カンピョウの苗を買いにいく
細かいことまでは覚えていないけど、カンピョウといえば前にテレビで栃木の農家さんが、大きな瓜を専用の機械でクルクルと回し、特殊な刃物を当ててシュルルル~と削っているのを観たことがある。
カンピョウは瓜の仲間なのだろうということで、5月の初めに種か苗があるのかなと園芸店へいったところ、ユウガオという瓜がカンピョウの正体であることが判明した。
大長夕顔。『カンピョウです』と書かれているので、これがカンピョウなのだろう。
ちょっと調べてみたところ、ユウガオはアサガオやヒルガオの仲間ではなく、ヒョウタンと同一種であり、苦味(ククルビタシンという有毒成分)の少ないものを食用として選別していったそうだ。
カンピョウは漢字で書くと干瓢。なるほど、干した瓢箪(ひょうたん)のことなのか。
ユウガオ、おまえに決めた!
我が家には庭というものがないし、鉢植えではちょっと難しそうなので、こいつを母親がやっている家庭菜園に植えさせていただこう。
都合の良い場所を確認したところ、もうすぐ収穫されるタマネギの隙間を指定された。問題はないのだろうけれど、現時点での違和感がすごい。
タマネギの隙間に植えられた苗。ユウガオというか新顔の登場である。
ユウガオの花が咲いた
その後はたまに雑草を抜いたり、タマネギをいただいたりしつつ、ぼんやりとユウガオを観察した。今のところ、特に世話をすることがない。
5月下旬の様子。タマネギの収穫は終わった。
そして6月後半、畑の野菜がすっかり入れ替わった頃、ユウガオは白い花をつけてくれた。
この花の形、やはりアサガオではなく、ウリの仲間だ。花の色と身の色の関係は知らないが、この白い花はカンピョウにふさわしいなと思った。
ユウガオの栽培はけっこう場所をとり、他の野菜エリアまで侵攻するのではという懸念がでてきた。
夕方に花が開くからユウガオだそうです。これは開花直前の雌花かな。
ウリの仲間は自然の昆虫任せだとうまく受粉してくれない場合があるので、オシベの花粉をメシベにつけてあげたほうがいい。人工受粉というやつだ。
そこで雄花っぽいやつからオシベらしき部分をとって、なんとなく雌っぽい花の芯に押し付けるという、あやふやなおせっかいを焼く。
これが雌花のメシベだと思うんだ。
この天然パーマのようにクルクルしている親近感が沸く花は雄花だろうか。
いまいち雄花と雌花の違いがはっきりしないし、受粉させるべきタイミングなのかも怪しい。もうちょっと義務教育をがんばればよかった。
もしかしたら私が間違えて雄花のオシベ同士をくっつけてしまっていたら、とても申し訳ないなと思ったりもした。
雄花も雌花もまだちょっとタイミング的に早かったかも。
不正確は人工授粉は今回だけにして、今後のキューピットは虫と成り行きにまかせることにした。
ユウガオがでかい
7月中旬、畑に行くと立派な瓜が転がっていた。
おお、丸い。でも、違う。
これは母親が植えたトウガンだな。冬の瓜と書いて冬瓜だができるのは夏。冬まで持つから冬瓜だと教わったことがある。
夏の畑は、ズッキーニ、キュウリ、トウガン、ユウガオ、ニガウリと瓜だらけだ。
それではユウガオはどうなったかというと、これ以上横に伸びることは許さぬと設置された棚を伝って縦に育ち、ご立派な実をドーンとぶら下げていた。
こっちがユウガオだった。
ドーン。写真だと大きさが伝わらないけど、でかいんだ。
あらまあ、すごいボリュームだこと。私のふくらはぎよりも立派である。
これがどれくらいまで育つものなのか、どこまで熟すのを待つべきなのか、そのあたりがいまいちわからないのだが、これ以上大きくなられても困るよなということで(あと3つくらい実がついているし)、まだ若いかなという段階で収獲してみることにした。
でかい。
服にユウガオの表面にあるフワフワがついた。
ユウガオを薄く剥く
