バンコクには世界有数の日本人社会がある
と、まずは洗礼の話の前に、バンコクの日本人社会について話しておきたい。今年の7月から私は、6年あまり住んだベトナムを離れてタイに住んでいます。
到着初日、この日はたまたまだけど、駅の混雑ぶりに「都会だ!」と感動。
その経緯についてはすっ飛ばすが(まじめだから)、端的には「世界有数の日本人社会がある」から。外務省による2018年の統計を元に邦人人口の順に国を並べると、アメリカ、中国、オーストラリア、そしてタイ。人口は7万2754人とあるが、全員調査できるとは思えないので実際は10万人でもおかしくない。
コンビニの商品棚の一部、もはや右端のタイ語の方がサブに見える。
そもそも外国人が多い街なので商品によっては多言語すぎることに。
この数は調べるとだいたい大阪府泉佐野市の人口くらい、つまり「市」のレベル。数十年前に、アジア地域の多くの国がそうであるように、商社やメーカーの生産拠点の駐在員からはじまっただろうこのコミュニティも、今では日本人同士の市場も盛り上がっている。そのひとつが、フリーペーパーだ。
紀伊国屋書店に行けば、
この通り、日系フリーペーパーがどっちゃり!
マニアック、マダム向け、工業団地向け…差別化も明確です。
この「海外日本人社会」と「日系フリーペーパー」は縁が深い。
日本人に限らず、外国人コミュニティがそこそこ大きくなる過程で生まれがちなこの存在。とくに、SNS以前、さらにインターネット以前は、フリーペーパーが海外日本人社会のコミュニケーションツールとして機能してきた。広告を出したり、サークルの参加者を募ったり、ローカルの良いレストランを教え合ったり…。ベトナムにも5誌ほどあるが、バンコクには15誌あると言われている。人口比率も同じくらいだから物差しにもなる。
そんなフリーペーパーのひとつに『ダコ』というものがある。創刊から20年、タイ日系各誌のパイオニアにして、たぶんもっともマニアックなことをやっているところ。
コンセプトは「気にすらしないタイのこと」。
確かに…
食用コオロギの養殖現場とか、
変な建築物とか、
知るかそんなタイのこと!と言わんばかりの内容がてんこもりだ。デイリーに通じるものがございませんか。
個人的にツボにハマったコラムのタイトル。圧倒的頼もしさ。
で、話は冒頭に戻り、なぜ「タイの洗礼」を受けることになったのか。
そんなマニアックなダコにライターとして売り込みに行ったら、「逆に『ネルソン水嶋』特集をさせて」という展開になり、その企画としてタイに来たばかりの私が「洗礼」を受けることになった、ということなのでした。まるでミイラ取りがミイラになる展開(ちがいます)!それがおもしろかった(辛かった)ので、お伝えしたいんだと。
ダコの宮島編集長(左)と沼舘社長(右)。
ちなみに、同じタイミングで上のお二人へもインタビューしたのですが、今回は洗礼だけでボリュームがありすぎるのでまた別の機会に。フリーペーパーについて、前置きの割に長々と書いた理由もそこにあったりする。
という訳で、タイのいやな洗礼を紹介します!
