奇習カセ鳥と私
カセ鳥の存在を知ったのは、確か上山市に住んでいる友人のブログだったと思う。私は上山市に隣接した山形市に住んでいたこともあるのだが、カセ鳥の存在はまるで知らなかった。
なんでも小正月に遠い土地からやってくる、五穀豊穣・家運隆盛をもたらす年神様(カセ鳥)の来訪行事だそうで、カセ鳥となった若衆に祝い水を掛けることで、火伏せや商売繁盛を祈願するのだという。
山形は31年振りの大雪だそうです。
このような祭りは日本全国で行われていたのだろうけれど、今はほとんど廃れてしまっている。ここ上山のカセ鳥も、明治29年に一度は途絶えてしまったのだが、昭和34年に有志の手によって復活したそうだ。実際に体験してみると、よく復活できたなといろいろな角度から思う奇習だ。
こういう地域密着の祭りは、地元に縁とゆかりのある人がやるべきなのだろうけれど、 この祭りを知ったのもなにかの縁、山形に住んでいたというゆかりもある。ここは一発自分に気合を入れるためにも、藁の服を着て、冷たい水を掛けられてみることにした。
集合場所は旅館の一室。結婚式の余興の待合室といった空気で、すでに酒を飲んでいる人多数。
一応カセ鳥の存在を教えてくれた友人も誘ったのだが、「今年は本当に酷い寒さだよ。 かせ鳥するなんて自殺行為。」という返事が来たので、単身での参戦である。
酷い寒さ。その非日常な言葉に、ちょっとワクワクしている自分がいた。
全国各地からカセ鳥が集合
数年前は十数人まで減ってしまったカセ鳥の参加者だが、今年は28名と、私を含めて物好きが多い年のようだ。
上山の中学校で英語の先生をしている外国の方も、どういう誘われ方をされたのか知らないが、4名参加していた。女性も外国人と日本人の計2名が参加している。
カセ鳥の苛酷さを知る上山の人はほとんど参加していないそうで、山形県各地や、遠くは北海道や長野から集まってきているらしい。東京の人は東京タワーに登らないみたいな話だろうか。
「遠い土地からやってくる神」という意味では、地元の人より観光客の方が、カセ鳥に向いているのかもしれない。
参加者の約半数はカセ鳥初体験ということで、まずは旅館の廊下で簡単な練習をおこなう。
カセ鳥は独特な歌と踊りがあるのだが、その練習時間は10分程度。全体的にあやふやなままだけど、藁を着てしまうと誰が誰だかわからないからまあいいか。なんて考えているとバチがあたりますね。
結婚式の余興でヤングマン(YMCA)でもやるくらいの練習量だが、きっと本番で繰り返しやっているうちに、何かが降りてくるのだろう。
神様への道のり
参加者に一人も知っている人がいない中、保存会が用意してくれた白い下着と軍足を履き、地元のお姉さんにさらしを巻いてもらい、藁から身を守るため、全身にたっぷりとアロエクリームを塗ってもらう。
さらしって初めて巻いたけれど、気合いが入りますね。やっぱり格好って大事だ。
さらにおねえさんから、「乳首を守らないとだめよ!」と強い口調でいわれ、絆創膏(山形だとカットバンといいますね)をニップレス代わりに装着する。
去年、藁で擦れた乳首から血を流したという人は、テーピング用のテープでこれでもかとガードしていた。そこに不参加という選択肢はなかったのだろうか。
外国人参加者の「なにか騙されている感」がすごい。
ベンチコートを羽織ってわらじを装着。気持ちが高揚しているためか、それほど寒いという感じではない。
雪用のしっかりとしたワラジを着用。かっこいい。
この祭りは5時間に及ぶ長丁場。現在の気温はマイナス3℃。ハムサンドだったらよかったのにと、つまらないダジャレが頭をよぎる。ここ数日は、気温がプラスになっていないらしい。
何度も参加している人が遠い目をしながら、今までで今年が一番寒いと言い切っている。祭りを仕切る加勢鳥保存会の方から、辛くなったらすぐにギブアップしてくださいという声を掛けていただく。
