未開通区間を歩いて越える
国道152号線の未開通区間は二箇所。日本の秘境と名高い遠山郷の出入口にあたる、青崩峠と地蔵峠だ。
どちらの峠も152号線そのものは未開通で途切れているのだが、峠を迂回する林道が存在するので、それらを使えば通行自体は可能である。
だがしかし、迂回しなければならないというのも癪な話ではないか。国道が設定されている、その正規ルートを通ってみたいと思うのが人の常である。
さらに調べてみると、どうやら車道こそ未開通であるものの、昔から人々が歩いてきた、峠越えの古道なら存在するらしい。
車両はダメだが、徒歩なら未開通区間を越えて、152号線を繋ぐことができるのだ。それなら、歩くしかないだろう。
ちなみに未開通区間までは原付で行きました
道幅は狭いが、なかなか楽しい国道152号線
というワケで、私は静岡県の浜松市から国道152号線を一路北上した。
序盤はなんの変哲もない普通の国道。大した面白みはなかったのだが、天竜川沿いの道となってからは途端に山が深くなり、いわゆる酷道的な趣を見せ始めた。
天竜二俣の辺りから、天竜川沿いの渓谷が始まった
景色が良く、車も少ないので、走っていて楽しい
車のすれ違いが困難な、道幅の狭い箇所も多い
道路の対岸ではあるが、派手に崖崩れを起こしていた
青崩峠の10kmほど手前、水窪(みさくぼ)に到着
もっと路面がボコボコとか、そういう道路を想像していたのだが、全体的に道路の状態は悪くなく、なかなかゴキゲンな道である。
水窪からはさらに道幅が狭まるものの、走る車がほとんどないので問題ない。
時折あらわれる、集落や棚田の風景が良い感じだ
そして迂回路との分岐点に到着。国道152号線は右の道である
左の方が立派だが、そちらは迂回路の林道へと続く道路なのだ
普通に走っていると見逃してしまいそうな、なんとも頼りない細道が青崩峠へと続く国道152号線である。
迂回路の方が遥かに立派であるが、実はこれにはちょっと複雑な事情があったりする。それは後述するとして、まずは青崩峠へ突入だ。
この先に待ち構えるは、未開通区間
私のカブが悲鳴を上げる
迂回路の分岐点を越えてから、道は途端に険しくなった。ぐねぐねとした九十九折れの登り坂。勾配も急なので、原付では大変だ。
写真だとそれほどに見えないが、この道、かなり急である
ひたすら低速ギアで登っていくのだが、そのエンジン音がまるで悲鳴のように聞こえ、なんだか心苦しい。
これまでの道はそれほど悪くはなかっただけに、この区間の酷道っぷりといったら……。そのギャップに驚かされる。
途中に足神神社という小さな神社があった
説明板を読んでみると、どうやら鎌倉時代、ここを通った北条時頼が足を怪我し、その治療にあたった守屋辰次郎を後に神として祀った神社とのこと。
徒歩旅行が好きな私にとって、そして去年に足の手術をした私にとって、とても他人事ではない話である。丁重にお参りをさせて頂いた。
湧水もあったので、喉を潤して再出発
かつて集落があったというその跡を過ぎると――
まもなく少し広い場所に到着
これより車両通行不可となった
どうやら車両が通行できるのはここまでのようだ。だがしかし、道路はもう少し先まで続いているようである。
この先はどうなっているのだろう。好奇心に駆られた私は、この先を歩いてみることにした。
そして納得。こりゃ車両の通行なんて、とてもできませんわ。
だって、これだもの
道路が崩れてアスファルトが浮いているところもある
その先で道路は完全に途絶えた
車両通行止めの地点には、工事中の旨を示す看板が立っていた。小さなシャベルカーも置いてあったので、実際に道路の修復工事が行われているのだろう。
すぐに行き止まりとなるこの道を直す意味は……などとついつい考えてしまうが、曲がりなりにも国道なので、放っておくことはできないということか。
なんとまぁ、難儀なものである。
それでは、未開通区間を歩いて繋ごう
とまぁ、このように国道152号線は青崩峠の手前で行き止まりとなっているのだが、先ほど車両通行止めとなっていた広場の辺りから、青崩峠を越える古道が伸びている。
その道を歩いて行けば、北側の152号線に出られるという寸法だ。
いざいざ、青崩峠越え
なかなかしっかり整備されている登山道である
途中に架かる木橋は、踏むと腐ったような感触があったが
卒塔婆のような立札の下にある石は、武田信玄が腰掛けた石だという
15分ほどで青崩峠に到着した
先ほどから北条時頼やら武田信玄やら、なんとも錚々たるメンツの伝説が語られているが、それもそのはず、国道152号線は信州と遠州を結ぶ街道のひとつであった秋葉街道をルーツとしている。
車道として上書きされなかった青崩峠の古道。かつては物流が盛んな「塩の道」として数多くの人々がこの道を歩いたのだろうが、現在歩くのは青崩峠から続く熊伏山への登山客くらいだろう。
青崩峠から見た北側。この先に152号線の続きがあるはずだが……
