武器なき天空の城、西台
映画の中では「飛行石」と呼ばれる不思議な石が、呪文によって空に浮かんでいるラピュタの方角を光で示す。
たぶん現実に飛行石があったら、二箇所を指すと思う。
そのひとつが板橋区にある団地、都営西台アパート・西台住宅だ。まちがいない。
都営地下鉄三田線・西台駅の横に建つすてきな団地。東日本だと飛行石はここを指します。
なぜこれが「天空の城」なのかというと、なんとこの巨大団地が建つ地面が地面からぐぐっと大胆に持ち上げられているからだ。
ご覧の通り! すごい。
ビルの2階部分に、いわゆる「デッキ」と呼ばれるようなものを渡りめぐらせる、というのはめずらしくない。
この西台はそんなもんじゃない。まさに人工的な地盤の上に建っているのだ。
なんのためにそんなダイナミックなことをしているのかというと、地面レベルを車両基地として使うためだ。
団地の下にレールが並ぶ。なんという光景か。
都営の団地においては、1階部分が都営の保育園だったり都営バスの操車場だったりすることがままある。
そうでなくても、下が商店街という団地は多い。団地とは「小さな都市」なので、何かとハイブリッドになるものなのだ。
しかし、まさか地下鉄とは。はじめて見たときは「そういうのありなんだ!」ってびっくりした。
車両基地を愛でていることで有名なライター萩原さんも、以前「事業母体が同じだからこそ実現できた驚愕のコラボレーション」と
驚いていた。
これほど「コラボレーション」の響きに迫力がある例も少ない。軽々しく「コラボ」と略せない重み。
ちなみに、名古屋市にある上飯田団地は、2階部分に高架線路が突っ込んでいくという、団地と高架の駅舎が一体になっているびっくり物件だった。残念ながら2003年に線路と駅は地下にもぐってしまってコラボレーション解消してしまったが。
すごすぎる。
ここの車両基地を見学させてもらうのが夢です。
ラピュタの場合は下部に凶悪な武器がついていたが、ここでは平和に三田線が休んでいる。武器なき天空の城・西台アパート。
「天空の城」感
考えてみれば新宿駅などの駅ビルだって、同じように下に線路があって上に巨大なビル、という構成なのだけど、この西台の場合はそのあからさまな「天空の城」感が傑出している。
外観の「持ち上げてます!」という風景もそうだが、いざ島に上陸してもその「天空の城」感がすごい。
ラピュタにも樹がたくさん生えていたが、ここも緑が多い。
人工的な「大地」の上の様子。この下が車両基地とは信じられない。が、言われてみると植栽がいずれも「巨大な鉢植え」に植わっている。ここの土どうなってるんだろう。
この空の広さと、点在する鉢植え樹木が「天空の城」感を演出。すごく不思議な感じ。すてき。
映画では「人は土から離れては生きられないのよ!」とラピュタ批判が展開されたものだが、ここではそんなことはない。ちゃんと生きていけるのだ。駅近だし。便利。
ラピュタも駅近だったら滅ばずにすんだのではないか。
ここで育ったという友人と、彼女に紹介してもらった自治会の方々に案内いただいたのだが、彼らがここを「ふつう」だと思っているのが印象的だった。当たり前だけど。
現在は駐車場になっているここには、以前小学校があったという。
ただ、その友人が言っていたことですごく「ラピュタ人」っぽいことがある。
上の写真の場所にはかつて小学校があったというのだが、家も学校も遊ぶのも「大地」の上で、小学生の頃はこの大地から下に遊びに降りていくことは親から禁止されていたそうだ。理由は、すぐに駅前で交通量が多く、子供には危険だったから。
しかし、その言いぐさが 「下界に降りちゃダメ」 だったそうだ。
下界! ラピュタ人だ!
