一軒目、肉めし岡むら屋
肉豆腐にご執心の友人とは、酒場大好きのパリッコさん。12月8日に発売される「
酒場人」という酒場の本を監修する程の酒場好きである。
そして私と同様に、酒場は好きだが肉豆腐にはピンと来ていない編集部の古賀さんにも御同行いただき、新橋駅に午後三時集合。
こんな早い時間に食べられる肉豆腐ってどんなんだろうと思ったら、向かった先はチェーンの牛丼屋風の店だった。
肉めし岡むら屋。新橋名物?
店の名前は、肉めし岡むら屋。どうやら肉がっつり系の丼屋らしい。
あれ、豆腐はどこへいった。
ここ、酒場じゃないですね。
ピンとこないメニューを楽しむ
今回は肉豆腐めぐりということで、味わい深い酒場を回るものだと思っていたら、いきなりの変化球である。
その急な変化に脳が反応しきれず、とりあえず全員がビールを注文し、それからゆっくりメニューを眺めるという午後三時の新橋。ほら、酒場にいくと思っていたから。
グラスがちゃんと冷えていますぞ。
メニューを開くと、見事に茶色い。
定食だったり丼だったり、いろいろあるようだが、日本語なのに全然頭に入ってこない。全部同じに見える。
なんだここは、台湾か。
サイドメニューがもち巾着とかロールキャベツとかおでん風。
裏メニューの「スペ肉ヌキめし」ってなんだよ。どんな新橋名物だ。
スペ肉とかデラ肉とか、この店でしか通用しないであろう業界用語を、当たり前のように使いこなす新橋のサラリーマンたち。
とりあえず肉豆腐という括りに合うであろう「豆腐肉めし」を注文。豆腐は普通の肉めしにも乗っているものらしいが、せっかくなのでダブルでいってみよう。
「なんだか心がざわざわする店ですね」と古賀さん。
「肉豆腐としては変化球の店ですけどね。夜はこの単品をつまんで軽く呑みたいですね~」とパリッコさん。
これが豆腐肉めしという食べ物なのか
運ばれてきた牛めし、じゃなくて肉めしは、豆腐がドンドン、肉がバンバンと乗っていて、バリバリの肉豆腐だった。
下にあるはずのご飯が全く見えない。
ボリューム満点だけど豆腐だからきっとヘルシー。
肉はゴロゴロとした塊タイプで、柔らかく煮込まれている。
豆腐肉めし、その味付けはしっかりと甘く、そしてきっちりと濃い。なんだこれ、超うまい。これは新橋が生んだ和製ビーフシチューやぁ。
新橋名物とのことだが(調べたらかつやの系列で秋葉原にも店舗あり)、味噌おでんを髣髴とさせる名古屋方面のコッテリ感。デラ肉飯っていうメニュー名も名古屋っぽいか。八角の効いた台湾系の味ではないようだ。
「うめぇ~!!これは最高のやつじゃないですか!」
具をだいぶ食べてから発掘される埋蔵飯がうまい。「肉豆腐の下にご飯があったらいいのにっていう思い、ありますもんね!」と古賀さん。
メニューをよく見たら、ビール以外にも180円の発泡酒とサワーが用意されていた。新橋最安ではと盛り上がる。
牛しゃぶ皿というのも追加。こちらは薄切り牛肉をサッと煮たタイプで、ワサビがついてくる。こちらも豆腐付き。
牛しゃぶ皿の汁をご飯に掛けちゃえ。
初めて食べた肉めしだが、メニュー構成のわからなさと、そして本能的に襲い掛かってくる肉汁の旨さに、なんとなく文明開化の音が聞こえてきた。近くにあれば何度も通って攻略したい店である。
「これが受け入れられる世界は美しい」
そんな謎の取材メモが残っていたほどに。
新橋肉めし岡むら屋
東京都港区新橋2-16-1 ニュー新橋ビル1F
二軒目は池袋の千登利
次の店を目指して、新橋から山手線のどっち回りに乗るべきか迷うほど真裏の池袋へと移動。
やってきたのは昭和24年創業の老舗、千登利である。やきとん屋の肉豆腐とは、一体どんなものだろうか。
やきとん屋だから肉豆腐も豚肉ですかね。
店に入ると、いきなり迫力ある大鍋がお出迎え。キリっとしたおかみさんが、ゆっくりとかき混ぜながら肉豆腐の番をしている。美魔女ってこういうことじゃないかな。
この鍋前はロマンスカーで行ったら先頭車両の展望席。まだ早い時間で空いていたため、この特等席に座らせていただいた。
この席なら匂いだけで呑めるね。頼まない訳ないけどね。
この大鍋が目の前でグツグツいっているんですよ。こりゃたまらん。
文化遺産のような肉豆腐をいただく
この肉豆腐は昭和38年に店を立て直したとき、おかみさんのおじいちゃんが考案したそうだ。
メニュー名は牛肉豆腐。やきとん屋だが牛肉なのだ。牛のカシラ肉と特注している豆腐を醤油味で甘辛く煮込み、ネギをたっぷりと掛けていただくのである。
このタイプの肉豆腐としては元祖だそうで、当時から注ぎ足し続けている伝統の味を、鍋前の特等席でいただける幸せに、早酒は三文の得だねと頷きあう。
ヘタな高野豆腐よりも味が染みた豆腐が堪らないんですよ。
頃合いよく煮込まれた一皿から、ネギ、豆腐、肉、汁がバランスよく入るようにレンゲですくっていただく。
