鍋こわしの正体は「カジカ」の仲間らしい
鍋こわしを味わうため、僕は釣竿片手に羽田から女満別空港へと飛んだ。
傷みの早い魚だと聞いていたので、とびきり鮮度の良いものを自力で手に入れようという魂胆だ。
晴れているうちはまだいいのだが…
…だが、北の大地へ着いた瞬間にこの作戦は間違っているのではという思いがよぎる。
予想以上に寒いのだ。
関東はシャツ一枚で過ごせるほど暖かかったのだが、女満別便のタラップを降りはじめた瞬間にはバックパックからダウンを取り出していた。
もう、いますぐ鍋を囲みたい気分なのだが…。
この寒さの中、材料調達から始めるのは少々つらいのだが…。
海へ着くころには厚めの雲が…。寒い!
北海道の魚に詳しい友人から、事前に教えてもらっていた港へとレンタカーを走らせる。
実を言うと、鍋こわし釣りはもっと寒くなってからが本番。今回はベストシーズンをはずしてしまっているのだが、ここならば可能性があるのだそうだ。
プニプニした軟らかい素材でできたルアー。こういうのを使うと、とても簡単に釣れて楽しいらしい。
…面倒くさいのでいきなりネタばらししてしまうが、鍋こわしの正体は海産の「カジカ」という魚の仲間である。
ただし、地元の方にうかがった話では、鍋こわしという名は広義にカジカ類全般を指す場合もあれば、とりわけ美味いとされる「トゲカジカ」なる種のみをピンポイントで指す場合もあるということだった。
簡単に釣れる!かっこいい!
もともと明確に区別されていなかったか、あるいは呼び名のインパクトを買い、商業的な理由でトゲカジカ以外の種にも適用されるようになったのか。
詳しいところは不明であるが、とりあえず今回は「真・鍋こわし」であるトゲカジカを目標にしつつ、それ以外のカジカしか釣れなければそれもまた良しとしよう。
ゆるく行こう。寒いし。
いる場所にさえ行けば、とても簡単に釣れる。たしかに楽しい。
カジカ類は積極的に餌を探し回るというより、海底でじっとしつつ目の前を通る生物を捕食する傾向が強いという。
よって、ルアーをあっちこっちに投げまくって釣るのが手っ取り早いらしい。
ルアー釣りはあまりやったことがないので不安だったが、件の友人は「絶対釣れますよ。楽勝ですよ。」と言っていた。
魚のくせに角生えてる!かっちょいい!
半信半疑のまま、試しに足元にルアーを落っことしてみると、釣竿から手元へブルブルという感触が伝わってきた。
えっ、えっ?と慌ててリールを巻くと、なんかすごくかっこいい魚が釣り針にかかっている。カジカだ。
鬼のような顔つき。
この種類は口元に豹柄のような模様が乗っていて、これがまたイカす。
鰭の模様も
見逃してはいけない…。
陸上で手に取るとド派手に見えるが、海底にいたらきっと藻類の付着した石にしか見えないんだろうな。
種類によってはお腹にまで模様が。海底に張り付いているならそこは真っ白でもいいのでは?と思ってしまうが、きっと何か意味があるのだろう。
大きく、とげとげしい頭部と大きな鰭、そして各部位によってパターンの異なる複雑な模様。どれをとってもかっこいいとしか言いようがない。
あ、俺、この魚好きだなー。
1時間ちょっとでこの釣果!調子に乗って釣りすぎた。
そして、コツをつかむとバカスカ釣れはじめる。あっ、これ楽しいぞ。
だが、調子に乗って隣の港へ移動したりするとパッタリ釣れなくなる。ポイント選びが要の釣りらしい。
小さな個体はすべて逃がし、比較的大きなものを6匹キープ。だが、よく見ると2種類のカジカが混じっているようだ。どちらかがトゲカジカか?
連れたカジカたちの中から特に大きな(といってもせいぜい30センチ程度だが…)ものを選び、血と内臓、そして鰓を取り去る。
カジカ(というか北の海の魚全般)は非常に傷むのが早い。おいしく食べるには釣り場での迅速な処理が不可欠だ。
トゲカジカは獲れず!
ところで、上の写真を見て何か気がつかないだろうか。
そう。二種類のカジカが混じっているのだ。
先ほども紹介した口元に模様がある種。ギスカジカという種類だろうか?
