銭湯の煙突を想う
銭湯の傍らにデデーンとそびえる、煙を吐く円筒状の物体――それが銭湯の煙突である。改めて煙突について考えてみると、住宅街にある建造物としては最上級に異質な存在だ。長い筒が空に向かって生えていて、そこからモクモクと煙が吹き出している。
もし地球のことを何もしらない異星人が銭湯の煙突を見たとしても、まさかそこで大量の湯を沸かしているとは思うまい。すべては暖かい湯に浸かるために。人類の入浴に対するパッションを見せつけられている感じがして、とても情熱的な建築物のように思えてきた。
煙突が気になりだしたのは、鶴見区にあるパール新温泉の煙突を何気なく写真に撮ったときだった。表からは煙突が見えないのだけど、裏側からみると……
公園の脇で、天を突くようにそびえ立つ煙突。タワマン、公園、煙突。煙突だけがひときわ異彩を放っている
見上げると、このディテールである。渋すぎる
まわりの建物に比べて、この煙突だけ年季が入っているのは確かである。でもありきたりな昭和ノスタルジー的な文脈で一括りにしてしまうのは惜しい。
いろんな歴史があって、いま私たちの街には煙突が立っている。その歴史の先にある、いまの煙突の姿、それがとても美しいと思ったのだ。
もし「銭湯の煙突の絵を描け」と言われたら、ただ細長いだけの円筒状の物体を描いてしまうだろう。でもさっき見た鶴見の煙突はどこかゴツゴツとしていて、触ると痛そうな独特の質感があった。私は銭湯の煙突について何も知らない。もっと銭湯の煙突を眺めてみなければと思い立った。
平成30年の街角には、どんな煙突があるのだろう。いろんな銭湯を巡って確かめてみた。
煙突のある風景
銭湯の煙突が面白いのは、こんな風に普通の住宅街に突如として現れるところだ
近づいてみると、無骨で無愛想な煙突がそこにあった(東成区・日光温泉)
先に言っておくと、煙突を見た感想は「デカい」「渋い」「カッコいい」というのがほとんどだ。私の語彙力が少ないというのもあるけれど、言葉で言い表せない手ざわりのような部分は写真で補っていきたい。
真下から見上げると、はるか上方に伸びる煙突。足場が付いてるものの、高所恐怖症気味の自分にはとても上れない。思い出すのは、飯村昭彦さんの麻布谷町「無用煙突」の写真である(『超芸術トマソン』の表紙写真)
銭湯の煙突のほとんどは、ボイラー室など建物の屋根から生えているものがほとんどだった。なので、こんな風に外から根元が見える煙突は珍しい。サビや苔の様子から相当な年季を感じる。良い
場所は変わって、こちら港区にある寿温泉。割とオーソドックスな煙突であるが、
じっくり見ると、やはり質感がすごかった
同じく港区にある扇温泉
こちらは鋼板で巻かれた金属質な煙突である。素材は違うものの、ひとつ前の煙突と佇まいがそっくりだ。距離にして1キロしか離れていないので、同じ業者が携わったというような経緯があるのかもしれない
煙を吐く煙突、吐かない煙突
煙突といえば、もくもくと煙を吐くイメージがある。とはいえ、最近では煙が出やすい薪を燃やす銭湯も減ってきており、煙を巻き上げるステレオタイプな煙突はそんなに多くないようだ。
それだけに、もくもくとした煙を見つけると、思わず「おっ」と声を上げてしまう。
こちらは此花区にある豊湯で目撃した「もくもく」
かっこいい。渋い。相変わらず同じ感想しか出てこない
もう一本、生野区にある大和温泉。赤茶けた煙突から、絶え間なく黒煙が吹き出していた
薪を焚いている銭湯の場合、裏に回ると必ず薪置き場があった。当たり前だけど、作業場には薪をくべる人の姿が。場所も取るし、人手もかかる。このタイプの銭湯がどんどん少なくなっているというのも頷ける話である
