私のデイリーポータルZベスト盤 2020年3月3日

私が選んだデイリーポータルZベスト盤:岸政彦さん

これまで2万本に迫る数の記事を公開してきたデイリーポータルZ。読者はどの記事が好きで、どんな読み方をしているのだろうか?

読者を訪ね「デイリーポータルZの好きな記事」を教えてもらう月イチ連載。第一回目の長嶋有さんに続き、贅沢な読者ゲストが登場します。

ここの文とインタビューまとめ:榎並紀行(やじろべえ)

写真:森カズシゲ

インターネットにラブとコメディを振りまく、たのしいよみものサイトです。

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普通の人の生活史が、じつは面白い

今回の読者は社会学者の岸政彦さんだ。

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 岸政彦さん

社会学者として人に話を聞き、様々な生活史をまとめている。その活動の傍ら小説を執筆し、著書『断片的なものの社会学』は紀伊国屋じんぶん大賞2016を受賞。『ビニール傘』は芥川賞候補に挙がった。

デイリーの好きな記事も、自身の研究テーマに通じるものが多かった。


岸:最初に読んだのは「ふつうの人にインタビュー」という、林さんの記事だったと思います。2004年ですね。これ、びっくりしました。ウェブメディアで「そのへんの人に聞いた話」を記事にしてしまう。こんなありえないことをやる、林雄司ってやつがおるんやと。 

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夜の巣鴨にいた76歳男性などにお話を聞いている(「ふつうの人にインタビュー」より)

岸:この記事で最初に出てくる巣鴨のおじいちゃん。酒や戦争のこと、連れ合いの方が交通事故で亡くなったこと……これだけ多彩な話がばーっと出てくるわけですよね。そのへんのベンチに座っているおじいちゃんや女の子、普通の人にじつはこれだけの“生活史”があることを引き出している。この面白さが世間にどれくらい理解されているか分からないけど、僕としては大ヒットでした。

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岸:僕自身も、本当はこういうことをやりたかったんです。でも、これ誰にでもできることじゃない。林さんもこの時はできたけど、本来は知らない人に話しかけるの苦手だと思うんです。ある時に、奇跡的なスイッチが入って声をかけられたんじゃないですか。

誰にでも調子よく話しかけられる人だったら、こういう話は聞けない気がします。薄い話で終わってしまう。人見知りの人にとっては話しかけること自体が大冒険。でも、その大冒険を乗り越えて話しかけてるから、深い話が聞けるんだと思う。

デイリーだと他にはスズキナオさんや大北さんが、いい話を引き出して記事にしていますよね。スズキナオさんはどちらかというと、自分からずかずか聞くのではなく「話しかけられる天才」なのかもしれませんけど。

そういうタイプの天才っているんですよ。僕らの業界だと、打越正行という社会学者がそうですね。彼のフィールドは沖縄ですが、閉所恐怖症で飛行機に乗れないので、大阪や東京に来るときはいつもフェリーなんです。でも、船内の2等客室でぼーっとしているだけで色んな人から話しかけられる。その2日間で、えらい面白い話を聞いてくる。その人が今まで誰にも喋ったことがないようなことを、彼は引き出しますからね。

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悔しかった「92歳の古書店店主」

岸:大北さんの「床屋の記事(年季入ってる床屋で)『昔の髪型にしてください』)」も印象に残っています。とくかく面白いから見てと、Twitterでシェアしました。

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(「年季入ってる床屋で『昔の髪型にしてください』」 より)

岸:外観だけ見ると、ちょっと地味なだけで、普通の床屋ではあるわけじゃないですか。廃墟やゴミ屋敷みたいなところだったら、入りにくい店に入るエクストリームな企画として成り立つけど、ここはそうじゃない。よく見ると古くて、なんだろうと気になるけど、ぱっと見て目に入るような店じゃないんです。

普通は目に入らないところに目をつけて、なおかつ中に入り、話を聞いている。そして、「マッカーサーもここ(桜上水)通ったんだよ」という話を引き出すのが凄いですよね。マッカーサーや石原裕次郎、前回の東京オリンピックのことを知っている人がまだいて、現役で商売をしている。たまたまそこに残っていた記憶の尊さを感じますよ。

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岸:床屋つながりだと、「東大の床屋さん(東大にある美容院で東大生に人気の髪型にしてもらう)」の記事もいい。「東大生は頭がちょっと大きい」とか、「大切な頭を守るためなのか髪もけっこうしっかり生えている」とか、エビデンスはないと思うけど面白い。

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できあがった「東大生に人気の髪型」がこちら(「東大にある美容院で東大生に人気の髪型にしてもらう」より)

岸:記事の最後に出てくる、完成した髪型を見て爆笑しました。学会や研究会で若手の研究者や院生によく会うんですけど、東大に限らず実際にこんな髪型多いですよ。社会学者の仲間にも、そっくりなやつが30人はいます。

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岸:あとね、「92歳の古書店主(92歳の古書店主が語る戦後の本屋の風景)」の記事。食べ物が全然なかった終戦直後に、岩波文庫が飛ぶように売れたって話が面白かった。当時の人々は食欲だけじゃなく知識欲にも飢えていたと。

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 (「92歳の古書店主が語る戦後の本屋の風景」より)