タイのいやな洗礼7選
■タイのいやな洗礼1:昆虫料理を食べる
タイで昆虫食はメジャーです。首都バンコクのイケイケな都会人を中心に忌避する風潮が生まれてきていますが、まだまだ根強い人気があります。往年のバラエティ番組の罰ゲームで出てくる印象もあるので「考えられない!」という反応をする人もいますが、良質なタンパク質として今やまじめに語られるもの。
正直、私も「考えられない!」と言って逃げ出したいのですが、昆虫食が認められている現状を知ったり、まじめに取り組んでいる知人や友人も増えたので、そうも言えなくなった状況に時代の移ろいを感じます…。
何しろ酒のつまみコーナーにあるくらいだし。
だからといって、やはりツライ!我ながら食には保守的だ。まぁ、「昆虫食」ってなるとそれ以前の問題だとは思うけど。とはいえ乗りかかった船なので覚悟自体は決めている、行きましょう。まずは「食材」の調達です。
クロントゥーイ市場へ。ベトナム以上に、肉と魚の混ざりあった濃い匂いが漂う。
ダコの編集Uこと田澤さん。のっけからこれ虫食ってる。
私「その虫…いけますか?」
田澤さん「けっこういけますよー、まずくないし」
「まずくないから食べる」という論理に野生味あふれすぎだが、自分に虫を食べさせようとする人が「虫とか触れるのもヤダ!」と言おうものなら、肩パンくらいはかましたいところだ。これはこれでよかったし、ありがたい。
ちなみにこれが虫売り場。
虫を氷で冷やす光景がただただシュール。
自分が食べるという前提だとこんな顔にもなりますよね。
結局、アリ、カイコ、コオロギ、タガメ、こちらの四種類を買い込んでダコのオフィスへ。
あらオシャレ!これならおいしく食べられそう~って、ならぬ!
あとの洗礼がつかえているので一気に食べます!(ひと口噛むたびにこの顔になる)
・アリ→酸っぱい、これが蟻酸か。でも足が短い毛みたいに舌に絡まるので鬱陶しい。
・カイコ→まだ食える。まるで味は濡れ落花生。その濃さがかえってツライ。何にしろツライ。
・コオロギ→目が合ったので無心で食べた、何も考えないようにしていたので味は覚えていない。エビっぽかった気がしなくもない。
・タガメ→無味。メスだったのか腹に緑色の粒が詰まっており、そこだけ見ると虫感が感じられないので慣れてくるとマシだった。
と、こんな感じでした。
昆虫食が好きな人には申し訳ないけど、思い出したら辛くなってきた。ちなみに、虫料理にたかっていた虫を振り払っているとき、夢みたいな不条理さを感じた。
タガメの尻が噛み切れないと同時に噛むのがツライ、という表情。
最後、ちょっとだけ慣れてきた。
ちなみにこの記事、お忘れかもしれませんが、昆虫食がテーマではございません。まだはじまったばかりです!駆け足で行こう。
■タイのいやな洗礼2:激辛料理を食べる
虫に比べるとハードルは低いかも知れない。イヤだけどな!激辛料理。タイではまずこれがゆるふわな味覚の日本人に立ちはだかる壁だと言っていいでしょう。どれだけ避けても、必ず定期的に踏んでしまう地雷。
真っ赤なおつゆが刺激的だね!奥に見え隠れするサワガニが既視感から虫にしか見えない。
タイの代表的な激辛料理のひとつ、ソムタム。青いパパイヤとインゲンに、唐辛子やライムなどの調味料を加えて叩いてつくるサラダです。イサーン(東北地方)料理として知られていたが、今ではバンコクでもよく見かけます。それでもイサーン料理の象徴的料理で、「ソムタム屋」を謳うお店は事実上イサーン料理屋。
余談だが、都内で暮らしていたときにおいしいタイ料理屋があって、中でもグリーンカレーがお気に入りなんだけど必ず翌日腹を下す、ということがあった(ほかの人は下さないので自分の体質らしい)。それでも食べたいから金曜日か土曜日、「翌日午前にトイレにこもっても大丈夫」というときにしか食べられない特別な料理だったのだ。繰り返しますが、余談でした。
田澤さん「辛いときは豚肉の脂身を舌に塗ると収まりますよ、そこにあるので緊急時にどうぞ」
私「ほんと?ありがとうございます」
じゃ、いただきまーす…。
ふむ、まぁ、甘くて旨味があってそれほどまでには…。
辛っ!
じゃなくて…痛っ!これ痛っっ!!
舌が痛い!攻撃を受けている。新手のスタンド使いか、と万人受けを無視したネタを言いたくなるほどに。舌が取り外し可能なら今すぐ流水ですすぎたい。しかも脂身、これ効かないぞ!
