金沢は外国人ばかりの国際都市
ベトナム在住仲間だった友人が今、金沢大学で院生をしている。そこは海外からの留学生が多く、ジャパノロジーを学んでいるというドイツ人の学生もそのひとりだという。そこではじめて、金沢の地を踏んだ。
お~、見たことあるやつだ!
私は金沢のイメージがゼロと言っていいほどない。行ったことがない上に、調べたこともないからだ。すみません。だから駅を降り立ってはじめて上の写真を見て、「あの鼓門は金沢だったのか」と知ったくらい(もっと言えば「鼓門」という言葉すらあとで調べて知った)。
このヤカンはさすがに知らなくても許されるだろう。なんだこれ。
それだけに驚いたのが、金沢は外国人が多い! 多すぎる! といっても駅周辺と観光地しか歩いてないが、どこに行っても必ず視界には外国人。地元の大阪も最近はすごいけど、地域の人口密度でいえば金沢の方が圧倒的に感じる。ふだん自分が海外にいながらなにも知らなかっただけに、本当にびっくりだった。
都会的な部分もありながらのどかな景色が、「住みたい」とすら思えるほどうらやましい。というか住みたい。
聞く話では、観光するには広すぎず狭すぎず、京都に似た日本らしさがあるからとくにリピーター外国人観光客にウケているのだとか。兼六園といった有名な日本庭園、金沢城といったお城、金沢21世紀美術館といったアート、観光商店街に美味しいお寿司、分かりやすくて楽しめる観光資源もその理由だろう。
ここまで知人友人に会いつつ北から新潟を突っ切る形でやってきたけど、ところどころで「北陸新幹線は金沢のためにあるから」という若干ひがみ風味の声を小耳に挟み、北陸ヒエラルキーを垣間見られた気がする。
地方のローカルバスに戸惑いつつなんとかたどり着いた金沢大学。
合流した友人に案内してもらい、
13年前に移築されたという、300年の歴史を持つ「角間の里」にて話をうかがう。
グナーさん、『ジャパノロジー』って何ですか?
こちらがジャパノロジーを学んでいるグナーさん! なんか香港の武器商人っぽいぞ!
挨拶もそこそこに、今日はお茶を淹れてくれるという。
お茶! コッテコテだ、コッテコテなジャパントークが聞けそうだぞ。楽しみだ、これは。
あのー、ところで…。
私「グナーさんは…お茶が、好きなの?」
グナー「はい。私の専攻は『日本茶』なんです」
私「えっ、大学で日本茶を勉強してるんですか??」
グナー「はい」
へ~そんなのあるんだ。いや、いやいや、そもそもだ。
私「グナーさん、ジャパノロジーって何ですか?」
グナー「ジャパンとテクノロジーの組み合わせですね」
私「うん。テクノロジーって技術ってことですよね?」
グナー「いや、そもそもテクノロジーの語源は『学び』(具体的には「知識の実用化」)で、ジャパノロジーとは、つまりは『日本学』なんです」
私「か~~~~~ッ、そうなんだ! そういうことか!」
鉄腕アトムや攻殻機動隊じゃなかった! 消えてなくなるSF感…。しかし、だ。「日本語」とかの語学なら分かるよ。それに派生していそうな日本語文学もまぁ分かる、日本でもフランス文学とか聞くもんね。でも、日本について勉強するってそもそもどういうことなのさ?
グナーさんがお茶を淹れるときにしている毎回しているルーティン。「お茶を淹れるときにするルーティン」!
