雑魚・オブ・雑魚はとっても綺麗
雑魚の中の雑魚とあって、その魚は割と日本中のどんな川にもいる。
ある程度清浄な川なら街中でも普通に見られる。
網の二刀流で挑む。この後苦戦を強いられ、ズボンの裾を濡らすまで入水することに。
川を覗きこむと、ちょろちょろと小魚が泳いでいる。カワムツをはじめ、どれもこれもまさに「雑魚」扱いをされるような魚たちだ。
手当たり次第に掬った雑魚のアソート。実は、この中にも表題の「学名:雑魚」は紛れ込んでいる。
その中に、ヒレの端が赤く染まった一際目立つ魚が紛れている。
いた! こいつだ! ザコがいたぞ!!
見つけた。これこそが求めていた「雑魚・オブ・雑魚」。
両手に持ったタモ網で、追い込むように捕らえる。
これが「Zacco platypus」ことオイカワ(♂)。綺麗!
体側に滝のような青い帯の入った魚が網に収まった。頭は黒く、ヒレのエッジは赤く、尾ビレの付け根は黄色く染まっている。とても綺麗だ。
この魚の和名はオイカワ。コイ科に属す魚で学名は先ほども書いた通り、かつては雑魚からとった「Zacco platypus」というものがあてられていた(もともとは海外に産する近縁の別種にあてたものであり、オイカワはとばっちりらしいが)。ザッコ!ザッコて!
しかし、ごく近年になってこの学名は改められている。分類自体がオイカワ属(Zacco)からハス属(Opsariichthys)へと見直され、新たに「Opsariichthys platypus」の名が与えられたのだ。
改名の裏に「雑魚はいくらなんでも…」という憐みの声があった…というわけではなさそうだ。
水中だとヒレを綺麗に広げてくれる。
だが、学術的にある意味で「雑魚認定」されてきたのは事実。
「こんなに綺麗な魚が雑魚なんて!」という声が聞こえてきそうだが、この美しい姿はあくまで一時のもの。青を基調とした派手な体色は、初夏~夏の繁殖期にだけ現れる「婚姻色」というもので、他の時期はもっと控えめな容貌である。…それはそれで渋いかっこよさがあるのだけれど。
繁殖期には婚姻色だけでなく雄の顔に「追い星」という白い点々ができるのも特徴。眼も虹色で美しか~。
また、雌は繁殖期にあってもさほど派手にならない。この時期は一見すると雌雄で別種の魚に見えてしまうほどだ。
オイカワの雌。婚姻色は雄より控えめ。
雄の顔が真っ黒なのに対し、口紅を引いたようなかわいらしい顔立ち。
繁殖期なら雌雄を判別し損ねることはまず無さそう。
ところでこのオイカワ、雑魚とは言いつつ体長は十数センチほどあり、なかなか食べでがありそうに見える。
何匹か持ち帰り、試食してみよう。味まで取るに足らないものなのだろうか。それはそれで良いが。
これほど綺麗な魚もそうそういない。捕まえて眺めるだけでも楽しい。
この手の魚は鮮度が命。すぐに下ごしらえをする。オイカワは藻を食むので内臓が苦いと聞く。そのため、小さくとも内臓は綺麗に取り去り、仕上げに軽く酒をまぶして洗う。
雑魚のくせにそこそこおいしい
料理はシンプルに塩焼きとから揚げだ。
追い星って剥がれるんだ…。下ごしらえの際に気づいた。
雑魚ことオイカワの塩焼き
雑魚ことオイカワの唐揚げ
味は一言で表すと「普通においしい」という感じ。身はみずみずしくて、ホロホロと崩れる。味はあまり個性的ではなく、ごく普通な白身の小魚と言ったところ。ただ、ハラスがちょっと苦かった。川魚らしい香りもほんのりと。
これ、キャンプとかしながら川遊びついでに捕まえて、野外調理で食べたらすごく良さそうだ。楽しいし。
悪くない!