もちろん棟自体もかっこいい。
西のラピュタ・坂出人工土地
さて、飛行石が指し示すもう一箇所は四国にある。香川県は坂出市。坂出駅からまっすぐ行くとすぐに出現する。その名も「坂出人工土地」。
こちらも、持ち上げられた「大地」の上に住宅が建っている。西台と違って複雑で、より「天空の城」感がある。すごく楽しい。
1968年に竣工した「天空の城」。そこには魅力的に住宅が建っている。建築家 大高正人によるものだ。
上の写真の反対側から見た様子。全部で3層になっていて、階段が複雑につながっていて、すごくすてき。すごくラピュタ。
大高正人 は60年代の
メタボリズムという建築運動に参画したひとり。建築にとどまらず、都市をつくることに若い建築家たちが情熱を燃やした時代である。
北側の端から。道路の先が坂出駅。道路に面した1階部分は店舗。この部分はちょっとした商店街にしか見えないが、この後ろ側(写真向かって左)が「天空の城」状態。
オレンジ色の線で囲った部分が坂出人工土地。航空写真で見ると周囲の市街と見分けがつかない。まさにここが「人工土地」で、その上に建物が建っているからだ。上の商店街的な場所は西側の道路に面した部分。
この「坂出人工土地」は、まさに「もうひとつの大地」を上空につくることで、戦後の市街地を整理するという意欲的解決策だ。
大高正人のもうひとつの代表作は、あの広島のちょうかっこいい団地「基町高層アパート」です。
碑にも、墨痕鮮やか「人工土地」と刻まれている。
そういえば子供の頃、似た言葉である「人工地盤」という言葉を聞いて、「そのまんまだなー」と思ったものだ。
おそらくこの「人工土地」とともに、経済成長期の土地を有効に利用する必要とそれを実現する技術と法制度に勢いがあった時代ならではの言葉なのだろう。「そのまんま」ぐあいにその高ぶりがしのばれる。
今だったら婉曲に変な名前にしちゃうんじゃないだろうか。「ふれあい大地」とか。いや最近でも「スーパー堤防」っていうひねりのないネーミングつけるしなあ。
碑の後ろ、敷地の北東部分の人工土地の下は市民ホールになっていて、そこにやけに細いなんとも魅力的な「天空の城」への階段のひとつがある。壁がピンク。キュート。
のぼって振り返ると、こんな。「すばらしい建築は出入口が小さい」と言ったのは誰だったか。
そして階段を上がると、ちょっとした広場になっている(もとは子供のための遊び場だったようだが、いまは鉢植えがたくさん)。正面に見える斜めのものはホールの屋根なのだが、その上にはなんと!
ラピュタは滅びぬ! 何度でも蘇るさ!
市民ホールの屋根の傾斜の上には住宅が! すてき!(人工土地の上の反対側から)
両脇に階段がついている。地中海を臨む斜面に建つ住宅みたいだ。
この「斜面」には住宅が5段になっていて、それぞれ階段からこのような横に伸びる通路を経て玄関にアプローチする。この路地っぽさ、すごい。
のぼりきったところ。気持ちいい。斜面に建つ住宅だ。うん、これは「地面」だ。あらためて「人工土地」を実感。下はホールなんですが。
すてきだ。すごくすてき。しかし、残念ながらこの斜面住宅には空き家が目立った。
住民の方のお話を聞いたところ、全国の団地と同様ここも住民の高齢化が進んでいるのだが、エレベーターなどがないこともあって実態はなかなかたいへんだとのこと。
ただ「人工土地」の名はやっぱりダテではなく、この「第二の地面」と建築群は別々になっている。つまり建物を取り壊して建て替えることができるというのだ。「メタボリズム」(新陳代謝)の面目躍如である。
ぜひ不便なところは建て替えていって、末永く人工土地は残っていってほしい。ラピュタは滅びぬ! 何度でも蘇るさ!
市民ホール、「斜面住宅」の後ろ、敷地の北東角から。「人工土地」なので自動車も上にあがることができる。
いたるところがキュート
上の写真のスロープの左、敷地の裏側(東側)はこんなふうになってる。「人工土地」感ある。
ラピュタの裏側というわけだ。それにしても柱がキュート!
