プロのメイクさんにお願いしました
自分の顔にバンドメイクをやってみたいという、誰のためにもならないこの欲求を満たすため、友人のつてをたどって、プロのメイクアップアーティストである
坂田さんにお願いをした。数多くのバンドメイクを手がけている、本物のメイクさんである。
事前に打ち合わせをしたところ、ヴィジュアル系バンド風のメイクには、ざっくりと分けて男型と女型があるそうなので、女型が似合いそうなライターの斎藤充博さんも巻きこんでみた。
手前が被験者の斎藤さん、奥がメイクの坂田さん。
メイク当日、気分を盛り上げるために原宿駅竹下通り口で待ち合わせをしたのだが、ものすごい土砂降りだった。めげずに100円ショップへと向かう。
ここで一式メイク道具をそろえてもらい、今後は自分だけでもメイクができるようになれればと考えているのだ。私はどこに向かっているのだろう。
一瞬でいつもの倍の大きな目になる道具が100円ですか。
坂田さんに勧められるままに、12品の道具を購入。どれが何のための道具なのか、まったくわかりません。
ところで「ヴィジュアル系」という言葉だが、この言葉に対して、もちろん悪意は持っていない。
音楽がスピーカーから聞こえる音だけでなく、アーティストの写真から受ける印象であったり、ライブのパフォーマンスであったり、それらを伝える文章、あるいは伝説といった総合的なものから成り立っている以上、ヴィジュアルや世界観にこだわる事は大切だと思う。
それを理解した上で、その表面上のエッセンスだけをお手軽に真似してみたいのだ。
あ、コスプレ願望ってこういうことか。
まずはベースメイクから
メイクの場所だが、カラオケボックスでも借りればいいかなと思っていたら、坂田さんが母校である
総合学園ヒューマンアカデミーの一室を借りておいてくれた。
用意してもらった部屋が、広すぎて笑った。紅白の控え室か。
ありがとう、ヒューマンアカデミー。
これがメイク前の我々。現段階では、バンドよりもお笑い方向にベクトルが向いている。
メイクをする前に、「そのヒゲ、どうにかしてもらえますか」と強めの口調でいわれる。これでも朝、剃ってきたのだが。
しかし、これはあくまで想定内。用意してきたシェーバーでジョリジョリと髭を剃る。
私がやるのは男型のメイクだが、それでも髭は鼻毛並みに厳禁なのである。
ここから髭との長く険しい闘いが始まることとなる。
まずはコットンにとった化粧水で顔を拭き、その上から乳液をなじませ、化粧水に蓋をする。ここまでを化粧下地というらしい。
顔を拭いたコットンを「ほら、こんなに汚れている!」と見せられた。坂田さん、ドSだ。
続いてコントロールカラーというベースファンデーションで顔全体の色むらを消していくのだが、この頑固な髭がぜんぜん消えてくれない。
そこで100円ショップで揃えた化粧品だけでのメイクは諦め、ここだけ歌舞伎役者御用達メーカーの道具を使い、完成度の高さ優先で進めていくこととする。
この髭が憎い。
自分でこの化粧ができるようになるという願望だが、手順の多さと技術の特殊さに諦めた。
まったく料理をしたことのない人が、フランス料理のフルコースを一回食べて、それを作れるようになるのかっていう話ですね。
肌の色に合わせて、髭隠しの色を作っていくプロの技。
リキッドファンデーションをたっぷりと施し、顔の低い所にノーズアイシャドー、高い所にハイライトを塗って陰影をくっきりさせて、パソコンでいったら二世代前くらいの古臭さを感じる目鼻立ちをごまかす。
目尻や小鼻の脇など、誰にも触られたことのないような場所をいじられる。なんだか恥ずかしいですねといったら、「毛穴まで見えていますよ」と言われた。やっぱりドSだ。
さらにパウダーファンデーションを塗ったら、ようやく下地の完成だ。
どうかしら?
すごい、髭が消えた。ここまで50分掛かったが、肌がきれいで髭が薄い人なら、もっとスムーズにいくそうだ。
隣で見ていた斎藤さんが、「くっきりしてきた!イケるわ!」といってくれる。もはや元の自分の顔を思い出せない。
眉毛とアイメイクで顔は変わる
髭以上にやっかいだったのが、眉毛だった。ヴィジュアル系と呼ばれるバンドマンにとって、眉毛というものは整えるものではなく描くものだそうで、全剃りが基本らしい。
二人揃って全部剃ろうかとも考えたが、斎藤さんの「僕、明日面接なんです」の一言で、肌の色に塗りつぶした上から、新たな眉毛を眉墨で描く方向に。
隠しきれない眉毛にイラっとした坂田さんの、「あー、剃り落としたい」というつぶやきが怖かった。
続いては肝心要のアイメイク。アイライナーというペンでくっきりと縁取りをして、それをアイシャドーでぼかしていく。この世界では、目と眉毛の距離が、近いほど美しいとされているそうだ。
近くで見ると「何だこりゃ」の濃さなのだが、遠くから見ると、これでいいらしい。
来日したレディ・ガガみたいなまぶたみたいになっていませんか。
ステージ用ということで、このくらいの距離でちょうどいいメイクだそうです。武道館最前列くらいですかね。
口紅を塗られるのがまた恥ずかしい。「ンーマってやって」といわれる。ンーッマ!
