特集 2019年2月28日

銭湯の鏡に広告を出した話

大阪市此花区に「千鳥温泉」という銭湯がある。創業68年目になる町の銭湯で、地域の人に長く愛されている。

その銭湯の鏡に当「デイリーポータルZ」の広告を出した。浴場で頭を洗って、ふと見上げた位置にあるあの鏡である。その鏡の脇に広告を出したのだ。インターネットサイトの広告を、銭湯の鏡に。

「鏡広告」と呼ばれるこの広告、一体どうやって作られるのか。その過程を追いかけてみた。

大阪在住のフリーライター。酒場めぐりと平日昼間の散歩が趣味。1,000円以内で楽しめることはだいたい大好きです。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーとしても活動しています。

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そもそも銭湯の「鏡広告」のことを意識したことがなかった

私がたまに店番をしている大阪・此花区にあるミニコミ専門書店「シカク」。いつものように仕事をしていたら、店長のたけしげみゆきさんに「うちで今度『鏡広告』出すんですよー!いいでしょ!」と言われた。鏡広告……?何それ!

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こういうものです。

聞くところによると、シカクのすぐ近所にある銭湯・千鳥温泉が、古くなった浴場の鏡を取り換えようと業者さんを探していて、銭湯の鏡を専門に扱っている広告社を見つけた。鏡も取り換えてくれるし、希望すれば鏡広告も制作してくれるという。そこで、そんなことを面白がりそうなシカクに「広告出してみませんか?」と声をかけたそうなのだ。

鏡広告というものを、この時、私は初めて意識したかもしれない。もちろんこれまでの銭湯経験の中でそれを目にはしていたので、話を聞いたらすぐに「ああ、あれのことですか!」となったのだが、あそこに誰がどうやって広告を出しているのか、そしてどんな会社がそれを受注しているかなんて考えたこともない。

しばらくしてできあがったのがこちら。

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素晴らしい仕上がり!

いい感じだ。できあがりももちろんだけど、何がいいって、この広告が銭湯の鏡に出されたものだというところ。この広い世界のこの場所でしか見ることができない。しかもこれを見る人は体を洗ったりしながら裸で対峙するのだ。その不思議さもいい。

なんだかうらやましくなっていたところに、千鳥温泉が引き続き鏡広告を募集するという話を聞き、慌ててデイリーポータルZの広告を出稿させて欲しいとお願いした。そして、その広告が実際にどんな人によって制作されていくのか、その過程も取材させてもらえることになった。幸運だ。

銭湯の鏡広告を専門「近畿浴場広告社」にたどり着くまで

まず初めに、広告の原稿を作る必要がある。前述のシカクの広告原稿を参考例にしつつ、デイリーポータルZの古賀及子さんが用意してくれた原稿がこちら。

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見ての通り、あくまで原稿はざっくりしたもの

本来であればこの原稿を千鳥温泉に渡し、そこから先はお任せすることになるのだが、今回は、これを受け取った千鳥温泉が広告社に発注をかけ、さらにそこから職人さんの方に制作を依頼するところまで同行させてもらう。

まず紹介しておこう。この男性が千鳥温泉の店主・桂秀明さん。

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決して怖い人ではないです!

桂さんが店主を務める千鳥温泉は、大家さんが銭湯の施設を貸し出し、借りた人がオーナーとなって経営するという形をとっている。2017年になって前のオーナーがやめることになり、借り手がいなくなりかけていたところに近所に住んでいた桂さんが手をあげた。桂さんはそれまで長くサラリーマンをしてきたが、その会社をやめ、まったく未経験の銭湯業界に突然飛び込んだのだ。すごい勇気だ。

ちなみに千鳥温泉はこんな雰囲気。

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停まっている自転車の数から愛されぶりが伝わってくる。
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奥の壁には味わい見事なタイル画が。

桂さんは、すっかり古くなって綺麗に映らない浴場の鏡を張り替えたいと考えていた。浴場にある鏡の一枚には、こんな風に「近畿浴場広告社」という広告社の広告が出ていた。

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「当浴場の広告は~」と、連絡先が書いてある。

「ここに頼めば鏡を取り換えてもらえるのでは?」と思った桂さんは、書かれた電話番号に電話してみた、が、つながらない。かなり古い広告だし、「きっともう廃業してしまったんだろう」と思ったという。

