人を喜ばせてなんぼの商売
ここ最近はコロナ禍の影響もあり、スタジオ収録やライブそのものがなくなることも多かった。そうなれば、大掛かりな仕掛けの出番もなくなってしまう。
その代わり、配信ライブが増え、電飾の需要が高まった。AmazonやNetflixなどネット配信系の仕事も増えているそう。これも「時代時代に合わせた」進化だろう。
「人を喜ばせてなんぼの商売をしているわけですから」
と、柴崎さんは言う。またド派手な演出で度肝を抜かれる日が来たらいいな。
取材協力:株式会社テルミック
毎年『M-1グランプリ』を見るたび、「あのせり上がりで登場してみたい」と思う。
思えばテレビで見た「仕掛け」を一度やってみたい人生だ。『爆笑!レッドカーペット』で横に流されてみたかったし、『スポーツ大将』のカール君と一緒に走りたかったし、ドッキリの落とし穴にも落ちてみたい。
……いま言った仕掛け、すべて作ってきた会社があるという。目を輝かせて裏側を聞きに行った。
その会社とは、株式会社テルミック。1976年の創業以来、数々のテレビやコンサートのセットの電飾、照明、システム、そしてメカトロニクス(機構)を手がけてきた会社である。
テルミックさんのHPに載っているテレビの制作実績を見てもらうとわかるのだけど、もう「全部やってる」のだ。みなさん絶対見たことあるものばっかり。
たとえばドッキリ番組で見るこんな装置も、テルミックさんが手がけているもの。
黒野:床が両開きになって、上にいる人を落とすタイプですね。落とし穴の下にはクッション性のあるものが必要なので、ある程度の深さが必要なんです。
日下:露天風呂の底が抜けて、その先がスライダーになってるのもやりましたね。
『めちゃイケ』の「中居&ナイナイ日本一周」で、中居君が落とされた温泉ウォータースライダーじゃないですか!
もともとは『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』で、にしきのあきらさんを落とした仕掛けですよね。スライダーの下に巨大なボウリングのピンを置いて「スターボウリング」ってやった……。
柴崎:よくご存じですね! 「生ダラ」の温泉スライダーもうちがやったんですよ。懐かしいですねぇ。
黒野:落とし穴だと、何もない所に家を建てて、2階のフロアーが落とし穴だったり、海外に持っていった事もありました。
ありましたね!平成ノブシコブシ吉村さんが女の子に家に誘われて、部屋でウキウキと待っていると、いきなり奈落に落とされるドッキリ。韓国にニセの警察署を作って、フルーツポンチ村上さんを階下の牢屋に落とすのもありましたよね。
黒野:あの落とし穴もうちです(笑) 日本で落とし穴のシステムを作って、韓国に持っていったんですよね。
稲葉:タクシーの後部座席が切り離されるやつも有りましたよね。
日下:あれはタクシーの運転手がテルミックの社員なんだよね。
黒野:装置が運転席のほうに仕込んであるので、うちの人間が操作しないといけないんですよ。運転手の格好をして、「どうぞ」って扉をあけて、乗せて、「発車します」までやってましたよ(笑)
落とし穴を海外に輸出するし、ドッキリのために小芝居もする。「他で断られたものが最後の最後にうちに来る、ってこと多いんですよね」と柴崎さんは笑う。すごい。職人集団だ。
「最後にうちに来る」という言葉にもあるように、テルミックさんが作るものは特注の1点ものが多いという。
そりゃそうだ。「温泉の床が開いてすべり台になるやつがほしい」と思っても、ホームセンターとかに売ってるわけがない。オーダーを受け、設計し、自社工場で作りあげる。
コンサート関連では、ジャニーズのライブで使われる「ムービングステージ」もそのひとつ。
稲葉:きっかけは、嵐の松本潤さんの発案なんですね。「お客さんの上を移動しながら歌って踊りたい」と。どうやったらできるだろう?と、うちで考えまして。
お客さんにぶつかっちゃいけないから、上をまたぐようにしよう。移動するならレールを敷かなきゃ……と、技術部門や運営側と相談しながら設計したそう。
……で、作ったら終わりというわけではない。最後にして最大の難所が「消防法」だ。
今村:消防関係者の立ち会いのもと、安全を確認する必要があるんです。巨大な装置が移動するので、危険も伴いますから。
稲葉:大掛かりなものは、一級建築士に頼んで構造計算をしてもらいます。何人まで乗れるか、ジャンプして同時に着地しても大丈夫か。外に置く場合は風速何メートルまで受けていいかも出してもらいますよ。
