いざ典雅リベンジ
今年の春、当サイト編集長の林さんが僕の職場である神社まで来てくださった。境内をあちこち案内しながら神職ならではの話をして、その様子を記事にもしていただいたのだけど、実はこのときのことで一点だけ心残りがあるのだ。
現場の僕の服装が変だったのである。非番ということもあって神社に似つかわしくない派手な柄のシャツを着てしまっていたのだ。
カジキとシイラが飛び跳ねている柄のシャツの男が「拝の角度は90度ですよ!」とか言ってきても頭に入ってこないだろう。釣りの話ならともかく。なにせシイラである。
その時の埋め合わせがしたいので、まずは狩衣を着ている僕の姿をご覧いただきたい。前に進むために、狩衣でいったんシイラを相殺しておきたいのだ。
ほら、絵面の説得力がすごいし典雅である。この格好で登場すればよかった。
高貴な感じがするのはそれもそのはず、狩衣はもともと平安貴族の衣服なのだ。
狩猟に出かける際に着用されたのがはじまりらしいが、時代を経るごとに立ち位置が変化していき、現在では主に神職の常装として用いられている。
ご祈願や地鎮祭に奉仕する際など、日常的に身に着けることの多い身近な装束なのだ。
少なくとも現代においては神職だけしか着てはいけないというものではなく、雅楽演奏家の方や愛好家の方などが所有していることも珍しくない。
ちなみに僕のまわりの人たちは馴染みの装束店のカタログで取り寄せているが、そういったツテがなくても装束店が営むネットショップなどでれっきとしたものを手に入れることは可能である。けっこうな値段するけど。
狩衣は簡単に着られる
さっそく狩衣がどんなものであるかお見せしよう。
構造は画像のとおりで、全部がつながっている単純な作りである。基本的に着るときは袖に腕を通して羽織るだけだ。
そもそも装束は他人に着せてもらうのが正しい方法だが、今回は一人で着る方法を紹介する。いろいろと省いたり説明していない部分もあるが何卒ご容赦いただきたい。
それでは、さっそく着装をはじめていこう。
ここまでは袖に腕を通すだけなので、ワイシャツを羽織っているのとそう変わりがない。
次に、体の前側に垂れている2枚の布をまとめるために、首元の「受緒(うけお)」と呼ばれる輪っか部分に「蜻蛉(とんぼ)」を入れ込んで引っ掛ける。
腕を入れる前に蜻蛉を通す人もいるし人それぞれなのかもしれない。
そうしたら、体の前側に垂れている「上前・下前」とそれぞれ呼ばれる部分の位置を調整する。
膝頭を覆うくらいの位置まで上前・下前をまとめて引き上げる。
大体の位置が定まったら、上前・下前を袴の腰部分に差し込み入れる。
最終的には専用の帯で固定するのだが、それまで手を離してもずり落ちないように仮固定しておくようなイメージだろうか。
先ほどまくり上げた「上前・下前」の位置を固定するために帯の紐を体の前方で結ぶ。
帯でしっかり固定できたあとは、先ほど仮固定のために袴の腰に差し込んだ上前・下前の部分を引き出す。
袖の部分を腕の長さにあわせて調整し、見栄えが良くなるようにさばく。上前・下前の長さといい、基本的にはどんな体型でも調整すればピッタリ合うようになっているのがすごい。
最後に烏帽子をかぶって微調整をすれば完成!
どうだろうか。簡単だっただろう。
逐一文章にしたのでややこしく聞こえるかもしれないが、やっていることは袖を通して裾をあげて帯を巻いているだけである。
これから先、もし狩衣を着ることがあったらこの記事のことを思い出してほしい。
おまけ:狩衣の説得力
なんとなく狩衣姿の自分の写真を撮ってもらっていて驚いた。自分で言うのも憚られるが異様に絵になってしまうのだ。
奉納された絵画と一緒に映るだけで地方ニュースの一コマという感じがする。
アナウンサーの声が聞こえてくるようだ。曰く「〇〇町在住の△△さんが、神社に絵画を奉納しました。△△さんが絵を描きはじめたのは50歳のころで……」。
なんでもない扇風機やハンガーがありがたいものになる。
極めつけはこうだ。
怒られそうなのでこの辺りでやめます。ご清聴ありがとうございました。
入稿後に編集の林さんから質問があったのでQ&Aを追加しました
Q:あれは私物ですか
A:神社の備品です。個人的に所有しているものも2領あります。
(領は着物を数えるときの単位)
Q:自分で買う場合は好きな柄買っていいんですか?
A:好きなものを買っていいことになっていたと思います。
「この柄いいでしょー?」みたいなこと言ってくる人はあんまり見たことがありません。
でも、重要なお祭りのときに着る衣冠(いかん)の袍の色は上の位から黒、赤、縹(はなだ)と色が決まっています。