カセ鳥という神になるのは簡単なのだが、神でいることが大変のようである。
これからどうなっちゃうんだろうという不安でいっぱいなのだが、それ以上にワクワクしている自分が意外だ。
参加者がハイテンションだ
ベンチコートを羽織ったまま、旅館から上山城へと徒歩で移動。まだ神様ではなく人間である。
ワラジを履いたのは初めてだが、雪の上でもまったく滑らず、気温が低すぎるから雪が溶けてビシャビシャになっている場所もないため、思ったよりも足元は快適だ。
普段だったら埼玉あたりでも絶対風邪をひく格好だが、まだ寒いという感じではない。少し肩が強張ってくる程度。ちょっとずつ体が神様に近付いているのかもしれない。
雪の上山城がかっこいい。寛永の頃には、毎年殿様の前でカセ鳥を披露したそうです。
妙にハイテンションで写真を撮られている、これからカセ鳥になる人達。
外国人、大人気。
ブルブルと寒そうにしていた外国人参加者もいたので、「やっぱり寒いですよねー」と話しかけたら、「神様になるんだから、寒いとか言っちゃだめでス!」と、流暢な日本語で強く否定された。
そうだ、私たちは神様になるんだ。寒いとか辛いとか泣きごとをいってはだめだ。役割的には、神様というより生贄っぽい気もするが。
モンペ姿のおねえさん達は、カセ鳥と一緒に回って水を掛ける係。
ここで神主による祈祷や市長からの挨拶、カセ鳥代表からの宣誓などあるのだが、みんなカセ鳥側の気持ちがよくわかっているらしく、この手のイベントとしてはスピーチが驚異的に短かった。
神様はチクチクする
「ケンダイ」と呼ばれる、藁で編まれた骨のない傘みたいな服をかぶった瞬間、人はカセ鳥という神様になるのだという。
上山城に仕舞われていたケンダイはずっしりと重い。下側からかぶるように着るのだが、藁が顔や腕などの露出しているヤワな肌に刺さりまくる。
藁ってイメージよりも全然固いんだね。
遠藤章男さん制作のケンダイ。
ケンダイは顔と手を出す場所に穴があいているのだが、そこがまたチクチクする。特に顔のところは藁が目に入りそうで怖い。神様になるのって大変だ。
鏡がないので自分の姿を確認できないのだが、藁越しに見えるのはカラカサ小僧と巨大納豆を混ぜたようなヴィジュアルのカセ鳥達。私もこういう格好なのかと思うのだが、どうにもまるっきり現実感が沸いてこない。
自分の人生の中で、このカセ鳥は異質すぎる体験のようだ。
本邦初、神様目線の写真。デジカメを首からぶら下げ、顔のところから撮っています。
これ、観ている人には、誰が誰だかまるっきりわからないだろう。ずいぶんと匿名性の高い神だ。
遊園地の着ぐるみショーでもやっているような感じ。神様になったことで、自分が自分ではないような、変な万能感があふれてくる。
コスプレイヤーの気持ちがちょっとわかった気がする。
神様とはいえやっぱり寒いので、火に集まってしまうカセ鳥達。
まさに奇習という言葉がふさわしい。
かわいいカセ鳥グッズも多数あるよ。
カッカッカーのカッカッカー
お城でまだ人間っぽさが抜けきらないバラバラな踊りを披露したカセ鳥達は、3チームに分かれて、行く先々で水を掛けられながら上山市内を歩いていく。
道路を通行止めにしている訳ではないので、視界の悪いカセ鳥は、気を抜くとすぐ車にひかれそうになる。
たまに隣に止まった車の窓がスッと開いて、そこから水を掛けられてびっくりしたり。
カッカッカーのカッカッカー
カッカッカーのカッカッカー
商売繁盛・火の用心
以下延々繰り返し。踊りのときはもっと長い歌なのだが、これは歩きながら歌えるように簡略化したバージョンのようだ。
ケンダイは頭でその重量を支える構造なので、足腰よりも首が疲れる。
ここから例の友人と合流して撮影をしてもらう。「知っている人が参加していると、数倍おもしろい!」と喜んでいたが、自分で参加するとさらに数倍楽しいよ!