デュッセルドルフから研究される我々ジャパン
私「日本学とは具体的には?」
グナー「日本のことならなんでも。私は日本茶ですが、友人たちは『地方から都市部への人口推移』『うつ病はなぜ起こるか』『精進料理のある日本でなぜビーガニズムが根付かないか(日本語では「絶対菜食主義」と呼ばれる)』などについて研究しています」
私「へーーっ! なんか、熱心にウチを…ウチ? 日本を勉強していただいて…ありがとうございます…」
一度も行ったことのないドイツという国に日本を研究する学問が。嬉しさと戸惑いと恐縮が混ざりあった、ふしぎな感じだ。就職面接に来た学生が自分より会社に詳しかったらこんな気分になるのかも。とりあえず、自分が面接官なら一次は通す。そんなたとえはどうでもいいか。
私「で、そのジャパノロジーがグナーさんの大学にあるってこと?」
グナー「そうです。デュッセルドルフ・ハインリッヒ・ハイネ大学のモダンジャパニーズ学科(現代日本研究学科)というところ。そもそも、デュッセルドルフには日本のお寺があり、日本と関わりの深い街なんですよ」
私「えーっ、えーっ! そうなの!? 知らんかった…さっきから驚いてばっかだな、俺…」
デュッセルドルフのインマーマン通りは、欧州でも有数の日本人街。
あとから調べてみると、これはますますその通り!で、グナーさんが在籍する学部はドイツ最大の日本研究機関を謳っており、4名の教授と600名以上の学生が在籍(大学HPより)。そもそもデュッセルドルフには欧州有数の日本人街が存在しているとのこと。いやー知らんかった、驚いた! 誰か早く教えてよ。
その在学中、たまたま立ち寄った中国茶のカフェで日本茶を飲み、その味に感激したグナーさん。それから日本茶に興味を持って調べる中で、日本の茶室がとくに江戸時代以前では重要な密談が行われ、また陶芸や掛け軸などの美術が集まる場であることを知り、「茶には、日本の歴史や文化や精神性が深く関わっているのでは?」という考えから研究テーマに選んだとのこと。よう~く分かった、二次面接突破です。
お茶が淹れ終わりました、って、え…?
グナー「お茶、できましたよ」
私「こっ、これだけですか?」
グナー「旨味が凝縮されています、最初の一杯だからこそ楽しめる味です」
グナー「お茶、できましたよ」 私「こっ、これだけですか?」 グナー「旨味が凝縮されています、最初の一杯だからこそ楽しめる味です」
冗談じゃない、こりゃうめぇわ!!
お茶なのに、この子ただのお茶なのに!まるでダシのような濃厚な味。それでいてお茶らしい旨味がまるりとそのまま生きている。素材と淹れ方どちらがいいのか、あるいはその両方か、まさかドイツ人から日本茶のポテンシャルを教わるとは。いや、そもそもこの人は、お茶を研究しているのだった。感服です。
私「まさかダシとか入れてませんよね?」
グナー「日本茶そのままの旨味ですよ」
私「お茶でこんなことできるんだー、すごい」
ちなみに
ここがグナーさんが日本茶を知ったといいうカフェのHPだけど、「欧米人から見た東洋の世界観」がビンビンと伝わる。彼らの多くにとって、東洋思想とアニミズム(精霊信仰)って立ち位置が近いのかも。
グナーさんの実家のお部屋、棚の上には「茶」の文字が。
「忍者のたまご」は今や日本より海外に多い
私「そもそもなんですが、グナーさんはなぜジャパノロジーを学ぼうと? 日本茶との出会いは大学に入ってからでしょう?」
グナー「もともと日本には興味があって、高校生の頃に忍術を学んでいたんです」
ににに、忍術…!?