それからしばらくして、銭湯関係者に毎年配布される「浴場組合」の最新の名簿を見ていたら、「近畿浴場広告社」の連絡先が載っているのを見つけた。

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平成30年度版の名簿にまだ載っていた

「え!まだやってるんだ!」と驚いたという。不通だった電話番号は古いものだったらしく、名簿の番号にかけてみると無事つながり、鏡の取り換えも、また、新たな広告の制作も受けてくれることがわかった。そうしてミニコミ書店「シカク」の広告が作られたのは前述した通りである。

と、そんな経緯で桂さんがたどり着いた「近畿浴場広告社」に実際に伺うことに。大阪府八尾市、住宅街の中の一軒が目的地だ。出迎えてくれたこちらの方が「近畿浴場広告社」を営む江田ツヤ子さんである。

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「遠いところわざわざすみませんなー」

鏡広告の歴史について教えてもらう

原稿についてのやり取りの前に、まずは江田ツヤ子さんに銭湯の鏡広告についての話を伺う。江田さんは現在82歳になられるそうで、この道およそ50年。もともとは、夫である江田秀明さんが1960年頃に始めた銭湯専門の広告社を手伝っていたが、その江田秀明さんがガンを患って長い闘病生活に入り、徐々に一人で仕事をこなすようになっていった。

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「まさかこの歳までやるとは思うてませんでした」

香川県の坂出市出身の江田ツヤ子さん、高校を出て東京に働きに出ていたところ、両親が仕事でお世話になっている人を通じて縁談を持ちかけられたという。東京でバリバリ仕事をこなし、「男の人なんかうっとうしいぐらいでした」と、結婚する気などさらさらなかったツヤ子さんだったが、親のメンツもあるし、「喫茶店かどこかで会うてコーヒーだけ飲んで帰ったらいいんやろ」と渋々お見合いをすることに。

お見合いの行われる大阪に普段着で向かったところ、「着物持ってへんの!?それはあかん!」と、そこにあった着物を無理矢理着せられてお見合いのお相手といざ対面。「着物が暑くて汗かいて、とにかく出されたお茶を飲んだんですわ。そしたら、その相手を紹介してくれた人に『よし、気に入ったんやな!』いわれて」と、私は知らなかったのだが、「お茶を飲んだら相手を気に入ったという合図」という符丁が昔のお見合いにはあったのだそうだ。結婚相手となる江田秀明さんもそんなことをまったく知らずにお茶を飲んでいたらしい。

とにかくそうやって「お互い気に入った」ということにされた二人。「あくる日、主人が難波に連れて行ってくれたんですけど、飲み屋ばっかり何軒も連れていかれますねん!呑み助でねえー!あんまり男前でもないし、ガニ股だし、うーんと思たんですけど、なんでか結婚することになりまして。3日会っただけで結婚して、みんなに驚かれました」とのこと。そしてツヤ子さんは東京の仕事を辞めて大阪に引っ越してくる。

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一番左の男性が夫の江田秀明さん

それが1964年のこと。その頃、江田秀明さんはすでに「近畿浴場広告社」を立ち上げ、銭湯の鏡専門の広告社をせっせと切り盛りしていたという。当時は大阪府だけで銭湯がおよそ2,500軒もあったらしい(現在は380軒ほど)。近畿浴場広告社の主な取り扱いエリアだった東住吉、平野だけでもそれぞれ70~80軒近い銭湯があったそうで、その銭湯の一つ一つに十数枚の鏡があって、そこに出す広告が次々入れ替わるような状況だったからそれは忙しかった。当時、鏡広告を扱う会社は他にも10数社あったとのこと。

全盛期は会社に15人ほどの社員がおり、営業チームが銭湯や近隣にできた新しい病院などに「広告出しませんか」と営業をして歩き回り、注文を受ければ急いで広告を制作し、それを取り付けにいくという日々だったという。浴場の洗い場の中でも、入口から近い場所と隅の方とでは目立ち方が違う。いい場所の鏡は取り合いになり、「ここに広告を出したい!」「そこはうちが出す約束だ!」「じゃあうちは脱衣所の方の鏡だ!」と大繁盛だったそう。