さっそく家の中にビニールシートを敷き、カンピョウ作りで一番楽しみにしていた作業へと取り掛かる。
そう、薄くひも状に剥いていく作業だ。これがやりたいからこそ、わざわざユウガオを育てたといっても過言ではない。さて、うまくできるかな。
ヒョウタンの仲間というよりも、青首大根っぽい姿だ。
まずはお尻の部分をスパッと切ってみる。
皮の部分は気持ちよく包丁が入っていくしっかりとした硬さで、内側のカンピョウとなる身の部分は意外とフカフカしている。
まだ若いからか、種のあるワタの部分と身の部分が若干ボーダレスだ。収獲のタイミングが少し早かったかもしれない。
ユウガオの断面。
こいつをどうやってひも状に切るかだが、ちょっと調べたところ、『カンピョウ皮引』というピーラーの親分みたいな道具が存在するようだ。
よし、買うか。いや、ダメだ。買ったところで何回使うんだよという話である。それにユウガオをクルクル回す機械がセットじゃないと使えないような気もする。
とりあえず今日のところは菜切り包丁で桂剥きにしてみよう。そんなに高いものでもないし、汎用性のない専門道具が好きなので、本当はとても買いたいのだが。
カンピョウの幅ってどれくらいが正解なんだろ。
まずは硬い皮とフカフカした白い身の境界に包丁の刃を入れ、くるっと一回転させて皮を剥く。
これは皮が途中で切れても問題ないので、よく切れる包丁があれば、特に難しいことはない。
皮と身の硬さにメリハリがあるので、とても剥きやすい。
さあ本番はここからだ。さっきからフカフカと書いているが、ユウガオの実はちょっとスポンジのような弾力があり、本当にフカフカしているのである。この質感はナスが近いだろうか。
こりゃやっぱり専用の道具を買うべきかなと失敗を微妙に期待しつつ包丁を入れて、カンピョウの厚みを決める。こういう作業はついつい薄くしたくなるけれど、ある程度の厚みがあってこそのカンピョウだろう。厚く均等に剥くというのも難しそうだが。
このくらいの厚さだろうか。まだ仕上がりが想像できない。
ユウガオは薄く剥かれるためにある瓜
実際に手を動かしてみると、ユウガオとは桂剥きをするために生まれて来たのではという心地良さだった。これは心が落ち着く。
触った感じはフカフカだけど、包丁に対してとても素直なのだ。大根のように薄く剥くのは難しいけど、厚く剥くのにちょうど良い手ごたえをしている。もはや桂由美ならぬ桂瓜と呼んでも差し支えない。
ユウガオをわざわざカンピョウにして食べるのは、この桂剥きの作業が楽しいからなのかもしれない。カンピョウ皮引、なくてもいいな。といいつつ使ってみたさはまだ消えてない。
集中力が切れなければ、ユウガオも切れない(格言のように)。
種のあるワタ部分はフガフガしているので使わない。
ユウガオをカンピョウにする作業、こんなに楽しいものだったのか。リンゴの皮がむける人なら、問題なくできるレベルの難易度だ。
うまく剥くコツは包丁を持つ右手親指の使い方。包丁の刃先と親指の間でユウガオを挟み、切る厚さと刃の動きを制御する。包丁を動かして切るのではなく、親指で左右に小さなサインカーブを描きながら、ユウガオを回転させて切っていくのだ。ってなにいってるかわかんないな。だから好きにやればいい。
ただ1つのユウガオから輪切りが10個くらいできるので、いいかげん後半は飽きてきた。1/3は煮て食べよう。
親指でユウガオを押さえ、そして回転させて剥いていく。こういう競技会があったら出たいぞ。
一応ピーラーでもやってみたのだが、さすがに仕上がりがちょっと薄すぎるようだ。
だがピーラーで機械的に削る感覚というのは、包丁で切るのとはまた違った悦びがある。専用の道具が生み出すカタルシス。
やっぱり適切な厚さで均一に剥けるであろうカンピョウ皮引を買うべきかなと思ってしまい大変危険だ。
