渋谷の公園のしげみにて。手だけさされて比較しよう
蚊に血をさしだすこと
6月の終わりの渋谷の公園の茂みにて。かゆみの条件をととのえるために、合羽をはおって手だけねらわせた。
蚊よ、さあ吸え、おれの血を。おれの手を好き放題、吸え。
そう思って蚊の前に手を出したが、草の先がわずかにふれただけで思わず手がふるえた。こんなことでも自分の血肉を差し出すというのはできないものである。
思い出されるのは血をぬかれると話題になった明治期の徴兵制のこと。あのとき応募した人はえらい。
プンプン飛んでいるのだが、手によりつかない
最近の蚊の草食性について
午後四時。おかしい。おそるおそる出す手に蚊がよりつかない。シュロの木の根本には確認できるだけで4匹いた。あった、銀座だ。
さっそく蚊銀座に手をさしこんでかるく銀ブラしてみたのだが、これがまったく銀ブラにならない。蚊たちがよけていく。
草食系男子に手をさしのべる女性もこんな気持ちなのかもしれない。
「もう、男の子って鈍感なんだから」
そんなかぼちゃワインみたいな心境もここではじめて理解できた。
しかし草食男子はいいが、蚊が草食系となると生態系がかわってしまうので、地球があぶなくなる前に早く吸ってくれないかなと思う。
「蚊 さされたい」で検索しはじめた
検索の結果、ものすごい変態が見つかった
両手両足出して運動で体温をあげる
ようやく「いらっしゃいませ~!」
ようやく刺してくれた
はだしになって運動をして、ようやく足にぴとぴと蚊がとまりはじめる。蚊にさされて満足感を得たのは生まれてはじめてだった。
刺された箇所をマジックでマークして、実験開始。50℃のお湯をかけてみよう。
50℃のお湯をかける
(蚊の毒が変性する・Twitter情報)
さあ、50℃のお湯をかけてみよう
あつう
50℃のお湯をかける
50℃のお湯をかければかゆみはおさまる。その論拠は、50℃で蚊の毒のタンパク質はこわれるためだそうだ。
実際にやってみると50℃はかなり熱い。2秒以上かけるのが苦痛なので数回にわけてトータルで10秒くらいかけてみた。
効果はどうだろう……効いた気もするがもう一つの50℃説があるのでそれもやってみよう。
ブラシでこすって50℃のお湯をかける
(血流が下がる・米wikipedia情報)
新50℃説。説の新しさは関係なくあいかわらず熱い
ブラシでこすって50℃のお湯をかける
実はこの50℃説、すでにネット上で否定されていた。
[参考] 人力検索はてな 「蚊に刺された時は、熱でかゆみ成分が破壊されるので、刺された箇所を暖めると良い」 と聞いたのですが、科学的に正しい説明でしょうか?
ここではかゆみの原因物質であるヒスタミンが50℃でこわれないとしている。
そしてなんと新しい50℃かゆみ止め説が紹介されている。「ブラシでこすって50℃前後のお湯をかける」というかゆみ止めが英語版Wikipediaに載っているらしい(※)。
こちらは蚊の毒を変性させるのではなく、血流を下げるからということだが……実際にやってみるとブラシはほとんど意味がなさそうで、またも50℃のお湯が熱かった。
効果も同様である。
熱かった部分がじんじんとしてかゆみがおさまった気がする。
さあ体感では効果があったように思うのだが、これはどういうことなのだろう? 専門家にきいてみよう。
※ 実際に英語版wikipediaをみてみると該当部分は削除されていて代わりにティーツリー油が効くと書いてあった。あんまり信用ならない。
あれ? ジ~ンとしたが、かゆくないんじゃないかこれは
それはかゆみより熱さでは?
蚊のかゆみについて害虫防除技術研究所所長の白井良和さんに話をうかがった。
――50℃くらいのお湯をかければ蚊のかゆみは止まりますか?
