特集 2017年10月28日

崖の上のカフェ

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「日ノ出町駅の裏側、野毛山公園に続く崖の上の住宅地が気になる。普段は立ち寄らない場所ですが、住宅を改装した面白そうな場所がいろいろありそう。最近も急な階段をのぼったところに店ができていた。」という投稿が、zempさんからはまれぽ.com編集部へとどいた。

日ノ出町駅裏の崖上の住宅地には、古民家を改装したお店や地域の人などが集まるコミュニティスペースなど、坂好きな人たちが活動する場所があった。
はまれぽ.com:奥井利幸
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京急線日ノ出町駅といえば、野毛や伊勢佐木町方面へ向かう玄関口。
駅周辺は、ちょっと昭和でレトロ、街並みはゴチャゴチャしていて、少し怪しい、そんなイメージを持つ人が多いかもしれない。そのような雰囲気がむしろ魅力的でもある街だ。
野毛や伊勢佐木町への玄関口。日ノ出町駅前
野毛や伊勢佐木町への玄関口。日ノ出町駅前
今回のキニナル投稿によると、その日ノ出町駅の裏側は崖の上の住宅街になっており、なにか面白そうな場所があるとのこと。
どういう場所なのだろうか?

まずは、日ノ出町駅に向かった。

日ノ出町駅の裏側で調査を開始

駅を降りたち、いつもの筆者なら野毛の飲み屋さんに向かうのだが、今回は逆方向の山側に向かう。
京急線をまたぐ陸橋が駅の横にあり、そこを渡ると、すぐに長い階段の登り口に着いた。
日ノ出町駅横の陸橋からは京急線のトンネルが見える
日ノ出町駅横の陸橋からは京急線のトンネルが見える
続けて、気が遠くなりそうな長い急階段があらわれた
続けて、気が遠くなりそうな長い急階段があらわれた
運動不足の筆者には厳しい階段だ。
やっぱりいつも通り野毛の酒場に向かおうか、と誘惑に負けそうになる。
さらに登って振り返ると、崖にへばりつくように階段がある
さらに登って振り返ると、崖にへばりつくように階段がある
進行方向を見ると、土地の高低差がよく分かる
進行方向を見ると、土地の高低差がよく分かる
やっとの思いで階段を登りきると、そこに庭付きの住宅が目についた。
玄関先に下げられた「OPEN」の看板のみが普通の住宅との違いだ。ここが、キニナル投稿にあった店なのだろうか?
表から見れば普通の住宅
表から見れば普通の住宅

崖っぷちの店を取材

投稿には「急な階段をのぼったところに最近店ができた」とある。この場所のことだろうか。
日ノ出町駅から徒歩5分ほど。付近にはほかに該当するような場所は見当たらない。外見は普通の一軒家だが、まずはお話を伺うことにした。

取材に対応してくれたのは、オーナーの岩間貴寛(いわま・たかひろ)さんと奥様でカフェスタッフの岩間香菜(いわま・かな)さん。
このお店は美容院とカフェが一緒になったWAEN(和縁:わえん)という名のお店だ。
貴寛さん(右)と香菜さん
貴寛さん(右)と香菜さん
貴寛さんにお話を伺うと、貴寛さんは、横浜駅近くで美容師として働いていたが、自分のお店を持ちたいという夢があり、2017(平成29)年6月にこの場所に美容院&カフェのお店をオープンしたとのこと。やはり、こちらが投稿にあったお店のようだ。

人通りの多い駅前などの方が美容院やカフェを経営するのに適しているように思うのだが、なぜこのような崖の上にお店をオープンしたのだろうか?

すると、貴寛さんは「ご縁なんですよ」と答えてくれた。

出店した経緯を詳しく聞くと、貴寛さんが横浜駅近くで働いていたときに、たまたま来店したお客さんが建築家だったそう。髪の毛をカットしながらお店を探していることを相談したところ、その建築家が物件を探して紹介してくれたという。
庭を見ながらカットしてもらえる
庭を見ながらカットしてもらえる
貴寛さんは「庭を見ながらリラックスできる『和』をコンセプトとした美容院」を作りたいと考えていた。ここは駅からそう遠くないのだが、繁華街とは崖で隔離され、落ち着いた雰囲気を感じる場所だったのに加え、広い庭がある趣のある古民家で、イメージしていた「和を感じさせる美容院」にピッタリと一目惚れしたそうだ。

そして、物件を紹介してくれた建築家の方の設計で古民家を改装し、美容院とカフェを併設したお店をオープンしたという。
住宅地とは思えないほどの緑豊かな庭が広がる
住宅地とは思えないほどの緑豊かな庭が広がる
さりげなく活けられた庭の草花
さりげなく活けられた庭の草花
崖っぷちの場所に美容院を作った理由は分かった。
では、なぜカフェを併設しているのだろうか?

