春待ち遠し、米粉をこねてカラフルにする人よ
なんだ菱餅のことか、とお思いの方もいるかもしれない。
もちろん、菱餅は言わずと知れた桃の節句の縁起のいい餅なのだが、実は日本各所に春を迎えるためにカラフルな米粉餅を作る行事がある。
それぞれの郷土菓子の由来はいまいちはっきりしない。どうやら米どころや寺社の捧げ物としてお米が多く集まる土地で培われた餅文化が、江戸時代に北前船によって各所に伝わり、それぞれの土地で発展したようだ。
今の世のように、どこかの誰かが作ったものが全国的にバズる仕組みなんてない時代に、春を迎えるためにあちこちでカラフルな餅をこねているわけだ。
その姿を思うと、なんとも愛おしい気持ちになる。わたしも一緒に餅をこねて春を迎えてみよう。
カラフル餅をつくって日本一周
米粉にはうるち米粉(新粉)ともち米粉(白玉粉)とがあるが、カラフル餅にはうるち米粉を使う。ぬしっとした食感と、歯切れの良さに、さっぱりしたお米の甘みがおいしい。
全国様々なカラフル米粉餅があるが、基本はどれも同じだ。
砂糖を入れるとか、もち米粉もブレンドするとか、そういった細かいアレンジは、特に明確に決まっているわけではないらしい。
むしろ家庭によって味や出来栄えが異なることも、味比べとしてひとつの楽しみだったというから、あんまり難しく考えなくていいのだ。今回はうるち米粉とお湯オンリーの生地から日本をぐるっと一周してみようと思う。
おこしもん・しんこ
【地域】愛知県名古屋市・尾張/新潟県佐渡島【行事】桃の節句
名古屋の児童館で働いていたときに、子どもたちと作ったこともあるおこしもん。
何代も使い込まれた木型を当時の職場の先輩に貸してもらった。
当時もイベントのためにあちこちのご家庭から木型を借りていたなあ。大きさは手のひらから指先くらいまであって、おやつとしてはとってもボリューミー。
色のついた生地をランダムに置き、上から白い生地をぎゅっと押し固めると華やかな模様が簡単に現れる。このあと蒸したらもう完成だ!
味はお米をよく噛んだときの甘い味、以上でも以下でもないほんとうに素朴なものだが、作った子どもたちはよく食べる。
なんなら水加減が適当でも、待ちきれなくてちょっともさもさしたままでも、自分で作ればおいしいのだ。大体で作れるお菓子はマジで最高。
冷めて固くなったら蒸し直したり軽く焼いたりして、砂糖醤油とかで食べてもいい。
次は棒状にまとめて成形するふたつ。
からすみ
【地域】岐阜県東濃地方【行事】桃の節句
海に接していない県ならではか、海の高級珍味「からすみ」から名前をとっているのだそうだ。しかし成形のポイントは「富士山のような山型」。からすみじゃないのかい!
子どもの成長と幸せを願ってとのことだが、海なし県を脱せないところに、からすみの空想の食べもの感が一層増しておかしみがある。
福おみみ・おみみ団子
【地域】福井県越前市【行事】涅槃会
あまり聞き慣れない行事「涅槃会」とは、仏様が入滅した日(命日)のことで、2月15日(旧暦の場合は3月15日)とされている。この日はお寺で会が開かれ、参拝者にカラフルな餅が振る舞われるのだ。
仏様のお骨が五色に輝いていた(!)という伝説と、ありがたい教えをたくさんいただけるようにという願いから、仏様の耳や鼻、お骨のかたちをモチーフにするのだそう!サイケデリックな見た目から、東南アジアのきらびやかな仏様を思い出す。もしかして、ああやって光っているのも同じ意味合いなんだろうか。
雛っこもち
【地域】秋田県仙北市角館【行事】桃の節句
小豆あんを包んで丸めると素朴な大福風になる。現代風のポップな色使いやモチーフも、また一味違う良さがある。
べこ餅
【地域】北海道/青森県(下北地方)【行事】端午の節句
べこもちは端午の節句に作られるのが特徴の一つ。端午の節句と言えば、柏餅のように葉っぱに包まれる餅菓子が主流であるが、北海道や本州北端ではまだ桜が咲いている時期だ。まだ葉っぱを摘むには早かったんだろうなあと、お菓子の様子から季節の移り変わりが見て取れるのが面白い。
そしてなにより、この模様の華やかさと繊細さ!一体どうやって作っているのだろうと思って調べたところ、青森県下北地方の女性らがべこもちをが作る動画が最高だった。
こうして集まっておしゃべりしながら、もうすぐ先の春の景色を思って手を動かすというのは、厳しく長い冬をみんなで乗り切る術だったのかもしれない。
時勢は異なるが、今の世界だって、みんなどうにかしてつながっていようと必死なのだ。冬、雪に閉ざされた人々の気持ちも今なら少しわかる気がするなと思いながら、ひとり餅をこねる。
さて、最後にもうひとチャレンジ。米粉餅は粘土のように自由に造形が出来ることも特徴で、立体の作品を作って飾る地域もある。
インノコ/犬っこ/チンコロ/犬の子
【地域】新潟県柏崎市/秋田県湯沢/新潟県十日町市/石川県能登【行事】インノコ朔日(2月1日)/旧正月/節季市(1月10,15,20,25日)/涅槃会
鳥ビシャ/鳥まち
【地域】千葉県柏市/千葉県印西市【行事】旧正月
このぽってり乳白色のからだ、鮮やかな色!