「50℃はちょっと微妙なんですよね。60℃とかだと火傷に近い痛みでかゆさを忘れると思うんですけどね。40℃とかのお風呂に入るとよりかゆみが増してしまうでしょ。50℃がどうかというと実験してみないとなんとも言えないですね」
――実際にやってみたらジンジンしてかゆみが止まったように思うんですが、これは熱さにまぎれてるということですか?
「そうです。かゆみよりも熱さを感じている状態
ですね」
サンプルが少ないので助っ人を呼んだ。舞踏家(を呼ぶ必要はないが)のトチアキさんが、刺した蚊を筋肉で止める技を披露
蚊の毒が入ったらもうおそい
――蚊の毒が変わるというのは?
「タンパク質が変わるというのは今までにそういう報告がないので調べたことがないですね。
ただ、蚊の唾液(毒)が体に入ってしまえばもうどうこうしても遅い
んですよね。
蚊の唾液が体に入ったアレルギー反応でかゆくなるので。その後、お湯をかけても蚊の唾液は取り除けず、アレルギー反応が出てればかゆみはひきつづきあるはずなんです。 」
どうやら泥棒(蚊の毒)に反応して警報(かゆみ原因)が鳴り、泥棒が退室しても警報なりっぱなしで警備員(かゆみ)来るみたいなことのようだ。
――刺されてすぐなら意味あるんですか?
「ふつう気づいたときにはもう大分経ってますよね。すぐだとしても、唾液を変性させたところでアレルギー反応は出るから私は関係ないと思うんですが」
蚊のいる茂みに足をつっこむ、地獄の足湯みたいな状態
40℃だとよけいにかゆくなる
――ブラシでこする方の説は?
「血流がさがるかどうかはちょっとわからないですが、本当に下がるならかゆみが抑えられる可能性はある。
お風呂に入ると血行がよくなりかゆくなるのでその逆ですよね。全くなくなるわけじゃないでしょうが……まあ実験しないとわからないですね。」
総合的に考えると、軽いやけどによってかゆみを忘れる可能性はある。毒は体に入った時点でどうしようとも意味がない。
ところで50℃以上のものをすぐ用意するのは難しいかもしれない。検索だとたばこの火を近づける説も見かけたが、手軽なのはそれだろうか(やけどしそうだが)。
・50℃のお湯をかける(蚊の毒がこわれる)
・ブラシでこすって50℃のお湯をかける(血流を下げる)
→体感では効果あり、別の根拠「熱さでかゆみを忘れた」から
やはり50℃は熱いらしい。だが効いた気がするといっていた。
セロテープを貼る
(空気にふれてアレルギー反応が出るので)
なにかやってやったぞという感覚だけは強い
セロテープ、さらにかゆくなってくる
50℃以外の説もためしていこう。
調べてみると、ばんそうこうを貼る、いやそもそもセロテープを貼るだけで効果があるという話が出てきた。
実験してみると、テープという形が残るので満足感は高いものの、まったくもってかゆい。体のうごきとテープの摩擦でよけいにかゆさが意識されるほどだ。再び害虫防除技術研究所の白井さんに聞いてみた。
――セロテープはどうですか?
「そういう話があるのは知ってますが空気にふれるふれないはアレルギー反応と関係ない
はずなんですよね。実験しないとわからないですけど」
実験してみて効果がなかったのでこれは無視してよいだろう。
・セロテープを貼る
→効果なし、根拠なし
石けんの泡をぬりこむ
(酸性の毒にアルカリ性で中和)
泡だけぬりこむとニュルニュルで不快感が高い
中和説はあやしい
蚊の毒が酸性なのでアルカリ性の石けんをぬりこむと中和されていいらしい。
――石けんはどうですか?
「中和という話も聞くんですけど、文献見ても蚊の唾液アピラーゼが酸性か中性かアルカリ性かもわからないんです。
それに組織に入ったものを全部中和できるとは到底おもえない
ですしね」
蚊の毒を除去するタイプの話は基本的には全部あやしい。かゆみが出たあとでは遅いからだ。
蚊にさされたあと、石けんで洗ったりしてもまだかゆかった経験はみんなあるんじゃないだろうか。
・石けんをぬりこむ
→効果なし、根拠なし
塩をぐりぐり。かゆい
ポイズンリムーバーでも取り出せない
次は塩。塩の浸透圧で毒が出ていくらしい。
50℃以外の方法の本命がこれだ。蚊のかゆみで検索をかけるとかなりの数の意見が出てきて、読んでるうちにきくにちがいないと思いはじめた。
そして実際やってみてだまされたことを知った。将来的に高価なふとんとか買うタイプだと思う。
――塩の浸透圧で毒が出る?