香菜さんが答えてくれた。「来店いただくお客さんには、外見だけでなく中身も美しくなってほしいと考えています。そのため『美』を追求するためには、健康であることが大事だと思い、カフェを併設することにしました。栄養バランスが整った食事を提供することで、内面からより美しくなっていただけるのではないかと思っています」と美への探求心を語ってくれた。

続けて、貴寛さんは「もう一つ理由があります。お客さんが美容院に来店いただけるのは、だいたい月1回か、2ヶ月に1回程度。もっときめ細かくお客さんの髪型のフォローをしたいと思うので、美容院利用以外にも来店できるよう、カフェを併設しています」と話してくれた。
飲み物付きのモーニングサラダセット(700円)
飲み物付きのモーニングサラダセット(700円)
食事メニューは、モーニングタイムはサラダセットかフレンチトーストセット、ランチタイムは和風ハンバーグセットか季節毎にその時期の食材を使ったセットの2種類がある。料理の種類はまだ多くはないが、栄養士の資格を持つ香菜さんが、栄養のバランスに気を配り野菜をたっぷり使った料理を提供している。

取材の際に、ちょうど来店して飲み物を飲んでいたお客さんがいたので、話を伺うことにした。
庭を見ながらくつろいでいる女性
庭を見ながらくつろいでいる女性
この女性は近所にお住まいの井上貴代美(いのうえ・きよみ)さん。井上さんは「WAENは落ち着ける雰囲気の場所」と感じて、お店によく通っているようだ。

坂が多いこの付近の立地について伺うと、「もともと坂が好きで、この辺りはとても気に入ってます。遠くの景色を見ながら坂を下っていくのが大好きなんです」と話してくれた。それが昂(こう)じて、井上さんもこの付近でカフェ&レストランを始めたそうだ。

駅から崖沿いの長い階段を登ったところにある美容院&カフェのWAEN、まるで隠れ家に来たかのようなワクワク感も感じる場所だった。

続いて、崖の上の住宅地にある面白い場所を探して、近くにあるというWAENを改装設計した建築事務所「トミトアーキテクチャ」を訪問することにした。

新進の建築家事務所に

WAENから徒歩2分ほどの場所にある「トミトアーキテクチャ」。
トミトアーキテクチャの場所はWAENから見て南西側
トミトアーキテクチャの場所はWAENから見て南西側
対応してくれたのは、共同経営者の冨永美保(とみなが・みほ)さんと伊藤孝仁(いとう・たかひと)さんだ。
爽やかな建築家のお二人、冨永さん(左)と伊藤さん
爽やかな建築家のお二人、冨永さん(左)と伊藤さん
この坂の上の場所に事務所を構えた理由を伺うと、「緑が多く見晴らしが良いのが気に入り、またこの地域に自分たちが設計した案件があり継続的にかかわろうと思った」とのこと。
それに「野毛が近く飲みに行きやすい」ことも実は理由の一つだという。

いきなり親密感がわいてきた。
事務所内には観葉植物などが飾られている
事務所内には観葉植物などが飾られている
お二人に美容院&カフェのWAENを設計したコンセプトを伺うと、「建物だけの設計ではなく、庭を含めて建物と街が共存するような設計を目指しました」と伊藤さんは言う。

続けて「崖に沿って階段を登り、頂上まできてホッと一息ついたときにWAENの庭が目に入ってきます。階段を登ってきた人は、その庭に咲いている季節の花や緑を楽しむことができ、その意味ではこの家の庭は公共空間でもあるのです」と、設計の想いを語ってくれた。

また、美容院とカフェの併設店舗にすることで、周辺に住む人が日常的にアクセスしやすく、気軽に利用できるような空間を目指して、庭と内部が一体的になるように設計したそうだ。
窓が多く、開放感ある空間
窓が多く、開放感ある空間
建築家というのは建物だけではなく、生活空間全体の設計をしているんだなあ。

また、「CASACO(カサコ)を設計するときにも、空間の使い方にこだわりました」と冨永さんが話してくれた。

「CASACO」とは、古い長屋を改築して作った地域・子ども・旅人の集う交流スペースのこと。市民が主体となって建物などを整備する「ヨコハマ市民まち普請事業」の支援をうけて、2016(平成28)年4月にオープンした。やはり、トミトアーキテクチャのお二人が改装設計したそうだ。
CASACOの場所はトミトアーキテクチャーのすぐとなり
CASACOの場所はトミトアーキテクチャーのすぐとなり
CASACOの外観
CASACOの外観
天井を抜いて開放感のあるスペースになっている
天井を抜いて開放感のあるスペースになっている
CASACOの内部の様子
CASACOの内部の様子
壁に貼られた「ヨコハマ市民まち普請事業」の看板
壁に貼られた「ヨコハマ市民まち普請事業」の看板
トミトアーキテクチャの事務所からCASACOに来てみると、たまたま利用していた方にお話を伺えた。伺ったのは藤原美奈(ふじわら・みな)さん、杉本祐美子(すぎもと・ゆみこ)さん、藤原俊之(ふじわら・としゆき)さんの3人。
写真左から、藤原さん、杉本さん、藤原さん
写真左から、藤原さん、杉本さん、藤原さん
CASACOの魅力について「この付近が好きでこの地に移り住んだのですが、CASACOができたことで、地域の人や外国の人との交流が増え、よりこの地が好きになりました」と地元愛を語ってくれた杉本さん。

