特集 2015年8月6日

どこまでが日本地図か

日本の地形を削り取っていきます
日本の地形を削り取っていきます
日本は島国である。周囲を海に囲まれていて、その海岸線は複雑に入り組んでいる。

日本地図を描くときは、そんな海岸線を正確に表現するのは大変なので、ある程度デフォルメして描かれる場合が多い。その時、いくつかの岬や半島は、無意識のうちに省略されてしまう。

一体どこまで地形を省略しても、日本地図は「日本地図」としていられるのだろうか。実際に地形を削って確かめてみた。
1983年徳島県生まれ。大阪在住。散歩が趣味の組込エンジニア。エアコンの配管や室外機のある風景など、普段着の街を見るのが好き。日常的すぎて誰も気にしないようなモノに気付いていきたい。(動画インタビュー)

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日本地図をデフォルメする

あるとき、所用で簡単な日本地図を描いていたのだが、九州を描くときにちょっと困った部分があった。
それがこの辺り。海岸線が複雑なので、どうデフォルメすればいいのかよく分からない
それがこの辺り。海岸線が複雑なので、どうデフォルメすればいいのかよく分からない
こんな感じ? いや、ここまで正確に描かなくてもいいか
こんな感じ? いや、ここまで正確に描かなくてもいいか
とすると、これくらいか。ずっと見ていると、ゲシュタルト崩壊して何なのか分からなくなってきた
とすると、これくらいか。ずっと見ていると、ゲシュタルト崩壊して何なのか分からなくなってきた
九州の人から見るといい加減に思えるかもしれないが、デフォルメ具合としてはこれくらいがちょうどいいだろう。よし、これでいこう。そのとき完成した日本地図がこれである。
随分デフォルメしたけれど、これは誰がどう見ても日本地図だろう
随分デフォルメしたけれど、これは誰がどう見ても日本地図だろう
――と、そんなことをしている時に、ふと気が付いたのである。私は地図をデフォルメする過程で、日本の海岸線を大きく削り取っているということに!
これって無意識にやってたけど、地形の改変作業だ
これって無意識にやってたけど、地形の改変作業だ
地形を一瞬で変えるなんてのは、もはや人間の所業ではなく、イザナギ、イザナミの神話の世界である。しかし、それが簡単にできてしまうのだ。地図の上では。

みんなの思う日本地図の形を探る

ここで気になるのは、みんなが日本地図をデフォルメする過程で、どんな風に地形を改変しているのかということだ。

そこで、まずはフリー素材として配られている日本地図を片っ端からかき集め、分析してみることにした。
集めた地図。これをなんとなく抽象度の低い順番に並べ替えてみると
集めた地図。これをなんとなく抽象度の低い順番に並べ替えてみると
日本列島がだんだん溶けていく……
日本列島がだんだん溶けていく……
先ほどは単に「地形の改変」と書いたが、正確には「海岸線の凹凸を削除」することで、日本地図の抽象度は高まっていく。

要は、日本地図を構成するうえで重要ではないと判断された地形(岬や半島)が、次々と消されていくわけである。ああ、諸行無常なり。
例えば、この二つの地図を比べると
例えば、この二つの地図を比べると
積丹半島はいらないので消えてもらいました
積丹半島はいらないので消えてもらいました
なんとか形を残していた男鹿半島にも、この際だから消えてもらいましょう
なんとか形を残していた男鹿半島にも、この際だから消えてもらいましょう
これを見ると分かるように、積丹半島や男鹿半島がなくなっても別に困らない(なんて言うと語弊があるかもしれない。地元の方、ごめんなさい……)。つまりこれらの半島は、日本地図が日本地図であるうえで、そんなに重要ではないとされる部分だと言える。

逆に、どれだけ地図がデフォルメされても、しぶとく残っている部分もある。それが能登半島だ。
どんなに簡単な地図になろうとも
どんなに簡単な地図になろうとも
どんなに簡単な地図になろうとも
どんなに簡単な地図になろうとも
みんな能登半島が好きすぎるだろうと思うくらい、どの地図を見ても能登半島はその存在感を誇示していた。それゆえ、日本地図にとって能登半島は切っても切れない存在なんじゃないかと思うわけだ。あくまでデフォルメ地図の上での話だけれど。

どこまでが日本地図か

ここでようやく本題に入ろう。
先ほどの能登半島の人気っぷりを見るに、能登半島が存在していれば、とりあえず日本地図らしさが表現できそうだ。

では逆に、能登半島がなくなったら、日本地図は日本地図らしさを失うのだろうか? どこまで地形を削っても、日本地図は日本地図なのだろうか?
それを確かめるため、ここに日本地図の模型を用意した(自作)
それを確かめるため、ここに日本地図の模型を用意した(自作)
そしておもむろにカッターを取りだし、これから地形を削っていこうと思う。まさに神の手である
そしておもむろにカッターを取りだし、これから地形を削っていこうと思う。まさに神の手である
と実際の作業にかかる前に、「どこまでが日本地図か」というからには、きちんと順序立てて地形を削る必要があるだろう。