「蚊の唾液というのは何マイクロリットル。わずかすぎて皮膚の中に入ってしまうと出せないですね。
たとえばハチの毒をとりだすポイズンリムーバー(注射器みたいな毒を吸い出す器具)を使っても蚊だととりのぞけないんですよね。皮膚を切除しないといけないと思います。」
ポイズンリムーバーで蚊の毒を出せるという話もあったのだが、これもあやしい。ここでも一番最初の「かゆくなってからだともう遅い」話が適用されるし……
・塩をぬる
→効果なし、根拠なし
栄養ドリンク瓶に入れてきた酢。くさい。室内で塗るには抵抗がある
まるでだめ
酢には「殺菌作用がある」説と「酸性なので蚊の毒を中和させる」説がある。やってみるとかゆみはまだまだ元気。
――酢の殺菌作用は?
「殺菌は関係ない
ですね。中和もね、蚊の毒のph値がわからないし」
殺菌が関係ない今、石けんと同じくボツにしてもいいだろう
・酢をぬる
→効果なし、根拠なし
もう片方の手を冷やす
(冷たさでかゆみを忘れるため)
凍らせてきた保冷剤をいくつか持つ。手が冷たいのはけっこうつらい
直接冷やしたらどうか
ためしてガッテンで紹介していたのは「もう片方の手を冷やすと、かゆさより冷たさの方が強いのでかゆさを感じなくなる」というものだった。
実際やってみたら冷たいのはけっこうつらい。それに刺された箇所がかなりの数になってるので、かゆさを忘れたとは言いがたい。かゆいぞ。
――もう一方の手を冷やすのは?
「2011年にそういうテレビ番組をやったときに多少効果があったようなんですね。冷たいという刺激が脳にいってて、かゆみを忘れるというような。
ただ、裏ワザ的に紹介してるのでもう片方の手でとなってますが直接冷やせばいい
ですね 」
どうやら体の感覚の話なので白井さんの専門外のことのようだが、間違ってはないようだ。
・もう片方の手を冷やす
→効果は微妙、脳は冷たさを優先させるが
水で洗うだけでいいという話
氷がいいらしい
水で冷えるとアレルギー反応がおさまるという話。今まで蚊にさされたところを洗ったりしてきたが、そんなに効果あった気もしない。
――水で冷やすとアレルギー反応がおさまるんですか?
「それもおかしいかな。水で冷やしただけでアレルギー反応はおさまらないですね。冷たい刺激がかゆみにとってかわるならわかりますね 」
――やはり冷すこと自体いいんですか?
「『かゆみ最前線』という本では痛み刺激と冷刺激がいい
と書いてますね。爪でバッテン? そうです、それが痛み刺激ですけど叩いたりひっかいたりしてあまりよくないから冷刺激が推奨されてますね」
――バッテンつけたりってかゆみが広がるんじゃないですか?
「かいたらひろがるというけども、それは特に根拠がない
んですよね。
ちょっとかけばよりかゆくなるというのは経験的にわかるんですけど、毒が拡がるということはないと思います」
・水で冷やす
→効果なしだが氷なら効果あり、脳は冷たさを優先させる
かゆみ止めの薬
(抗ヒスタミンでヒスタミンをとめる)
スッとさせる成分(メントールなど)とかゆみがおさまる成分(抗ヒスタミン)が入ってる。
結局、薬しかないのか
一応ムヒも塗ってみた。スッとしてかゆみがおさまる。すばらしい安定感。
――かゆみ止めは市販の薬にたよるしかないんですかね?