「CASACOに来ると、居ながらにして、いろんな世代のいろんな人と話ができるから面白いです」と、世代も超えての出会いも魅力と話すのは藤原さん。

地域の人や外国人、子どもや高齢者も集える場所がCASACOだった。

坂と共存する街

この崖の上の住宅地は、不便な場所にもかかわらず、住宅以外にも古民家を改装した飲食店やコミュニティスペースなどの施設があった。この場所が気に入っていると話す人たちに出会った。
この場所の魅力は何なのか、筆者自身も辺りを散策しながらもう少し探してみることにした。

すると、すぐに、そのものスバリ「急坂」と書いた看板がある階段を見つけた。
「急な坂」ではなく、「急坂」という名前の坂のようだ。
立て札に「急坂」と書かれている
立て札に「急坂」と書かれている
階段を眺めていると、「毎年12月に階段にキャンドルをならべて、『キャンドルナイト』があるのですよ、幻想的できれいですよ」と、通りがかった高校生リンさんが話してくれた。
毎年12月にこの「急坂」で行われるキャンドルナイト(写真提供CASACO)
毎年12月にこの「急坂」で行われるキャンドルナイト(写真提供CASACO)
また、通りがかりのマディアさんは、「もっと急な坂もありますよ」と楽しそうに坂への思いを語ってくれた。
身振りで示してくれるマディアさん
身振りで示してくれるマディアさん
マディアさんに教えてもらった近くの「急な」階段
マディアさんに教えてもらった近くの「急な」階段
足が階段からはみ出てしまって怖い
足が階段からはみ出てしまって怖い
足がはみ出るほどの急な階段はこの場所
足がはみ出るほどの急な階段はこの場所
「坂」といえば、普通は登るのが大変とのネガティブな印象があるが、この地域に住んでいる人たちは、坂をポジティブにとらえ、愛着を持っている人が多いように感じた。
以前は、この「急坂」の上から港を一望できたそうだ
以前は、この「急坂」の上から港を一望できたそうだ
崖の上をうろうろするうち、夕方になってきた。
楽しかった坂の街のショートトリップを終えて、帰路につくことにする。

日ノ出町駅裏側の崖の上には、古民家を改装する建築家、その建物で美容院やカフェを経営する人、外国人や地域の人があつまる拠点など、この地域に愛着がある人たちが活動する場所があった。

日ノ出町駅付近での野毛以外の楽しみができた気分だ。

取材を終えて

後日撮影した写真を整理していると、最初に行った階段の横に碑がたっていることに気づいた。
最初に通った日ノ出町駅近くの階段。右側に碑がある
最初に通った日ノ出町駅近くの階段。右側に碑がある
よく見ると、「天神坂碑」と書かれてある
よく見ると、「天神坂碑」と書かれてある
この「天神坂碑」の置かれた場所を調べてみた。
『横浜吉田新田と吉田勘兵衛(斉藤司著)』によると、吉田新田が埋め立てられたときの土砂の採取場「天神山土取場」だった可能性が高いとのこと。
吉田新田とは、江戸時代に吉田勘兵衛によって大岡川河口の埋め立てにより開発した新田のこと。
吉田新田開発前図の概念図(『横浜吉田新田と吉田勘兵衛』より)
吉田新田開発前図の概念図(『横浜吉田新田と吉田勘兵衛』より)
同書には、天神山土取場は長さ70間(128メートル)、高さ25間(高さ45メートル)で面積5反(5000平方メートル)とある。
山手より望んだ明治時代の吉田新田。対岸が天神山と思われる(『横浜・中区史』より)
山手より望んだ明治時代の吉田新田。対岸が天神山と思われる(『横浜・中区史』より)

ここでは、古くから住んでいた人だけでなく、新しく移ってきた人にも地元愛が強い人が多く、急な坂や古民家を楽しんでいるようにも思えた。また、横浜発展の基礎となったともいえる吉田新田とも深く結びついていたことを知って、この場所にますます親しみがわいてきた。
なんだかとても楽しい取材でした。


―終わり―


取材協力
WAEN(和縁:わえん) Hair & Dininig
住所/横浜市西区東ケ丘38
電話/045-513-0710

トミトアーキテクチャ
住所/横浜市西区東ケ丘23
URL/http://tomito.jp

CASACO(カサコ)
住所/横浜市西区東ヶ丘23-1
URL/http://casaco.jp
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