中国の底知れなさ
重慶の町は、細長く伸びる筋のような山脈に挟まれたせまい平地に、ふたつの大河が合流するという、地形の複雑さにおいては、盆と正月が一緒に来たような、賑やかさがある。
そのため、坂や階段が多く、道路や鉄道は立体的になり、建物は上下にどんどん伸びていく。
さらに、重慶は常に曇っておて、町が雨で濡れており、高層ビルはモヤに包まれている。雰囲気はまさにブレードランナーのようだ。
中国には、こんなSFチックな大都市がまだあったのかと、その底知れなさに身震いするおもいだ。
急速に経済発展を続ける中国は、今各都市で急ピッチに地下鉄の整備が進んでいる。
内陸部の大都市、重慶も例外ではなく、ものすごい勢いで公共交通機関が建設されている。
そんな重慶には、ブレードランナーさながらの、SFかっこいい駅があるので、めぐってみた。
重慶ときいてもピンとこない人が多いかもしれないので、どんな町なのかざっと説明しておきたい。
中学地理でもおなじみの長江と、嘉陵江という川がちょうど合流する地点にあるのが重慶の町だ。
重慶市は中国内陸の都市では最大の都市で、市の人口は3000万人以上もある。ただ、市の面積が北海道とほぼ同じくらいある。中心部の市区人口は約900万人程度である。
重慶は、高層ビルがすごいことになっていて、密度でみたら、もはや香港をしのぐほどではないか。中国の経済成長を否が応にも実感させられる。
そしてもちろん地下鉄がある。しかし、全路線が完成しているわけではなく、建設中の路線もいくつかある。
空港に掲出してあった路線図では、複雑にネットワークされた路線がえがいてあるものの、本当はつながってない路線もあり、ややこしい。
そんな、絶賛建設途中の重慶地下鉄の駅で、「曹家湾」という駅がある。
曹家湾駅は、地下鉄の駅舎は完成しているものの、地上の町の完成が間に合わず、出入り口が荒野の中に存在している駅として、数年前ネットで話題になったので、ご存知の方も多いかもしれない。
このたび重慶やってきた最大の目的は、この曹家湾駅を見物するためといっても過言ではない。
ピンク色の6号線に乗り、町の北のはずれにある曹家湾駅に向かう。
地下鉄の電車は、地上に出たりトンネルに入ったりをなんどかくりかえしながら、嘉陵江の大きな橋を渡るとまたトンネルに入り、曹家湾駅に到着した。
ぼく以外にも数人の人が駅に降り立っていたが、さっさと出口に向かってしまった。電車を待っている人も数人いた。全く誰も利用しない。というわけではないようだ。
そしてホームはピッカピカである。
エスカレーターを登りきったところには、これまたピッカピカのコンコース。
ぼくより先に降りた人はもうすでにどこかにいってしまったので、手荷物検査の係員の女子が数人いるほかは、ぼく以外だれもいない。
駅周辺地図を見てみる。池とグニャグニャの道がもうしわけ程度にえがかれている。
この図からも、なにもなさがビンビンつたわってくる。
「なんにもない」ということ自体に期待がふくらむ。なにもなさにドキドキする観光地、なかなかない。無の境地、禅である。(禅をよくしらないまま適当にたとえています)
どうやら、2番出口、3番出口は封鎖されており、1番出口のみが使えるようだ。エスカレーターを登る。
立派なエスカレーターを登ると……。
以前、ネットでみた写真では、荒野のなかにポツンと近代的な地下鉄出口がある光景だったが、実際きてみると、なんだか通路が壁でくぎられているし、なんなら車やバイクもいくつかとまっている。ひとのいききがすこしありそうな雰囲気がある。
聞いていたはなしとちょっとちがうな……。
とはいえ、荒れ地のなかに突然駅があることにはかわりはない。なにもない、というより、まだ整備されてない。といったほうがいいかもしれない。
曹家湾駅は、郊外に高層ビルや高層マンションがどんどん作られているなかで、まだ開発が進んでいないところに、あらかじめ駅を作った……という雰囲気である。
日本にも似たような駅があった、ゆりかもめの市場前駅だ。いろいろあって、現在は市場が移転してきたが、ほんの6、7年前まではほんとうになにもなかった。
曹家湾駅も今まさにそんな感じなのだろう。
曹家湾駅の開発は少しずつ進んでいるようで、工事車両がいくつか行き交っていたのと、ぼく以外の利用客が何人かいた。タクシーの客引きだろうか、エスカレーター横の階段にはうずくまっている若者も数人いた。
開放されている1番出口以外の、2番出口、3番出口を探してみる。泥だらけのぬかるみをなんとか避けつつ、出口と思しき場所まで歩く。
3番出口は、草木に埋もれ、得も言われぬ雰囲気が出ていた。人類が滅んだ後という設定のSF映画に出てきそうな景色だ。
2番出口は、なにかで覆いがかけてあり、地下鉄の出入り口が見えなくなっていた。
これらの出入り口は、曹家湾駅が開業した2015年から、4年ほどそのままの状態なのだろう。
地上はこんなふうだが、地下はこうである。