「まあ、それしかないですね。抗ヒスタミン剤が入ってるものですね。抗ヒスタミン剤が入っておらず、刺激が強いもの、爽快感のあるもの、しみるものが入っていて、かゆみがまぎれて、効いた気がするものもあるんです 」
お酒を飲むと体温があがってさされやすくなるらしい
専門家はさされたらどうしてるのか?
――白井さんは刺されたときどうしてるんですか?
「私の場合、実験でよくさされてますので、ほっとくとすぐひくんですよ。最近珍しくひどくかゆかったことがあるんですけど、そのときはムヒとかそういうものを塗りました
」
――よく刺されているとすぐかゆみがひくっていうのは、アマゾンの原住民は蚊にさされすぎてかゆくなくなってるみたいな話ですか?
「アマゾンの人に話聞いたことがないからわからないですけど、蚊のかゆみ反応については刺された経験によって5段階あるんです。
1段階目は無反応。2段階目は遅延反応、ぶりかえしですね。乳幼児は刺されてすぐはかゆくなくて、一日たってからぶりかえしのかゆみがあります。
3段階目は即時反応と遅延反応、ふつうの人。さされてすぐのかゆみと、ぶりかえしのかゆみがあります。
4段階目は即時反応のみ。5段階目はまた無反応になります。アマゾンの方が5段階目になってかゆくなくなる
というのは考えられますね」
蚊にさされるとどんどん次のステージへ。どうやら専門家はさされすぎてそもそもかゆくなくなるらしい。
酒をのむと、とたんにどうでもよくなってくる
聖なる世界がある
――白井さんは4段階目なんですか?
「そうですね、もう即時反応のみでお風呂に入るときにはもう蚊にさされたのかわからないくらいになってますね。
私の先生たちは刺され慣れして年齢も重ねて、無反応に近い状態になられてます。
私もゆくゆくはそうなる可能性がありますね 」
――聖人みたいですね
「ウケるように書けばそうですけどね」
ウケたい。ウケたいので書くが、蚊のかゆみについてはどうやら聖人の域があるようだ。今後の人生この性格では聖人になれるはずもない。せめて蚊の反応だけでも聖人になってみたいものである。
・薬をぬる
→効果あり、抗ヒスタミン剤がかゆみをおさえる



・50℃のお湯をかける
・ブラシでこすって50℃のお湯をかける
→体感では効果あり、熱さでかゆみを忘れる
・セロテープを貼る
→効果なし、根拠なし
・石けんをぬりこむ
→効果なし、根拠なし
・塩をぬる
→効果なし、根拠なし
・ポイズンリムーバーで吸い出す
→効果なし、根拠なし
・酢をぬる
→効果なし、根拠なし
・もう片方の手を冷やす
→効果は微妙、冷たさでかゆみを忘れる
・水で冷やす
→氷なら効果あり、冷たさでかゆみを忘れる
・薬をぬる
→効果あり、抗ヒスタミン剤がかゆみをおさえる
以上が結果である。なんと夢のない一覧だろう。
蚊のかゆみに対しては「薬によるヒスタミンおさえ」と「刺激によるまぎらわせ
」しかないのだ。50℃のお湯は効くのかの答えは、後者の熱さの刺激でいくらか効果ありだといえる。
だがもっといえば、氷があればいいし爪でバッテンでもいいらしい。
インターネットができて情報があふれ、SNSでさらに加速度をました。検索すると、あっという間にかゆみ止め情報の宝の山ができあがる。
そして二時間の実験の結果、残ったのはムヒと氷と爪バッテン。一体わたしはなにをやっていたのだろう。狐に化かされて葉っぱの宝の山に喜んでいたのだ。いやあ、まんじゅううまかった(馬の糞)。
ところで、今回の実験においてさほど強烈なかゆみがあったわけではなかった。
「初夏のころと秋のころでは経験的にはかゆみがかわりますね。初夏の方はかゆくなくて、秋になるとかゆくなると思います」
シーズン本番はこれから。せっかく効果を体感できた50℃説なのだからすててしまうのももったいない。実証をかさね、火傷以外の新しい根拠がうまれることを期待したい。