深みがある。凄味がある。迫りくる。しっかりと甘いのだが、汁のコクがすごいので釣り合いがとれている。これはすごい。なんだこの説得力は。これが半世紀に渡って肉と豆腐を煮続けた結果なのか。
豆腐にここまで味が染みた食べ物を初めて食べたような気がする。肉もトロトロ。煮え加減が違うのが混ざっていて楽しい。
「ここの肉豆腐は文化遺産ですよ。うめぇ~」とパリッコさん。「私は肉豆腐を忘れていました!思い出させてくれてありがとう!」と古賀さん。
「牛肉だけに豆腐に味がギュウギュウ詰まっているね」っていったら二人に流された。
すごい良い店。また早い時間に再来店して、今度は腰を落ち着けて呑むことを誓い合って次の店へ。
以下は余談となるが、肉豆腐以外もうまかったのでメモ程度に。
やきとんの盛り合わせと、パリッコさん推薦の「か(ネギ)も」というメニューを注文。
どの串も文句なくうまい。「か(ネギ)も」は奥のネギで、カモを頼むとネギだけくるというシャレである。この腑に落ちない感じを楽しもう。
さらにパリッコさんが睨んだ千住葱を使った葱ぬたが悶絶するうまさだった。意外なる最高。
スベスベした木曽檜の立派なカウンター。店の内装などには無頓着な方だが、やっぱりこういうのは気持ちいい。
ホッピーを頼んだら、35度のナカ(焼酎)がグラスにたっぷり注がれて出てきた。たっぷりすぎてカウンターにこぼすと、「いいのよ、たまには檜にも飲ませて上げて」とおかみさん。
千登利
東京都豊島区西池袋1-37-15 西形ビル1F
三軒目は「かんだ串亭」
ここで古賀さんは別件取材にいかねばとのことで、せっかく肉豆腐の良さがわかったところなのにと涙を流しながら離脱。
以下は古賀さんが「私にも書かせろ!」と後日送ってきた作文である。
そうだ、肉豆腐があった! とはっとしました。
実は私は池袋の千登利には15年ほど前に行ったことがあったのですが、その思い出と一緒に怒涛のごとく「肉豆腐」というものの存在を鮮明に脳と胃とで思い出しました。
こんなに攻撃的な食べ物ないんです。豆腐はヘルシーでディフェンシブな食べ物であるというイメージを大立回りでくつがえす、肉とあいまって生みだされる攻撃性の高さ。肉豆腐においては豆腐も肉なんです。肉豆腐があった! そうだ、肉豆腐が! ひざをつきました。
肉めし岡むら屋の混乱もすごかった。なんか意味わかんないんですよ。メニューが読めない。1度行っただけでは完全に理解が及ばないので正直いまでも片付かない気持ちがぐらぐらします。あと5回は行かないと分らない店だと思います。また行きます。
古賀及子
残った男二人は小川町へと移動して、かんだ串亭で三軒目のハシゴを登る。
赤ちょうちんじゃなくて黄色なんですね。
かんだ串亭というだけあって、元々は串焼きと地酒の店としてスタートしたそうだが、今はほかのつまみも大充実。肉豆腐は一品料理のトップを飾る人気のメニューだ。
「串亭の肉豆腐」と書かれたメニューを眺めながら、オデンの牛筋みたいに串に刺さっているタイプを想像。さてどんな肉豆腐だろう。
鮎正宗という酒蔵は、この店の先代が山の中で迷子になって、さ迷い歩いた末に出会ったのが縁だとか。
大人のハッピーセットみたいな突出し。
肉豆腐に「串亭の」と付けるのだから、きっとなにかがあるのだろう。
カラフルな今日のおすすめ。沖縄料理屋っぽい色使いだ。
まさかの塩味、そして豚肉
しばらくしてやってきた肉豆腐は、私の知っている肉豆腐の範疇には収まらない一皿だった。
透明な塩味のスープに、薄切りの豚肉とタマネギ。そして湯豆腐のように白い豆腐。確かに肉と豆腐だから肉豆腐なのかもしれないが。
「ここは変化球中の変化球ですね。僕の考える肉豆腐の定義は肉と豆腐であること。煮込みと書かれたりモツ系だとちょっと違う。肉豆腐にはグラデーションがあるんですよ」とパリッコさん。
肉豆腐っていうのは、ラーメンのように味噌でも醤油でも塩でもいいんだという、今まで知らなかった自由。
あっさりしつつも旨味の効いたスープに、こうきたかと唸りたくなる。塩味だけだが物足りなさはなく、延々と後を引く味。地味なようで滋味。
店主の話では、日本酒に合う肉豆腐として考案したそうで、なるほど日本酒が欲しくなる味かもしれない。
「京都のお澄ましみたいな肉豆腐が、うめぇ~」
常連さんがこの時期を楽しみにしているというカキの揚げだし。こちらも塩味のスープだが肉豆腐とは全く別物。
酒に合う肉豆腐ならと日本酒の呑み比べなんかしたりして。
四軒目は石神井公園のほかり食堂
ハシゴは続くよどこまでも。続いてはパリッコさんのホームタウンである石神井公園のほかり食堂。
絵に描いたようなザ・食堂という感じの店だが、また新しい発見があるのだろうか。もうそろそろ肉豆腐のパターンも尽きたと思うのだが。
映画のセットみたいな食堂。
ショーウインドーには肉豆腐ではなくすき焼き定食が!
