特集 2020年11月3日

1975年頃の新宿喫茶店マップを作り、300店の「いま」を調べた

純喫茶と呼ばれる古い喫茶店が好きだ。

かつて最先端だったモダンな空間にそのままタイムスリップできる店や、歳月の分だけ店主の人柄が滲み出たような味わい深い店。そんな、いい歳の取り方をした名優のような喫茶店にロマンを感じる。

1975年出版の古い喫茶店本を読んでいたら、当時の新宿にあった喫茶店を網羅した貴重な記事を見つけた。

それらを昔の住宅地図と照らし合わせながらGoogleマイマップ上にマッピングし、45年以上を経て今も残る喫茶店を巡ってみた。

その先で素敵な店に出会い、マスターから当時の貴重なお話をうかがうことができた。
 

平成元年生まれ。令和から原始まで、古いものと新しいものが好き。


> 個人サイト 畳の夢

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『喫茶・スナックのすべて 企画・設計・運営のチェックポイント』商店建築社、1975年

これがその古書だ。当時のプロ向けの本で、最先端の内装デザインや営業スタイル、今後の業界動向などが載っている。

過去の未来予想図としてこれ自体も大変面白いのだが、史料的価値がある!と特に興奮したのがこの記事。

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*「喫茶・スナックの商業形態調査 新宿全域のMAPとスタイル」東京藝大環境設計藤木研究室調査。当時の新宿にあった100軒の喫茶店について、外観デザインや営業スタイルをけっこう辛口で評論している。

45年以上を生き抜きそのまま残る喫茶店もあれば、時代の移り変わりとともに失われた喫茶店もある。

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例えば1964年創業の珈琲西武は「入り易さに欠け、エントランス回りのデザインに問題がある」となかなか辛辣なコメント。*p160
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しかし今では新宿を代表する老舗喫茶店となっているので、わからないものである。
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こちらは2005年に閉店した談話室滝沢。高級志向の和風喫茶で、作家の原稿執筆やマスコミの打ち合わせなどにも使われたそうだ。*p160
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こちらも有名な1950年創業の「名曲喫茶 らんぶる」。当時のまま残っているのだが…。*p159
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コロナ禍の影響を受け2020年4-5月は臨時休業。6月から待望の営業再開をしたが当面18時までの時短営業だそうだ。
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らんぶる店内。地下に広がる吹き抜けの大広間は、新宿になくてはならない素敵な空間。

こんな世の中だ。今のうちに、新宿の歴史ある喫茶店をちゃんと調べておきたくなった。

1975年頃の新宿に存在した喫茶店300店マップを作る

先述の100店調査だが、本には店の住所や詳細な地図は載っていない。当時はお店で配るマッチ箱にさえ、店舗所在地を「コマ劇場前」みたいに書くおおらかな時代だ。

どうやって調べようか。

日本一詳細な地図といえば住宅地図。1975年前後の住宅地図を何冊か参考にしながら、マイマップ上でできるだけ多くの喫茶店をマッピングしていこう。

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住宅地図とは居住者名やテナント名までわかる超細かい地図。区立図書館の館内資料などで読める。人力でしらみつぶしに調べていった。(『ゼンリンの住宅地図 東京都新宿区 昭和51年版』45図、別記55図より)

そして出来たのがこれだ。

その数およそ300店。喫茶店好きには夢のような時代である。

発端こそ100店調査であったが、住宅地図から読み取れたそれ以外の喫茶店もすべて載せた。だんだんと独自調査らしくなってきた。

これでも抜けは沢山あるだろうし、人力なので間違いもあるかとは思うが、2020年現在23軒が現存し(緑色のマーク)、なんらかの痕跡が残っているお店は7軒あった(えんじ色)。

日本一、新陳代謝の激しいであろう新宿において、これを多いと見るか少ないと見るか。個人的にはこんなに残ってるんだ!と興奮した。
1975年というと、例えば現在65歳の郷ひろみや西城秀樹、所ジョージが20歳だった頃だ。

白十字、スカラ座、王城、マンションハウス、マイアミ、渡邊…平成生まれの自分には見知らぬ店名ばかりだが、昭和生まれの方なら思いがけず若い頃の記憶が蘇るかもしれない。ご自分のGoogle Mapにダウンロードできるので、よかったら探してみて欲しい。