その順番を決めるため、デフォルメ日本地図に描かれがちな、「人気のある地形」を調査してみることにした。人気のない方から消し去っていこうという作戦だ。

人気の地形ランキング

人気の地形を調査するため、これまで見てきたフリー素材の地図に追加して、以下の日本地図を集めてみた。

1) 「店舗検索」というワードで検索して出てくる、いろんなチェーン店の店舗情報ページに載っている日本地図
2) 地図サイトのトップページに載っている日本地図
3) 賃貸情報サイトのトップページに載っている日本地図

こうした地道な収集作業により、合計84個のデフォルメ日本地図を集めることができた。
私のパソコンに集まった大量の日本地図(一部)。一覧で見ているだけでも結構おもしろい
私のパソコンに集まった大量の日本地図(一部)。一覧で見ているだけでも結構おもしろい
今回は、抽象度の低いリアルな日本地図や、四角形だけで構成されたようなデザイン重視の日本地図は対象外とした。
こういった地図は除外。しかしこの地図の形は大胆だな
こういった地図は除外。しかしこの地図の形は大胆だな
それではさっそく、集計結果をもとに地形を削っていこう。

人気のない順に、日本地図から地形を削る

まずはランク外(10位より下)の地形をばっさり削ってしまう。
さらば、人気のない地形たち……
さらば、人気のない地形たち……
リアルタイプの日本地図が随分とマイルドになった。手が滑って一部削りすぎた気もするが、国づくりの神もこれくらいのミスはするだろうという謎の理屈で押し通す
リアルタイプの日本地図が随分とマイルドになった。手が滑って一部削りすぎた気もするが、国づくりの神もこれくらいのミスはするだろうという謎の理屈で押し通す
うん、これくらいだとまだまだ日本地図らしさが残っている。この調子でどんどん削っていこう。

人気の地形ランキング10位:伊豆半島を削る

10位は伊豆半島。小さい半島ながら、デフォルメ日本地図には残されがち
10位は伊豆半島。小さい半島ながら、デフォルメ日本地図には残されがち
これは私の勝手な予想なのだけど、地図を作るのは東京の人が多く、行楽地としてなじみの深い伊豆を無意識のうちに描いてしまうのではないか。大阪の人が地図を描くと、また事情が違ってくるかもしれない。

そんなわけで、伊豆半島も消し去ろう。
さらば伊豆半島
さらば伊豆半島
図ばかりではイメージが湧きにくいので、写真も載せておこう。これが切り離された伊豆半島の先端だ(何を隠そう私は岬巡りが趣味なので、いろんな岬に行っている)
図ばかりではイメージが湧きにくいので、写真も載せておこう。これが切り離された伊豆半島の先端だ(何を隠そう私は岬巡りが趣味なので、いろんな岬に行っている)

9位:北海道の北部・東部、8位:四国の4つの出っ張り部分を削る

9位は北海道の3つの岬がランクイン。意外にも南部の襟裳岬は省略されがちで、ランキングには入らなかった
9位は北海道の3つの岬がランクイン。意外にも南部の襟裳岬は省略されがちで、ランキングには入らなかった
8位は、四国の4つの出っ張り部分。たしかに四国と言えばこういう形を描いてしまう
8位は、四国の4つの出っ張り部分。たしかに四国と言えばこういう形を描いてしまう
9位と8位は、なんとなく納得の地形である。しかしこれを削ってしまったら、北海道も四国もほとんど特徴がなくなるのではないか。一抹の不安を感じながらも、日本地図にザックリとカッターを入れる。
あー北海道が……
あー北海道が……
あー四国が……
あー四国が……
例によって、岬の写真をどうぞ。これは北海道最北端の宗谷岬で、大学生の時に青春18きっぷを使って行った思い出の場所だが、今回の日本地図にはもう存在しない
例によって、岬の写真をどうぞ。これは北海道最北端の宗谷岬で、大学生の時に青春18きっぷを使って行った思い出の場所だが、今回の日本地図にはもう存在しない
そしてこの時点で、何とも奇妙な雰囲気になってきた。何だこの言い知れぬ不安感は……
そしてこの時点で、何とも奇妙な雰囲気になってきた。何だこの言い知れぬ不安感は……