とりあえず、北側の152号線に出るまで行ってみることにした
うぉ、落石で歩道がぶっ壊れている
こちらは青白い土砂がどしゃーっと
青崩峠を越えてからというもの、あちらこちらで青白い砂礫が崩れているのを目にした。なるほど、青崩峠とはいったものである。
どうやらこの辺りは、かなり地盤が脆いらしい。おそらく、いまだ道路を通せていないのは、この脆い地盤が原因なのだろう。
峠の北側は、木橋が腐り落ちているなど、結構荒れている
途中にあった社に、無事帰れますようにと願を掛けた
しばらくして、道路らしき場所に出たのだが……
青崩峠から15分ほどで国道152号線と合流した。しかしその道はとても車両が通行できるようには思えない。
おそらくここはまだ、車両通行不能区間なのだろう。まだもう少し先、車両が通行できる場所まで歩いてみることにしよう。
この車道もどきは、古道から向かって左右に伸びていた。地図を見る限り、右が国道152号線なのだろうが、左も確認してみるべきだろう。
左の道はすぐに行き止まりとなった。治山工事現場のようだ
立札があり、青崩の治山工事について書かれていた
この青崩では、昭和36年から治山工事を行っているらしい。今までで80%が完成したと書いてあるが、むしろそれだけ長く工事をやっても、いまだ完成していないことに驚きである。
それだけでも、青崩峠に道路を通せない理由が分かるというものだ。
まるで廃道のような車両通行不能区間
さて、引き続き国道152号線を歩こう。
青崩峠の古道から続く国道152号線は落石が酷く、木の葉もこんもり積もっている。酷道というレベルを越えて、もはや廃道の趣きである。
地図上では、しっかり国道152号線と書かれている区間だが……
こりゃ、カブでも厳しいな
なぜかミラーだけはピカピカだった
通常、このような車がほとんど通らないような山道では、ミラーは曇りに曇っているものである。ところがこの道のミラーは磨かれたようにピカピカだ。
たぶん、先ほど見た治山工事の現場に重機が出入りする為なのだろうと思うが……道路状況はこんななのに、かえって不気味な存在感を醸していた。
電線も通っている。やはり治山工事の為だろう
しかし、この道を重機が通れるものなのだろうか……
さらに進むと、徐々に道の状態がマシになってきた
……と思いきや、斜面の崩壊を防ぐはずの法面ごと崩壊している箇所に遭遇
ことごとく、道を作るに適していない場所である。治山工事をするにしても、そこに到達するまでの道が既に崩壊しかかっている。
直してもまた壊れて、直しても壊れて……と、まるで賽の河原のような作業である。考えるだけで気が遠くなる。
木々がないと、素晴らしく眺めが良い道ではある
廃墟があってちょっとびっくりした
1995年の新聞があった。その頃はまだ人が住んでいたということだ
その先にゲートがあり、そこまでが車両通行不能区間であった
程なくして、迂回路との合流地点に到達
迂回路の林道は兵越峠という別の峠を越えるのだ
これで青崩峠南側から北側までの約5km、車両通行不能区間を歩き通したことになる。歩いたルートは以下の通り。
青崩峠の古道は思っていたよりも短かったものの、その後の半分廃道と化した国道152号線の車両通行不能区間が長かった。いやぁ、疲れた、疲れた。
おそらく、この青崩峠の未開通区間が繋がることは今後もないだろう。なぜなら、152号線に併走する形で三遠南信自動車道(国道474号線)の建設が進められているからだ。
なんでも、青崩峠に4.9kmのトンネルをぶち抜く計画らしい。
三遠南信自動車道ができたら、152号線は本格的にお役御免だろう
青崩峠にトンネルを掘るべく、現在もりもり工事中
当初の計画では、152号線の迂回路にあたる兵越峠にトンネルを掘る予定だったらしい。ところが兵越峠は地盤が脆弱でトンネルを掘ることができないと判明し、急遽青崩峠に変更されたとのこと。
1ページ目で152号線から分岐したあの立派な道路とその先にある草木トンネルは、本来なら兵越峠を越える三遠南信自動車道と繋がる予定だったのだ。立派で当然ですな。元は三遠南信自動車道の一部として作られたのだから。
また、三遠南信自動車道は152号線の一部を拡張して利用するそうなので、今回私が道中で見た景色も近々見られなくなるのでしょう。おまけに自動車専用道なので、原付では走れない。うーん、ちょっと残念。
古道と酷道と廃道が楽しめる、国道152号線の未開通区間
単純な好奇心で152号線の未開通部分はどうなっているものかと見に行ってみたのだが、青崩峠の古道に加え、南側の酷道っぷりに北側の廃道っぷり。想像以上に楽しめた。
そしてなにより、国道の未開通区間を歩き通せたことに満足だ。想像以上に時間を食ってしまい、もう一つの未開通区間である地蔵峠に行けなかったのは残念だけど、まぁ、やり残したことがあった方が、また訪れる動機になりますしね。