寒風突き刺す南伊豆へ
そもそもキンメダイしかり、アコウダイ(メヌケ)しかり、ギンダラしかり。深海魚には近海の魚ではなかなかないほどたっぷりと脂を蓄えたものが多く見られるものである。
深海魚には脂がよく乗っていておいしいものが多い。たとえばハマダイの仲間だとかキンメダイ類だとか
アコウダイの仲間だとか、赤くて高級な魚が多いかな。どれも脂ノリノリ。
脂のノリがいい理由については水圧が高くて浮き袋が使いづらい深海で安定的に浮力を調整するためだとか、水温が低いからだとか栄養を溜め込むためだとか魚種によって色々な説がある。
変わり種だとバラムツ(おいしいけど食品衛生法で流通禁止)とかもそう。この魚については後で詳しく解説するよ。
その中でもとりわけ大量の脂を蓄えている魚が表題の『アブラボウズ』である。すごい名前だろう。名の響きから安田大サーカスのクロちゃんみたいな人物を想像してしまいがちだが、深海魚にしてはかなり均整のとれたハンサムフィッシュである。しかもデカい。
伊豆や小田原では『オシツケ』、伊豆大島などでは『クロウオ』、北日本では『沖アイナメ』と呼ばれることもある。
このかっこよくて大きくておいしいという三拍子揃った魚を釣るべく、僕は3月初旬の南伊豆へと向かった。
寒い!相模灘におけるアブラボウズ釣りの盛期は冬~春さき。
秘密兵器はランドセルみたいにでかい電動リール!人がぶら下がれるほど太い釣り糸が1500mも巻ける。狙う水深は600~700m前後。深い!つーか遠い!
実はアブラボウズ釣りに挑むのは今回で四度目なのだ。最初の二回は和歌山沖で、次の一回は伊豆大島沖で、それぞれ空振りを喫した。釣り用語で言うところのいわゆるボウズというやつだ。アブラボウズボウズ。
エサはイカまるごと!緑やピンクのヒラヒラは暗い深海でエサを目立たせるための夜光疑似餌
そろそろ決着つけたいぞ!と鼻息を荒くしていたところへ知人から「アブラボウズ行きましょう」との声がかかった。しかも彼はすでにアブラボウズを釣り上げたことのある経験者で、釣り方の指南もしてくれるという。おお、それは心強い!
オモリは鉄筋!2~3kgもある。鉄は鉛に比べて安価だし、万が一海中に取り残されても分解されやすい。オモリが海底に引っかかりやすいアブラボウズ釣りにはいろんな面で向いているのだ。
案内してもらった白畑さんになにやら魚がヒット!
バラムツとユメザメの猛攻
ユメザメという深海鮫の一種だった。ちなみに白畑さんはテレビチャンピオンの魚通選手権で優勝したことがあるすごい人。
二投目。まずはユメザメが釣れた。こうしたサメやソコダラの仲間は脂ボウズ釣りでは定番のゲスト。これらの魚は水面に浮く際の魚影が黒く見えるのだが、アブラボウズだと白っぽく見えるらしい。
よっしゃ白いの来い、白いの!
僕の竿にもアタリが!
浮いた!大きくて白いぞ!本命か!?
違う!バラムツだった!!本命以外の魚、いわゆる外道ということになるが僕はこの魚が大好きなので敬意を込めてゲストと呼びたい。船べりで針を外してリリース。
同船者たちにもバラムツラッシュ!だが本命はアブラボウズなのであまり釣っても仕方がない。たくさん食べられる魚ではないし。船べりで釣り針を外せないものだけキープ。あとで解体してシェアする。
船長によるとバラムツはキュンキュン!と頻繁に鋭く引きこみ、アブラボウズはときおり思い出したようにゴインゴインと首を振って暴れるのだとか。
慣れてくると引き方でおよそ区別がつくらしい。
最後の一投でドラマが!!
だが時間は無情に過ぎていき、船中の誰もアブラボウズの姿を見ぬまま「最後の一投」のアナウンス。
奇跡を信じて仕掛けを沈めると、何かが掛かった!しかし、引きがさっきのバラムツとそっくり…。
竿はものすごく曲がっているが…
ああー!今回もすごい勢いでキュンキュン引いてる!これはバラムツか…?バラムツだな!確信する。
船長も「バラ(バラムツ)っぽいねー。でもまあ…まだわからんよ?」と半分諦めムード。
「バラでしょうねーこれは。」と糸をたぐっていると、船長が意味ありげに「いや…?これは…。」とつぶやいた。いや、そういうのもういいから。ホントそういう変に期待持たせるやつもういいから…。
水面に巨大な白い魚影が浮かんだ。はい、さっき見た光景~。
と思いきや!