私「ほれ、ひはらいっすよ!」
田澤さん「脂身のってなかったね」
私「はんやほれ!」
この痛みは30分後に収まったのだけど、それから三日間はお腹とお尻の痛みに耐えました。昆虫食よりハードルが低いと書いたけど、あとの引きずりっぷりも加味するとけっこうどっこいどっこいの勝負かもしれない。
■タイのいやな洗礼3:タイ古式マッサージを受ける
タイといえば古式マッサージ。涅槃像があることで有名なワット・ポーは、マッサージを教わることのできる寺院としても有名、系列のマッサージスクールが計4校もあるほどだ。
ワット・ポーの涅槃像、テレビや雑誌で見覚えがある人も多いはず。
言ってみればお寺がマッサージ学校を経営している訳で、日本人からすると「なまぐさ坊主」という言葉が思い浮かぶかもしれないが、タイ古式マッサージのルーツは2500年前まで遡るとも言われる。仏教のはじまりの地であるインドにもアーユルヴェーダがあるし、仏教と医療ってもともと近しいものなのかもしれませんね。
で、そんなマッサージのどこが洗礼なの?というと、
ここまではいいとして、
こういうのが!
こういうのが痛いんです!!
田澤さん「痛い部分だけダイジェストでやってもらってます」
私「あーそうです…かぁーっ!!」
でもなんだかんだでマッサージ後は身体が楽でした(事実ですがフォローでもあります)。
■タイのいやな洗礼4:ソンクラーンで水浸し
タイ観光は4月がひときわ盛り上がる。ソンクラーン、いわゆる「水かけ祭り」があるからだ。
3年前にも行った。
ソンクラーンはもともと仏像に水をかけて清める習慣だったが、それが近代になるにつれて水鉄砲やバケツを抱えての水かけ合戦に発展。タイでの正月に当たるため、帰省中の人も加わって全国各地が戦場になる。丸腰なのに掛けられても怒っちゃいけない。水かけ祭りなだけに、すべてを水に流さなくてはならないのだ。
しかし、そんなソンクラーンは当然4月に終わっている。それならパスだね!と思いきや…
単に水を掛けられた。
中学生までのオレなら泣いてるぞ!
私「ただのいじめじゃない?」
田澤さん「いじめじゃないよ」
私「そっかぁ、うーん。って、こらこら~」
ちなみにこの翌日風邪引いた。もともと風邪気味だったけど、因果関係はお医者様にしか分かりません。
■タイのいやな洗礼5:ヤードムを鼻に刺す
ヤードムって何?というと、これ。
これ。
現物を見てもサッパリだと思うので説明すると、「メンソールの匂いがする棒」です。タイ人は、気分が優れなかったり鼻が詰まったときに、この香りを嗅いで症状を和らげるという。で、中にはヤードム好きが高じて両方の鼻の穴にぶっ挿している人もいるそうで(とくに屋台のおばちゃんあたり)、それをやってよ、という訳です。
今までに比べたらよっぽどマシだけど…
そこそこ人が通る場所を選ぶよねぇ。
でもなんかちょっとカッコよく撮れた。
ちなみにこの人だかりの割に誰とも目が合わなかったのですが、それが、「ヤードム両鼻挿しがふつう」だからなのか、あるいは「関わりたくないと思われた」からなのか、真相は分かりません。というより、洗礼って、本人の意思次第じゃねぇかこれ!しょっぱなの昆虫食あたりから割とそんな感じあるけど。
■タイのいやな洗礼6:幽霊に取り憑かれる
タイは日本に似ていて心霊話が好き。「憑かれる」という概念もシッカリあるようで、「憑かれてきて」と心霊スポットに突撃。うーん、チャレンジ内容がそろそろ若手芸人じみてきた。いや、最初からか。もういいや。
ぎゅうぎゅうに詰められるように並ぶ墓。
そこを突っ切るバイク、「霊よりオレたちは強い」という言葉を思い出す。