一方、薪じゃない煙突からは、さほど派手に煙は出ないようだ。此花区にある千鳥温泉には、昨年末にリニューアルしたというピカピカの煙突があった。ここまで新しいのは逆に新鮮である
店の方に確認すると、重油を燃やして湯を沸かしているとのこと。こんな風にあまり煙が出てない煙突は、主に重油などの液体燃料を使っているとみていいようだ
さて、ここまで当たり前のように「煙突がある銭湯」を回っているが、もちろん「煙突がない銭湯」もある(主にガスで湯を沸かしている銭湯が該当)。統計データを出そう。
大阪市内の銭湯280店舗のうち、煙突があるのは約80%(独自調べ)
少し前まで銭湯の煙突のことなんて考えたことがなかったので、調べれば調べるほど煙突について詳しくなっていく。「頭カラッポの方が 夢詰め込める」論である。
ちなみにこんなローカルな煙突情報なんて、広いネットを探してもどこにも書かれていない。自分で開拓するしかない。
以前「
灯油タンク」について調査したときもそうだったんだけど、未知の分野を自分の足で切り開いていく、その過程もたまらなく愛おしいのである。
煙突の探し方
少し本筋からは逸れるけれど、煙突の探し方について少し書いておきたい。銭湯の煙突を巡るには、事前の調査が不可欠である。
大阪府公衆浴場組合によると、大阪市内にある銭湯の数は280店舗。ちなみに東京23区内はもっと多くて、約500店舗の銭湯があるらしい(2017年12月時点)。
もちろん全ての銭湯を巡って、煙突の有無を確かめてまわることもできるだろう。でも現代には「ストリートビュー」という便利なものがあるのだ。不要な手間はどんどん省いていこう。
まずは大阪府公衆浴場組合のサイトから、大阪市内にある全銭湯の位置情報を抽出する
そのデータを自作の簡単なプログラムに読み込ませて、各銭湯のストリートビューと衛星写真を一覧表示できるサイトを自動生成した。まだ煙突探しは開始していないのに、この段階ですでに煙突の姿が見えているのが分かるだろう
あとは表示されたストリートビューを見ながら、ひとつずつ煙突の有無を確認していく。いちいち銭湯の場所を調べてストリートビューを開いて……という途方もない作業が自動化されたので、比較的スムーズに全280箇所の調査が終えられた。こうした下調べによって弾き出された統計が、前ページにあるグラフなのだ。
またこの作業によって「煙突の見やすさ」も調べられた。ストリートビューでよく見える煙突は、実際に現地に行ってもよく見えるのだ。
自分の足で全箇所を巡るのが難しいときは、こういった方法もあることを知っておくと楽しく調査ができるのでオススメである。
煙突のかたち
さて話は戻る。銭湯の煙突のディテールを見ると、個体ごとに多用な個性があることが分かってきた。どれもこれも同じ円筒形だと思ったら大間違いなのだ。
生野区の南生野温泉。銭湯の煙突の中ではオーソドックスな形状ではあるが、やはり他のどの煙突とも違った肌触り感がある
立てられた年代、施工業者、そして長年に渡る使い込みによって、煙突の個性は様々に分岐している。いろいろと見て回ったけれど、ひとつとして同じ煙突は見つけられなかった。銭湯の数だけ煙突がある、と言っていいだろう。
なかでも明確な違いがあったのは、阿倍野区にある黄金湯
こちらは煙突の先端が先細っているのだ。文字が隠れてしまっていることから、後付けで被せられたものと推測する。ドレッシングの容器がちょうどこういう形なので、勝手にドレッシング型と名付けたい
一方こちらは、此花区の八木温泉。今回巡ったなかでは唯一の角形だった
建物もそうだし、隣にある貯水タンクも角張っていて謎のこだわりを感じる。とにかく全体的にカッコよくて、しばらく見とれてしまった。そうなのだ、煙突は別に円筒形でなくても良いのだ