極薄のカンピョウがよければピーラーもよさそうだ。使い道はわからんけど。
楽しいんだけど、右手が疲れたので指を切る前に終了。
ユウガオは煮るとトロっとしておいしかった。カンピョウとは全然違って、ほぼトウガンだな。
ユウガオを干してカンピョウにする
剥いたユウガオの干し方だが、魚の干物のように網に入れてという訳にもいかないので、洗濯物を干すピンチハンガーにぶら下げることにした。
ベランダが丸見えのお隣さんには、干されたユウガオが包帯に見えて、誰か怪我でもしたのかなと思われたかもしれない。
いろんな幅で作ってみました。
ユウガオは干すことでカンピョウへと変化する。では何日干せばいいのかというと、この夏の猛暑なら丸一日で十分だった。
たった一日でカラッカラ。
ものすごく余談なのだが、このカンピョウを干した日の夜は家に一人きりで、そんな日に限って一階と二階の間でバタバタバタと動物が歩き回る音が一晩中していて、こりゃハクビシンが住みついちゃったかと焦っていた。
そんなタイミングでカンピョウを干したらエサをあげているようなものだよなと心配だったのだが、バタバタバタと足音が聞こえるたびに、釣竿で一階の天井をドンドンドンと突きつづけてここはおまえの住むところじゃない、森にお帰りとアピールしたところ、どこかへ行ってくれたようだ。カンピョウも無事だった。本当によかった。
そんな苦労をしつつ、できあがったカンピョウがこちらです。
ところで今更の話で恐縮なのだが、たぶん私は今までにカンピョウというものを買ったことが無いので(カンピョウ巻ならあるけど)、これが市販品と比べてどうなのかはよくわからない。
干すとかなり縮むので、幅広で厚めが正解だったかな。
畳のような青臭さがちょっとある。
カンピョウを戻す
カンピョウが無事に干しあがったことにすっかり満足してしまい、すぐ冷蔵庫にしまいこんで放置してしまったのだが(自作加工食品あるある)、もちろん食べこそのカンピョウである。
無添加なので早く食べた方がよかろう。よし、苗から育てたカンピョウを食べてみようではないか。なんだか味という結果を知るのが怖いけど。
まずカンピョウを水でよく洗う。
カンピョウ自体を作るのが初めてなら、市販のカンピョウを買ったこともないので、調理するのも初めてとなる。
『カンピョウ=甘辛く煮て寿司に巻かれたもの』だったので、この工程もなかなか新鮮な体験となった。
ごしごしと力を込めて、弾力が出てくるまで塩で揉む。すごく丈夫になっているので簡単に切れたりはしない。
下準備の手順は、水で洗って汚れを落とし、塩をたっぷりと掛けて揉み洗いして、塩を洗い流して水にしばらく浸けて戻すというもの。
あれだけ頼りなかったフカフカのユウガオが、干すことでしっかりとしたカンピョウになっている。編み込めば切れた下駄の鼻緒の代わりになるのではっていうくらい丈夫だ。乾物っておもしろい。
水で戻したカンピョウ。すったもんだを経たユウガオだけが持つ芯の強さを感じる。これはうまいんじゃないですか。
カンピョウを甘じょっぱく煮る
ここからは調理の本番。作るのはもちろんカンピョウ巻である。それ以外の食べ方がまったく思いつかない、それがカンピョウ。
濃いめに甘じょっぱく煮る訳だが、まず和風ダシで柔かく煮て旨味を含ませてから、醤油と酒とたっぷりの砂糖を加えて煮詰めてみた。
初めて手打ちでつくったうどんを思わせるヴィジュアル。
こう見えて麺類ではない。
この時点でちょっと味見をしてみたのだが、滑らかな高野豆腐みたいにフワッフワ。なんだこれ、もううまいじゃないか。
ピーラーで剥いた薄い部分は、口に入れるとオブラートのようにとろけていく。この鍋には甘じょっぱく煮詰めるだけがカンピョウの食べ方じゃないんだぜという発見が詰まっている。
でもとりあえずはカンピョウ巻だ。
甘じょっぱく仕上げていきましょう。
はい、煮えました!
