レトロにもいろいろある
レトロという言葉は「懐古的」という意味らしいけど、当時は現代的だったものを懐かしむ、という懐古趣味もあると思う。
レトロも年代・雰囲気などさまざまだ。
熱海の町並みはかっこいいレトロ。
それはつまりモダーンなのだ。

熱海は日本を代表する温泉地だ。
その名声は徳川家康の入湯からはじまり、かつての新婚旅行や社員旅行ブーム、バブル期のリゾートマンション建設、現在のレトロブームなど、時代を越えて栄えてきた。
そんな大熱海だけれど、まだあまり注目されていないユニークさがあると思う。
ここにしかないレトロな町並みだ。
レトロはレトロでも、ハードでソリッドでモダンな、純度の高い60年代の町並みである。
熱海は山から海へと駆けおりる、急な斜面につくられた街だ。
平地はすくなく、うねうねとカーブする坂道が海岸線へと続いていく。
今回とりあげる町並みは、そんな熱海駅から平和通り名店街を抜けて、ニューフジヤホテルへと下っていく坂道にある。
まずは写真をみて欲しい。
一見、ふつうに見えるかもしれない。
だが、よく見ると水平連続窓※などのデザインがそろっている。(※窓が横長に連続する開放的なデザインのこと。近代建築の特徴のひとつ)
どれも1960年代前後に建てられたビルだからだ。
この時代のビルは共同建築といって、商店の各オーナーが共同で横長のビルを建てることも多いのだが、それができない地形的な制約がユニークな外観をつくっているのだろう。
さて、次のコーナーだ。急角度のカーブに合わせるように、なかば強引に円弧型のビルが立っている。
人工的でメタリックな外観は、レトロな時代のビルだけど全然懐古的ではない。大興奮である。
なんとなく、この町並みのユニークさがわかっていただけただろうか。
ひとつひとつは何の変哲もない、どこの街角にもある年季の入ったビルだ。
だけど、この密度と地形を克服しようとする強引さは、他の都市にはない見どころだと思う。
そしてこれらは、東海道新幹線や東京オリンピックで盛り上がった高度経済成長期の残り香なのだ。
筆者はこういう60年代っぽさに興奮してしまうのである。
では、ここでいう60年代っぽさとは何か。
筆者はたんなる素人なのであくまでイメージだが、水平や垂直を強調した、生真面目な顔立ちのビルらしいビルが多いと思う。
レトロというよりはモダンな、それもモダーンと呼びたくなるような感じだ。
戦前のオフィスビルの大半が洋風の重厚な建物だったことへの反動からか、戦後はこういうメタリックで窓の多い軽やかなビルが量産されたのだ。
そして、最近は特に保護されるでもなく、どんどん建て替えられている。
だからこそ、熱海にこれだけ残っているのってすごいことなのだ。
熱海で一番かっこいいと思ったビルがここにある。
椿油で有名な大正8年創業のサトウ椿の社屋である。
竣工当時の写真はレトロなサトウ椿のHPで見ることができる。すごい目立ってたんだろうな~。
筆者の好きな60年代(これは59年だが)の雰囲気は、こんな感じなのだ。
すこしでもわかってもらえたら超うれしい。
余談だが、70年代になるともう少し遊びのある、かわいらしいビルが増えていく。
合わせて見ると、より60年代という時代の雰囲気が際立つと思う。
60年代のソリッドな町並みとはガラッとイメージが変わることがわかるだろう。
ちなみに、このふたつのアカオは創業者が親戚関係だとか。
では、どのような経緯でこのユニークな熱海の町並みはつくられたのだろうか。
『熱海市史 下巻』(1968年、熱海市史編纂委員会編)などからわかった内容を、かけ足で紹介したい。
熱海って、すこし無理をしてできた街なのだと思う。
中世に温泉が発見され、江戸時代に徳川家康が入湯したことでその名声は飛躍的に高まる。
江戸時代には27軒の湯宿が温泉権をもち営業していたそうだ。
明治に入ると東海道線が開通し、上流階級の保養地として数多くの別荘が建てられるようになる。
大正時代からもうすでに海岸線の埋立は始まり、山を切りひらき別荘分譲地がつくられた。そんな早かったのか。
また、その入居者の8割が東京居住者だったという。
熱海って、江戸・東京のあくなき欲求を受けて拡張されていった人工都市なのだ。
東洋一と呼ばれた丹那トンネルの開通により、熱海は東京からも関西からもアクセスできる好立地となる。
また、関東大震災の影響で江戸以来の源泉「大湯」が枯渇したことで独占的な温泉権が解体され、外部からの新規参入者が自由に入ってこれるようになる。この変化は、他の温泉地に比べて非常に早かったそうだ。
こうして熱海は温泉リゾートとして急激に発展していくことになるのである。
そんな熱海を大きく変えたのは、1950年に中心部を焼きつくした熱海大火だ。
曲がりくねった狭い坂道に木造建物がひしめく熱海では消火活動がままならず、約1000棟が焼失したそうだ。
同年「熱海国際観光温泉文化都市建設法」(すごい名前だ!)が施行されたこともあり、熱海は国からも援助を受けながら急速に復興していく。
さらに、1952年に「耐火建築促進法」が施行。最初に防火建築帯に指定された熱海銀座地区をはじめ、鉄筋コンクリートの建物が急増するのである。
中心部の街路も大きく変わった。
道幅拡張し、延焼をふせぐ壁としてのビルを両脇に建てるという大規模な整備が5~60年代にかけて行われる。
温泉街の風情よりも優先すべきものがあったのだね。
駅前の整備も進む。車移動の時代にあわせて、もともと狭小だった駅前を大きく拡張し、今の熱海駅前ができた。
また、高度経済成長期の旅行人口の増加によりホテルのマンモス化がすすみ、ここでも鉄筋コンクリートは重宝された。
こうして鉄筋コンクリートのビルが林立する、今の熱海の景観が形づくられる。
60年代、熱海は日本一の観光客数をほこる温泉観光地として全盛期を迎えるのである。
そんな歴史があるからこそ、熱海の町並みは人工と自然のせめぎ合いに凄みがあるんだなあ。
レトロという言葉は「懐古的」という意味らしいけど、当時は現代的だったものを懐かしむ、という懐古趣味もあると思う。
レトロも年代・雰囲気などさまざまだ。
熱海の町並みはかっこいいレトロ。
それはつまりモダーンなのだ。
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