特集 2018年10月10日

100kgのたいまつを200本焼べて、巨大キャンプファイアーをする鞍馬の火祭

燃~えろよ燃えろ~よ~ なぜ人は、火を見ると高揚するのか?
燃~えろよ燃えろ~よ~ なぜ人は、火を見ると高揚するのか?
京都三大奇祭のひとつに数えられている「鞍馬(くらま)の火祭」。
毎日のようにどこかで祭りが行われている京都の中での話なので、もはや“奇”の最上クラスである。

先日、今年の火祭が中止されると発表された。昭和天皇の病気で自粛して以来30年ぶりということらしい。マジか。


実は数年前、この奇祭に行ったことがある。圧倒的な火のパワーにヤラれて数日放心状態になったのだ。
ようし。記憶をたどりながら、真っ赤に染まったあの日の鞍馬を思い出しリポートするぞー。
イカとタコが大好きで、食べたり被ったり本まで出版しました。
でもサイコーに好きなのはアワビだったりします。世間に対する謙虚です。

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1000年の歴史。30年ぶりの中止

鞍馬の火祭は、山の中腹の静かな集落にある由岐神社の祭礼だ。1000年を超える歴史があり、毎年10月22日に行われている。

先日の台風21号で氏子の家や境内の倒木、なにより唯一の「足」である山岳路線が運休中で、これはもう中止もやむを得まい。
元気だったころの叡山電鉄鞍馬線。10月末には運転再開の予定。Photo:Wikipedia
元気だったころの叡山電鉄鞍馬線。10月末には運転再開の予定。Photo:Wikipedia

天狗がむかえてくれる鞍馬駅

当日周辺は、車もチャリも全面交通禁止になる。しかも、集落に収容できるキャパを超えると電車乗車券は販売中止で早いハナシが先着順なので、是が非でも見学したい人たちで乗車駅はあふれかえるのだ。電車に乗るまでに1時間以上は待った。
駅で待ちかまえる巨大天狗。こちらはWikipediaから拝借した画像だが、当日はご自慢の鼻が折れており、巨大な絆創膏が貼ってあった
駅で待ちかまえる巨大天狗。こちらはWikipediaから拝借した画像だが、当日はご自慢の鼻が折れており、巨大な絆創膏が貼ってあった
車内も下車後も駅を出てからも身動きできない人の数で、警官がスピーカーで「押さないで!」「ゆっくりと!」「一歩前へ!」と叫んでいる。これアレだ。年越しの明治神宮とか隅田川花火大会だ。人の流れに委ねるしかないやつ。

止まるな危険。駅から駅まで一周およそ1時間超コースの一方通行規制

「今年は雨だから人が少なくて楽だね」という他人の話を小耳にはさんで「マジですか」と言ってしまった。マジだった。乗車するまでの時間も例年よりスムーズだったらしい。雨がザンザン降っていた。

数年前から、見物人は駅から駅までの一方通行周回コースに規制されたらしい。1時間を超える行列に加わり、火を観られるのはほんの10分あまりというケースもある。

そもそもこの日、この土地に足を踏み入れられただけでもラッキーなのかもしれない。

午後6時 家々にかがり火が灯されいよいよ始まる

群衆に埋もれながらの牛歩状態は続く。しかも雨だ。傘をさしてる人もいるので視界がせまく(レインコートでしのぐ人も多数)、見物どころか『外』でなにが起きているのかさっぱりわからない。

そんな喧騒の中、もちろん祭事はすみやかに進行していた。ネットで復習しつつ流れを追ってみる。
各家の前のかがり火。多かれ少なかれ、こうして番をする人がかならずいた
各家の前のかがり火。多かれ少なかれ、こうして番をする人がかならずいた
午後6時、
「神事にまいらっしゃれ~」
と言う『神事触(じんじぶ)れ』を合図に、家々の前に用意された“かがり火”に火が灯される。そして小さな松明(たいまつ)を持った幼児が街道をねり歩き、途中で小中の松明を担いだ小中高生が加わっていく。
幼少時から参加する祭り事に、地元民の熱い思いが募るのも当然のことだろう。
たくましい子供たち。毎年成長してゆくんだな……と、親戚のおばちゃんのような気持ちに……
たくましい子供たち。毎年成長してゆくんだな……と、親戚のおばちゃんのような気持ちに……

