本当に面白かった
いま近所に特に国立の研究施設がある人はぜひ一般公開日をチェックして行ってみてほしい。たとえ興味がない分野でも、ぜったいに一つ二つ面白いと思う話が聞けると思うし、それをきっかけにその先にものすごく広い世界が広がっていることに気づくかもしれない。そうなったら儲けものだし、ほんとうにちっぽけな悩みなんてどうでもよくなりますよ。
つくばの地質標本館というところに、34万分の1の精緻な立体日本地図がある。
これがとにかくすごいのだ。
軽い気持ちで見に行ったら、すごすぎて動けなったのでお伝えします。
前に茨城県に住んでいた頃、彼女がつくばに住んでいたので週末のたび訪れていた。
あの頃も確かつくばはよく晴れていたように思う。そのおかげか木々の生い茂り方がすごい。放っておくとこの一帯だけ太古に戻ってしまうんじゃないかというくらいに、緑が力強い。
そんな「つくばの中のつくば」とも言える、産業総合研究所の敷地内に地質標本館はある。思いっきり研究施設のど真ん中だけれど、受付を通れば基本的に誰でも入ることができるのであきらめないでほしい。
茨城に住んでいた頃は僕自身が技術系の研究仕事をしていたということもあって、休みにまで研究所を見に来ようなんて思わなかった。
それがいまやこういうところに来るとものすごくわくわくするのだ。あの頃もっと行っておけばよかった、とは今になってこそ思うのだけれど、あの頃はあの頃でカラオケ行ったり海に行ったりで忙しかった気がするので仕方がない。
地質標本館という名前の通り、展示物はいわゆる地学に関係するものが多い。つまり地面を掘ると出てくるものたちである。
入口から中に入るまでのエントランスの外にすでに岩やら化石やらが展示されていることからも、この建物に入りきらない情報があふれ出てきていることが推して計られる。
中に入るとその通り情報が押し寄せてくるから受け止める覚悟をしておいた方がいい。
その展示内容は化石から鉱石、地層から火山、衛星を使った観測機器の説明まで、少しでも地学に関係するものであれば手あたり次第収集する王様の屋敷のごとく、広く、そしてただならぬ知識欲というか執念みたいなものを感じる量である。
効率的にたくさんの情報を収納するということであれば研究論文にして書棚に置くのが一番なのだろうけれど、こうして実物が展示してあるのはそれ以上の価値があるものだ。本で読むのと目で見るのとでは、やはりインパクトが違う。
すべてを紹介することはできないので、ここでは僕が見て特に面白かったものを駆け足で紹介していきたい。そしてなにしろ一番見てほしいのは立体日本地図なので、はやくその話がしたい。
エントランスを入ってすぐ正面にあるのがジュラ紀の褶曲層の実物大レプリカである。こういうインパクトのあるものは出し惜しみして後半に見せるのがエンタメ界の常なのだが、ここでは最初からこれを見せてくる。
地層から出てくるものを展示するだけでなく、地層まるごと展示してあるのがすごい。迫りくる地層、大迫力である。
ジュラ紀に魂を抜かれた状態で左を向くと、そこには活断層のはぎ取り標本もあるので、打ちひしがれてほしい。
展示室に入ると大小さまざまなアンモナイトが君を笑顔で迎えてくれる。
示準化石という言葉を学校で聞いたことがあるだろうか。その化石が出てきた地層の時代を表す化石である。アンモナイトといえば示準化石の雄だ。
小学校の頃、アンモナイトの化石がどうしても欲しくてほしくてほしくて、誕生日かクリスマスか忘れたけれど、なんとかしてねだって買ってもらったことがある。たぶんあれはいまも実家の机の中にそのままの状態で入っているだろう。僕が化石にあこがれていた時代を示す、ある意味示準化石といえる。
こちらは富士山と箱根周辺の地質についてまとめられているコーナー。
僕はいま神奈川県に住んでいて、箱根や富士山周辺を走るトレイルレースに出たりしているので、このあたりの山の感じはなんとなくイメージできていた。
しかしこんなにガチの火山だったとは、である。山に入るものとして、見て見ぬふりをしてきたものをビジュアルで突き付けられた状態だ。
地学はもちろん現地で掘ったり測ったりすることで詳しいデータを得るのだけれど、科学技術が進歩したいま、宇宙から観測されて得られるデータも多い。
下の写真はなんだかわかるだろうか。土星みたいに輪を持った惑星である。
これ、じつは地球とそれをとりまく人工物である。
これまでに人類が打ち上げた人工物はおよそ8400個以上、その中で現在も軌道上にある物体は5000個以上なのだとか。上の写真の土星の環のような赤い点は人工衛星、無秩序に点在する青い点はロケットの残骸、灰色の点はそれ以下の宇宙ゴミだ。
ちょっとすごくないですか。
