かつて北海道に2本の県境があった
さて、北海道内の青森県の県境のひとつを見に行くことはできた。しかし、北海道の県境はこれだけではない。
10年の計画で北海道の行政を司っていた開拓使は、1882(明治15)年にその役目を終え、函館県、札幌県、根室県と3つの県に分かれることになった。このとき、三県のほかにも農商務省の北海道事業管理局も設置されたので、この時代を三県一局時代と呼んでいる。
札幌県、函館県、根室県の三県は、1886(明治19)年に廃止され、北海道全体を司る北海道庁が札幌市に設置され、三県一局時代は終わったが、この4年間は北海道に2本の県境があったといえる。
この札幌県、函館県、根室県が描かれた地図をずいぶん探したのだけど、結局パキッとしたやつは見つからなかった。が、かろうじて国会図書館のデジタルコレクションで見つけた『日本帝国形勢総覧』の地図をみてほしい。
画像がガタガタなので非常に見づらいうえにわかりにくいが実線が「縣界」となっているので、わかりやすく赤線を入れてみた。
ちなみに、三県一局時代の北海道の全人口は、25万人ほどで、そのうち15万人が函館県に住んでおり、根室県には1万7千人ほどしか人口がなかった。
人口がこれほど違うのに加え、縦割り行政の弊害が発生し、開発が停滞したため、北海道全体を一括で管理する北海道庁が誕生し、三県一局体制は取りやめとなった。
とはいえ、4年ほど、北海道に2本の県境があった。ということは、県境好きとしては、ワクワクしてしまう事実だ。
札幌県と函館県の県境にあの有名な……
明治15年の『太政官布告8号』によると、函館県の範囲は、渡島国一円。後志国の内、磯谷郡、歌棄郡、寿都郡、太櫓郡、瀬棚郡、久遠郡、奥尻郡、島牧郡。胆振国の内、山越郡。となっている。
すでに消滅した郡も多く、どの郡がどこなのか、めちゃくちゃわかりにくいのだが、調べたところ、この中で札幌県と接しているのは、磯谷郡、寿都郡、山越郡の3つであることがわかった。
上の図の青い線がまさに札幌県と函館県の県境だ。もうすこしズームしてみてみよう。
かつて県境だったところは今どうなっているのか。
札幌県と函館県が噴火湾に接しているところをさらにアップしてみてみる。函館県の山越郡だった長万部町と、札幌県虻田郡だった豊浦町(当時は弁辺(べんべ)村)の境界部分に注目してほしい。
これで「あっ」となった人は、勘がいいか、鉄道マニアかのどちらかだろう。旧県境の真上に鉄道駅があるのがわかるだろうか。実はこの駅、あの秘境駅として名高い小幌駅である。
小幌駅は「日本一の秘境駅」ともいわれ、豊浦町のサイトによると「トンネルとトンネルの間、そのわずか80メートルほどの限られた空間の中に存在し、道路も隣接していなければ、近隣に住民もいない秘境中の秘境駅」と紹介されている。
小幌駅は、鉄道以外で駅に辿り着こうとする場合、ほとんど整備されてない山道を30分ほど歩いて行くしかない。
数年前から、さまざまなメディアでその秘境ぶりが取り上げられ、豊浦町の観光スポットとなっており、一時は駅の廃止も検討されたものの、町と住民の要請で存続が決まったという。
そんな小幌駅が、かつての県境上にある「県境駅」でもあった……というわけだ。
もちろん、小幌駅の前身である小幌信号場が完成したのは1943(昭和18)年と昭和になってからである。ここに県境があった明治時代は、鉄道線路さえなかったので、その頃はただの境界がある崖だったはずだ。
とはいえ、その境界となっていた崖に後年駅が設けられたという事実はおもしろい。
なお、駅構内に県境がある鉄道駅は全国に3つ(西武池袋線秋津駅、JR新所原駅、JR山崎駅(JR九州の宝珠山駅はBRT駅))あるが、もし、北海道の県境がいまでも続いていれば、小幌駅もそのひとつになったかもしれない。
これはぜひ、行って見ておかなければなるまい。誰も気づかなかった事実に気づいた嬉しさのテンションのまま、函館から小幌駅に向かった。