あの北斗星を再現
寝台列車の車内を再現したホテル「トレインホステル北斗星」は、東京駅から総武本線で2駅め、馬喰町駅4番出口すぐ横にある。
退役したブルートレインの車両をそのまま使ったホテルや宿泊施設は、日本全国にいくつかあるが、東京にはなかったのではないだろうか?
気絶しそうなぐらい駅に近い
フロントに気になるものが多い……
「北斗星」は、2015年の春まで札幌・上野間を走っていたブルートレインだが、ぼくは残念ながら、乗車する機会がないまま廃止されてしまったため、それが心残りではあった。
取材前日、ふと「明日、ブルートレインみたいなホステルに泊まるんだ」ということを思い出し「楽しみだな」と素直におもった。こんなきもちになったのずいぶんと久々だ。
「北斗星」1階のカウンターには、いろいろと気になるものが目に入る。いろいろ聞きたいことはあるけれど、まずはチェックインして一泊したい。話はそれからだ。
宿泊カードを記入すると、代金は二人で7000円、一人あたり一泊3500円であった。我々には、二段ベッドの下部分がわりあてられた。
部屋の入り口にはプレートがかかっている。
オロネ
「オロネ」とある。これは寝台車の形式番号で、「オ」が車両の重量(オオガタのオ)、「ロ」が列車の等級(イロハのロ)、「ネ」が寝台車を表す記号らしい。
部屋に入ると、中には寝台列車のベッドがズラリと並んでいる。
おぉ、ブルートレインだ!
部屋の通路のブルートレイン感たるや、それもそのはず、ここで使われているベッドなどの什器は、本物の北斗星に使われていたものをそのまま使っているらしい。
開放式寝台というやつだ
ベッドには、すでに就寝用の布団とシーツが準備されていたが、ベッドの床板になっている背もたれをあげると、立派なシートになる。
一般的なホステルやドミトリーのベッドに比べると、ベッドの作りが重厚でしっかりしており、めちゃめちゃものがいい。
ベッドの読書灯も本物だ。
ほんもののやつ
これは、以前「あけぼの」(青森−上野間を走っていたブルートレイン、2014年定期運行終了)に乗ったときに付いていたやつと全く一緒だ。
「あけぼの」の読書灯
子供は、開閉式のはしごがめちゃめちゃ気に入ったらしく、なんどもガチャガチャした上に、登っている所を写真に撮れという。
横に開閉するはしご
写真撮ったぞ、満足したか
レトロな書体がいい
ベッドに布団を敷いて、シーツをかけ、いそいそとベッドメイキングをはじめる。
布団はふかふかだな
ベッドメイキング、仕事でしているひとは、なんともおもわないかもしれないけれど、自分が寝る前提のベッドメイキングは、なんだか楽しい。
巣作りの楽しさだろうか。小鳥や小動物に通じる本能的な、快楽物質が脳内に分泌されている可能性がある。
たまらない
2階の共用スペースには、共用のキッチン、テーブル、椅子も準備されており、冷蔵庫も自由に使っていい。
キッチンは、自由に使っていい
このホステルは、2階から5階までは客室となっており、6階には、コインランドリーとシャワー室が備わっている。
コインランドリーもある(写真:トレインホステル北斗星)
シャワー室もかなりの数を完備(写真:トレインホステル北斗星)
さらに、ホステル内はフリーWi-Fiも使い放題で、インターネットもかなりの速さで快適すぎる。自宅のすぐ落ちるくそ遅いWi-Fiに比べると、よっぽどいい。
宿泊料金が、最低でも2100円なので、30連泊しても10万円しない。東京駅から二駅しか離れていないことを考えると今の家賃よりずいぶん安い。はっきりいって住みたい。
銭湯でひとっ風呂あびて自炊する
めちゃめちゃ早いWi-Fiに感動した子供が、自分のベッドにこもったまま、ずーっとスマホゲームをしていてひじょうにマズイので、やめさせて、銭湯に行くことにした。
トレインホステル北斗星から、歩いて10分ほどのところにある十思スクエアという区の施設の中に十思湯という温浴施設があり、そこに行った。
十思スクエアの温浴施設
十思湯は、かなり広い浴場と、休憩所を備えており、シャンプーもボディーソープも準備されているので、レンタルのタオルを100円で借りれば、手ぶらで行っても問題ない。
ちなみにこのあたりは、江戸時代に牢獄と処刑場があったところで、市中引き回しのスタートとゴールになったところでもある。
処刑場跡にある大安楽寺
さて、ひとっ風呂浴びた後、ホステルに帰るわけだけれど、せっかく共用キッチンが備わっているので、なにか自炊したい。