作り込まれすぎていない、妙に愛嬌のある造形がずっと眺めていたくなるかわいさである。
涅槃会のように宗教行事として作られるもの、節季市のように農閑期を利用して地域の人々が手仕事として始めたものなど、由来によって作り手も様々だ。
なかでも千葉県印西市の鳥まち、こちらはとある一族にのみ伝わる行事として、親族が集まって色とりどりの鳥を作る様子がとても興味深い。
ひとりで眺めるにはあまりにもったいなく、昼寝していた家族を叩き起こして鑑賞してもらった。
なんというか公園のベンチと原っぱにちょうどいい味なのだ。
気取っていなくて、おにぎりみたいに頬張れて、さっぱりとした甘さが潔い。
あんこ入りや砂糖入りのは米粉だけのものより少ししっとりしていて、外で食べるのに向いてるかもしれない。
一日中餅をこね、ついに生地が尽きてしまった。しかし日本にはまだまだかわいいカラフル餅があるんだ、もう少しだけ紹介させてください。
やしょうま
【地域】長野県/新潟県佐渡島【行事】涅槃会
お坊さんの「ヤショ」が作った餅がおいしかったから「ヤショ、うまいね!」っつってやしょうま、なんてホントかいなと思うような説がまことしやかに囁かれている。べこもちのように花模様が多いのだが、中には衝撃的な作品もあった。
ししこま
【地域】岡山県瀬戸内市【行事】八朔(8月1日)
オッ夏の餅だ、と思いきやこの地域だけ戦国時代から桃の節句そのものを8月に延期をしているという、特殊なケース。
海の生きものたちのつぶらな瞳よ…!!!そしてさりげなく星で飾りつけたみょうがのいじらしさがたまらない。
花もち
【地域】島根県松江市【時期】桃の節句
最後は桃の節句の餅で締めよう。
小豆あんを米粉の餅でくるみ、素焼きの型に詰めてつややかに蒸し上げる。
しっとりぷっくりした肌はまさに赤ちゃんのほっぺたのようで、子どもの健やかな成長を願うにはぴったりだ。
春までもうひとふんばりの心意気
カラフル餅たち、ずらっと並べるとにぎやかでかわいくって見飽きない。
手作りすればなおさらだ。自分の手から次々花や生きものが生まれるのを見ていると、どこかで蕾が開いて一気に始まる春が思い出されてわくわくした。残った米粉餅を大事に食べつつ、春を待とうと思う。
参考
亀井千歩子「47都道府県 和菓子/郷土菓子百科」丸善出版,2016
溝口政子・中山圭子「北海道から沖縄まで 福を招くお守り菓子」講談社,2011
荒井 三津子・杉村 留美子・片村 早花・佐藤 理紗子・太田垣 恵・鈴木 恵 「餅菓子文化の伝承 -北海道における『べこもち』の歴史と地域性-」北海道文教大学研究紀要 第 36 号 2012
天内麻記子「青森県下北地方におけるべこもちの継承形態と地域的特色」学芸地理(66),2011
いがもち,wikipedia,2021