特集 2021年6月16日

「たべられません」を作った会社に「そもそもこれはなにか」を聞く

脱炭素社会の実現が叫ばれている。

二酸化炭素の排出を抑え、もろもろあって、地球を大切にしようという動きが活発だ。

でもこれが「脱酸素社会」だったらどうだろう。

大変だ。人っ子一人いなくなる。そのほうが地球に優しいかもしれない……。

だが、40年以上前から「脱酸素」に取り組んでいる会社がある。食品に入っている「たべられません」と書かれた小さな袋、あれが「脱酸素剤」なのだという。そういえばあの袋、なんで入っているの……?

脱炭素の時代に脱酸素の話を聞いてきました。

1975年宮城県生まれ。元SEでフリーライターというインドア経歴だが、人前でしゃべる場面で緊張しない生態を持つ。主な賞罰はケータイ大喜利レジェンド。路線図が好き。(動画インタビュー)

前の記事:落とし穴も罰ゲームも!テレビで見かける「あの装置」の裏側を聞いた

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酸素が悪さをするなら、酸素をなくせばいいじゃない

その会社とは三菱ガス化学株式会社。「たべられません」の脱酸素剤を、世界で初めて実用化した会社だ。商品名を「エージレス」という。

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こちらが「エージレス」のラインナップ(一部)。見たことあるでしょう?
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取材に応じていただいた、脱酸素剤事業部 営業グループの石井さん(奥左)と向さん(奥右)。取材はアクリル板越しに行いました。

まず聞いたのは、脱酸素剤エージレスが持つ機能とその使用用途。

平たく言うと「これなんですか?」である。

石井:酸素を吸収することで、酸化による劣化を防ぐ商品になります。密閉容器のなかで酸素を吸収して、脱酸素状態(酸素濃度0.1%以下)にするんです。

食べものを放置すると、鮮度が落ち、栄養が失われ、変色する。その主な原因は、酸素との結合による変質、いわゆる「酸化」だ。

だったら酸素をゼロにしちゃえばいいよね! という発想である。

容器内の酸素を全て吸い取っちゃえば、酸化は起きない。虫やカビだって生きられない。つまり、食べものが長持ちする。

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工場で製品にエージレスを入れて密封すれば、エージレスが酸素を吸収してくれて、やがて脱酸素状態になる仕組み。なので「密封」が大事。
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カタログにある、エージレス使用/未使用の比較。1ヶ月経ってもハムがそのまま。茶そばの変色も止めちゃう。逆に、酸素ってそんな力があるんだと驚く。

……ということは、スーパーで買ったお菓子とかにエージレスが入っていたら、その袋の中は既に酸素がなくなってるってことですか?

石井:その通りです。開封するころには、もう酸素を吸収する機能を失っているので、処分していただいて構いません。ずっと入れたままの方もおられるんですが……。

おぉ……。入れてましたね……。

確かに、入れたままでずっと効果が続くなら、僕の家の酸素はどんどん無くなってしまうだろう。酸欠だ。

商品がお手元に届いた時点で、エージレスの仕事は終わってるのだ。

石井:食品以外にも、医薬品や工業部品など、酸化を防ぐ必要があるものに幅広くご利用いただいています。文化財の保存にも使われていますよ。
 

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電子部品や文化財もエージレスで酸化を防いでいるそう。見たことないパッケージ……!
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海外でも食品・医薬品を中心にエージレスが使われている。パッケージは多言語表記され、8カ国語の「たべられません」が並ぶ。

 

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食品に合わせて品種が違う

カタログを見せていただいて驚いたのが、そのラインナップの豊富さ。エージレス、種類がめちゃめちゃあるのだ。

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食品向けエージレスのラインナップ。これでも全体のほんの一部。「1年前にこの部署に来たんですけど、まだ全部覚えきれないんですよ」(向さん)
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しかも対象となる食品がタイプごとに違う。「コーヒー用」とは……!? 

