特集 2016年4月11日

タイ料理と大阪弁を同時に味わえる店

大阪にあるジャパニーズ飲み屋スタイルのタイ料理屋にいってきました。
大阪にあるジャパニーズ飲み屋スタイルのタイ料理屋にいってきました。
どこにでもある居酒屋とか立ち飲み屋みたいな、日本らしい飲み屋のフォーマットで営業している外国料理の店の違和感がおもしろく、最近ちょっと巡っている。

東京の十条では日本の立ち飲み屋で修行したタイ人が経営するタイ料理屋にいったが(こちらの記事)、大阪の十三にも和風タイ料理屋があるよと読者の方からメールをいただいた。

十条と十三、似てる。これもなにかの縁だろうかということでいってみたところ、タイの料理と大阪のノリを同時に味わえる稀有な店だったのだ。
趣味は食材採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は製麺機を使った麺作りが趣味。(動画インタビュー)

前の記事:手打ちもいいけど!楽しい機械のうどん屋さん

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十三の日本式タイ料理屋、メー・トンロー

読者の方に教えてもらったお店は、阪急線の十三駅近くにあるメー・トンローというタイ料理店。

十三と書いて「じゅうそう」と読む。ここで生まれた三代目の兄弟は「三代目十三ズブラザーズ」なのかなと思いながら目的の店を探す。
一人だとなにかと不安なので、大阪在住のスズキナオさんに同行していただきました。
一人だとなにかと不安なので、大阪在住のスズキナオさんに同行していただきました。
ほどなくしてお目当てのお店に到着。元は普通の居酒屋なんだけれど、看板を変えてタイ料理屋になりましたという店構え。ほほう。

この店が十三の街に生まれたストーリーを勝手に想像しつつ、ちょっと緊張しながらガラガラと引き戸を左に開ける。
せっかく大阪に来たんだから串揚げでもという素直な気持ちを胸にしまって、小さな冒険の扉を開けるのだ。
せっかく大阪に来たんだから串揚げでもという素直な気持ちを胸にしまって、小さな冒険の扉を開けるのだ。
客席はL字型のカウンターのみで、我々が入ってちょうど満席。

タイのお札や民芸品っぽいものが飾られてはいるものの、ざっとみたところ店内の雰囲気は8:2で日本の気配が優勢だ。表の看板を見逃したら、タイ料理の店とは思わないかもしれない。

普段なら誰かの紹介でもなければら入らないであろうタイプの地域密着系飲み屋。私はビビリなのでな。でも入ったんですよ。
埼玉県民が大阪でカウンター飲み、緊張するわー。
埼玉県民が大阪でカウンター飲み、緊張するわー。

大阪弁でタイのおふくろの味を作るママのいる店

カウンターの内側には、三代目笑福亭仁鶴師匠をなんとなく思わせるダンディな店主と、タイ人であろうママ。この二人がご夫婦なのだろうか。

とりあえず取材させてもらってもいいか聞いてみる。

ご主人「取材はええけどワシの写真はあかんで。でも奥さんはええよ。きれいやからな!」
いきなりのろけてきた店主。似顔絵は似てません。
いきなりのろけてきた店主。似顔絵は似てません。

なんでも店主が以前タイのバンコクに10年間住んでいて、そのときに現地で知り合って結婚したのがこのママで、子供ができたことをきっかけに家族で大阪に戻り、店を初めて現在に至るという感じらしい。

店名のメー・トンローだが、メーはおかあさんという意味で、トンローはママのおかあさんの名前。なので「母・良枝」みたいな意味だとか。きっと料理がタイ版のおふくろの味がウリなのだろう。
たぶんタイ料理オンリーのメニュー。基本的にはママのおふくろの味そのままだけど、辛さだけは日本仕様になっている。
たぶんタイ料理オンリーのメニュー。基本的にはママのおふくろの味そのままだけど、辛さだけは日本仕様になっている。
ドリンクはタイと日本のハイブリッド。というかほぼ日本だな。
ドリンクはタイと日本のハイブリッド。というかほぼ日本だな。
とりあえずハイボールから。ところでタイのメコンウイスキーって昔は米で作っていたけど、今はサトウキビだそうですよ。どっちも麦じゃないのね。
とりあえずハイボールから。ところでタイのメコンウイスキーって昔は米で作っていたけど、今はサトウキビだそうですよ。どっちも麦じゃないのね。
そんな感じでお店のバックボーンをなんとなく聞きつつ飲み始めたのだが、店内に漂う空気感がとても大阪っぽい。タイではなく大阪。伝わらないと思うけど、ザ・大阪なのだ。

ここが大阪なので大阪っぽいのは当たり前なのだが、タイ料理屋である以上に大阪の飲み屋。大阪にきてから日本語を覚えたというママもバリバリの大阪弁だ。口癖は「あかん」と「なんでや」。

ママ「はい、おしぼり。食べたらあかんで!」

全部がこんな感じなのだ。ママ曰く、なんでもタイ語と大阪弁はリズムが似ていて、出身地のバンコクにはボケとツッコミの文化があるらしい。

ママ「チューハイ?でもチューはせーへんで!」
お客さんももちろん大阪の人。
お客さんももちろん大阪の人。

タイ料理と大阪弁を同時に味わう

馴染みのない味付けの外国料理を食べながら、飲みなれた安めの酒をダラダラと飲むというスタイルが好きなのだが、この店の場合はそこに大阪弁のトークという大きな要素が加わってくる。
辛さを程々に調節してある春雨サラダのヤム・ウンセン。タイの「普通に辛い」は日本だと普通じゃないらしいよ。
辛さを程々に調節してある春雨サラダのヤム・ウンセン。タイの「普通に辛い」は日本だと普通じゃないらしいよ。
舌で味わうタイ料理と耳から入ってくる大阪弁の情報が噛み合わない。ここにいるだけで脳味噌が活性化していくのがわかる。自分がいかに狭い世界だけで生きているのかを実感する瞬間だ。