最後はこの日のために伸ばしっぱなしにしておいた髪のヘアメイク。あ、頭痛が痛いみたいに書いちゃった。
中学生くらいからこじらせている天然パーマを、ヴィジュアル系メイクの必須アイテムだというストレートアイロンで更生させ、ポマードで艶を出し、目の細かいクシで「盛って」いく。まさか私の髪が盛られる日がくるとは。
エクストラハードと書かれたスプレーで、ガチガチに固定したら完成だ。
ここまでトータル一時間半の大仕事である。
「髪の長さはバッチリです!」と、今日はじめて褒められた。
斎藤さんは肌がきれい
女型のメイクをしてもらった斎藤さんだが、毎日牛乳石鹸で洗顔しているそうで、その肌の美しさを褒められていた。
「こういう顔は、メイクで全然変わるんですよ!この肌ならベースメイクなんかいらない!鼻も高いし、うらやましいくらい!」と、坂田さんもノリノリだ。なんだかとても悔しい。
メイクをする坂田さんが笑顔だ。
髭も眉毛も薄いので、メイクはサクサクと進んでいき、わずか30分ほどで完成した。
撮影をしてみた
メイクが終わったところで、おそろいの衣装を着て、坂田さんにそれっぽいものを撮ってもらった。
一年間の沈黙を破り、ヴィジュアル系ハイパーメディアユニットとしてリスタートを切ったTANDEM。
すごい。
誰だこれ。
バンドメイクというか、特殊メイクだ。
「ミツヒロが隣にいれば、何でもできる気がするんだ」
「俺のイメージをステージで表現できるのは、やっぱりユタカだけなんです」
「ファンがいるから、俺たちがいる。だからTANDEMっていう名前なんです」
「七色の毒霧、これが世界進出へのアクセスキー」
中身。
カメラを構える坂田さんに、「もっと動いて!表情を作って!」といわれて、こういう写真を撮られなれていないので、なにをどうしたらいいのか全く分からなかった。
壁にもたれかかったら、後頭部がガサガサっとして驚いた。ガチガチに固めた髪の毛の音だった。
写真を撮られるのって難しいですね。
なんだか鳥居みゆきみたいになってきた。
そのままの姿で外へ
そろそろ退室しなければならない時間となったので、メイクを落とさず、そのまま原宿から渋谷へと明治通りを歩いてみた。
だんだんとこの顔に慣れてきたので、この姿で外に出ることに抵抗がない。いや、むしろスッピンの方が恥ずかしいくらいの気持ちすらある。うそ、いいすぎた。
渋谷だったら目立たないかなと思ったが、わりと露骨に二度見されます。本望。
遅い昼飯にうどんを食べて、そのまま解散。このメイクのまま電車に乗って家に帰った。
電車の中、僕の隣の席は空いたままだった。
「二人とも、うどんが好きなんですよ。香川県をツアーしながら食べ歩くのが夢ですね(笑)」
「チーズ釜玉って、なんだか他人とは思えないんです」
「ネギと揚げ玉が入れ放題なんて、まるで夢の国みたい!」
「グルメレポーターの仕事?あはは、どんとこいですよ」
おまけコーナー
後日、サポートメンバーにライター木村さんを迎え入れて、この姿でライブをしてみました。
細かい説明は後回しにします。
「新生TANDEMの幕開け、見届けてください」
「ドラムが一番前というのは、C-C-Bのリスペクト」
「一年間もまたせてごめんね。もうどこにもいかないよ」
「やっぱりステージが俺たちの死に場所、そして生きる場所だから」
「演奏する楽器は、表現したい音楽に合わせて選ぶのがポリシー」
「音色でわかると思うけれど、あのバチ使いは少林寺拳法の動きなんです」
空想と現実の融合。
二人羽織でミュージシャンに演奏してもらう形式のバンド、
TANDEMというのを斎藤さんとやっていまして、それの第二回公演でした。
ライブ映像はこちら。
お化粧ってすごいですね
家に帰って化粧を落とし、鏡に写った自分の顔を見たら、なんだか魔法が解けてしまったような、寂しい気分にちょっとなりました。さようなら、俺のシンデレラタイム。
「スッピンで人前は無理」という言葉をよく聞きますが、その気持ちが自分で化粧をしてみて、ようやくわかった気がします。
このコップちゃんと洗ってない!って思ったけど、これ俺の口紅だ。(ミツヒロ談)