肝はマンゴープリンを思わせるマイルドなオレンジ色。美味そう。
一方こちらは面長で地味な種類。口元に模様が無い。オクカジカか?南方育ちにとってカジカの同定は難しい仕事だ。
こちらの肝はよく熟れた柿のように濃い色合い。濃厚な味が想像できる。ただ、同じ種であっても肝の色には個体差が見られた。この数引きのサンプルだけで「種によって肝の色が違う」と言い切ることはできないかも。
これらはギスカジカとオクカジカという種類だろうか?イマイチ自信が無い。
カジカの識別くらい、事前に図鑑見とけば楽勝でできらあ!とタカをくくっていたのだが、いざ野外で実際に見てみると、これが難しい。
どいつもこいつもよく似たシルエットである上、同一の種であってもかなり体色や模様の変化に富んでいるので、ぱっと見ではなかなか判断が下せない。
実際に図鑑と照らし合わせても、「これだ!」と言い切れないもどかしさ。
ただ、真の鍋こわしことトゲカジカならば尾鰭の端に透明な帯があることで容易に識別できるはずなのだが、いずれの個体にもその特徴は出ていない。あんなにたくさん釣っても、トゲカジカは一匹も含まれていなかったのだ。。ちょっと残念な気もするが仕方がない。今回は釣れてくれた二種のカジカをできるだけ美味しく食べることに努めよう。
カジカといえば厳つい頭部の形状が最大の特徴。だが、)普段はこういうこごく普通のシルエットで…
興奮するとエラを広げて「鬼の形相」に。
アニサキスがいるから生食には注意が必要
カジカを釣っていると、その体表を這う小さな生物に時折遭遇する。
ウオビルやウオジラミなどの寄生虫だ。
ウオビルの一種がついていた。人間には無害。
ウオジラミという魚の代表につく寄生虫。こちらも人間に害はないので心配無用。
寄生虫と聞くと気持ちが悪いかもしれないが、心配は無い。人間がとりつかれることはあり得ないからだ。
実際、みんなが喜んで食べている鮭にも、漁獲時にはサケジラミという名のウオジラミが付着していることが多かったりする。
こうした生物は魚にとっての蚊のようなものと考え、気にしないのが正しい付き合い方だろう。
ただ一つ注意すべきは体内に潜んでいるアニサキス。こちらは有害なので、生で食べる場合は一定期間の冷凍処理が必要。…鍋の方が向いてる魚だとは思うけど。
だが、この魚には気にしなくてはならない寄生虫もついている。あの悪名高いアニサキスである。
一定期間の冷凍処理を行わずに刺身で食べると、ひどい目に遭うかもしれない。
刺身といえば、そのままの味を見るべく薄く切ったものを二口ほどその場で試してみたが(真似しないでください)、あまり味がしなかった。おいおい、本当に鍋にしたらおいしくなるのか?
鍋こわし、スーパーで55円なり。
帰り道、鍋の材料を買い足しに地元のスーパーマーケットへ立ち寄った。
なんとなく鮮魚売り場の冷蔵ケースを覗くと、鮭やニシンに混じって靴底ほどの黒い魚が一匹、無造作に並べられているのが目に入った。
トゲカジカだ!ザ・鍋こわしだ!
そして驚きのお手頃価格だ!
特徴的なシルエットは間違いなくカジカのそれ。
しかし、先ほど釣った二種とは明らかに雰囲気が違う。ラップ越しに舐るように観察すると、トゲカジカの特徴である大きな棘と尾鰭の透明な帯が認められた。まさかの出会い!
晩秋~真冬にならなければまだスーパーには並ばないと聞いていたのだが…。釈然としない思いもあるが、とりあえず何も考えずに買い物カゴへ放り込む。だってたったの55円だし。
スーパーで購入したトゲカジカと思しきカジカ
ただ、釣ってきたものに比べるとさすがに鮮度は劣る。
鰓蓋のトゲが長くてシャープ。
尾鰭の端は透明。
こうして(偶然にも)役者が揃った。いよいよ試食の時である。果たして彼らは鍋こわしの異名に恥じないパフォーマンスを見せてくれるのだろうか。
鍋だけは絶品!他は…
まずはギスカジカ(仮)とオクカジカ(仮)から調理していく。
ただ鍋にする前に、他の料理への応用の可能性も探っておきたい。
先ほども述べたとおり刺身ではいまひとつだったので、今度は煮つけにしてみよう。
ギスカジカの煮つけ。見た目はそこそこ雰囲気あるようだが…。
あれ、全然パッとしない…。本当にこんな魚からいいダシが出るのか?
…結果は刺身とほぼ同じ。不味いというわけではないのだが、味があまり感じられずイマイチ評価に困る感じ。
本当にこんな没個性な魚が、鍋に入れると絶品に変貌するのだろうか。信じられない。
味噌仕立てのギスカジカ(だと思う)鍋。大根とじゃがいもはカジカ鍋に必須の具材だという。
ぶつ切りにしたカジカを潰した肝とともに煮込み、味噌ベースで鍋に仕立てる。
まあ、想像通りのビジュアルに想像通りの香りである。
半信半疑で口へ運んで…驚いた!
美味い…!相変わらず身は淡白だが、つゆに濃厚なダシが溶け出している。
…本当においしい!