おっと、ついつい先に答えがわかってしまった。ここの肉豆腐は、ショーウインドーに飾られたすき焼きの流れを汲むタイプなんでしょ。
ということは、二日目のすき焼きみたいなアレね。なるほど、そのタイプね。
店内を見通せる座敷席に着席。これは落ち着く。ドリンクはセルフサービスで冷蔵庫から持ってくるスタイル。
「今日は肉豆腐ですけど、ここはカレーもいいんですよ。ほら、厨房が広いでしょ。厨房の広さは味に比例します。そんな格言、誰か言ってませんかね」とパリッコさん。どうやら行きつけの店らしい。
この赤いとんがり帽子はなんでしょうか?正解は後ほど。
予想外過ぎる肉豆腐が登場
メニューを眺めてみると、冷やっこ、麻婆豆腐、湯豆腐、肉豆腐と並んでいる。
確かにどれも豆腐料理だが、これが全部そろう店はここくらいなものだろう。
4軒目でさすがにお腹が空いてないのだが、400円のラーメンが気になったので注文。そして壁に貼られたカキフライも食べておこうか。
それにしてもなんでもあるな。
和洋中なんでも揃う食堂の肉豆腐は、オーダーミスで違う料理がきたのかと思ってしまうほど意外だった。
まさかの肉野菜炒め豆腐入りスタイル。
これもまた肉豆腐。
今までの肉豆腐を味噌、醤油、塩のラーメンで例えるならば、これは焼きそばだろうか。パリッコさんの肉豆腐データベース、すごいな。
リンガーハットで「皿うどん」という料理の存在を知ったような衝撃である。林(ハヤシ)さんかとおもったら中国のリンさんだったみたいな肉豆腐だ。
「この店で肉豆腐に辿りつくまで、何回通ったことか」と感慨深げなパリッコさん。確かに知らなければ頼まないかなー。
うまいわー。発泡酒との相性最高。
野菜と炒められた肉豆腐は、ショウガと胡麻油の効いた中華な味。フワフワとした豆腐がうまい。
店主に教えてもらった作り方によると、しっかりと油で炒めてから味付けするのがコツだそうで、キャベツよりも白菜が合うそうだ。
ある人は「王将にあった鶏うま煮にそっくりだ!」と喜んだとか。
500円のカキフライは薄衣で着痩せするタイプがたっぷりと。
カキフライをまずは醤油で食べてからソースで。「なんだかんだいってソースですよ!今日一番テンションあがる!」とここにきて興奮するパリッコさん。
細いながらもさっくりとした歯ごたえの麺がうまいラーメンらしいラーメン。パリッコさんもはじめて食べたそうで、「このラーメンかわいいですよ!」と大喜び。
さっきの赤いとんがり帽子は、このラーメンのためにあるであろう白胡椒でした。
こんな感じのなんでもありの食堂だが、会計時の雑談でなんと創業76年を迎えた超老舗ということが判明。
あの肉豆腐は昭和45年頃から出しているそうで、この前なんか40年振りに食べたという人が来たそうだ。
地域密着型の素敵な老舗でした。
パリッコさんの肉豆腐レシピ
本日の素敵な肉豆腐めぐりを案内してくれたパリッコさんが、自分好みの肉豆腐レシピというものを開発したそうです。
そんなパリッコさんが監修する「
酒場人」は素敵な本ですよ。吉本ばななさん、吉田戦車さん、スズキナオさんなど、素敵なメンバーに私も混ぜていただきました。
肉豆腐、素晴らしいね
「居酒屋のカルチャーって基本は煮込みじゃないですか。でも下手な店だと臭みがあるでしょう。肉豆腐にはそれがないんですよ」
パリッコさんから肉豆腐が好きだっていう話を初めて聞いたとき、ぜんぜんピンと来なかった。酒場だったら煮込みだろうと。でも一緒に肉豆腐を巡ってみて、断然ファンになってしまった。おかげでほんのちょっとだけ、自分の世界が広がった気分だ。