続いて、7位から4位まで一気に削る

7位は冒頭にも出てきた、長崎の半島群。非常に描きづらい形なので、省略してひと固まりに描かれる場合が多かった
7位は冒頭にも出てきた、長崎の半島群。非常に描きづらい形なので、省略してひと固まりに描かれる場合が多かった
そんな半島群も惜しげもなく削除。二足歩行型のUMAのような形になってしまった
そんな半島群も惜しげもなく削除。二足歩行型のUMAのような形になってしまった
そしてこれが、切り離された北松浦半島にある日本本土最西端の神崎鼻。さらば
そしてこれが、切り離された北松浦半島にある日本本土最西端の神崎鼻。さらば
6位は鹿児島の大隅半島・薩摩半島で、5位は青森の下北半島・津軽半島。どちらも2つの半島が並ぶ特徴的な形なので、みんなの記憶に残るのだろう
6位は鹿児島の大隅半島・薩摩半島で、5位は青森の下北半島・津軽半島。どちらも2つの半島が並ぶ特徴的な形なので、みんなの記憶に残るのだろう
これらも勢いよく削除。この喪失は、日本地図にとっては致命傷になりそうな気がする
これらも勢いよく削除。この喪失は、日本地図にとっては致命傷になりそうな気がする
そして下北半島の本州最北端・大間崎(以下略)
そして下北半島の本州最北端・大間崎(以下略)
4位は、北海道の渡島半島。北海道はどんなに適当に書いても、渡島半島さえあれば許される雰囲気があった
4位は、北海道の渡島半島。北海道はどんなに適当に書いても、渡島半島さえあれば許される雰囲気があった
そんな聖域とも呼べる箇所にもカッターを入れる。もう何が何だか分からなくなってきた。新幹線の先頭車両みたいだ
そんな聖域とも呼べる箇所にもカッターを入れる。もう何が何だか分からなくなってきた。新幹線の先頭車両みたいだ
削れば削るほど、だんだん私の中の日本地図像が崩壊していくのを感じる。

それはたしかに日本地図なのだが、私の知っている日本地図とは何かが決定的に違う……。まるでパラレルワールドの日本を見ているようである。
現時点の日本地図がこれだ。賛否はあるかと思うが、まだ日本らしさが残っているため、この段階では日本地図だと認定したい
現時点の日本地図がこれだ。賛否はあるかと思うが、まだ日本らしさが残っているため、この段階では日本地図だと認定したい

3位:紀伊半島、2位:房総半島を削る

3位と2位は、日本を代表する半島と言っても過言ではない、紀伊半島と房総半島。これらが省略された地図を探す方が難しいくらい、ほとんどの地図に描かれていた。
そんな半島にも消えてもらおう。
さようなら、紀伊半島
さようなら、紀伊半島
そして、房総半島
そして、房総半島
間違って先に切り離してしまっているが、犬吠埼も房総半島であった。ぬれ煎餅を食べに行ったのを思い出す
間違って先に切り離してしまっているが、犬吠埼も房総半島であった。ぬれ煎餅を食べに行ったのを思い出す
そして日本地図。紀伊半島と房総半島の喪失で、一気に不安感が増した気がする。バランスの悪さが原因だろうか
そして日本地図。紀伊半島と房総半島の喪失で、一気に不安感が増した気がする。バランスの悪さが原因だろうか
しかし、まだ日本地図と言えば日本地図である。このままどこまでも日本地図なのだろうか。

そしていよいよ、最後の地形を削りにかかる。

栄えある1位:能登半島を削る

もう言わなくても分かるかと思うが、人気の地形ランキング1位は、当初の予想通り能登半島であった。能登半島がない地図なんて考えられない! というくらい、能登半島の人気は絶大だった。
もう言わなくても分かるかと思うが、人気の地形ランキング1位は、当初の予想通り能登半島であった。能登半島がない地図なんて考えられない! というくらい、能登半島の人気は絶大だった。
もう言わなくても分かるかと思うが、人気の地形ランキング1位は、当初の予想通り能登半島であった。能登半島がない地図なんて考えられない! というくらい、能登半島の人気は絶大だった。
今回の統計からすると、「日本地図を描け」と言われたら、ほぼ全員が能登半島を描く計算になる。どんだけ愛されているんだ、能登半島。
先の房総半島もそうだけれど、一県の大部分が半島になっていると、印象に残りやすいのではないかと推測する。

そんな日本代表の能登半島を削ったら、日本地図はどうなってしまうのだろうか。いよいよ最後の地形改変を行ってみよう。
最後の瞬間――切り離される能登半島
最後の瞬間――切り離される能登半島
そうして出来上がった日本地図がこれだ!
「でろ~ん」という擬音がぴったりのフォルム
「でろ~ん」という擬音がぴったりのフォルム
これは……日本地図だ。

かなり不気味な形には違いないが、日本地図と言われればこれは日本地図だろう。なーんだ、半島や岬を全部削っても、日本地図は日本地図なのだ。
結論、日本地図はどこまで行っても日本地図だった
結論、日本地図はどこまで行っても日本地図だった
しかし、私の心はすでに折れていた。こんなに岬のない日本地図は、形状としては日本と認識できても、とても同じ日本だとは思えない。
人気ランキング上位の能登半島や房総半島は、やはり人々の記憶に残りやすいだけあって、日本地図を形成するうえで重要な地形なのだと再認識できた。

やっぱり、少しくらい出っ張りがあった方が、日本らしくて良いと思うのだけど、どうでしょうか。

ところで、心が折れた原因はもう一つあった。
5時間かけて作った日本地図の模型を切り取っていく作業が、予想以上に辛いのだ。しかも、実際に削る作業はごく短時間で、過程を写真に撮る時間のほうが長いくらいだったのでなおさら辛い。「壊す工作」っていうのは、作るとき以上にドキドキするものである。みなさん、日本地図を削るのはやめときましょう。

そして残された日本列島の残骸
そして残された日本列島の残骸
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