あふれる思いを文字にして
花火のことをあれこれ伝えたい。でも伝える場所がない。思いが高ぶれば高ぶるほど、パッケージには文字があふれていく。
言うなれば、花火のパッケージはメーカーからのラブレター。デッドストックの花火たちのように長期間残れば、タイムカプセルにもなる。
そのメッセージを受け取るには、火を点けるしかないのだろう。今年の夏も遠出はできなさそうだし、おうちで花火をしてみようかな。
取材協力:株式会社オンダ
5月下旬。スーパーに買い出しに行ったら、早くも花火が売られていた。
もう夏なのか~と思いつつ、そのきらびやかさに目を奪われる。大きなフォントに蛍光色、まさに色彩のファイヤーワークス。
昔から花火のパッケージは派手だったと思うけど、ここまでではなかったような気もする。もしかして、どんどん派手になっていったりする? 最近のトレンドなんかもあるのだろうか?
これは直接お話を聞いてみるしかない。
訪ねたのは、株式会社オンダ。スーパーで見かけた花火を製造販売しているメーカーであり、創業は昭和5年、花火については業界シェアトップクラスの企業である。
まず驚いたのは、オンダさんで扱っている花火の種類の多さ。この部屋はショールームになっているのだが……。
「意外とみなさん、花火にいろんな種類があるのをご存じないんですよ」と話す恩田さん。
さまざまなセットが生まれた理由のひとつは「売るときに細かい説明ができなくなったから」だという。
裏を返すと、昔は花火を売るときに、細かい説明ができる機会があった。
恩田:私が子どものころ、花火は街のおもちゃ屋さんや駄菓子屋さんでバラ売りされていたんですよ。1本10円から売っていて、おこづかいを握りしめて対面で買っていたんですね。
「これってどんな花火なの?」と聞けば、店のおじちゃんおばちゃんが説明してくれたし、予算に合わせてコーディネートもしてくれたという。花屋さんとおんなじだ。
しかし、都市開発などにより、おもちゃ屋さんや駄菓子屋さんは姿を消してしまった。ということは、花火を売る場所も変えないといけない。
恩田:商流が変わり、花火の売り場は量販店やホームセンター、コンビニがメインになりました。そうなると対面販売はできないので、単品からセット売りの花火がメインになったんですね。今は市場の8割がセット花火です。
と、ここで恩田さんが取り出したのは、まさにセット花火がメインになってきたころの「実物」……!
40代の編集&ライターが幼いころの記憶を刺激されているが、これから聞くストーリーは「このデザインをいかに変えたか」である。気持ちを切り替えよう。
セット花火には、中にいくつもの花火が入っている。売り場に吊されて売られるわけなので、全体的な見た目にもこだわる必要が出てきたのだ。
恩田:私が入社した1991年当時も、中の花火はまだ古いままの色味だったんですね。中国からの輸入品は、染色が滲んだものや、薄くボケた色合いも多くて。なので、まず花火を巻く紙(巻紙)のデザインを全部やり直すことにしました。
ちなみに、恩田さんの兄は現社長(4代目)であり、恩田さんが入社した当時の社長はお父さん。巻紙のデザイン変更は恩田さんの初仕事だったという。
恩田:会社としていろんなことをやりたい、という時期で、割と自由にやらせてもらいましたね。冬も花火をしてもらおうと「冬花火」というのを作ったり……まぁこれは失敗したんですけど(笑)
さて、巻紙という「中身」のデザイン変更に踏み切ったあとは、パッケージという「外側」のデザインである。
思い出してほしい。駄菓子屋からホームセンターに売り場が変わり、店のおじちゃんおばちゃんから「どんな花火か」を説明してもらえなくなった。でも、メーカーとして言いたいことはいっぱいある。
そうなったらもう、パッケージに書くしかない。
花火は「ちょっと店先で試してみる」なんてことができない。燃やしてみないとわからないことが多い。
なので、アピールしようと思うと自然と口数が多くなってしまう。
そんな花火のパッケージに、ある変化が訪れたのは2011年のこと。
中国で「長さはそのままで燃焼時間が長い花火」を開発した事がきっかけだった。
恩田:当時、手持ち花火の燃焼時間は15秒くらいが普通で、親御さんが火を点けてお子さんに渡すまでに終わったりしていました。でも新しい花火では、燃焼時間が30秒~70秒になった。これは絶対喜ばれるはず、と燃焼時間の長い花火を揃えた「ロング花火セット」を作ったんです。
「た~っぷり遊べる」「煙が少なめ」「超ド級!LONG現象」「滝のような」「6変色!!」「30秒40秒50秒60秒」「ミラクル」「また買いたい!」……。