岸:じつはこの店、僕の自宅の近所なんです。毎日通っている道にある。だから悔しくてね。これは僕が聞きたかったなあって。店主はこの記事の翌年に亡くなり、お店もなくなってしまいました。

この店って、大北さんがたまたま歩いている時に見つけて、そのまま取材しているんですよね。面白い物件を探してやろう、と最初から意気込んで行くと絶対にこういう店は見つからないんですよ。その点、大北さんもそうだし、林さんもスズキナオさんなんかも基本的には受け身のところがあるんだけど、本当に面白いものを見逃さない。そして、見つけたら積極的に行く。

受動的な部分と、ものすごく積極的な部分、両方があって面白さが生まれてくるんでしょうね。勉強になるし、これを読んで僕は両方足りんなって思いました。だって、この店の看板を毎日見ていたはずなのに、入っていこうとしなかったわけだし。まだ閉ざしているなって。

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岸:「足立区に40円のラーメンを食べにいく」という記事も、入り方が受動的ですよね。突撃取材!という感じではなく、恐る恐る入っていく。そして、もし怒られたら帰ろうと。このあたりの温度感がすごく好きなんです。

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 (「足立区に40円のラーメンを食べにいく」より)

叱られたら帰るし、これ以上は喋りたくないと言われたら聞かない。相手を尊重するという当たり前のルールを守り、信頼関係をつくりながら面白い話を聞く。これは、僕もデイリーから学んでいることですね。生活史をやっていると「どのように人の真実を聞き出すんですか?」とか「どうすれば嘘や誇張なく、面白い話が引き出せるんですか?」と聞かれるけど、結局はそれ(信頼関係)ですよ。

スズキナオさんの「銭湯の鏡に広告を出した話」も好きですね。これ、公開時は見逃していて、だいぶ経ってからTwitterでシェアしたんですよ。最高に面白いと。

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「銭湯の鏡に広告を出した話より」

岸:何段階にも色んな発見がある記事でした。そういえば、銭湯の鏡にこういうのあるなっていう発見と、これを作っている会社や職人がいるという発見。さらに、自分でも出稿できるんだということですよね。僕が「社会学なら岸政彦で検索」って広告を出してもいいわけです。

僕らも、取材して生活史を聞くまでは何とかできる。でも、この記事は実際にデイリーポータルZの広告を発注してしまうという枠の外れ具合、自由さが凄い。ここまでの力業は、なかなかできないですよ。あ、作れるんだっていう開放感があったし、自分でもやってみたくなった。これは名作ですよね。

それから、ものすごく印象に残っているのは「林さんのお父さんの記事(実家は珍スポットだったのかもしれない)」。“ピタゴラ屋敷”みたいな実家の話がとてもよくて、このお父さんからこの人(林)が生まれたんだって納得しました。

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「実家は珍スポットだったのかもしれない」より)

岸:変なものを作っちゃう人って、遺伝なんですかね。僕の友人の社会学者も、家族みんな「作っちゃう人」なんですよ。二階から一階まで張ったロープの先にフライパンがあって、二階から洗濯ばさみを渡すと終点でカンって鳴る。それが呼び鈴代わりだったらしいんです。「ごはんできたよ~」とか、そういうコミュニケーション手段だったと。彼は大人になって、自宅のベランダで生ゴミからコンポスト堆肥を作ろうとして、めっちゃ腐らせて失敗したりしています。やっぱり、変なものを作っちゃうんですね。

 

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塩ビパイプを使った手作りジャグジーなど、数々の変なものが登場する記事
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役に立たない娯楽を続ける凄さ

岸:昔からのデイリーのファンとしては、あまり有名になってほしくないような気もするんですよ。今以上に売れようとすると、「役に立つこと」をしないといけなくなるから。
(林が「Tシャツを早くたたむ方法とか?」と口を挟む)。そう、世界史を分かりやすく解説するとかね。

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岸:みんな役に立つ情報にお金を払うから、ウェブメディアで純粋な娯楽を発信していくのは難しいと思うんです。特に今はTwitterなどでもネタが無料で手に入り、なおさら面白いものに対する価値が下がってしまっていますよね。そう考えると、デイリーは凄い。日常的な些細なネタを20年近くやってきて、そこそこ手堅く売れているわけですから。面白さへの価値がどんどん下がっている時代に、これだけのものを維持できているのは大変なことだと思います。

でも、会社のビジネスとしてはまだ足りないんですかね? 林さんに会って話を聞くたびに会社が変わってますもんね。上から何を求められているか分からないですけど、僕にとっては十分に偉大なサイトですよ。
 

 

インタビューを終えて

> ウェブメディアで「そのへんの人に聞いた話」を記事にしてしまう。こんなありえないことをやる、林雄司ってやつがおるんやと。

尊敬する岸政彦さんにこう言ってもらってすごく嬉しかった。嬉しい反面、デイリーの特殊性にも気づいた。確かになんでもない人に話を聞いて記事を作るメディアはほかに見かけない。

その一方、僕はデイリーのアクセス数を増やしてもっとメジャーにしたいと編集会議やライターに話している。

言ってることとやってることがバラバラだったのだ。

でもこれ、編集部員やライター、読者はみんな気づいていたんだろうなと思うと「ひゃあ~」と声が出そうだよ。(林雄司)

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