わかりにくいですが、この記事を書いている本人です。
この記事、自分で実際に体験しなくても、写真だと誰が誰だかわからないから、体験したことにして書けたなとかちょっと思った。
でもこの藁の痒さは、体験しないとわからないものなのだ。ガラスに映った自分の姿に驚く感じとかね。
沿道では柄杓と水を用意した人達が、カセ鳥めがけて容赦なく祝い水を掛けてくれる。
カセ鳥の藁は縁起物だそうです。女の子が髪を結うと、黒髪の豊かな美女になるとか。
水を掛けられても不思議と寒くない
氷点下の中、ほぼ裸の上から藁でできた服を着ているだけのところに、水をジャブジャブと掛けられるのだから、さぞかし寒いと思うだろうが、神の御加護かなんなのか、やってみるとそんなに寒いという感じはない。
掛けられる水よりも低い気温で冷やされた体は、水を掛けられても冷たいという感じがせず、体温が下がっていくという、どこか客観的な感覚だけがある。
皮膚感覚がなくなってくるから、藁もぜんぜん痒くなくなる。これぞ神モードだ。
でもまだ神様になりきれていないので、つい「悪い子はいねえがー」と、なまはげごっこをしてしまう。
厚く編まれたケンダイの中は、思ったよりも濡れなくて快適。だからといって油断していると、むき出しの顔をめがけて水が飛んでくるのだが。
そして風が吹くと、濡れている部分が氷に触れているかのように痛くなるけど、明らかに脳から変な物質が大量に出ているらしく、全然平気。風邪を引く気配すらない。これは私だけではなく、カセ鳥で風邪を引く人は不思議といないそうだ。
毎年、この魚屋の店主が準備万端で張り切るそうです。
カセ鳥側は、ブルブルと水を払う犬のように反撃するのがお約束らしいよ。
もはや自分から浴びに行く勢いのカセ鳥達。
前にカセ鳥がどんな祭りかと、YouTubeで動画を探したことがある。そこに映っていた水を思いっきり掛ける人達に対して、「なんてひどいことをするんだ!」と、すっかりカセ鳥側の気持ちになって憤ったものなのだが、実はそういう人達がいないとこのイベントは成り立たないということが、やってみると良くわかる。
プロレスでも悪役がいてこそベビーフェイス(正義役)が光るというもの。水を掛けてもらわないと、わざわざカセ鳥になった意味がない。待っていてくれてありがとう、水を掛けてくれてありがとうだ。
でもやっぱり顔は勘弁だ。掛けるならボディだ。
アラレちゃんのように指先を延ばすべきなのだが、どうしても手がグーになってしまう。
友人のカメラに写っていた旨そうなカセ鳥ラーメン。
踊るカセ鳥
びしょぬれになったカセ鳥達は、ポイントに着くと輪になって、笛や太鼓の音に合わせ、覚えたての踊りを披露する。
私が入ったのは外国人のいるワールドワイドなチームで、初心者率が高く、たぶん全チームで一番踊りが怪しい。ベテランも混ざってはいるのだが、誰が誰だかわからないので、誰を真似したらいいのやら。気持ちを全面に出して踊るしかない。
踊りは途中でステップが変わったり、手を組んでクルクル回ったりとなかなか複雑で、いまだに正解がわからない。
踊っているときも、しっかり水を掛けられている。ところで私はどれだ。
カッカッカーのカッカッカー
カッカッカーのカッカッカー
望(もち)の年の祝いは
カセ鳥、カセ鳥、お祝いだ
カッカッカーのカッカッカー
カッカッカーのカッカッカー
五穀豊穣、火の用心
五穀豊穣、火の用心
カッカッカーのカッカッカー
カッカッカーのカッカッカー
カセ鳥、カセ鳥、お祝いだ
商売繁盛、万作だ
商売繁盛、万作だ
けっこう膝に来る。
途中で隣の人と手を組んで二人でクルクル回るところがあるのだが、私のチームは奇数なので一人あまる。それに私がなりがち。かせ鳥あるあるネタだ。
どうもまだチームに打ち解け切れていないらしい。
グッズを売る子供がかわいい。
カセ鳥だけに鳥肌だ。
ナチュラルハイになってカメラマンに襲いかかるカセ鳥。よく見ると手が真っ赤。
飲みやすいようにストローが刺さった振る舞い酒。
好きなだけ水を掛けてもいいけれど、大きくなったらお前もカセ鳥になるんだぞ。
カセ鳥アタック(ケンダイの水を飛ばす攻撃)は、やってみると自分の顔に藁が当たるもろ刃の剣だった。
友人のカメラに入っていた旨そうな寿司。
休憩時間に人間へと戻る
気合いでどうにかなるのは3時間くらいが限界のようで、かみのやま温泉駅での休憩すると、一気に疲れがやってきた。人間、そんなに長く神様はできない。
こういうのは一度休むと立ち上がるのが大変なのだが、休憩しないとたぶん倒れる。しっかり休んで栄養補給だ。
同じ苦しみを味わった者同士として、ようやく参加者と打ち解けつつあるのだが、誰が誰だかわからないので、どこからきたんですかとか、何回目の参加ですかとか、同じ人に同じ話をしてしまいがち。カセ鳥あるあるネタ第二弾。
ケンダイを脱いで一旦人間に戻った参加者達。
みんな肌が真っ赤。三日目くらいが痒さのピークだとか。
温かいものをどんなに食べても温まらないほど、体が冷え切ったことがありますか?