しかし時代とともに銭湯離れが進み、広告は全盛期のようには売れなくなっていく。さらに、江田秀明さんがガンを患って入退院を繰り返すような状態になると、社員を雇うことができなくなり、当初はお手伝いとして会社をサポートしていたツヤ子さんがいつしか一人で作業をするようになっていた。

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「免許も取って自分で運転して鏡を取り付けて、全部一人でやるようになりました」

江田さんの仕事場を見せてもらう

夫の江田秀明さんが亡くなったのは今から7年前のこと。一人で働き続けてきたツヤ子さんもさすがにそのタイミングで廃業しようと考えた。しかし、長くお世話になった銭湯組合の部長さんや取引のある銭湯の店主から「江田さんが元気なうちはこっちも頑張るから続けて欲しい!」と応援の言葉をもらい、現在も仕事をしている。結婚した時は夫の仕事を「鏡を売る商売なのかな?」ぐらいにぼんやりとしか知らなかったツヤ子さん。「まさかこの歳になってもジャンピング持って歩くとは思いませんでしたわ」と笑う。

「ジャンピングって何ですか!」と聞くと、キリのような道具で、タイルにネジ穴をあける際に使うものだとのこと。最初に小さな穴を開け、それからドリルでネジ穴を作らないとタイルがひび割れしてしまうんだそうだ。

そういった道具が保管してあるという仕事場を見せてもらう。全盛期の近畿浴場広告社は今とは別の場所にあったが、そっちは閉めてしまい、今は江田さんの住まいの一部屋に一部の道具を持ってきてある。

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こちらが仕事部屋。

過去に制作された鏡広告の原稿がたくさん保管されている。

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こういうものがたくさんある。
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いい字だなー!
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味わいがあります。

今の鏡広告は鏡にプラスチック版を貼りつける形で作られているが、昔はガラスに直接ペンキで文字を書いていたという。ガラスの裏側から字を入れるのでこれを「裏書き」と呼んだそうだ。

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このように一部が鏡、一部がガラスになった「半鏡」の下に、
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このように原稿を敷いて、上からなぞっていく。
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神田の古い筆屋さんで買い揃えたという小筆で、
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こんな風に書いていく。

書き終わると、このような一度に何枚もの鏡を乾かせる道具に立てかけて干す。

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江田秀明さんが自作した道具らしい。必要な道具はなんでも自分で作ったという。

で、乾いたら文字の上から地の色を塗り重ねてできあがり。ツヤ子さんもかつては裏書きをしていたが、どうしても文字がデコボコしてしまい、江田秀明さんがそれを削り取って美しく修正してくれるのがいつものことだったそうだ。

今ではこのようなプラスチック板の上に広告を入れている。

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そしてこの板をガラス板に接着剤で張り付けるという作り方だ。
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リクエストに応じられるよう、色の異なるプラスチック板がたくさんストックされている。
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鏡広告だけでなく、このような注意表示板を制作することもある。
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かつては文字の部分が浮き出した表示板なども作っていたとか。部屋のドアにつけたい。
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過去の制作例がストックされた写真帳も見せてもらった。

さて、ようやくここで今回出稿したい広告の原稿をツヤ子さんにお渡しする。

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「デイリーポータル、Z? Zでええんやね?」

ツヤ子さんに「せやけど、この広告、住所が無いですけど、ええの?」と聞かれた。「インターネットなので、住所がなくても検索してもらえたら大丈夫なんです!」と言うと「インターネットねぇ……孫は詳しいんですけど私はようわからん」と、確かに電話番号も住所もない銭湯の鏡広告なんて、変だよなーと思う。

広告のできあがりイメージをざっくり確認し、準備をして今度は広告部分を制作してくれる職人さんのもとへ。職人さんは88歳の方で、ツヤ子さんは「字書きさん」と呼んでいる。天王寺にあるという工房まで、ツヤ子さんの運転する車に乗って連れて行ってもらう。

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