海底トンネルの緊急避難路に入る
東京湾アクアラインといえば、神奈川県の川崎市と千葉県の木更津市を結ぶ高速道路の事である。
全長約15kmのうち、川崎側の約10kmが海底トンネル、木更津側の約5kmが橋梁となっており、その接続点には「海ほたる」と呼ばれる人工島が設けられている。
今回はそのうち海底トンネルの緊急避難路を見学させていただけるとの事だ。緊急避難路とはその名の通り、万が一海底トンネルで事故が起こった場合に避難する為の通路である。
集合場所は海ほたるなので、川崎駅からバスで向かう
工業地帯からアクアラインの海底トンネルに突入だ
バスは10kmのトンネルを疾走し、いざいざ海ほたるへ
川崎駅を出てから35分、バスはトンネルを抜け海ほたるに到着した。意外と早く着くものである。
私は東京湾アクアラインを通った事が無く、当然ながら海ほたるに来るのも初めてだ。わくわくしながらその入口を潜った。
海ほたるはパーキングエリアのようである
最上階にはお店が並び、お台場のような雰囲気だ
海上に浮かぶ船をイメージしているのであろう、海ほたるは白を基調としたデザインの、開放的な建物だった。
天気が良い日であったのでぽかぽかと暖かく、吹き抜ける潮風が気持ち良い。周囲を海に囲まれたロケーションの良さもあってか、平日なのにも関わらずかなりの人出で賑わっていた。
せり上がって海ほたるに到達するトンネルの様子が良く分かる
海ほたるからは橋となって木更津へ向かう
さて、いよいよ海底トンネルの見学である。NEXCO東日本の職員さんに先導され、駐車場を抜けてそのさらに奥へと進んで行く。
巨大な駐車場の雰囲気も良いものだ
明るい地上から階段で一気にトンネルの深さまで下りる
鉄とコンクリートの機能美である
階段室から出てさらに重厚な扉を潜ると――
うぉお、川崎まで延々続く海底トンネルの緊急避難路に出た
この緊急避難路に入った瞬間、私のテンションは最高潮に達した。
いやはや、これは凄い。いくら目を凝らしても果てが見えず、ただ無機質なコンクリートとそれを照らす照明がどこまでも続くだけ。じっと見ていると奥へ吸い込まれてしまいそうだ。
海底トンネルにこのような通路が存在するとは。道路を通っただけでは分からない、まさにアクアラインの裏の顔である。
緊急避難路は道路の下
まるで秘密の地下研究所のような雰囲気の通路を歩いていると、上部から「ガコン、ガコン」という鈍い音が聞こえてくる。車が橋の境などを通った時に鳴る、あの音だ。
そう、この緊急避難路は海底トンネルの道路下に存在するのである。
この通路の上を車が走っている
なるほど、図を見れば一目瞭然だ
アクアラインの海底トンネルは、シールドで掘削されたチューブ状のトンネルである。その断面は円形であり、つまりは道路が敷かれているその下にも空間が存在する。アクアラインでは、そこが緊急避難路として利用されているのだ。
また緊急避難路内では常に風の流れを感じるのだが、これは人工的に空気を送り込んで気圧を高めている為である。たとえトンネル内で煙が発生したとしても、気圧差によって緊急避難路には煙が流れてこない仕組みなのだ。まさに安全地帯というワケですな。
高速道路でよく見かける非常電話も完備
へー、内部はこうなっているのか
この非常電話は受話器を持ち上げるだけで繋がるそうだが、日本語を話す事ができない人などの為に、「故障」「事故」「救急」「火災」といった状況を伝える為のボタンも備わっている。
いろいろ考えられているものなのだなぁ、とつくづく感心するばかりである。
給水設備の配管やバルブがカッコ良い
いやぁ、ほれぼれしますな
とまぁ、海底トンネルにはこのような避難設備が存在する事がお分かり頂けたと思う。では、もしトンネル内で事故が発生した場合、どのようにしてこの通路まで逃げるのか。
その答えこそが、ズバリ、滑り台なのである。
滑り台はバリアフリー
なんでまた避難経路が滑り台なのかと思うかもしれないが、これは足の不自由な人でも問題なく逃げられるようにとの事である。
階段より滑り台の方が楽しいからとか、そのような理由では決してない。バリアフリーな設計なのだ。
S字のカーブが美しい滑り台である