なお、オイカワは夏に味が落ちるという話も聞く。これは川底に茂った藻を食べて内臓が苦くなるタイミングと繁殖のために精巣・卵巣に身の脂肪や栄養を奪われる時期が一致してしまうためだろう。
今回はまさにその最悪のタイミングだったわけだが、それでもそれなりにおいしく食べられた。冬場はどこまで味が上がるのか興味深いところだ。寒くなったら試してみよう。
「おいしい魚」という学名を持つ魚、ハス
ところで、さきほどオイカワの新しい分類が晴れてオイカワ属「Zacco」からハス属「Opsariichthys」に変更されたと書いた。
Opsariichthysという名はラテン語で「かなり美味なもの」を指す「opsarion」と「魚」を指す「ichthys」の組み合わせからなるものである(って本に書いてあった)。
つまり、「かなりおいしい魚」という意味になるだろう。Zaccoと比べると、オイカワもずいぶん良い名を手に入れたものだ。
「美味しい魚」の代表格がいる琵琶湖へ。
とはいえ、オイカワの「Opsariichthys」襲名は分類学的な後付である。たしかにそこそこ美味かったが、この名はオイカワの味の良さとは一切関係が無い。
では、オリジナルの「Opsariichthys」はどれほどおいしいというのか。気になる。
ということで「Opsariichthys」の代表格である「ハス(Opsariichthys uncirostris)」という魚が生息する琵琶湖へとやって来た。
海にしか見えない…。
わりとどこにでもいるオイカワと異なり、ハスは琵琶湖の固有種である(最近はアユの放流に混じって各地で見られるようになってきているが…)。
琵琶湖は広い。そして、ハスという魚はオイカワよりも大きくてすばしっこい。そのため、オイカワのようにピンポイントで見つけて網で掬うという捕獲法はあまり現実的ではない。
ということで助っ人釣り師のIさんの助言の下、ルアーフィッシングで狙うことになった。
開始するや否や、即座に釣り上げるIさん。
Iさんが言うには「琵琶湖に注ぐ河口周辺で、キラキラしたルアーを使うといい」とのこと。
こんな感じですかー?とIさんの方を振り向くと、その手にはすでに魚が。早いな!
これが「おいしい魚」ことハス。シルエットやカラーリングはオイカワに似ているが…。
流線型の身体、長く伸びるしりビレ、淡いながらも美しい青みを帯びた婚姻色。二回りほど大きいが、オイカワによく似た魚である。ある一点を除けば。
ハスの学名はフルネームだと「鍵型に曲がったくちばしを持つかなりおいしい魚」
なんかキミ、顔怖くない?
オイカワとは顔立ちが違いすぎる。あちらはおちょぼ口の可愛らしい顔だったが、こちらは大きく裂けた口がいかにも「肉食っす!」という感じ。真横から見ると、ちょっとサケのようでもあるが…。
(°~°)みたいな顔してんなお前。
正面から見ると、唇が波打つように湾曲して段を作っている。あまり似た例の無い、かなり個性的な顔をした魚だ。
口を開けるとこんな感じ。やはり追い星があるが、なんだか無精ひげのようにも見える。
変わった顔だが、なかなか男前でもある。
ハスはコイ科魚類では珍しい生きた小魚を専門に食べる魚である。
普通、こういう食性の魚には食いついた魚を捕らえて逃がさないための牙が生えているものだ。
しかし、コイ科の魚はハスを含めそもそも口に歯を持たない。そこでハスは魚食に特化する進化の過程で顎自体の形を変形させ、歯が無くても獲物をグリップできるこの口を獲得したのだ。
正面顔も見ようによってはかわいい。
なお、学名Opsariichthys uncirostrisの「uncirostris」は「鍵型に曲がったくちばし」を意味するらしい。
名は体を表すんだなあ。味も表してくれているといいな。
いかにも泳ぎの得意そうな身体つき。その動きの俊敏さから「早子(ハス)」と呼ばれるようになったとも。
雌がなかなか捕まらない
さて、せっかくだから自分の手でも捕まえてみたい。
Iさんは、湖面に目を凝らすと時折水面に波紋や飛沫が上がるのでそこにルアーを投げ込めとアドバイスをくれた。これはハスが小アユを水面へ追い立てて捕食しているのだとか。
僕にも釣れた!