なにがいいたいかというと、ここでの時間がおもしろかったという話である。タイ料理と大阪弁の組み合わせを、メモった範囲で紹介させていただこう。大阪弁がおかしいのは私の理解不足。
「なに、インターネット?TBSか!え、デイリーポータル?(検索して)なんやまだ載ってないやん」「いやいや、リアルタイムちゃうから!」
「なに、インターネット?TBSか!え、デイリーポータル?(検索して)なんやまだ載ってないやん」「いやいや、リアルタイムちゃうから!」
客「なんか焦げ臭いよ、フライパン焦げてない?」
ママ「安心してください!焦げてません!」

客「こんど結婚式の東京にいくんよ。受付やるんやけどあれは重労働やね。ジュード・ロウちゃうよ」
客「場所はどこ?代官山?お代官や!」

ママ「5,000円のお預かりね。はい、おつり27,000円!」

客「ちょっとウンコしてきます」
ママ「ウンコは千円やで!」
「パクチーの香りがしてうまいですね」といったら、「いやレモングラスや」といわれたタイ風さつま揚げのトートマン。
「パクチーの香りがしてうまいですね」といったら、「いやレモングラスや」といわれたタイ風さつま揚げのトートマン。
お米の麺の焼きそば、パッド・タイ。王将のもやし炒めじゃないですよ。
お米の麺の焼きそば、パッド・タイ。王将のもやし炒めじゃないですよ。
見た目と味がまだイコールにならない感じが楽しいんですよ。
見た目と味がまだイコールにならない感じが楽しいんですよ。
近くて遠い場所、それが私にとっての大阪。気持ちいいくらいのアウェイだ。ひとつひとつの会話が自分を試されている気分(そんなに期待されている訳ないのだが)。

そうだ、この緊張感を求めてここにきたのだ。大阪弁がうつらないように気を付けながら、頭の中で選んだ言葉をボソボソと出していくのが精いっぱい。
スズキナオさんと意気投合しているのは、子供の頃にタイに住んでいたという、タイ人の父と日本人の母を持つ青年。彼曰く、どの料理もちゃんと本場の味がするそうです。
スズキナオさんと意気投合しているのは、子供の頃にタイに住んでいたという、タイ人の父と日本人の母を持つ青年。彼曰く、どの料理もちゃんと本場の味がするそうです。
タイの朝食でよく出てくるという玉子焼き。ありふれた食材だけどやっぱり味付けが違うんですよね。
タイの朝食でよく出てくるという玉子焼き。ありふれた食材だけどやっぱり味付けが違うんですよね。
店名がメー・トンローだけにトントロを頼んでみたりして。しっかりと甘いのだが、その甘さがうまいと思えるようになってきた。
店名がメー・トンローだけにトントロを頼んでみたりして。しっかりと甘いのだが、その甘さがうまいと思えるようになってきた。
客「梅田の松葉っていう串揚げ屋、いつも混んでて客が半身でカウンターに立つから、ダークダックス飲みっていうんよ」
客「梅田の松葉っていう串揚げ屋、いつも混んでて客が半身でカウンターに立つから、ダークダックス飲みっていうんよ」
魚のトマト煮の缶詰を使ったタイの定番料理だというヤム・プラー・カポン。日本にはない味付けで、この違和感が楽しい。
魚のトマト煮の缶詰を使ったタイの定番料理だというヤム・プラー・カポン。日本にはない味付けで、この違和感が楽しい。
大阪育ちの志村けんみたいなお客さんがクールにギャグを飛ばしてくる。「ワシ、実はタイ人やで。あ、写真はやめといて。でも名前だけ本名で入れといてな」
大阪育ちの志村けんみたいなお客さんがクールにギャグを飛ばしてくる。「ワシ、実はタイ人やで。あ、写真はやめといて。でも名前だけ本名で入れといてな」
原材料がタイ米なのよと泡盛を勧めるママ。「これアルコール何百度?じゃあちょっとだけもうらうわ。もっと大きいグラスちょうだい!」と返すお客。
原材料がタイ米なのよと泡盛を勧めるママ。「これアルコール何百度?じゃあちょっとだけもうらうわ。もっと大きいグラスちょうだい!」と返すお客。
もちろんこの文章よりも、その場で聞いた感じは何倍もおもしろかった。大阪のタイ料理屋だからこそ、観光客ではなく地元の人が集まるのかもしれない。

そして一番驚いたのは、この息の合った会話をしている3人のお客さんが、全員が初対面だったということだ。トリオじゃないのか。

一期一会、フリートークのジャムセッション。なんだかアメリカ旅行でバーに入って、本場のジャズでも聴かせてもらった気分である。いや全然ちがいまんがな。
店の近くで見かけたギャグ。
店の近くで見かけたギャグ。

あまりタイを知らないからこそ、「タイといえば〇〇、タイ人といえば〇〇」みたいにざっくりまとめてしまいそうになるが、日本が広いようにタイも広く、地方によって文化も異なる。そして当たり前だが日本にもタイにもいろんな人がいるらしい。

話好きのママは日本語がまったくわからない状態で大阪に来日。当初は話相手が夫だけでとてもさみしく、魚屋で買った魚を3枚におろして欲しくても伝えられないなど悔しい思いをたくさんしたからこそ、いっぱい勉強をしてここまでしゃべれるようになったそうだ。

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