もっぱら駐車場として使われている。もともとだろうか。それとも後から駐車場にしたのだろうか。
西台では確かめられなかった「天空の植栽」の鉢植えの下部分をここでは目の当たりに。
そして上にあがるこの階段がすごくかわいかった。
ご覧のように、東側はより「人工土地」っぽくて、下が駐車場と言うこともあり裏手感ただようが、よく見ると柱や階段など随所の造形がすごくキュート。いいなあ。うちの近所にもないかなあ、坂出人工土地。
まるで路地のような天空の住宅
そのかわいい階段をのぼると、こんな。
そして天空の城には、ふつうの団地風景がひろがっている。
先ほど駐車場のところで見た「鉢植え」の上はこれだ!
しかし「鉢植え」のほかにもふつうに樹が生えていて、ほんとうにここは「上空」なのか? ってなる。そしてこの入り組んだ路地っぽさはどうだ。棟の配置の妙だ。すばらしい。
つくづく圧倒的な「ふつうの地面」っぷりに感動。すごくふしぎな感じ。ふつうの風景だから不思議な感じになるっていうのがまた不思議。
あまつさえ、螺旋状のスロープまである。どこが本来の地面かどんどんわからなくなる感じがすばらしい。
左に見えるのがスロープ。ご覧のようにさらに上がある。
このひさしもかわいいなー。
ほんと、見れば見るほど「ふつうの団地」だ。映画ラピュタの住民もこういうふうに地面から浮いているということを忘れて生活していたのだろうか。
そうやって上がっていった、最上層のいちばん南側。
そこから見下ろした風景。坂出人工土地において、ぼくにとって一番魅力的だったのがここだ。ここからだけ、地面から最上層まですべて見渡せる。
どうだろうか。いくら写真を見せても「ふつう」なので、この感動はうまくつたわらないかもしれない。くやしい。みなさんぜひ実際に見に行ってほしい。
残念ながら国土地理院は「土地」として認めていないようです
えーと、写真キャプションで「東側」とか「敷地奥」とか書いてきたけど、たぶんよく把握できないと思う。
ぜひ把握してほしいので図解した。
意気込んで図解したが、やっぱりよく分からないか。空間の感じを伝えるのってむずかしいですね。
ほんと、みなさんぜひ実際に見に行ってほしい。
やぶれかぶれで、分かりやすくなるかと思って、駅からの通りに面した商店街とその上の住宅面を、
防火帯建築の記事の時のように一枚の写真につないでみた。
こうみえてつなぐのたいへんだったので、これまた
防火帯建築の記事と同様、ご迷惑と思いますが横にしてより大きくご覧いただきます。
さて、さいごにひとつ思いついたことがある。
ここまでの「土地」っぷりなら、国土地理院の地形図で地形として扱われてもいいのではないか。
と思って見てみた。
いくら「人工"土地"」とはいえ地形として認定されるわけないじゃないか、とお思いかもしれない。
しかし、人工の土地なのに地形扱いされている例はあるのだ。
横浜の大桟橋。桟橋の名の通り、あれは人工物(なんせ下はホールなどになっているのだ)なのに、ご覧のように地形図に現れているではないか。
なんならディズニー・シーの「プロメテウス火山」だって山扱いだぜ!
浦安のあの張りぼての山が「山」なら坂出だって地形認定すべきではないか。国土地理院さんよ。
西台も平ら。うっすら高い(まわりより1mほど高い)のは、車両基地として整地したのが地形として現れていると思われる。
そろそろ、うどんだけじゃなくてここをアピールした方がいいんじゃないか、香川。
映画のラピュタは「飛行石」の力で浮いていた。
でもぼくは、コンクリートの柱と梁で浮かんでいる方がずっとかっこよくて奇跡的だと思う。
くどいようですが、ほんと見れば見るほどふつうの地面っぷり。また行きたい。