グナーさんが学んでいた武神間武道のロゴ(Wikipediaより)。
グナー「武神館武道というもので、刀、太刀、脇差し、くない、手裏剣、それらの武器の扱いを学んで実践する武道です」
私「あいわゆる古武術ってやつですか?」
グナー「そう。壁を登る術も覚えたりします」
私「忍術じゃないですか」
グナー「そう言いました」
「忍術」と聞いた瞬間は「怪し!」と正直思ったものの、調べてみるとそうでもなかった。
この武神館武道、歴史自体は1970年代と浅めだが世界50カ国に道場があり、拳銃を使ったり使われたりする場合を想定しているため、銃社会の文化圏でも護身術として人気があるとか。創設者はFBIに招かれ護身術を指導するほど高名な武術家らしい。
途中、グナーさんの手首が気になって聞いたら、「メタルフェスのリストバンド」とのこと。 お茶好きでメタル好き…!なんて逸材だ。
グナーさんはそこにしばらく籍を置いていたが、朝7時から夕方4時までとまるで戦国時代の忍者の修業ばりの練習(イメージ)に明け暮れ、「疲れ果ててバイトができないから」という理由で泣く泣く辞めたという。理由だけは現代的だな。
最近は忍者マンガの人気もあって、日本よりも海外での門下生の方が多いとも。日本で「忍術」と聞くと頭の中はフィクションの話に完全に切り替わり、まずはそれ実在したの? というちょっとうがった見方になるけど、海外においてはある意味で神秘性だけが残るから、実際に修得しようと考える人が多いのかもしれない。
ちなみに、二杯目がようやくふつうの濃いめのお茶でした。三杯まで楽しめます。
ドイツの大学生は中退余裕
ジャパノロジーを修めた学生は将来何になりたいのだろう?と思って聞いたら、予想通りそこは「日本関係の仕事」と答えてくれた。グナーさんはやはりお茶、中でも貿易に関わりたい。友人たちも、メディアについて研究していれば日本のメディアに、美術について研究していれば日本の美術館や博物館に、と。
そもそもドイツでは修めた学問と就く仕事が紐付いていることが一般的で、日本のようにバラバラである方が珍しいらしい。が、これは海外で就労ビザを取る要件としてもよくある話で、日本の方がきっと珍しいのだろう。その方が早いうちから慎重に将来を考えるとも言えるし、あとからの軌道修正が大変だとも言える。
メタルフェスでの一幕。中央右よりで一番メタルっぽいポーズを取っているのがグナーさんというのが楽しい。
グナー「何なら、卒業しない人も全然います」
私「それって中退して就職するってこと??」
グナー「そうです。ドイツの大学は入ることより出ることが難しく、高校にも卒業試験があります」
私「高校に! へぇー」
グナー「そこで卒業は前提ではなく、何を勉強するかという方が重要で、機会があれば卒業を待たずに就職する。そういう人たちも多いです」
はぁはぁ、なるほど。大学に入る目的も、あくまで働けるだけの能力を培い機会を待つためのことなんだ。そうして各人がそれぞれのタイミングで卒業を待たずに就職する。なんとドイツらしく合理的なシステムか。これは想像もあるけど、学歴というものに大して威光がないからこそ、実現している社会なのかもしれないな…。
メタル仲間でもあるお父さんにお茶を淹れるグナーさん、茶とメタルのマッチ感が超イカス。 最高にいい写真じゃないですか?これ。
歴史は似てもスタンスがまるで違う日本とドイツ
ジャパノロジーという言葉の物珍しさに惹かれて行った取材だったけど、ドイツと日本の文化や社会の違いが分かっておもしろかった。一番興味深かった話を最後に。ドイツの学校では戦後以降「世界一はよくない」と教えられるということ。細かいニュアンスはあると思うが、言うまでもなく戦時の政治体制の反省からだろう。
普段も国旗を掲げられる風潮ではなく、4年に一度のワールドカップでその思いが爆発するらしい。日本にも近い考えを持つ人が多くいるとはいえ、同じ戦争に負けた国でありながら大きく違う未来を生きている。
もしかしたら、似た歴史を持ちながらも異なった変容を遂げてきたからこそ、ドイツの人たちは日本を研究しようと思ったのかもしれない。逆に私達がドイツを研究してみるのもおもしろそうだな、と思った。
最後は金沢カレーの元祖、ターバンカレーでお別れです。