あらゆるところにある「ホーカーセンター」
シンガポールにきた。
マーライオンかわいい
シンガポールやマレーシアなど、マレー半島周辺の国には「ホーカーセンター」というフードコートがあり、そこではシンガポールだけではなく、各国のエスニック料理を食べることができるという。
こんかいシンガポールにきたのは、そのホーカーセンターで海南チキンライスを食べるのが目的の半分ぐらいの気持ちできた。(あとの50%はマーライオンを見に行く)
ホーカーセンターは、本当にシンガポールのいたるところにある。宿泊したホテルの近くにもかなり大きなホーカーセンターがあった。
泊まったホテルの目の前にあった「ゴールデンマイルフードセンター」
このホーカーセンターは、ショッピングセンターの駐車場のような作りと大きさで、壁はなく、半地下の1階と2階が飲食店街となっており、3階は衣料品などの商店街となっていた。
様々な店舗が延々と続く
中は、ちいさい規模の飲食店がびっしりと軒を並べており、その種類は、中華料理、インド料理、マレー料理をはじめ、タイ料理やベトナム料理、また、カヤトースト(※)や、揚げバナナといったおやつのようなものまで、多様な店がある。
(※)カヤトースト…カヤジャム(ココナッツミルクと卵のペースト)を塗ったトーストパン。
まずは、四の五の言うまえに、海南チキンライスを食べたい。
コクピットみたいなキッチン
ホーカーセンターの中を探し回ったところ、2店舗ほど海南チキンライスの店はあった。
そのうち、ひとつの店では、ステテコ姿のオヤジが狭い店内でせわしなく仕事をしていた。
家族分を合わせて海南チキンライスを3つ頼むと、正確な数字は忘れてしまったのだが、10ドル前後だった。日本円で700円~800円ほどだ。
待つこと数分、お目当ての海南チキンライスができあがった。「自助服務(セルフサービス)」と書いてあるので、自分で取りに行くしくみになっている。
別盛りタイプの海南チキンライス
海南チキンライスは、鶏を茹でたその汁で炊いた炊き込みごはんと、その茹でた鶏肉を皿に盛り付けて食べる料理で、香港、台湾、タイ、マレーシア、シンガポールの各国でよく食べられている。
エスニック料理の味付けは、親の仇かっていうほど辛かったり、不可解な甘みがあったりと、極端なことが多い。いや、それがうまさだというのはわかるが、和食の薄味に甘やかされた日本人の舌には攻撃力が強すぎる。
しかし、この海南チキンライスは違う。極端に辛いとか甘いといった、東尋坊に向かってダッシュするみたいな生き急いだ味はしない。遠くからゆっくり迫ってくるような、お釈迦さまが白雲にのって迎えにくるようなうまさがある。エスニック料理耐性がない人でも食べられる安心安全の料理である。
ライスにくらべて、鶏肉は薄味だが、皮のプルプルの部分と肉の柔らかい部分を、鳥のうま味をたっぷり含んだライスと合わせてたべると、絶妙にうまい。
プルプルの部分がいい
屋台が整理されホーカーセンターとなった
ホーカーセンターは、さきほども述べたように、ショッピングセンターの駐車場のような作りになっているので、壁がない。そのため、南国の熱気を含んだ風がそのまま伝わってくる。つまり、外である。ホーカーセンターとフードコートのおおきな違いはこの部分だ。
屋外で食べる食べ物は何にせよ、3割増しでうまくなるというのは、ぼくが勝手に信じている説だが、ホーカーセンターにはまさにそれであった。そんなホーカーセンターで食べる海南チキンライスがまずいわけがない。
ホーカーセンターの建物が、こんな構造になっているのには理由がある。
シンガポールは、かつて「hawker(ホーカー)」と呼ばれる行商人が出す屋台が無数にあった。1950年代、シンガポール政府は屋台の管理と衛生上の理由から、電気、水道、下水、ゴミ捨て場が完備された公共の屋台用スペースを建設した。これが「ホーカーセンター」の嚆矢といわれる。
屋台の営業にライセンスの取得が義務付けられたため、徐々に屋台は姿を消していき、1970年代から1980年代までにはすべての屋台がホーカーセンターに収容され、街角から屋台が一掃された。
つまり、もともとは屋台を集めるための建物であったため、壁のないほぼ外のようなつくりになっている。
中には、金融街のど真ん中にあるホーカーセンターもあるが、ここも壁はなく、大きな屋根の下に屋台の建物が並ぶという構造である。
ラウパサフードコート、金融街の真ん中にあるホーカーセンター
壁がないのでほぼ外
団地の下に必ずあるホーカーセンター
シンガポールは、中国系の人口が75%と最も多いが、その他にもマレー系やインド系といった人たちのほか、移民政策により東南アジア各地から受け入れた外国人労働者も非常に多く住んでいる。
そういった人たちが住むための団地が、シンガポールには所狭しと立ち並んでいるのだが、ひとつの民族が偏って住まないよう、民族の人口比に合わせて、入居できる部屋の割当が民族ごとに決まっている。
こんな感じの国営団地がそこここにあるが、1階部分には必ずホーカーセンターがある
様々な民族がひとつの団地に住むため、そこにあるホーカーセンターの店の顔ぶれもしぜんとバラエティ豊かなものになる。中華料理だけではなく、インド料理、マレー料理、ベトナム料理、タイ料理などはいうまでもなく、ハンバーガーや讃岐うどんまで出すところがある。シンガポールが、多民族国家であることの証左である。
団地の下にある小規模なホーカーセンター
ほぼ必ず、海南チキンライス屋はある
ひと皿3ドル(240円)というやすさ
この店の海南チキンライスは、最初に行った店とは違い、ライスの上に鶏肉が盛られるタイプのものだが、スープやキュウリの付け合せなど、基本的なスタイルはどこも同じである。
お釈迦様が迎えにきました
味も、うまいというレベルでどこもそんなに差はない。心にしみるうまさである。
なお、つけ放題の薬味がいろいろとあるが、これはどれも本気で辛い。
つけ放題の薬味
激辛スイートチリソース、激辛ハラペーニョの酢漬け、激辛甘味噌というラインナップである。これだけ種類があっても、どれも激辛であることは徹底されている。薬味に関しては、箸の先にちょっとだけ付けたものを適宜なめる程度でよいとおもう。
やさしい味の海南チキンライスをつい食べてしまう
ホーカーセンターには、インド料理の店もかなり多いのだが、インド料理のカレーはやはり、鬼のように辛い。結局、いちばんやさしい味の海南チキンライスを食べがちになってしまう。
海南チキンライスは、いじめられるたびに、やさしくなぐさめてくれる観音さまのような慈悲深い料理である。
日本でも海南チキンライスを出す店はけっこうある。それらの店で出てくる海南チキンライスもかなりうまい。
ただ、あの雑多でゴチャゴチャした雰囲気のホーカーセンターでたべる海南チキンライスはまた格別のものがある。
参考資料
『旅行ガイドにないアジアを歩く シンガポール』高嶋伸欣、鈴木晶、高嶋進、渡辺洋介(梨の木舎)
『シンガポールの奇跡 お雇い教師の見た国づくり』田中恭子(中公新書)
『シンガポール謎解き散歩』田中慶子、本田智津絵(中経の文庫)