そのままに近い状態で現存する「タイムス」「ローレル」「西武」

さて、ここからは様々な形で現存する店舗を実際に巡ってみたい。

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新宿東口の夜を彩る「珈琲タイムス」。入口に新聞紙がずらりと並び、煙草をくゆらせる1人客が多い店内は当時のままを思わせる。100店調査によると当時は2階も喫茶店だったようだ。
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年季の入ったレジ回りが特に素敵。
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名物のホットドッグには食卓塩がよく似合う(セットで830円)

次は1947年創業、おそらく新宿周辺で一番歴史ある「珈琲と洋菓子ローレル」。

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3階建のビルがすべて喫茶店。今では珍しいが、当時はこういう店が多かった。入り口まわりは改装されている。*p160
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壁面には東郷青児の美人画。純純しすぎないシックな内装が好き。
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浅煎りで心地よい珈琲とフランクフルトのドイツセット(950円)

先述した珈琲西武はなかでも変わっていないようだ。

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ショーケースに誘惑されて脇のうす暗い階段を上った先が入口。入りやすさに欠けると評されていたが、今ではむしろそれが非日常への舞台装置になっていると思う。
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森のトンネルを抜けるとトトロがいる感じを思い出す。
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西武といえば、食いしん坊な子の白日夢のような圧倒的プリンアラモード(1300円)や、
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店員さん曰く9個くらい卵を使ってる(!)オムライス(大盛1150円)など、食事もワンダーに満ちあふれている。
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3階は個室会議室になっており、喫茶店文化の多様さを感じさせてくれる。

西武といえば2019年、新宿西口に待望の2号店をオープンしたが、1975年にも同名店が歌舞伎町にあるのが面白い。時代の趨勢を読みながら今を生き抜いてきたのだろう。

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当時の建物が現存する歌舞伎町「王城」と「白馬車」

70年代は歌舞伎町も喫茶店だらけ。

その中でも特徴的な外観で有名だったのが王城や白馬車、蔦の絡まるスカラ座など。多感な学生たちの青春を彩るお店だったようだ。

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そんな王城は喫茶店としては営業していないものの、お城のような外観のビルが現存している!白黒写真の入口右のCOMPA(コンパ)とは、若者がわいわいやるカウンターバー的な業態で当時流行ったらしい。
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ティムバートンの映画に出てきそうな雰囲気。
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喫茶白馬車も白馬車ビルとして現存。地図上のビル名でもしかして…と思ったが大当たり。*p166

この二つの店はどちらも純喫茶とは別に、上階や地下が同伴喫茶(カップルで入店する仕切りのある薄暗い空間。安いので学生がよく利用していたらしい)になっていたようだ。"純"喫茶という言葉がまだリアリティを持っていた時代だ。

今でこそファミレス、ファストフード、カラオケ、ネットカフェなど座って休める店はさまざまだが、当時は喫茶店がそれを一手に引き受けていたのだろう。"三畳一間の小さな下宿"のかぐや姫「神田川」が1973年だし、喫茶店全盛の理由がわかる気がする。

移転しながら現在も24時間営業を続ける「珈琲貴族エジンバラ」

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靖国通り沿いの大黒屋が跡地。*p167

1975年創業なので当時はオープンしたての珈琲専門店。70年代の新しい流行だった本格派「珈琲専門店」ブームは、1975年にピークを迎えたそうだ(林哲夫『喫茶店の時代』ちくま文庫、2020年、p357より)。

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建物の老朽化にともないいったん閉店後、2015年に新宿三丁目駅徒歩1分に移転し復活した。
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「珈琲貴族」に名前負けせぬ内装の高級感と丁寧な接客が特徴。これで24時間営業はすごいことだと思う。
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煉瓦の柱にきらめく現代の証、Free Wi-Fi
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貴族ブレンドとバナナクレープ(セット1500円)。貴族が食べるまるごとバナナといった味がした。
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ちなみに1955年創業のスカラ座も二度の移転を経て今は軽井沢でお店を出しているそうだ。*p168
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駅地下街や百貨店のテナント店舗は特に残りやすい

バブルを経験した新宿なので、ビルの建替え・再開発によって消えるパターンも多かっただろう。だから建替えのない地下街や小田急・京王百貨店などのテナントは残りやすいようだ。