酸素を吸収する仕組みはいろいろあって、食品ごとにベストな方法が違うそう。だからこんなに種類があるのだ。

たとえば、「鉄系」と呼ばれるラインナップ。文字通りその主原料は鉄粉。鉄が錆びるときに酸素を吸収する働きを利用して、脱酸素状態を作り出す。

石井:鉄が錆びるには水分も必要です。なので、鉄系は「食品から水分を借りるもの」と「必要な水分を最初から含ませるもの」に2タイプに分かれます。

向:前者の「鉄系水分依存型」は、切り餅や生麺、味噌などに使われていますね。食品がもつ水分を利用して反応するのが特徴です。

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うちの台所に残っていた切り餅を確かめたら、確かにFJタイプ(鉄系水分依存型)が入っていた。こうした小サイズは誤飲を防ぐために、パッケージに貼り付けるようにしているそう。

一報、ビーフジャーキーなんかは水分がそこまで多くない。水分がエージレスにうまく伝わらず、反応が始まらない。

そこで登場するのが、水分を最初から含む「鉄系自力反応型」。空気に触れた瞬間、すぐに酸素吸収が始まる。

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「鉄系自力反応型」のZPタイプ。写真は業務用などで使われる「ZP-1000」(1000mlの酸素を吸収)
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「脱酸素剤は開封と同時に一気に酸素と反応して、熱を持つことがあるんですよ」と向さん。鉄と酸素が反応して熱くなる……使い捨てカイロと同じ原理だ!

さらに、鉄以外の材料で作られた「非鉄系」もある。

石井:酸素の吸収は鉄が最も優秀なんですが、お客様のなかには「異物混入を検知するため、生産ライン上で金属探知機にかけたい」という方もいるんです。探知機に反応しないように、有機系物質を使用して酸素を吸収しています。

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「非鉄系自力反応型」のGLSタイプ。鉄を含まないことから、電子レンジに対応したタイプもある。

先ほど写真にあった「コーヒー用」は、コーヒーから発する炭酸ガスも一緒に吸収してくれるそう。

他にも、冷凍食品の酸化を防ぐ「冷凍・冷蔵用」や、しっとり感を持続させる「アルコール発生タイプ」まである。

こうなると、全ての機能を持ったスペシャルなやつを一個作って済ませたい気持ちになるが、そうもいかない。「カスタマイズ」まであるのだ。

向:パッケージに合わせて寸法を変えたり、機能を付加したり、お客様の要望に合わせたエージレスをご提供するんです。

石井:ご提案の前には、弊社の分析センターでお客様の製品を分析します。含まれる水分値や、容器の空気容量を測ったうえで、「この品種がベストです」と報告するんですよ。

オーバースペックなものを採用するとコストがかかる。かといって軽い気持ちで見積もると酸素を吸収しきれない。

あの「たべられません」は、緻密な計算のもとに選ばれたものなのだ。大きさも種類も、全てに理由がある。

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脱酸素剤を初めて入れた食品は「萩の月」

エージレスが発売されたのは1977年(昭和52年)のこと。世界で初めて実用化された脱酸素剤だ。

裏を返せば、実用化されていない脱酸素剤は以前からあった。1925年には欧米で鉄粉を利用した脱酸素剤が開発されていたという。

「酸素が食品に悪影響を及ぼす」ということは、ずいぶん前から知られていたようだ。

石井:酸素を追い出すために、真空包装や窒素ガスの充填が行われてきましたが、酸素濃度を完全には下げられませんでした。「科学的な反応で酸素を吸着しよう」という発想自体は昔からあったものの、安全性やコストの面で難しかったようですね。

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取材中にいただいた資料のひとつ、昭和57年の『婦人画報』。写真に時代を感じる。

時は昭和40年代後半、高度成長期も終わりに差し掛かったころ。

食品の品質や鮮度が重視されてきたのに合わせ、三菱ガス化学(当時は「三菱瓦斯化学」)は脱酸素剤のポテンシャルに注目した。

工場の技術者たちを集め、化学品の開発担当者を投入し、研究開発は進められた。しかし、研究は難航。

その間に検討した化学物質は、ハイドロサルファイトをはじめ100種類以上。それはもう、いろいろ試した。いろいろ試したが……。

最終的に鉄に落ちついたという。
 

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編集部古賀「やっぱり青い鳥って案外近くにいるんですね」 井上「本当ですね」