数もさることながら、これだけのものがほぼ地球を観測するためだけに空から地球を見ているのだ。見すぎだ。その目を外に向けて、たとえば飛来してくる物体とかそれに乗っている生命の痕跡とか、そういうものの観測にも力をいれてほしいなとか思うのだけれど、いろいろな事情がそういうわけにもいかないのだろう。
ではいよいよ今日のハイライト、日本列島の立体地図にいっちゃおうではないか。覚悟してほしい。
写真で伝わるかどうか不安なのだけれど、サイズからしてすでに圧倒される。うちの寝室をふたつつなげたくらいある。
さらに目を見張るのは精緻な凹凸とそれに合わせた色付けだ。この日本地図は3Dデータをもとに凹凸が正確に再現されており、これに立体処理した画像を投影(プロジェクションマッピング)している。そんな地図、他にあるか。
この仕組みを情熱だけで作り上げた人が古生物学者の芝原さんだ。
芝原暁彦 (しばはらあきひこ)
福井県生まれ。古生物学者・地球科学可視化技術研究所CEO。筑波大学博士課程修了(理学博士)。
同大研究員、産総研特別研究員を経て、2017年まで産総研地質標本館所属。福井県立大学恐竜学研究所客員教授。
地球科学可視化技術研究所HP
芝原さんには以前福井県出身者としてインタビューさせてもらったことがある。福井県は恐竜の発掘が盛んな場所で、その時も半分以上恐竜の話をして終わった。楽しかった。僕が最も尊敬する学者の一人である。
今回は作者の一人である芝原さんにこの立体日本地図を解説してもらった。
芝原さんいわく、もともとはこれ、個人的に家で作っていたらしい。個人的に、家で、だ。びっくりしたので2度言った。
芝原さん「子どもの頃は家に紙粘土で作っていたんです。ある時秋葉原に行ったら中古の壊れたフライス盤が5万円で売っていたので、メーカーから部品を取り寄せて直して、それからはそれを使って家で地形を掘り出していました。いまは地形模型製作のトップクラスである大道寺覚さん(ニシムラ精密地形模型)という方に、ベンチャーのCTOとして参加いただき、模型作りも彼にお願いして、こうした大規模なものができるようになりました。」
そういえば僕が知っている金属の専門家も家に曲げ試験機を持っていると言っていた。そのくらいじゃないと研究者の情熱は受け止められないのかもしれない。
あらためて日本地図を見てみよう。
日本地図は全ての映像をオフにすると、日本周辺の凹凸だけが見えてくる。
こうしてみると陸は本当に微妙な海面の高低差で海から陸になっているのだとわかる。氷河期で陸地が増えるとか温暖化で内陸部まで海になるとか、これを見てるとそりゃそうだろうなと実感できる。
地図には、こうして自分の必要な情報を選んで投影することができるのだ。これがすごい楽しい。
鉄道は昔からあるインフラだから谷を通しているのだ。これが高速道路になるとこうなる。
一瞬で日本全国にインフラを整える神がいたらこういう気分なんだろう。自分たちがこの中に暮らしていることを忘れて外から眺めているような気分になる。
道路網を表示すると国道から県道までがまるで血管のように日本全国に張り巡らされる。
ここで使用しているプロジェクターは特殊なもので、日本に数台しか在庫がなかったものを集めてきたのだとか。この地図のために5台使っているので、これでほぼ全部らしい。
何が特殊なのか聞くと、レンズを動かしたり被写界深度(ピントの合う幅)を変えたりできるということだった。わからないなりにすごいものだろうということはわかる。
地上だけでなく海底の凹凸も計測データ通りに作っているので、プレートの移動でできた「しわ」まで見える。
凹凸を3.5倍に強調しても関東平野はすごく平らなのだけれど、よく見ると東京の地形にも凹凸はある。渋谷あたりはちゃんと谷になっているし、西に行くとなだらかに山へとつながる。
芝原さんは忙しい人なのでこのあと研究に戻って行ったが、僕はしばらくこの地図の前で表示を変えて上から横から長い時間日本を眺めていた。
川に沿って平野が作られていたり、そこから道路が広がり人工密集地が作られたり(学校を表示できるので人口動態を把握できる)、地学という学問が実は僕たちの暮らしに深くかかわっていることがわかる。
これは確かに家にほしくなる。3Dのデータは公開されているし、いまやフライス盤どころか3Dプリンターだって普及しているんだから、やろうと思えばできるのだ。第二の芝原さんが出てくるのも近いんじゃないだろうか。
いま近所に特に国立の研究施設がある人はぜひ一般公開日をチェックして行ってみてほしい。たとえ興味がない分野でも、ぜったいに一つ二つ面白いと思う話が聞けると思うし、それをきっかけにその先にものすごく広い世界が広がっていることに気づくかもしれない。そうなったら儲けものだし、ほんとうにちっぽけな悩みなんてどうでもよくなりますよ。
▽デイリーポータルZトップへ | ||
▲デイリーポータルZトップへ | バックナンバーいちらんへ |