ハス釣り、楽しい!なぜなら簡単に釣れるから。
Iさんのアドバイスを試してみると、面白いようにハスがルアーに食いついてくる。
しかしそこからが意外と難しく、慌てて強引に引っ張り上げようとすると釣り針がポロポロと外れてしまう。その辺りに腕の差が出るようで、僕が次々捕り逃すのを尻目にIさんはポンポンとハスを釣り上げていく。
あっという間に試食分は確保!でもなぜか雄ばかり。
だが、不思議なことに10匹以上釣ってもなぜか雌が一匹も混じらない。すべて雄なのだ。
ハスもオイカワと同じくこの時期になると婚姻色が出るので雌雄を見間違うことはない。雄と雌で別々の群れを作って行動しているのかもしれない。
ようやく釣れた雌は全身銀一色。
その後、ようやく雌を一匹釣り上げることができた。身体こそ銀色だが、顔立ちは雄と同じくやはりハスのそれ。
嘘か本当かハスは雌の方がおいしいという話を聞いたことがある。この機会にぜひ雌雄を食べ比べてみようと思った。…が、この雌はすでにお腹が卵で膨らんでいて、食べてしまうには忍びなかったのでリリースすることに。
真偽の確認はまたの機会に持ち越そう。
雌雄を並べてみると、やはりその差は歴然。
たしかに結構おいしいが…
さて、いよいよ「おいしい魚」を食べる時が来た。メニューはやはり塩焼きとから揚げ。名前負けしていないといいが…。
ハスの塩焼き
ハスの唐揚げ
ちなみに調理後の姿で申し訳ないが、オイカワとの体格差はこんな感じ。下手するとハスの餌サイズだな。
肉質は柔らかめであるが、オイカワと比較するとかなり繊維質で引き締まっている。肉の旨味もしっかり感じられ、クセが無い。おそらく、藻類などにおいの元になるような餌を一切食わないためだろう。皮の香ばしさも上品で良い。
個人的にはオイカワより好みだった。ただ、肉にコイ科特有の枝分かれした固い小骨が無数に入り込んでいて食べづらいのはちょっと残念だったかな。
なるほど。なかなか美味しゅうございました…!
枝分かれした小骨に悩まされる。コイ科の魚を食べる際の悩みのタネ。
結論として、ハスは間違いなく味の良い部類に入る川魚だと言えそうだ。
が、しかし。学名に採用されるほど飛びぬけて美味いかと問われれば、ちょっと言葉を濁してしまうかもしれない。というのは単純に、他にもおいしい魚がたくさんいるからだ。ハスの生息する琵琶湖だけでもビワマスやアユなど抜群に美味い魚がいくつも生息している。
まあ、どんな魚が好きかは個人の好みによるところも大きい。おそらく、この学名を考案した人はクセの無い上品な白身魚が好きだったのだろう。
学名って実はとても大事
今回は魚の学名についてフィーチャーした企画だったが、そもそも学名とは、ある生物を指す世界共通の名である。
乱暴な話をすると和名は多少の表記ゆれや複数の別名が存在してもたいした問題にならないのだが(例:ナマズとマナマズ、オオメジロザメとウシザメなど)、学名は絶対に一つでなければならない。
そもそも生物というのは国、地域、あるいは世代で様々な名で呼ばれがちなもの。そんなに呼び名がいくつもあると学問の場では混乱をきたすため、それらを統括する一つの学名を定めておく必要があるからだ。
だから、生物に学名を与える場合は慎重に、真剣に、理知的に事に当たるべき…なのだが、なぜか面白い、あるいは不思議な学名が多数存在してしまっている。では、また何か「いい感じの学名」の生物を見つけたら報告したいと思う。
オイカワは夜に寝ぼけているところを狙うと簡単に掬える。ただし、それだと綺麗な体色を上手く撮影できないのが残念。