うお、バラムツじゃない。アブラボウズだ!最後の最後にまさかの本命だ!
でかい…!血を抜いた状態で計量すると35キロもあった。しかしこれでも平均的な大きさだとか。大きなものでは90kgを超えることもあるという。
顔つきはハタとカンパチをミックスしたような雰囲気だが、全体的な体型はゴロンゴロンに太ったアイナメといったところ。実際に沖アイナメと呼ぶ地域もある。しかし実際にはアイナメともハタとも縁の遠いギンダラ科の魚である。
顔立ちはカンパチに似ているようなハタに似ているような…。
血抜きをしたら戦場で記念撮影。自分で釣ったというより白畑さんと船長に釣らせてもらった魚。白畑さんも嬉しそうなのは憧れの魚を釣った歓喜を分かち合ってくれているのか。あるいはアブラボウズ肉の分け前確保が保証されたためか。おそらくは両方だ。
帰港したら港で水道を借りてざっくり解体。魚体の大きさの割に骨がとても脆く、身もやわらかい。そのため普通の包丁でもサクサクさばける。これが同サイズのマグロやハタならこうはいかない。しかしすごい肉の色だ!乳製品かよ。
半身はお礼に白畑さんへ。というか、これくらいはもらっていただかないと肉量が多すぎて僕一人ではどうしようもない。頭を落とした半身でも特大クーラーがギチギチに
帰り道、
徳造丸という海鮮料理店の直売所へ寄り道。白畑さんおすすめ、煮魚用の『秘伝の煮汁』を購入。よーし、これでアブラボウズの煮付けを作ってやろう。絶対うまいな。
上品なのに、ギットギト!
さて、二晩ほど氷漬けにして寝かせたらいよいよ試食だ。
ああもう。何度つまみ食いしようと思ったことか。
頭はデカすぎて僕一人では持て余すので家族持ちの友人に押し付ける。オシツケだけに。そしてそのまま友人宅でアブラボウズパーティーを始める。
アブラボウズのカマ。これだけでもう一度には食べきれないほどのボリュームがある。煮つけでも塩焼きでもおいしいという。
例の煮汁で仕上げたカマの煮つけ。煮汁に浮く尋常でない量の油を見よ。甘辛の味付けでご飯が進む進む。
アブラボウズの切り身。遠目に見ただけでわかる脂の乗り。白く濁った身はラードを連想させるほどだ。ああ、もうこのままかぶりつきたい。
アブラボウズの刺身。なんかもう美味そうとか通り越してエロスさえ感じる。
ほら、この艶かしい肉質を見てごらん。『霜降りの白身魚』なんてそうそうないだろう。
…もう何も語らずとも伝わっていることと思うが、抜群に美味い!
確かに脂の乗りは前評判どおり大トロにも引けを取らない。
しかし、口の中でとろける!ということはなく、サクッとした歯ごたえが楽しめる。噛みしめるほどに上質な魚の甘みを含んだ脂がジワリと染み出す。
マグロのトロとのこうした食感の差はベースが赤身であるか白身であるかの違いに由来するものだろう。
上品なのに、脂ギトギト。相反する二つの美食的欲求を高次元で同時に叶えた魚と言える。これは、美味い。
欠点があるとすれば、脂が強すぎてあまり量を食べられないことかな。特に生は。
ギンダラの仲間だけあって西京漬けにしてもおいしい。
アブラボウズの西京焼き。鮮度が良すぎるせいもあるだろうが、かなり歯ごたえが強く鶏肉のよう。火を通すと適度に脂が落ちるので食べやすくなる。
鍋にだって合う。
揚げるとKFCの皮 ほほ肉はホタテの貝柱
「さすがに脂に油はないだろー!?」と実験的に作ってみた唐揚げ。
ふと脂まみれのアブラボウズをさらに油であげたらどうなるのかな…?という疑問が脳裏をよぎった。さすがにくどくなっておいしくなさそうだが、せっかくの機会なので数切れを唐揚げにしてみた。
するとなんと!なせかケンタッキーフライドチキンの皮によく似た味に!しかも脂が溶け出して非常にジューシー。これはジャンクな美味さだ!!…ただし、二切れも食べると胃がギブアップを宣言する。
ただし、刻んだ皮をカリカリに揚げたものはつまみにぴったり。すみずみまでおいしい魚なのだ。
そういえば、アブラボウズはほほ肉の味と食感がおもしろい。今回は友人らのために残しておいたが、以前に頭だけを貰い受けて食べたことがあるのだ。
たっぷりと取れるほっぺたの肉を焼くと、なんとホタテの貝柱そっくりになった。旨味も歯ごたえも。
4年前、友人が釣り上げたアブラボウズの頭をもらい受けて食べたことがある。…歴史は繰り返されるのだ。
キャンプしながらほほ肉と脳天のステーキ…のつもりが、肉から溢れ出た大量の油で素揚げになってしまった。写真で見るとまずそうだが、美味。ホント貝柱。
バラムツやアブラソコムツとの違い
ところで、アブラボウズはしばしばこんな誤解を受ける。
「おいしいけど、食べたらお腹壊すやつでしょう?お尻から油が漏れるやつでしょう?」
ノー!!百歩譲れば、確かに脂の量が凄まじいので食べすぎてお腹の調子を崩す恐れはある。それはトロや霜降り肉と同じである。しかし、アブラボウズを食べても尻から油だけが漏れ出すようなことはないぞ!!