完成した脱酸素剤は、Age(年齢)がLess(ない)=年を取らない、いつまでも新鮮、という意味を込めて「エージレス」と名付けられた。

で、そのエージレスを世界で初めて食品に採用したのが、なんと、あの仙台銘菓「萩の月」だそう。

石井:「萩の月」には、エージレスの開発初年度に採用いただきました。エージレスによって賞味期限が伸びたことで、「地方のお土産を買ってきて配る」という文化が広まったんです。

↑「萩の月」を製造販売する菓匠三全のもこのツイート。

保存料を使っていない「萩の月」は、元々賞味期限が1日しかなかった。そんなの現地で食べて終わりである。

エージレスをによって、「萩の月」の賞味期限は約2週間に伸びたそう。これで初めて、お土産に買って帰れるようになったのか……!
 

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「萩の月」はフィルムで個包装されている。確かに1個ずつ「たべられません」が入っていたなぁ……!(写真は「萩の月の空き箱に弁当を詰める」から)

その後も、多くの菓子メーカーでエージレスの採用が続いた。

酸素を吸収したことで、地方の名産品が次々と「お土産」に姿を変えたのだった。

石井:ただ……。今はコロナ禍で、お土産メーカーの皆さんも苦しい思いをされています。その影響は、我々にも及んでいる状況なんです。

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石井さん「堂々とお土産が配れるころに戻ればいいなと、心の底から思いますね」
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「たべられません」食べたらどうなる?

エージレスの仕組みから歴史から、根掘り葉掘り聞いてきた。ここで、いよいよこの質問をしてみたい。

「たべられません」と書いてありますけど、ぶっちゃけ、食べたらどうなるんですか……?

向:中身を誤って口に入れられても、害はありませんので安心してください。公的機関によるテストもクリアして、安全性を確認していますので。ただ……。

ただ……?

向:小袋をそのまま飲み込んでしまうと、角の部分で消化器官を傷つけてしまいます。その場合はお医者さんに診てもらったほうがいいと思います。

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古賀「美味しくはないんですかね……?」 井上「この流れで『意外と美味しいです』とか言えるわけないじゃないですか」

さて、ここまでの取材でずーっと気になっていたものがある。石井さんのそばに置いてある、このサコッシュ……!

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「あの柄」だ……!

石井:昨年11月に、エージレスの公式Twitter開設を記念したプレゼントキャンペーンで作ったものです。これ、もともとは非公式で作られた方がいたんですよ。Twitterでバズってるのを見て、こちらからコンタクトをとりまして。
※プレゼントキャンペーンは終了しています。

非公式で作っていたら公式から突然のDM。怒られるかと思うでしょうね。

石井:いえいえ、脱酸素剤のことを広めていただきありがたいと、感謝状と記念品を贈らせていただきました。

↑当時、制作者の方に贈られた感謝状。よく見ると、感謝状の表面にエージレス柄の地紋が入っている。

最初のバズから2年経ち、満を持して「公式で作ってみませんか」と声をかけたそうだ。熱い展開である。コラボ商品は今後も予定しているそうなので、ワクワクして待とう。

最後に、エージレスは今後はどうなっていくんでしょうか?

向:食品にはだいぶ浸透してきましたので、食品以外のところにも力を入れたいですね。まだ想定していない分野にも、エージレスが活躍できるものがきっとあるので。

石井:酸化を防ぐという意味で、スキンケア化粧品に使えたら……というのは考えています。酸素の影響を無くすことで、いろんな業界のイマジネーションを広げられたらと思います。


脱酸素にあふれるロマン

酸素を取り除く。ただそれだけで、食品の鮮度は保つし、お土産文化は生まれるし、スキンケアまで実現できそう。

「たべられません」がそこまでロマンあふれる商材だとは……と、すっかり意識が変わってしまった。

今度からパッケージに入っているエージレスをよく見よう。種類を同定できるようになろう。これは鉄系自力反応型一般タイプZ-PTだな、とか見分けがつくようになろう。

「そうなったら営業に出られますよ(笑)」と、お二人は笑うのだった。

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お土産にいただいたエージレス柄A4クリアファイル(非売品)。嬉しくて家族にめちゃめちゃ見せびらかしました。

取材協力:三菱ガス化学株式会社

※参考文献:『食品加工学 第2版-加工から保存まで-』(共立出版)

 

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