さいわい、銭湯からホステルまでのあいだにスーパーがあったので、食材を買い込み、なにか作ることにした。
スーパーで食材を買うぞ
スーパーで適当に食材を買う
焼きそばでも作ろうか
カット野菜と、豚肉、麺を購入。焼きそばを作りたい。
「よーし、お父さんがなにか作ってやるぞー」というシーンでは、やはり焼きそばが定番であろう。ステレオタイプでありがちな女の子の作る肉じゃがみたいなものだ。
共用キッチンには一通りの道具と、調味料が揃っているので、なんでも作れそうだ。
道具だけでなく、調味料も自由に使って良い
焼きそばと新生姜を切った
うめえー
子供に、写真を撮ってもらうように頼んだら、カメラのモニタを見ながら「お父さんの服がシマシマだからカメラでみるとモヤモヤするんだけど」と、モアレを気にするようなことをいいだした。いいんだよ、モアレは今きにしなくても! いいから焼きそば食えよ。と、無理やり食わせた。
いいから焼きそば食えよ
一晩中起きていたらしい
ぼくは、一杯やってしまったので、サクッと寝てしまったのだが、子供はベッドの狭さに興奮冷めやらず、一晩中起きてスマホをいじったり、本を読んだりしていたらしい。気持ちはわからんでもないけれど、寝てほしかった。
泊まりやすくすこし改造している
翌朝、チェックアウト後に、スタッフの岡崎さんにいろいろとお話を伺った。
スタッフの岡崎さん
――ひと晩、おせわになりました。
岡崎さん「ありがとうございます」
――フロントから鉄道ファンの気持を鷲掴みにするのがすごいと思うんですが、ぼくがびっくりしたのは宿泊カードの地紋。これわざわざ作ったんですか?
きっぷ風の地紋が
岡崎さん「はい、特注です。よく見ていただくと、北斗星のマークがはいってますよ」
地紋とは、きっぷなどの後ろにうっすら印刷されている模様のことだが、こういう細かいところに鉄道好きがニヤリとするような小ネタを入れてくるあたり、わかってる。
各階のベッドをもう一度見せてもらった。
2階の元デラックスツインのベッド、われわれが泊まったところだ(写真:トレインホステル北斗星)
4階のB寝台のベッド(写真:トレインホステル北斗星)
5階のA寝台ロイヤルは、半個室(写真:トレインホステル北斗星)
――ベッドだけじゃなくて、読書灯みたいな照明も本物なのがさすがですね。しかも蛍光灯だから点灯するときに明滅するのがたまんないですね。
岡崎さん「たまに電気がつかないよってお客さまにご指摘いただくこともあるんですが、故障じゃないんです。つくまでのタイムラグを楽しんでもらうということで」
――タバコの吸殻入れだ。館内は禁煙ですよね?
タバコの吸殻入れだ
岡崎さん「はい。館内は禁煙なんですけど、あえてつけてます。ほかにも栓抜きもテーブルの下にありますよ」
センヌキ
もはや、吸殻入れやセンヌキは、実用ではなく、それっぽさの雰囲気を出すための小道具でしかないのがおもしろい。役割としてはディズニーランドのシンデレラ城と同じだ。
――さすがに、お布団は当時と同じものではないですね。ちゃんとふかふかの良い布団ですね。寝台列車の布団はもっとせんべい布団みたいなのだった気がします。
岡崎さん「布団だけじゃなくて、実際と違うところもけっこうあります、たとえばベッドのサイズなども少し広めにしてるところはあるんです。幅を10センチほど広げたりして、すこし余裕をもたせてます」
座面と背もたれの間にわざと10センチほど隙間をつけている
――そこまで細かいところは、鉄道マニアしか気づかないでしょうね……。利用者はやっぱり鉄道マニアが多いですか?
岡崎さん「いえ、そんなに多いということはないです、やはり、外国人の方や年配や子供の団体の方なんかの利用が多いですよ、年配の方はなつかしいとおっしゃいますし、子供は子供で珍しがりますね」
――子供は何歳から泊まれるんでしたっけ?
岡崎さん「保護者のかたと一緒でしたら、5歳からお泊りいただけます。18歳からはおひとりでも大丈夫です」
本能がくすぐられる
狭い場所に寝場所を作る。という行為の楽しさとはいったいなんだろうか?
カプセルホテルやキャンプのホテルもそうだが、狭い場所に自分のテリトリーをつくる楽しさは、本能的なものかもしれない。そんな、本能をくすぐるホステルが、東京駅のすぐ近くにあるというのはたまらない。
なんの目的もなく、一週間ぐらい泊まるのもありかもしれない。Wi-Fiも早いし。