むむむ、ここはちょっと滑ってみたい所である。だがしかし、これは緊急脱出用の滑り台。興味本位で滑って良いものか。
滑りたい欲求にかられながらもそれを言い出す事ができず指をくわえて見ていると、案内の職員さんから一言、「登っても良いですよ」。ありがたい天の声が降ってきた。
というワケで、遠慮なく登らせていただく
滑り台の傾斜はなかなかに急だ
滑り台を登った所の避難口はかなり狭く、そして滑り台は下から見るよりも傾斜が結構急である。
これがもし滑り台ではなく階段だとしたら、頭をぶつけたり階段を踏み外してしまうに違いない。緊急時はパニック状態な事を考えると、将棋倒しになる可能性も考えられる。
なるほど、確かにこれは滑り台であるべきだ。非常に合理的な設計である。
避難時の神妙な面持ちを意識して滑ったら、ドヤ顔になった筆者
同行して頂いた編集部の安藤さんも、もちろん滑る
さて、この滑り台は車道から避難する為のもの、いわば下り専用である。それとは別に、消防士さんが現場に駆けつける為のスロープも存在する。
スロープにはスリップ防止の為のギザギザが刻まれてはいるものの、こちらもまたかなり急であり、登るのに結構苦労した。まぁ、普段から体を鍛えている消防士さんならば、問題ない傾斜なのだろうが。
消防士さんがホースを持ってここを登るのだ
こちらもまた、スロープの上の空間は狭い
このドアの向こうが車道である
緊急避難路の照明は普段消されており、このドアを開ける事で自動的に照明が点灯し、管制室へ連絡が入るとの事である(なので、緊急時以外は絶対に触れてはいけない)。
東京湾アクアラインが開通して15年が経ったが、幸いにもこのドアが開かれるような重大事故はまだ一度も起きていないとの事だ。
トンネルを出てモグラの気分を実感
さて、緊急避難路の見学を終えた私たちは再び海ほたるへと戻った。建物から出る際、職員さんはまず顔を手で覆い隠し、それからドアを開けた。
何で顔を隠すんだろうと思ったその刹那、ドアから射し込む日の光を受けて、目の前の世界が真っ白に飛んだ。何も見えず、ただ眩しいばかりおたおたする。「目が、目がー!」という台詞を地で行く瞬間であった。
日光&白い壁により目の前は真っ白だ
トンネルにいたのは一時間強の時間であったものの、目はすっかり暗所に慣れていたらしい。職員さんが顔を覆いつつドアを開いたのは、その事を知っていたからなのだ。さすがはプロ、挙動に抜かりがない。
外にはトンネルを掘ったシールドのモニュメントが展示されている
付いている歯は本物との事だ
アクララインのトンネルを掘ったシールドは直径14.14m。このモニュメントはその実寸サイズを示しているという。私たちは先程まで、この円の下3分の1の部分にいたのだ。
緊急避難路を歩いていた時には結構広く思えたが、こうしてシールドのサイズを眺めてみると、やはり狭いスペースを最大限に利用しているのだという事が良く分かる。
続いて案内して頂いた車庫。何が出てくるのだろうと思いきや――
なんと、小型の消防車である
天井の低い緊急避難路は、通常の消防車だと入る事ができない。その為、海ほたるには小型の消防車が用意されているのだ。
海ほたるまで通常の消防車でやってきた消防士さんは、緊急避難路に入る際にこの小型消防車に乗り換えるのである。
これらの消防車はいつでも出動できるようメンテナンスがされており、その車体は新品同様にピカピカだ。
木更津所属だが、交通安全は川崎大師
事故は起こらないが一番
こうして一通りの見学が終わり、私は興奮が醒めやらぬまま職員さんにお礼を述べて海ほたるを後にした。
アクアラインの避難設備は想像以上にしっかりしたものであり、万が一事故が起こっても緊急避難路へ逃げ込めば大丈夫だろうという安心感が持てた。
もちろん、このような避難設備は一度も使われる事が無いのが一番である。だがしかし、あまりに見事なその設備を眠らせたままにしておくのはもったいない話だ。その点、今回のような見学の機会を設けていただいたのは、非常にありがたい事ですな。
海ほたるのラーメン屋は「陸5K軒」(木更津から5kmの所にあるから)。案内して下さった職員さんの話によると、かなりうまいとの事ですよ