あらためて、これがアブラボウズ。よく覚えといてね?
これは身質が似ていて名前が紛らわしい『バラムツ』や『アブラソコムツ』と混同されることで起きた悲劇である。
これが本記事中にも何度か登場したバラムツ。有害な脂質を蓄えているため食品衛生法により流通が禁止されているやつ。
このマグロのゾンビみたいなのがアブラソコムツ。やはり流通禁止。駿河湾では『サットウ』、南西諸島ではバラムツとひとくくりで『インガンダルマ』と呼ばれる。
で、彼らの脂は消化できないわけだから、そのまま腸を通って肛門から漏れ出す。自覚なしに。
一方でアブラボウズの脂肪は人体で問題なく消化できるものであるから、産地ではごく普通に流通している。いや、むしろ高級魚として珍重されているほどである。
関東の魚屋さんに聞いた話だと、最近はキロあたり2,000~3,000円もするというほどだ。
まあ美味いもんなぁ…。高値がつくのもうなずける。
バラムツの切り身。アブラボウズ以上に透明感のないトロっとした乳白色。アブラソコムツも同様の身色。
だからこそ、文字どおり「一銭にもならない」バラムツやアブラソコムツと混同されたのでは水産関係者はたまったものではない。
思うにアブラボウズが各地に点在する産地でオシツケや沖アイナメなど『アブラ』とつかない呼び名を与えられているのはただの方言というばかりでなく、アブラソコムツとそれに類するバラムツから差別化する目的もあるのかもしれない。
…ただし、漁師さんがアブラボウズ、バラムツ、アブラソコムツをまとめて『アブラ三兄弟』と呼んでいるのを耳にすることもけっこうあるのだが。
バラムツの刺身。アブラボウズを凌ぐ白さ。見比べてみると、アブラボウズにはまだ魚らしさがあったよなぁ。
三者の肉質はたしかに一見よく似ているが、味にはちゃんと差異がある。
バラムツとアブラソコムツよりもアブラボウズの方が身はしまっており、歯ごたえある。バラムツやアブラソコムツがサクサクならアブラボウズはザクザクかな。
また、バラムツやアブラソコムツの肉にはマグロ類のようなほのかな酸味がある。一方でアブラボウズにはそれがなく、脂の甘みをより強く感じられる。
なんというか、濃厚同士とはいえアブラボウズの方が上品で万人受けする味なのだ。
アブラボウズは脂が乗りまくった根魚、バラムツとアブラソコムツは脂が乗りまくった青物といった印象だ。
余談だが、アブラボウズパーティーの席では友人らの熱い希望があったためバラムツも少々提供した。翌日に交わされたLINEでのやりとりがこれである。
ちなみにバラムツとアブラソコムツを比較すると、アブラソコムツの方がやや脂の風味がキツいように感じる。
というわけで個人的にアブラ三兄弟に味という観点から序列をつけるなら
アブラボウズ>バラムツ>アブラソコムツ
という並びになる(あくまで個人の感想です)。
産地に行けば買えるよ
いかがだっただろうか。アブラボウズ、食べてみたくなったんじゃない?
本記事のように自分で釣り上げるのはなかなか敷居が高いだろうが、それなりに流通している魚なので普通にお店で購入して食べるという選択肢もある。
特に小田原や三陸、北海道の市場なんかは狙い目だ。呼称が安定しない上に切り身で並ぶことが多いので、探す際はお店の人に「アブラボウズありますか?」と聞いてみるのがいいだろう。「おっ、美味い魚知ってるねぇ!」とほくそ笑んでトロンと白濁した魚肉を持ってきてくれるかもしれないぞ。
食べても食べても手元には大量の肉が…。友人らに送りまくっているうちに凄まじい額の送料が飛んでいってしまった。