とうとうカンピョウ巻を作る
さあ、ようやく最終の仕上げである。半分に切った海苔を巻き簾に置き、なるべく薄く酢飯を広げ、煮汁を軽く絞ったカンピョウを置いて巻く。
人生で巻きずしを作った経験はほんの数回だが、たまにやると楽しい作業だ。
このカンピョウ、苗から育てて作ったんですよ!って自慢したい。
一本目はカンピョウだけ、そして二本目はワサビをたっぷりと入れてみた。
しっかりと甘じょっぱいカンピョウと通常では考えられない量のワサビという組み合わせ。これぞ手作りだからこそ味わえる個性派海苔巻だ。
回転寿司では回っていないタイプのカンピョウ巻。
くるっと巻いたら真ん中でストン、さらに各片を三等分して、あわせて6つのカンピョウ巻にする。これがワサビの有無で2セット。
左がワサビなし、右があり。
まずワサビなしから食べてみると、カンピョウ部分がこれぞ甘じょっぱいの最高峰という味。ベースとなるカンピョウに味がほぼ何もないからこその純粋な甘じょっぱさ。まず甘さが口に広がり、それを追い掛けてくる醤油のしょっぱさ。この時間差攻撃はカンピョウという味の吸収王に含まれているからこそだ。
そしてとろけるような食感が堪らない。カンピョウってこんなに柔らかく煮ることができるのか。これはカンピョウにおけるトロだ。これはまだ種が熟す前の若いユウガオで作ったからか、桂剥きが薄かったからか。なんにせよカンピョウを苗から作る意味、これは大いにあるぞ。
香りがすでにツーンとくるワサビ入り。
そしてワサビ入りがまたうまいんだ。甘じょっぱさから一瞬遅れてやってくる強烈な辛味。喉の奥から鼻にかけて勢いよくツーンときやがる。こんちくしょう。
これが新鮮な魚なんかだと味がわからなくてもったいないよとなるけれど、ネタが甘じょっぱさだけで成り立っているカンピョウなので、ワサビの辛さが好きならこれこそが正解だ。
どんな料理でも美味しい
カンピョウ巻がうまいのはよくわかった。やっぱりカンピョウは甘じょっぱくして巻物だ。だがこうなるとやっぱり他の料理に使ってみた時の味も気になる。
そこでカンピョウがあるだけ試してみたところ、海苔巻きでしか輝けない一発屋などではなく、どんな料理でも組み合わせた素材の味を引き立てる名脇役であることがわかった。すごいぞ、カンピョウ。
かき玉汁にしてみたところ、天女の羽衣を髣髴とさせるフワフワのカンピョウがうまいのよ。
せっかくの長さなので、ロールキャベツを包むのに使ってみた。食べられる紐、それがカンピョウ。
サッと茹でたカンピョウを、トマトとバジルでサラダに仕上げてみた。しっかりとした歯ごたえがうまい。
ツナ缶と合わせてマヨネーズと合わせてもうまい。クラゲなのかイカなのか大根なのか、まるっきり正体がわからない感じが楽しいんですよ。
2個分のユウガオを使ってカンピョウを作ったのだが、すぐに食べ終わってしまった。全然足りない。
もはや記事とか関係なく、食材としてもっと欲しいし、いろいろと試してみたい。炒めても揚げてもうまいんじゃないだろうか。来年まで待てないので、市販品を買ってこようかな。
カンピョウの正体はユウガオを細長く剥いて干したものであり、それは調理法次第で自在に変化する万能食材だった。まさかカンピョウにここまで心を持っていかれるとは思わなかった。
巻物に欠かせない具という確固たる地位を確立しつつ、実はどんな食材とも合せられる柔軟性を併せ持つカンピョウ。もはやカンピョウのような人間になりたいなとさえ思っている。
我が家のロールキャベツの具は、挽肉とご飯が半分ずつ。