振る舞いの日本酒をけっこう飲んだのだけれど、これが全然酔わない。
午後もカセ鳥は続く
昼食後、駅前でようやくサマになってきた踊りの披露をしたあと、またケンダイを脱いでタクシーで温泉旅館の並ぶエリアに移動。昔はケンダイを着たまま、トラックの荷台に乗って移動したのだとか。
芝居一座になった気分で旅館を一軒ずつ回って宿泊客に水を掛けてもらい、何度かのタクシーでの移動後、午後3時にヤマザワという山形ではメジャーなスーパーでカセ鳥フィニッシュ。
回る行程を全く把握していないうえに、このあたりの土地勘がまったくないので、トイレとか行っている間に、この格好ではぐれちゃったらどうしようという不安が常にあった。
一度脱いだケンダイをまた着るのは、なかなか気合いが必要ですよ。
全身の関節が寒さでうまく動かないので、どうしてもオイルの切れたロボットダンス風になってしまう。
人のいない場所を歩く時が一番寒く感じるカセ鳥達。ちょっとした遭難気分。
水を掛けるだけでなく、ケンダイに手ぬぐいやタオルを巻いて、家内安全や商売繁盛を願うそうです。
途中の足湯で指先を温めたりするのが楽しい。
お酒やお漬物をたくさん用意してくれている旅館もある。
そういう旅館に限って、昨日から外に出していたという、氷が浮かんだ祝い水も用意してくれている。まさに飴と鞭。どんとこいだ。
ミスかみのやま温泉とのツーショット。神になっても煩悩は捨てる気なし。
ケンダイから出ている腕が、「うっかり日焼けしちゃった」みたいに赤くなっている。
異文化コミュニケーション。
ケンダイに掛けられた水が凍る寒さ。
車での移動中、指ってここまで動かなくなるものなんだと感動。
暖かい車の窓から別チームのカセ鳥をみて、「うわ、なんだあの人たち!」と素で驚いてしまった。私もああなんですよね。
ケンダイは古い物の方が着心地がいいよ。新しいのは藁が固くて太ももを傷つけがち。カセ鳥あるあるネタ第三弾。
どうしても我慢できず、人間に戻ってトイレへ駆け込むカセ鳥の中身。
消防署では消火用のホースで水を掛けられるという話をリピーターからされて焦ったが、それはカセ鳥ギャグだった。
最後はヤマザワで、いつもより余計に踊ってフィニッシュ。
水を掛けられながら、踊って歩いた五時間。富士山登頂くらいの達成感は優にある。
やっぱり寒さや冷たさは辛かったのだけど、今は楽しかった思い出しかない。
気合いでどうにかなるものってあるんだなと学習した一日だった。脳内麻薬ってすごいですね。
今年は途中でリタイヤした人、なんとゼロだそうです。
神様終了。感無量。今年はいい年になりますように。
旅館に戻る車中、「来年もやりますよ!」と宣言している人がたくさんいた。まだみんな、冷静になっていないんだなと思った。
カセ鳥の後は全員で温泉へ。湯気がもくもくと立ちこめる露天風呂に、元神様のうめき声が響き渡る。
ケンダイで擦れ、氷点下で冷え切った体に、熱い温泉が染み込んでいく感覚が気持ちいいと思える人は、また来年カセ鳥に戻ってくるのだろう。
温泉の後は反省会。内容は内緒だ。
体は疲れ切っていたのだけど、なんだか興奮しっぱなしで、夜中の三時まで飲んでしまった。
一緒に飲んだ友人が、私のテンションの高さに驚いていた。
お世話になりました
この日は年に数日レベルの体調の良さだったので、加勢鳥保存会の万全なサポート体制もあり、体を壊すこともなく、無事にカセ鳥の大役を務めあげることができた。風邪気味だったら即リタイアしていたかも。
来年については、誰か友達が一緒にやりたいといえば、という感じだろうか。これは一度経験すればいいような気もするが、年に一回、カセ鳥のときにしか会わない知り合いがいるっていうのも、ちょっといいかなとも思う。
二人羽織バンド「TANDEM」のライブがあります
話は大きく変わって、二人羽織バンド「
TANDEM」のライブ告知です。今年のフロントメンバーは、斎藤さん、木村さん、地主さん、玉置が務めます。ぜひご来場ください。
私が何を言っているのかわからない人は、まず
こちらの記事をご覧ください。
■場所:
SHIBUYA PLUG
■時間:2012/3/13(火) 18:30 Open / 19:30 Start
■出演:FakeJazzQuintet / TANDEM / Psychedelic Lollipop
■料金: 予約 2,000+1ドリンク / 当日 2,500+1ドリンク
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