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小田急ハルク一階に現存する1955年創業「珈琲の店ピース」は蝶ネクタイを締めた店員さんと革張りのソファが格好いい店だ。そんな喫茶店では探偵姿の松田優作におずおずと相談事を持ちかけたい。
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LUMINE EST地下1階(旧新宿ステーションビル)で1970年から営業を続ける「ベルク」は、店頭ポップの情報量に歳月の重みを感じる。
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小田急エース北館は「ネギシ」、「シルエット(旧ニューエデン)」、「ラリー(旧小島屋)」が現存。
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「喫茶マイアミ」は「ワインバーマイアミパティオ」に鞍替えしつつも現存。気づいて嬉しくなった。最盛期は全国に120店舗を構える喫茶店だったが、今は20店舗ほどがピザ&パスタの店として残っている。

現在進行形で消えゆく喫茶店

らんぶる以外にもコロナ禍の影響を受けた喫茶店はある。

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ベルクと同じLUMINE EST地下1階にあったフランソワは2020/8/31に閉店した。
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西口の新宿メトロ食堂街にあったタカノフルーツパーラーも2020/9/30再開発にともない閉店。初めて知る店でも、45年前の地図で名前を見つけてから訪れると軽くショックだ。

ただでさえ年々減っていく純喫茶。訪れるなら本当に今のうちだと実感した。

粋な喫茶店「珈琲専門店マックス」のマスターとママから当時の話を伺う

最後に訪れたのは西新宿の超高層ビル群のさらに先、十二社にあるマックスだ。

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コーヒーハウスマックス。同名の新宿東口にあった店が100店調査に載っており、特に気になっていた。*p159
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クラシックが心地よい音量で流れる店内。ご夫婦で経営されており、物腰柔らかなママさんが驚くほど丁寧に接客してくれる。
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サイフォン式のMAXブレンド(430円)は店内の雰囲気に合う深みのある味
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カウンターで黙々と仕事を続けるマスターに勇気を出して話しかけてみると…大変気さくな方で、さまざまな話を伺うことができた。

まず気になっていたことについて。マックスは1973年創業でこのお店が1号店だそうだ。その1~2年後に東口の甲州街道沿いに出したのが100店調査の店。雑誌を見せると「よく見つけたねえ。あの店は15年くらい続けたかな」と懐かしまれていた。遠くは横浜まで、FC店も含めて最大6店舗あったが、今はこの1号店だけだそうだ。

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内装については、「当時の有名な建築家の人に設計してもらったの、全部木を使って。その1、2年後に法律が変わって燃える素材は使えなくなった。だから今はもう直せない。でも、47年どこにもガタがこなくて、直さなくても大丈夫だった。当時のままだよ。床とソファの革は何度か変えたけどね、昔はマナーも悪かったから。煙草の火で穴が開いたりね…。」と笑うマスター。

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ということは、今では建築基準法や消防法の内装制限によって作ろうにも作れない贅沢なデザインなのか。風格があって当然だ。

さらに話を続けてくれる。

「ここはね、いろんな映画やドラマに使われてるんだよ。最近ならBBCのドラマの…」と冊子を見せてくれたのは、イギリスBBCとNetflixが共同制作したジャパニーズヤクザドラマ「GIRI/HAJI 義理/恥」である。すごい。サイフォンコーヒーの淹れ方は初心者の俳優さんには難しく、マスターもチラッと出演しているとか。

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他にも『釣りバカ日誌20 ファイナル』や竹内結子主演のドラマ『QUEEN』、少女漫画原作のドラマ『イタズラなKiss』など年代もジャンルもさまざまな作品に登場しているそうだ。すごい。「若い子が全国からね、夜行で来て開店と同時に入ってくるんだ。それで写真撮ってくださいってね、何度も撮ったよ」とほほ笑むマスター。

常連さんが自分の時間を過ごすようなひっそりとした佇まいからは予想していなかったので、後半は「すごい」しか言えなかった。けど、その変わらぬ佇まいが粋なんだろう。

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写真を撮らせてくださいとお願いすると、「いやいいよいいよ、お母さん写ってよ」と言いながらも最後にご夫婦で撮らせてくださった。突然の訪問だったのに歓待してくださり、本当にありがとうございました!

珈琲専門店マックスは昔のままの、変わらぬ、珈琲と同じように深みのある喫茶店だった。


この喫茶店マップ作りは始まったばかり。まだまだ知らないことだらけだ。今後も少しずつ更新していきたいし、もっと喫茶店を訪ねたい。

皆さんの喫茶店の思い出も教えていただけると幸いです。

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