特集 2023年11月9日

狩衣(かりぎぬ)は意外と簡単に着られる

神職の装束のひとつに「狩衣(かりぎぬ)」というものがある。

上の画像にも載せてあるが、いかにも高貴なあの衣装のことである。神社にあまり縁のない方でもテレビなどで一度は目にしたことがあるのではないだろうか。

実はこの狩衣、着るのがすごく簡単なのだ。慣れると1分もかからずに着られるほどに。

今日はそんな狩衣の着用法の話をしたい。典雅な記事になりそうだぜ。

1993年生まれ。京都市伏見区出身、宮崎県在住。天性の分からず屋で分かられず屋。ボードゲームと坂口安吾をこよなく愛している。

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いざ典雅リベンジ

今年の春、当サイト編集長の林さんが僕の職場である神社まで来てくださった。境内をあちこち案内しながら神職ならではの話をして、その様子を記事にもしていただいたのだけど、実はこのときのことで一点だけ心残りがあるのだ。

現場の僕の服装が変だったのである。非番ということもあって神社に似つかわしくない派手な柄のシャツを着てしまっていたのだ。

林さんに拝礼の角度を教えたりしたが
シャツがごちゃごちゃの柄でいまいち説得力がなかったかな…

カジキとシイラが飛び跳ねている柄のシャツの男が「拝の角度は90度ですよ!」とか言ってきても頭に入ってこないだろう。釣りの話ならともかく。なにせシイラである。

その時の埋め合わせがしたいので、まずは狩衣を着ている僕の姿をご覧いただきたい。前に進むために、狩衣でいったんシイラを相殺しておきたいのだ。 

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いわゆる二礼二拍手一礼の「礼」を神職は「拝」と呼び、90度で腰を折り曲げて一呼吸3秒かけて行います。
手に何も持っていない空手(くうしゅ)のときは手が膝にかかるようにします。

ほら、絵面の説得力がすごいし典雅である。この格好で登場すればよかった。

高貴な感じがするのはそれもそのはず、狩衣はもともと平安貴族の衣服なのだ。

狩猟に出かける際に着用されたのがはじまりらしいが、時代を経るごとに立ち位置が変化していき、現在では主に神職の常装として用いられている。

ご祈願や地鎮祭に奉仕する際など、日常的に身に着けることの多い身近な装束なのだ。

烏帽子と笏とセットで

少なくとも現代においては神職だけしか着てはいけないというものではなく、雅楽演奏家の方や愛好家の方などが所有していることも珍しくない。

ちなみに僕のまわりの人たちは馴染みの装束店のカタログで取り寄せているが、そういったツテがなくても装束店が営むネットショップなどでれっきとしたものを手に入れることは可能である。けっこうな値段するけど。

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狩衣は簡単に着られる

さっそく狩衣がどんなものであるかお見せしよう。

畳んである状態。コンパクト。
広げるとこう。これから先「上前・下前」はよく出てくるので覚えておいてください

構造は画像のとおりで、全部がつながっている単純な作りである。基本的に着るときは袖に腕を通して羽織るだけだ。

白衣袴の上に着る。ここまでは根性でどうにかしてください。単(ひとえ)という衣服を間に着ることもあるが省略

そもそも装束は他人に着せてもらうのが正しい方法だが、今回は一人で着る方法を紹介する。いろいろと省いたり説明していない部分もあるが何卒ご容赦いただきたい。

それでは、さっそく着装をはじめていこう。

洋服を着るときのように袖に腕を通す
両腕が通った状態

ここまでは袖に腕を通すだけなので、ワイシャツを羽織っているのとそう変わりがない。 

首元に今で言うボタンみたいなのがあるのです

次に、体の前側に垂れている2枚の布をまとめるために、首元の「受緒(うけお)」と呼ばれる輪っか部分に「蜻蛉(とんぼ)」を入れ込んで引っ掛ける。

腕を入れる前に蜻蛉を通す人もいるし人それぞれなのかもしれない。

結構できてきた。後ろに帯が見えるが、本当は整えて置いておかないとダメ!

 そうしたら、体の前側に垂れている「上前・下前」とそれぞれ呼ばれる部分の位置を調整する。

こう2枚重ねて持って
まくしあげる。かなり狩衣然としてきたぞ。

膝頭を覆うくらいの位置まで上前・下前をまとめて引き上げる。

ちょうどいい位置を一時保存する

大体の位置が定まったら、上前・下前を袴の腰部分に差し込み入れる。

最終的には専用の帯で固定するのだが、それまで手を離してもずり落ちないように仮固定しておくようなイメージだろうか。

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ここではじめて当帯(あておび)を使う
帯を腰に当てて紐を前側に通す。柄が同じで分かりづらいが、マーキングの位置に帯がある。

先ほどまくり上げた「上前・下前」の位置を固定するために帯の紐を体の前方で結ぶ。 

垂らした上前・下前の内側にくるように帯紐を通して結ぶ。はたから見ると結び目は隠れる状態になる

 帯でしっかり固定できたあとは、先ほど仮固定のために袴の腰に差し込んだ上前・下前の部分を引き出す。

後ろ側は地面スレスレの高さにする。余った部分は帯の下に折り込んで調整できる
萌え袖にならないように袖を畳んで長さを調整

袖の部分を腕の長さにあわせて調整し、見栄えが良くなるようにさばく。上前・下前の長さといい、基本的にはどんな体型でも調整すればピッタリ合うようになっているのがすごい。 

烏帽子も紐で調整してサイズが合わせられるようになっている

最後に烏帽子をかぶって微調整をすれば完成!

やったね(黄色のマーカー部、上前下前の高さが合っていないといけません!下手!)

どうだろうか。簡単だっただろう。

逐一文章にしたのでややこしく聞こえるかもしれないが、やっていることは袖を通して裾をあげて帯を巻いているだけである。

これから先、もし狩衣を着ることがあったらこの記事のことを思い出してほしい。 

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おまけ:狩衣の説得力

なんとなく狩衣姿の自分の写真を撮ってもらっていて驚いた。自分で言うのも憚られるが異様に絵になってしまうのだ。

奉納画とともに

奉納された絵画と一緒に映るだけで地方ニュースの一コマという感じがする。
アナウンサーの声が聞こえてくるようだ。曰く「〇〇町在住の△△さんが、神社に絵画を奉納しました。△△さんが絵を描きはじめたのは50歳のころで……」。 

「その扇風機にはなにか秘密があるんですか?!」となるし(なにもない)
神器

なんでもない扇風機やハンガーがありがたいものになる。

極めつけはこうだ。

「みなさま、わたくしの指先をご覧ください」
「何の由緒もない穴でございます」

怒られそうなのでこの辺りでやめます。ご清聴ありがとうございました。


入稿後に編集の林さんから質問があったのでQ&Aを追加しました

Q:あれは私物ですか
A:神社の備品です。個人的に所有しているものも2領あります。
(領は着物を数えるときの単位)

Q:自分で買う場合は好きな柄買っていいんですか?
A:好きなものを買っていいことになっていたと思います。
「この柄いいでしょー?」みたいなこと言ってくる人はあんまり見たことがありません。

でも、重要なお祭りのときに着る衣冠(いかん)の袍の色は上の位から黒、赤、縹(はなだ)と色が決まっています。 

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