特集 2019年2月10日

人の住んでいない町めぐり(デジタルリマスター版)

こんなにでかいビルだけど、住民は0

885万人ほどの人口を擁する東京都特別区。

そんな大都市東京の中にも、住民全く居ない「人口0」の町がいくつか存在する。

そんな「ひとの住んでいない町」とは一体どんなところなのか?

行って確かめてみた。

※2011年1月に掲載された記事の写真画像を大きくして再掲載しました。

鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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> 個人サイト 新ニホンケミカル TwitterID:tokyo26

意外とある「人口0の町」

東京都の各区のウェブサイトには必ず「町丁目別人口」という資料が公開されている。 世帯数、男性人口、女性人口、総人口が町丁目別にまとめられた統計データだ。この資料はダウンロードして眺めてるだけでもけっこう面白いのだけれど、たまに人口が0の町があるのだ。

例えば、大田区の京浜島の倉庫街や羽田空港などが、「人口0」というのは納得出来る。しかし、都心の人口密集地帯に、突如エアポケットのように現れる「人口0の町」というのもいくつか存在する。 今回、各区で公開されている統計資料を元に、ぼくが個人的に気になる「人口0の町」をピックアップしてめぐってみた。

新宿区神楽河岸

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新宿区神楽河岸の人口0

まず訪れたのは、「新宿区神楽河岸」だ。新宿区の資料をご覧頂きたい。見事に(?)人口0だ。

新宿区はさすが都心の区だけあって、どの町にも人が住んでいて、都庁と高層ビルと公園しかない西新宿二丁目でさえ2世帯5人のひとが住んでいる。 したがって、神楽河岸は新宿区唯一の人口0の町と言えるだろう。

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新宿区神楽河岸周辺

神楽河岸周辺は千代田区、新宿区、文京区の三区境地帯だった

新宿区神楽河岸。最寄り駅は飯田橋駅だ。 実は飯田橋駅周辺は千代田区、新宿区、文京区の区境が集中している地点でもあり、境目が好きなぼくにとってはお酒を飲まなくてもメートルの上がるおとくな地帯でもあるのだ。

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三区境上にかかる船河原橋

どうだろう、この境目っぷり。新宿区と千代田区と文京区の端っこが一挙に集結してるのだ。ただの端っこも3つ集まれば知恵でも出そうだけど、残念ながら何も出ない。ぼくみたいな境目好きな人間が興奮するだけだ。

 

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新宿区の部分が「新宿区神楽河岸」になる

ところで、神楽河岸には「セントラルプラザ」というビルが建っている。その敷地がほぼそのまま「新宿区神楽河岸」なのだ。

セントラルプラザはラムラというショッピングセンターと東京都飯田橋庁舎が入っているオフィスビルなのだ。したがって、誰も住んでいないというわけだ。なお、となりの高層マンションには住民がいるのだけど、マンション棟部分は千代田区飯田橋四丁目で千代田区になってしまう。

内部に区境が存在するビル

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区境ホール?

セントラルプラザのオフィス棟とマンション棟は、ビルで繋がっているのだけど、その真ん中あたりに「区境ホール」という場所がある。

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ホールを真っ二つ

 

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区境を示すプレート

ショッピングセンターとスーパーの間にあるこのちょっと広い空間が「区境ホール」だ。その名のとおり、このホールの真ん中に千代田区と新宿区の区境が走っている。

歩道も千代田区と新宿区に分かれている

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歩道に「千代田区」の文字

セントラルプラザの区境ホールを飛び出した区境はそのまま外を走り、歩道に出た辺りで折れ曲がり、ちょうど歩道を二分するようにすすむ。 

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よくみると管轄が違う

したがって、この歩道では目と鼻の先にある放置自転車の看板と、路上喫煙の禁止だけれども、それぞれ千代田区と新宿区で管轄が違うのだ。

もともとは外濠だった神楽河岸

さて、この神楽河岸、一体いつからひとが住まなくなったのか、それとも、元々ひとの住んでいない場所だったのだろうか? そんな疑問に答えてくれる案内板が藪の中にひっそりとあった。

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文字がかすれて読みにくいけれど、神楽河岸の由来を記した看板

この案内板によると、もともとこのあたりは飯田濠とよばれる江戸城外濠の一つだったらしい。昭和47年、再開発によって、濠を埋め立ててビルを建設したのだという。

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1959年ごろはまだお濠のまま
(東京区分地図帖 4ページ/日地出版1959 より)

 

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お濠は姿を消したが「神楽河岸」の地名が登場する。
(ニューエストS東京区分地図 28ページ/昭文社1978より)

「角川日本地名大辞典13東京都」によると、神楽河岸という地名自体は、通称として江戸時代からあったものだけど、住居表示の地名として現れたのは埋立が行われてかららしい。 

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一部残ったお濠は暗渠になっているらしい

 

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レアな住居表示プレート

新宿区神楽河岸についてわかったこと

・新宿区神楽河岸は元々「飯田濠」というお濠だったので、ひとは住んでなかった。
・昭和47年にお濠を埋立ててビルが建設されたが、オフィスビルだったので住人は0のまま。
・歩道の上を区境が走っているので、ちょっとズレるだけで放置自転車撤去の管轄が千代田区になったり新宿区になったりする。

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