「客席をまたいで移動する装置」なんて、消防法で想定されているわけない。ゼロから新しい装置を生み出すってこういうことなのだ。
ちなみに、現場の設営やオペレーションもテルミックさんが担当する。受注から撤収まで全部やっちゃう。
稲葉:セットを組んでリハーサルをするときは、本番と同規模の別の会場を借りて仮組みをすることもあります。人が乗るものは絶対試しておかないといけないので。
今村:もちろん工場でもテストするんですが、リハーサルで問題が見つかったときは、本番までに直さないといけないので、胃が痛いですね。
特注が多いとはいえ、同じような装置をいちいちゼロから作って処分していてはもったいない。また落とし穴作るの?ってなる。
そこでテルミックさんでは、機構を「ユニット化」して、お安く提供できるようにしているのだ。
テレビ関係では落とし穴のほか、リフター(昇降装置)やベルトコンベア、ターンテーブルなんかもユニットがある。さっきのムービングステージもユニット化済み。
黒野:『M-1グランプリ』で、芸人さんがせり上がりで登場するようになったのは、2005年からですね。
2005年というと、ブラックマヨネーズが優勝したときだ。確かに、セットがガラッと変わった年だった。
あのときのせり上がりって、今と違って回転しながらせり上がっていましたよね。
黒野:そうですね。回りながらせり上がったのは最初の1回だけです。
日下:同じような回るせり上がりを、『VS嵐』でも使ってたんですよ。プラスワンゲスト※が登場するとき、回りながら出てきたんです。
※プラスワンゲスト:『VS嵐』で、嵐チームに加わるゲスト出演者。誰が加わるかは嵐にも内緒のため、いきなり大物スポーツ選手が出てきて驚くこともある。後継番組の『VS魂』では「プラス魂」という名称。
日下:『ENGEIグランドスラム』も『すべらない話』も、ゆっくりせり上がるやつはだいたいうちのですね(笑)
考えてみれば、テルミックさんは各局の番組を担当しているのだ。同じ工場から違う局へベルトコンベアが運ばれたって別に普通のこと。
でも、あの番組とあの番組の装置が同じもの、と改めて教えてもらえると興奮する。『M-1グランプリ』の決勝にいけなくても、『VS嵐』のゲストになれば、同じせり上がりが体験できるってことでしょう……?(それはそれで芸人として売れる必要があるけど)
しかし、逆にユニット化できない1点ものは処分される運命にある。経年劣化もあるし、オブジェなど「あの番組のやつ」と一目でわかるものは他で使い回せない。
日下:ドリフでよくあった、階段がいきなり平らになって坂になるやつも、使えなくなったので処分になりましたね。お金は相当かかったんですけど。
今村:コンサートはほぼ1点ものですね。ゴンドラなんかは、アーティストによって乗る人数が変わりますし、デザイン性が強かったりするので、二度と使えないんです。
いくらお金がかかっていても、大掛かりなものほど二度とお目にかかれない。
最近はコロナ禍のあおりもあり、ユニットを使うことも多いそうだ。大掛かりなものを見かけたらしっかり目に焼き付けておきたい。
『タイムショック』で成績が悪いと解答席が回転する「トルネードスピン」や、『ガキの使いやあらへんで!!』などで見かける「スネ打ちマシーン」(回転する竹刀にスネを打たれる)など、罰ゲームに使われる装置もテルミックさんが作っている。
でもあぁいう装置、結構危ないこともあるんじゃないだろうか。どうやって安全を確かめているんだろう。
黒野:「もっと高いところから落としたい」とか「人を乗せて高速で回したい」とかの相談は多いですね(笑)。僕らからは「安全上、これ以上はできないです」って話はしますけど。
日下:テレビの場合、コンサートみたいに構造計算をする時間はないので、あらかじめオーバースペックで作ることも多いです。「1人乗り」とオーダーされても、3人乗っても大丈夫なようにしておくとか。
企画が盛り上がって、「次は2人で乗ってみよう!」ってなってることある……! 先読みしておくんですね。
今村:頼んでないのに、制御盤のほうで勝手にあれこれ機能をつけてくれることもありますよ。「つけといたから」って(笑
でも、スネ打ちマシーンはオーバースペックで作ったらめちゃくちゃ痛くなってしまう。「これくらいの痛さ」みたいなのは、どうやって調整するんですか?