ロング花火に込められた思いから、あふれ出る文字情報。伝えたい思いが余すところなくパッケージを埋める。
ただ、同じ売り場には他社の花火も並ぶ。年が経つにつれ全体的に派手になってきたし、このままド派手競争が続くと逆に目立たなくなりそうで……。
恩田:限られた売り場のなかで、いかに言いたいことを直球で伝えるか。それを改めて考えなくてはと……。そこに初めてこだわったデザインが、「ごつ太(ぶと)」シリーズですね。
「ごつ太」のコンセプトは文字通り「ごつくて太い」こと。そこで、左上に巨大な「太」を大胆にあしらい、他の情報を極力削った。これなら店の端っこからでも「太」が見える。あれはなんだ?ってなる。
ただ、当時は他社製品でもこんなデザインの花火はなく、「最後の最後まで悩んだ」そう。
恩田:「こんなことやっていいのかな」って、最後に入稿するまで毎日じーっと見て考えていましたね。でも、いざ売り場に出たら、ここだけピカーッ!と輝いていたんです。「間違ってなかった!」と思いました。
「ごつ太」の成功から、コンセプトを大きく打ち出したデザインが続々と作られるようになる。それではご覧いただきましょう。
もう情報量がファミコンとPS5くらい違う。大変だ。
ちなみにパッケージのデザインは、専門のデザイン会社に発注しているんでしょうか?
恩田:いえ、花火業界では珍しいんですが、うちは社内にデザイナーがいるんです。中の花火の並べ方によっては、全然売れない見た目になってしまのんで、最後の最後までデザイナーと調整するんですよ。
内側のデザインも、外側のデザインもあるし、並べ方ひとつで見た目が変わっちゃう。言いたいこともたくさんある。
「ガチャガチャしているものを、ひとつにまとめるのも大変で」と恩田さんはいう。こだわり抜いた先に、夏を感じるデザインがお店に並ぶのだ。
そういえば、昨年は新型コロナウイルスの影響で、全国各地の花火大会が中止になった。やっぱり、家庭用の花火にも影響がありましたか……?
恩田:実は、昨年は手持ち花火が非常に売れた年になりました。夏の娯楽が限られたなか、「せめて家で花火でも」という方がすごく増えたみたいで。Amazonのおもちゃランキング全体で、「ロング花火セット」が1位になった日もあったんですよ。
花火業界では、5月6月に来年発売する花火の企画を立て、9月に来年の商談が始まるそう。
手持ち花火の売れ行き好調を受け、昨年6月に「おウチはなび」の企画が立ち上がった。季節がひとめぐりし、今年の夏、満を持して商品化されている。
音といえば、昔は夏になるとやんちゃな若者たちがロケット花火を連射して、「パーン!」「パーン!」という音が響き渡ったものである。でも最近あまり聞かなくなりましたね。
佐藤:騒音問題もあって、ロケット花火の取り扱い自体が減っているんですよ。今はどちらかというと、鳥獣駆除用途で使用される方が多いようです。
そんなところにも花火のトレンドがあるとは……。
そういえば、ステイホームが叫ばれて、おうち時間が増えたとき。ボードゲームなどアナログなものが再評価された。
手持ち花火もその「アナログ」のひとつだったのだ。
恩田:地道にやってきてよかったなと思います。あとは、国産花火にも興味を持ってもらえたら嬉しいですね。本当にきれいな現象がたくさんありますし、どんどん進化しているんです。いい花火をもっと世の中にお伝えしていければと思います。
ここからはちょっと番外編である。取材の最中、佐藤さんと柴田さんに古い花火を次々と出していただいたのだ。
問屋が店じまいをする際、長らく在庫に残っていた花火を引き取ることがあるのだそう。そんな貴重な「デッドストック花火」を最後にまとめてお送りしたい所存です。
すごい。箱入りだ……! 状態は良さそうですけど、今でも火はつくんですか?
佐藤:つきますよ。保存状態さえよければ、基本的に花火は劣化しないんです。いちおう、業界では「消費期限10年」と設定していますけどね。
どんな花火か見てみたいし、でも火をつけちゃうのももったいない……。
花火のことをあれこれ伝えたい。でも伝える場所がない。思いが高ぶれば高ぶるほど、パッケージには文字があふれていく。
言うなれば、花火のパッケージはメーカーからのラブレター。デッドストックの花火たちのように長期間残れば、タイムカプセルにもなる。
そのメッセージを受け取るには、火を点けるしかないのだろう。今年の夏も遠出はできなさそうだし、おうちで花火をしてみようかな。
取材協力:株式会社オンダ
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