大松明は長さ4メートル、重さ100キロ

青年以上の男衆が担ぐ大松明は、長さ4メートル、直径1メートル。重さはおよそ100キロもある。100キロといえば、5キロの米20袋分。人間でいうとシドニーオリンピックの金メダリスト、柔道の井上康生あたりか。

打ち鳴らされる鞍馬太鼓とともに、
「サイレヤ、サイリョウ~」(祭礼や、祭礼)
と囃しながら、火の灯った井上康生を担いでねり歩くのだ。ただならぬ体力気力が必要である。
この直後、担いだあとの幼なじみから求婚されたらぜったい承諾してしまうぞ
この直後、担いだあとの幼なじみから求婚されたらぜったい承諾してしまうぞ
「はい。次はわたしを担いでください」返答まで用意してしまった。地元同士の結婚率、ぜったい高いとみた
「はい。次はわたしを担いでください」返答まで用意してしまった。地元同士の結婚率、ぜったい高いとみた

警察に文句を言い続ける元気なおばちゃんたち

20分くらいだろうか、人の波の動きが止まった時間帯があった。

立ちはだかる警察官。止まるなというアナウンス。動かない人間たちの塊。集団で反抗期をむかえたデモ隊のように「一歩も動かないぞ」という強い気持ちが一丸となった。

たしかにこの状況だとかろうじて火を見ることができる。できるのだが、おしくらまんじゅう状態でもあり将棋倒しにならないかと身の危険も感じる。近くにいた逆ギレ中年女性らのモンスターぶりもすさまじかった。
「おまわりさんどきなさいよー見えないわよー」
「ずるいわよーそこ1番よく見えるじゃない」
「けがしたらどーするのよーー! もうっ!」
「いつまでたっても見れないんですけどーっ!」
「責任とってくれるのー」
「おまわりさんの背中撮影しに来たんじゃないわよー」

同じセリフを延々と叫び続けるあのパワーは見習うべきものがあったし、微動だにしないおまわりさんにも学ぶべきものがあった。
撮影しにきたんじゃないおまわりさんの背中、あった。この画像は人がはけた宴の後
撮影しにきたんじゃないおまわりさんの背中、あった。この画像は人がはけた宴の後

午後8時。大松明が集合して、超巨大キャンプファイアー

午後8時すぎ。集落をねり歩いていた大松明は、一同に1カ所を目指して移動する。その数は200本、500本などの記述ありで正式な数は不明だが、タイトルでは謙虚に200を採用した。連なった松明で、道という道が真っ赤に染まっていく。

こうして山門前の石段に集結した松明は、容赦なく火の粉をかっ飛ばしながら巨大な炎を形成していった。
火の行進
火の行進
次々に集まる松明というよりもはや「火」。坂を下るサマは、山火事のようである
次々に集まる松明というよりもはや「火」。坂を下るサマは、山火事のようである
地元の人の配慮もあり、運よくすごくよいポジションから見物できたのだけれど、初心者の心臓にはすこぶる悪かった。こんな火の塊を見たことがない。顔の表面が熱い。

なおも松明が焼べられていき、そのたびに炎は怒号をたてながらますます巨大化していった。

神を信じる信心が芽生えてしまう火柱の大きさ

すでに火柱は二階建ての一軒家丸ごと燃えているような大きさになっている。それでも勢いは止まらず、もしかしてこれはなんらかのトラブルじゃないですかと心拍数があがるのだが、待機している多くの消防車が出動するようすはない。
集結する火の神さまたち……
集結する火の神さまたち……
中央左寄りのキャップをかぶった男性と比較するとその炎の大きさがわかっていただけるのでは
中央左寄りのキャップをかぶった男性と比較するとその炎の大きさがわかっていただけるのでは
スケールのデカすぎるキャンプファイアー
スケールのデカすぎるキャンプファイアー