日下:出荷前の社内テストで、どれくらいの痛さか確かめてから出荷します。工場でできあがったやつを自分たちで試すんです。
柴崎:スネに鉄パイプを落とす「スネギロチン」とかもね。初めて試すので、みんなもうドキドキですよ(笑)
創業40年以上ともなると、技術の進化を感じることも。特に大きなブレークスルーだったのは「青色LED」だそう。
稲葉:画期的でしたよ。カラーの映像パネルが作れるようになって、テレビもコンサートも華やかになりましたよね。
柴崎:それまでは白熱球にフィルムを巻いて、赤・緑・青の3色を作ってたからね(笑)
今村:電球は1灯制御するのに2本の線が必要で、テレビだとセット裏に何百本ってケーブルを這わせてたんです。LEDは少ないケーブルで制御できるので、裏側も楽になりましたね。
テレビの同じ企画でも、昔と今では技術が変わっていることがある。
たとえば『ビートたけしのスポーツ大将』の「カール君に挑戦!」。レールの上を100m9秒台で走るカール君人形(足元は台車)に、一般の挑戦者が100m走で勝てるか、という企画だった。
当然、カール君は世界記録レベルの走りを見せないといけないが……。
柴崎:初速でスピードをつけないと9秒に届かないんですよ。だからスタート地点のレールを上に傾斜させて、頂上からみんなで「よいしょ!」ってカール君を押し出してました。勢いをつけてからモーターを動かして、やっと9秒台になったんですよね。
「ブレーキもないからケーブルを引っ張って止めてた」など、苦労が絶えなかったカール君。そういえばレース中にカール君が脱線して、人間が勝つこともしばしばあったっけ。
それから25年が経った2015年。『スポーツ大将』の復活特番で、カール君は「北野暴流闘(きたのぼると)君」という名前で再び姿を現す。
担当したのは黒野さん。もちろん当時の装置は残っていない。ゼロから作るも、やはり初速が出なかった。スタート地点にモーターを8個くらい置いてみたけどダメ。迫るタイムリミット。「しんどかったですね」と当時を振り返る。
黒野:電動バイクのモーターはどうだろうと、技術部と話して見に行ったんです。そしたらこのバイク屋さんの店長がモーターを扱ってくれる会社を紹介してくれました。調べたら大きな会社だったんで、俺らの話を聞いてくれるかな……と心配したんですけど、そこの開発部さんが「面白そうですね」と乗ってくれて。
提供してもらったモーターでテストしてみると、最高スピード時速65km。9秒2をマーク。初速から「ドン!」とトップスピードで走るようになった。
もうみんなで「よいしょ!」と押し出さなくていい。
柴崎:技術の進化にともなって、いろんな企業さんが自分たちの技術を磨いています。我々も時代時代に合わせて、一緒に進化していなかいといけない。「じゃぁこれができるね」と言えるように、技術陣も常にアンテナを張っています。
ネットを通じて、自宅にいながらスタジオの芸能人を落とし穴に落とす、なんてことも……もう既にできちゃうのかもしれない。
ここ最近はコロナ禍の影響もあり、スタジオ収録やライブそのものがなくなることも多かった。そうなれば、大掛かりな仕掛けの出番もなくなってしまう。
その代わり、配信ライブが増え、電飾の需要が高まった。AmazonやNetflixなどネット配信系の仕事も増えているそう。これも「時代時代に合わせた」進化だろう。
「人を喜ばせてなんぼの商売をしているわけですから」
と、柴崎さんは言う。またド派手な演出で度肝を抜かれる日が来たらいいな。
取材協力:株式会社テルミック
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