日本でも、ゆりかもめの豊洲市場前駅は、ほんの5、6年前までは同じようなものだった。曹家湾駅も、おそらく数年で、草木は取り払われ、町の中に埋もれてしまうだろう。
曹家湾駅の次は、地下鉄2号線、李子壩(りしは)駅に向かう。壩、見たことない字だが、日本語ではハと読む。堰、ダム、土手、堤防といった意味がある文字らしい。
ちなみに、重慶の町の中心部、嘉陵江と長江に挟まれた半島のようになっている町の中心部は、全体的に丘になっており、起伏が激しい。その上、岩盤が硬いため、地下鉄の穴を掘るよりも、モノレールで町をつなげたほうがよいということで、2004年にモノレールが開業した。このモノレールは一部地下を走るが、嘉陵江右岸のあたりは、崖に張り付くように走っている。
そんなモノレール李子壩駅はこちらだ。
マンションの中に駅があり、そのなかにスーッとモノレールが吸い込まれれていく。
不思議な作りのこのモノレール駅は、観光名所となっており、ものすごい数の観光客が駅の写真を撮影していた。
マンションの中にモノレール駅……といえば、姫路モノレールの大将軍駅や、流鉄流山線の幸谷駅が思い出されるが、李子壩駅は規模がでかい。めちゃめちゃでかい。
アジアっぽい集合住宅の中に、近代的なモノレールが入って行くのはまさにSFカッコいい。
モノレールのレール自体がかなり高いのもかっこよさの原因だろうか。
しかもこのマンション、後ろには崖、手前には道路があるだけですぐに川である。
重慶は全体的に、こういった起伏の激しい狭いスペースに、巨大なビルがいくつも立っている。小香港なんて呼ばれるのはそのためだ。
たしかに、地下鉄を通すより、こうやって建物の中腹あたりに直接駅を作ってつなげるといういき方もありかもしれない。
ちなみに、この李子壩駅の隣駅が、当サイトでもかつて紹介した「駅への道がほぼ登山」という仏図関という駅がある。
そちらも、近代的なモノレールと、アジア的なふるさがミックスされたSFかっこいい駅である。
重慶の町は高層ビルがボコボコできており、しかもその高層ビル一棟がまるごと巨大なネオンのようにピカピカ光るので、重慶の夜景はすごいことになっている。
重慶の夜景は、一般的に、洪崖洞(ホンヤートン)と呼ばれる観光地から、嘉陵江を挟んだ向こう側のビル群を眺めるのをおすすめされたりする。
しかし、洪崖洞は、そこ自体が観光地で、めちゃめちゃ人がいるうえに、撮影スポットが混雑しているので、ナイスな夜景をぼーっと眺める……みたいなことはなかなかできない。
ところが、めちゃくちゃ絶景の夜景が見えるのに、誰も夜景を眺めにやってこない。という穴場スポットがあった。それは、地下鉄2号線モノレールの、黄花園駅と大渓溝駅だ。
まずは、黄花園駅からの夜景のながめをみていただきたい。
嘉陵江側に面しているホームからは、かなりダイナミックな夜景をじっくり眺めることができる。
しかし、普通のモノレール駅のホームなので、わざわざここから夜景を眺めようというようなひとはほとんどいない。(多少はいた)
さらに黄花園の隣駅、大渓溝駅からのながめはこちら。
重慶のモノレールは、丘の上に立っている高層ビルに接続しているので、レールがかなり高い位置にある。そのため、ホームもかなり高い場所にある。さらに、ホームにはじゃまなガラスもなく、カメラで撮影しやすいし、本当にながめがよい。
100万ドルの夜景と言われる香港のビクトリア・ピークなんかは、かなり高い料金を払って、すし詰め状態のケーブルカーに乗り、やっとの思いで山の上まで行っても、そこも観光客だらけで、おちついて眺めたり写真をとったりすることはかなり難しい。
それに比べると、重慶のモノレール駅はすばらしい。2、3元ていどの乗車料金だけでこれだけの絶景ポイントに行ける。そんな交通機関なかなかない。
ついでといってはなんだが、大渓溝駅からふたつ隣の、モノレール2号線と3号線の乗換駅、牛角沱駅の3号線のホームからは、高速道路のジャンクションを間近でながめることができるビューポイントもある。
高速道路の上をビュンビュン行き交う自動車と、ぐにゃぐにゃした高架道路を上から眺めるこの開放感はなかなかきもちよい。
もちろん、乗降客はたくさんいるものの、景色を眺めるために来る人はほとんどいないので、独り占めである。
重慶すごい。
重慶の町は、細長く伸びる筋のような山脈に挟まれたせまい平地に、ふたつの大河が合流するという、地形の複雑さにおいては、盆と正月が一緒に来たような、賑やかさがある。
そのため、坂や階段が多く、道路や鉄道は立体的になり、建物は上下にどんどん伸びていく。
さらに、重慶は常に曇っておて、町が雨で濡れており、高層ビルはモヤに包まれている。雰囲気はまさにブレードランナーのようだ。
中国には、こんなSFチックな大都市がまだあったのかと、その底知れなさに身震いするおもいだ。
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