大規模なキャンプファイアーだなどとよろこんでいる場合じゃなかった。こわい。こわいけど見たい。熱い。きれい。こわい。目が離せない。畏怖の念がすごい。
クライマックスがなんども攻めてくる。電線とか超えてるし……どうなってんだ? これ
クライマックスがなんども攻めてくる。電線とか超えてるし……どうなってんだ? これ
昔の人が、火を神格化して火炎崇拝したのもよくわかる。そりゃなるな。これは感情を持ったモンスターだ。いや、神だ。いる。います。神さまはいます!
火の海から生還してきたような人のかげ
火の海から生還してきたような人のかげ
かと思えば、一同総シャーマンになって見守る
かと思えば、一同総シャーマンになって見守る
こうしてほぼトランス状態になっていた私だが、同時に祭りもクライマックスを迎えていたようだ。

神輿の上で逆さ大股開き。チョッペンの儀

山門から、二基の神輿が下りてきた。というよりも転げ落ちてきた(わけないのだが)という感じだ。とりわけ豪華絢爛でもないのに、アリみたいにやたら人が群がってるな? とは思ったけれど、圧倒的な炎にヤラれていたのでそれほど気にしていなかった。

これこそが奇祭とされる所以である『チョッペンの儀』だったらしい。
担い棒にふんどし姿の若者がぶら下がり、神輿の上で逆さ大の字に足をおっぴろげるという。あとでネットで映像を見たら、それはそれはりっぱなV字開脚だった。鞍馬に伝わる成人の儀の名残りとのことで、いわゆる元服だったのだろう。
画像をめいっぱい明るくしたら、かろうじて右のはじに見えたお神輿。これはV字開脚のあとである
画像をめいっぱい明るくしたら、かろうじて右のはじに見えたお神輿。これはV字開脚のあとである

神輿の宮入りは0時。夜11時すぎにはだいぶ見学の数が減っていた。地元住民、あるいは親戚ですこんばんはという雰囲気を醸しだしながらどうどうと歩いて集落を探索したのだが、進めば進むほどタイムスリップしていくような街並み。小説の中で読んだことのある風景。もっと言えば、横溝正史の映画にでてくるような佇まいだった。
ここで青春を過ごしたかった……(と、だいたいどの旅先でも思うんだが)
ここで青春を過ごしたかった……(と、だいたいどの旅先でも思うんだが)
街灯もなく、灯といえばかがり火だけの民家が途切れ、先が見えないところまできた。ここから先、一歩でも足を踏み入れたらもう現実には戻れないぞと山神に脅されてるような暗闇だ。
歩けばすぐ終わる小さな集落に、よくこれだけの数の担ぎ手がいるものだ。都会でも人手不足で町内会は四苦八苦しているのである。ちょっと信じられない。地下都市でもあるんだろうか。都会に出た子供たちがこぞって戻っている可能性も高いが、それにしても、である。

この日のために一年を過ごしているという人もいる。わかる。一度見物に行っただけでこれだけの熱い思いがたぎるのだ。地元の人たちにとって、今年の中止はさぞ残念なことだろう。
子供たちもずいぶん活躍していた祭事だった
子供たちもずいぶん活躍していた祭事だった
人混みや並ぶことが大きらいで極力避けているが、あの炎のモンスターだけはもう一度見たい。
関係者のみなさん、復旧に向けてどうかご無理のないように。東京から念を送ります。そして今度こそ、神輿の上の大股びらきを心ゆくまで堪能いたします。


同日の京都では「時代祭」も行われている。後日祭に行ったが、圧倒的な炎のあとなのでいまひとつ躍動感にかけ、なんだか惜しいことをした。
馬がウンコしたことくらいしか覚えていないし、今となってはしたかどうかも定かではないし、そもそも馬、いたのだろうか?
いたかあ? 馬。いたはずだけど、写真には残っていなかった。
いたかあ? 馬。いたはずだけど、写真には残っていなかった。
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