もし今の時代に、煙突付きの銭湯がどんどん建てられるような状況だったら……と想像してみる。きっと店ごとに趣向を凝らした煙突が建てられて、デザイナーズ煙突みたいなのも多数あらわれていたに違いない。そんな時代も見てみたかったなあ。
煙突に書かれる文字
煙突といえば、銭湯の名前がペイントされているイメージがある。まわりの建物よりも高い位置にあるので、煙突とはすなわち広告塔としての役割もあるのだ。
たとえば西成区にある日の出湯では、
温泉マークと、その下には堂々とした銭湯名が。これぞ王道的な煙突である。赤サビも相まって、風情のかたまりみたいになっていた
遠くからでも異様な存在感を放っていたのは、生野区にある極楽温泉
手書きの筆跡が感じられる「サウナ」の文字が踊っていた
そういえば煙突めぐりを始めた当初は、このサウナみたいに「銭湯の名物」が煙突に書かれるのでは? という仮説を立てていた。しかしそんなことは全くなく……ここまでの煙突を見ても分かる通り、書いてあってもせいぜい「銭湯名」だけである。あるいは経年劣化で消えてしまっている煙突も多いのかもしれない。
名物については、表の看板に書かれている場合がほとんどだった。こればっかり集めて分析するのも、どう考えても面白そう。今度やろう
一方で、煙突に直書きではなく看板で掲示してあるところもあった。城東区つぼ花温泉
一文字ずつ看板になっていた。煙突のまわりに支えの骨組みが付いているのも特徴的である
お気に入りの煙突ベスト3
いろんな煙突を巡っていると、私のなかの「銭湯の煙突」像が実体を帯びてきた。煙突を観察し、煙突を知ることで、「これ、なんか良いな」という判断ができる基準が確立してきた感じだ。
その成果として、最後に私が見た中で「これは!」と思ったお気に入りの煙突ベスト3を紹介したい。
まず第三位は、旭区もみじ温泉。建物の裏手に回らないと見えない煙突が多い中で、ここは正面からしっかり見える良い位置にあるのが高ポイント
そしてこの端正なフォルムが素敵なのだ。煙突というより、どこか灯台を思わせる白さが美しい
煙突ではないけれど、表の看板にも注目したい。「バスクリン」である。今も使われているのか気になるところだが、残念ながら訪問時に銭湯は閉まっていた
第二位 都市部の煙突
第二位は、天王寺区にある東上温泉。鶴橋駅にほど近いところにあって、ビルが林立する都市風景のなかに溶け込んでいる。今となっては煙突の高さが足りてない気もする
それでいて材木置き場があることからも分かるとおり、薪式である
すぐ横にはJRの高架線。煙突と電車を同時に見上げることができる
正面に回ると、銭湯然とした店構え。良い
そして雰囲気のある第一位
私が一番グッときた煙突、それが生野区にある林寺温泉である。立派な門の向こうにチラッと覗く、背の高い煙突の頭
これがまた、何とも言えない風合いなのだ。いくつもの激動の時代を乗り越えてきた、歴戦の煙突という感じがする
周辺の町並みも相まって、煙突の渋さが際立っている。文句なしに一位に挙げたい
銭湯の煙突めぐり、今回の報告は大阪市内にある21箇所の銭湯を見てまわった成果である。これからはただ「銭湯の煙突」として一括りにするのではなく、もう少し細分化して語ることができるだろう。
数が圧倒的に多い、東京都区内の銭湯の煙突もいずれ調査していきたい。
消えゆく煙突
ストリートビューでは煙突があったのに、実際に行ってみたら廃業して跡形もなくっていた……という事態に二度遭遇した。21件まわって、うち2件が更地だったのだ。たまたま選んだ場所が悪かったのかもしれないけど、どんどん煙突が消えているというのは間違いなさそうだ。