特集 2019年7月5日

ミル貝のさばき方を魚屋さんに習う

さばける気がしない。

魚屋に行くたび視界の端に飛び込んでくる貝がいる。

ミル貝である。

その存在感は圧倒的だ。なのになぜかこれまで避けてきてしまっていた。

今日はプロにこの貝のさばき方教えてもらい、人生における新しいステップへと進みたいと思う。

1975年愛知県生まれ。行く先々で「うちの会社にはいないタイプだよね」と言われるが、本人はそんなこともないと思っている。(動画インタビュー)

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> 個人サイト むかない安藤 Twitter

君はミル貝を知っているか

ミル貝を知っているだろうか。

もちろん寿司屋なんかで食べたことがある人は多いと思うのだけれど、じゃあ調理される前の姿を知っていますかという話である。

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僕がよく行く魚屋さんです。

もちろんそんなの普通に知ってるしさばいたこともあるよ、という人もいるだろう。そういう人は急にイノシシをさばくことになった時のことでも想像して置き換えて読んでほしい。ミル貝もイノシシもやったことあるよ、という人はアベンジャーズでも見に行くといい、きっとおもしろいから。

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アベンジャーズ(イメージ)。

貝というとアサリとかサザエとか、だいたい硬い殻に入っていて、煮たり焼いたりして中身をいただくイメージではないか。

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貝というとだいたいこうして殻に入っていますよね。

しかしミル貝は違うぞ。

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ミル貝こんなだから。
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殻に入ってないから。

ほぼ殻に入っていないのだ。かつて武田久美子はホタテを水着にみたてて伝説となったが、ミル貝は天然でそれを実現してしまった。しかも出てる。ミッションインポッシブルである。

これについていつも行く魚屋の社長に聞いてみた。

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ミル貝ってどうしてこんななんですか。

魚屋「魚卓」の浅見社長はこの道30年のベテランである。15才から魚をさばいていたらしい。

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「どうしてって言われても、貝に聞かないとわかんないけどさ」

浅見さんはせっせとミル貝の箱に海水を入れていた。なぜなら、ミル貝は豪快に水を吹くので放っておくとすぐに水がなくなってしまうのだ。

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ぶしゅー。

どう見てもさばける気がしないミル貝だが、買っていく人は多いのだという。まじか。

「でもだいたいお店でさばいて、って言われますけどね」と。

ですよね。セイウチだってためらうと思うよ。

今回はこのミル貝のさばき方を教えてもらいたいと思う。ミル貝をさばける人生はきっと今までの人生とはまったく違ったものになることだろう。今を変えたい人はこのまま読み進めてほしい。

ではさばく

場所を移してこの道30年の浅見さんに教えてもらうことにした。

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浅見さん、あらためてよろしくお願いします。

まず道具は何を使ったらいいんでしょうか。

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「貝をむくときは、僕らはこの「貝むき」を使いますね」

浅見さんは「貝むき」という先の丸い小刀みたいなものを取り出した。これでだいたいの貝はむけるらしい。一般家庭にはたぶんないのでナイフなんかでもいいと思う。

いや、それはなんとなくわかるのだ。貝むきとかナイフなんかがあれば普通の貝なら僕にだってむける気がする。

でもミル貝はどうだろう。

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ぶしゅー(水はいています)。

貝をさばく技術があったとしても、だ。ひとたびミル貝となると話が変わってくるのではないか。なんというか見ていると心が乱れるのだ。全ての貝は生きているので、その生と対峙するという点で優劣はないはずである。しかし、この貝だけはちょっと違う。言ってしまうとリアルすぎるのだ。単に殻に収まっていないからだとは思うんだけれど。

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「ミル貝も同じですよ。こうして殻と身のあいだに貝むきをいれて」

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「はがしてやります」

いや

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「するとこう」

ちょっとまって。

浅見さんにかかれば一瞬である。あんなに小さな殻だったにもかかわらず、それを外されたミル貝は自分の状況をいくぶん理解したかのように静まりかえった。

ここまできたら次は内蔵にあたる部分を外すのだけれど、すみません僕は心が乱れていて写真が撮れなかったです。だいたいわかると思うから家でやるときは想像でやってください。

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「内蔵外すとこんな感じですね」

ちなみに内蔵とよばれる部分も焼いたりしたら食べられるというが、ちょっとごめんなさい今日は大丈夫です。もう胸がいっぱいなので。

強くなりたい、そう願う僕をよそに、浅見さんはミル貝に包丁を入れる。

半分に開いて皮をむくのだ。

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ああ。
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これはこれは。

するとこうなる。

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あれ?

このあと上の三角の部分を切り落としたところで、突如としてミル貝が食材として認識された。

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え?

ミル貝が寿司ネタに見えた瞬間である。

心の奥につかえていたものがすっと流れた感覚があった。なんと自分勝手なことかと思うが、正直この状態で売られていたらためらわずに買うだろう。

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あとは薄くスライスすると
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見たことあるミル貝の刺身になります。

こうしてミル貝は刺身へと変身を遂げたのであった。

ちょっとここまであまりにドラマチックだったのでいったん休憩をはさみましょうか。


休憩

どうでもいい話なんですが、クロワッサンが三日月型なわけを知っていますか。

むかし、敵軍であるトルコの兵隊が侵入してきたことに気づいたウィーンのパン屋さんが、自軍にそれを伝えたことで攻撃を防ぐことができたので、トルコの象徴である三日月型のパンを作ったという話がありますが、あれうそらしいですよ。


自分でやるとまったく違う

さて、少し落ち着いたところでミル貝の話に戻る。浅見さんに手本を示してもらったあと、つぎは僕がやることになっているのだ。

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自分でやってみないとこの壁は越えられないと思うので。

ミル貝は見た目どおり緊張感のある重さだった。水を入れすぎて細長くなってしまった水風船みたいである。その重さには判断力を鈍らせる危うさがある。

それでも僕は習った通りに貝むきを使ってミル貝の殻を外した。やらねばならぬこともあるのだ。

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ごめん。

将来、レシピサイトなんかもVR化されるかもしれない。その時、一度でもミル貝をさばいたことのある人ならば、これをコンテンツとして安易に公開していいものかどうかちょっと考えるだろう。R12だろうか、いやR25か。興味本位に体験するとPTSDになりそうである。

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どうにか習ったとおりここまでできました。

技術的にはさほど難しいものではない。むしろアジなんかを刺身におろす方がよほど難しいだろう。しかしこれはミル貝と人との心の交流である。中世の騎士たちは戦を通して命のやりとりをしたというが、ならばこれも戦と言えよう。人は敬意をもってミル貝と対峙しなければいけないのだ。

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5歳くらい老けた。

戦いを終えた食卓には、もう水を噴かないミル貝が美味しそうにこちらを見ていた。

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手前は一緒に習ったホッキ貝。こちらは想像どおりのさばき方だったので割愛しました。

これは心の旅だ

言ってしまえばミル貝をさばいただけの記事である。しかしこれは僕にとって、長く険しい心の旅でもあった。これから魚屋さんでミル貝を見かけたら、戦いを挑むかどうか考える選択肢が増えたのだ。新しい時代の幕開けである。

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ホッキ貝もわりとやばいね。

取材協力
話の分かる魚屋「魚卓
〒253-0053
神奈川県茅ケ崎市東海岸北2-1-56
電話0467‐81‐4066

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