんかいい情報」がとどきます!

→→→  ←←←
ひと段落(広告)

 

デイリーポータルZは、Amazonアソシエイト・プログラムに参加しています。

デイリーポータルZを

 

バックナンバー

バックナンバー

▲デイリーポータルZトップへ バックナンバーいちらんへ