今まで一体どこに隠れていたのかと聞きたくなるほど、濃厚な旨味が鍋の中に溢れかえっている。舌に絡みついてくる甘みはつゆに溶け込んだ肝によるものか。
あっさりした白身からは想像できないような強いダシが、彼らのアラと肝には蓄えられていたのだろう。
プルプルの皮も、カジカのダシを吸い込んだ野菜も抜群に美味い。夢中で、鍋を抱え込むように貪った。
…単に釣りをしている間中、何も食べていなかったせいもある気がするが。
オクカジカ(だと思うんだけどなあ…)鍋。もう少しギスカジカ鍋とビジュアル面で差別化を図れなかったのか。
こちらも美味い!だが、腹が減りすぎていたためか僕の舌では先ほどの鍋との差はあまり感じられず。まあ、美味いからいいよ。そんなことはどうでも。
二種のカジカ鍋はどちらも抜群の味だった。さすが、鍋こわしと呼ばれる一族である。名に恥じないおいしさ。
…では、一族の長たる「ザ・鍋こわし」、「鍋こわしの中の鍋こわし」、トゲカジカはどれほど美味いのか!ああ、楽しみすぎる。
真の鍋こわしことトゲカジカの鍋。当然、見た目は他の二種と変わらないが…。
同じ味つけでもう一杯の鍋を作る。ワクワクが止まらない。猫舌であることも忘れ、熱々のうちに箸をつける。
え?なんか…。アレ?
…おや?変だぞ?頬張った瞬間、口の中が旨味の洪水に見舞われるはずだったのだが。
何も起こらない。というか、単刀直入に言うとあんまりおいしくない。味も薄いし、ほんのりと生臭さも感じる。
「鮮度か…」と直感した。カジカは水揚げ後、急速に傷みが進行して味が落ちるという。このトゲカジカは漁師さんに捕られてから、血や内臓も抜かれないまま長時間スーパーのショーケースに陳列されていたのだ。味が落ちていないわけがない。
本来は他のカジカを凌駕するほど美味いのかもしれないが、こうなっては形無しである。
拍子抜け、というか残念な幕切れだ。釣りたてのトゲカジカをちゃんと処理して食べてみたかったなあ~。
棚ぼたで大物鍋こわしゲット!
いやー、心残りだが仕方あるまい。もう北海道での滞在期間はあまり残されていない。
この後は他の魚を狙いに、カジカのあまりいない海域へ船を出す約束もあるのだ。
新鮮なトゲカジカを賞味する機会は、また来年以降に持ち越しである。
狙ってもいなかったのに、60センチ近くありそうな巨大トゲカジカをゲット!!船頭さんもびっくりしていた。
と、他魚狙いで船に乗り込みカジカのことを忘れかけていた頃である。
同船者が巨大なトゲカジカをヒョイと釣り上げた。「うわ、なんか鬼みたいな魚釣れた!」などと言っている。
船頭さんも「このポイント、マカジカ(トゲカジカ)いるんだ…。それもあんな大きいの…。」と呆気にとられている。
奇跡的な捕物かもしれない。
怪獣みたい。かっこよすぎる!飼いたい!でもやっぱり食いたい!
20~30センチでも十分かっこいいカジカだが、このサイズになるともはや怪獣である。
そのままウルトラマンと戦えそうなビジュアル。
あまりにかっこよすぎて、締めるのをためらうほどだ。いや、締めるけどね。食べるけどね。
嗚呼、カッチョいい…。
この大物で、改めて作った鍋こわし鍋はやはり美味かった。なんとなくだがギスカジカやオクカジカよりも旨味が強く、コクがあるように感じられた。まあ、単に大きいからダシが強く出たというだけの話かもしれないが。もしくはプラシーボ。
だが、少なくともパック売りの個体とは別物と言っていい。鍋こわしとは、とにかく鮮度が命の魚だった。寒い時期に北海道を訪れる機会があれば、ぜひ試してほしい一品だ。
やっぱりトゲカジカは美味かった!鍋こわしと呼ばれるだけあった!確かめられてよかった!
季節を選べば自分で釣らなくても食べられるらしいよ
この記事を読んだ人は、「おいしい鍋こわしは極寒の海で、自分で釣り上げなければ食べられない幻の食材」と思い込んでしまいそうだが、実際は季節さえ選べばそんこともないようだ。
これからの時期、晩秋から冬にかけてはトゲカジカ含むカジカ類が産卵のために浅場へ接岸してくる。そうなると漁獲量も増え、市場への流通も多くなる。シーズン中はカジカ鍋を提供する料理店もあるというから、冬の北海道旅行を計画している方はリサーチしてみてはいかがだろうか。
カジカを釣っていると、ルアーにクリガニが引っかかってきた。これもおいしい食材だが、漁業権とかが心配だったのでリリース。