ここはもともと中華圏をルーツとする華人の墓地。今でこそ「バンコクで華人の血が入ってないタイ人を探す方が難しい」とも言われているが、それでもかつてはマイノリティだったため、墓地もここに集約されていたのだ。そんな訳で、ぎゅうぎゅうに隙間なく詰められるように墓が並んでいるという訳。
なお、同時にスポーツ施設となっており、この墓地に沿って老若男女がランニングしている。そこで、「ひとりで走っていって出ていくときにふたりになってる」というオカルト話があるそうだ。まさに生と死が同居している場所。しかし、なんでまたスポーツ施設にしようと思ったんだろうな。理由の予想もつかない。
そんな墓場で撮影する…の、ですが。
私「田澤さん…これ、私何すればいいですか?」
田澤さん「そのまま立っていてください」
どうしよう。海外在住日本人あるあるのひとつに、「なんか怖い気分にならない」というものがある。日本でホラー番組や映画を見たあとはちょっとした物音でも怖くなるが、外国だと雰囲気が違いすぎて平気。ましてやタイに来たばかりなので何にも怖くないので正直反応に困った。洗礼ではないが、地味ないやさがあった。
■タイのいやな洗礼7:お尻にタイキックを受ける
そしていよいよ最後!これ、やるのね…。
大晦日のバラエティ番組でお馴染みの?タイキック。正確に言えばムエタイ選手のキックなんだけど、ムエタイのタイは国名のタイなので、タイキックでいいのかもしれない。ちなみに現地では通りすがりにタイキックをかまされるということはない。ならば洗礼って何だったっけ?という疑問はあるが、いまさらそこはどうでもいい。
ムエタイをふくめ格闘技歴27年のロート先生、なぜか私のお尻を蹴ることになった方です。
セット!
いきなりは怖すぎるからということで、5段階に分けて蹴ってもらう(蹴って…もらう?)ということになった。なんだかんだ言っても、タイキック体験は楽しみだ。テレビを通して芸人が痛がる姿を見て、あれが本当に痛いのか、あるいは演技でやっているのか、それを知る機会はなかなかない。これで俺もタイキックを受け
バシッ!
あだー!
あだだーー!!熱い熱い
もうあかーーーん!!!熱い熱い熱い!
痛いのは言うまでもない!それ以上に、「ポカホンタスだ、このあとSNSでお尻ポカホンタスって書こう」と思うくらいお尻が熱かった。最終的に5段階の最後までいきましたが、そのまま三日間はポカポカしてた。ちなみにロート先生いわく、「試合と同じ強さなら骨折れてるよ」だそう。こえ~な、人体破壊のプロってやつだ!
ポカホンタス…。
現実的なタイ生活の洗礼は激辛料理とソンクラーンだけ
今回の洗礼で、ふつうの暮らしの中で気をつけるとしたら「激辛料理」と「ソンクラーン」くらいだろう。前者は赤くなくても激辛というパターンも多い。タイ人の店員さんも外国人に辛いかどうか聞かれることは慣れているので、「いや全然!」という反応のときだけOKで、半笑いで「ちょっとね」と言うとだいたい辛いとのこと。
後者のソンクラーンについては、正月ということもあり、その期間だけ国外脱出する人も多いそうです。在住歴が長い方になると、その期間は食料を買いだめして一切外に出ない暮らしを送ることもあるんだとか。
それ以外の洗礼については、ふつうに暮らしていて、虫を食べることもないし、マッサージが痛かったら施術師に言えばいいし、ヤードムを両鼻に挿すくらいなら風邪薬を飲めばいいし、霊に憑かれることも、お尻にタイキックをかまされることも、きっとないと思います。
ちなみに、ネルソン水嶋特集は
オンラインでも読めます。 これ見てると自意識がどこかに消えてしまいそうです。