ライチの木につくからライチ味?
虫なのに…ライチ??
詳しく話を聞くと、テングビワハゴロモライチやそれに近縁な果樹であるリュウガン(ロンガン)などの果樹の樹液を好んで吸うため、体液まで果汁のように甘くなる。そして一部の地域では子どもたちのおやつにまでなっているというのだ。
テングビワハゴロモを探してタイを訪れたのは2017年のゴールデンウィーク。日本ブームなのかバンコク市街にはこいのぼりが飾られていた。
ネットを漁ってみると、たしかに日本語のサイトに同様、類似の記述は見つかった。ある程度の範囲で認知された噂であるようだ。
……でもさぁ、そんなことってある?本当に?
タイのセブンイレブンでカタカナ表記の寿司(カリフォルニアロール)の宣伝を見ることになるとは。グローバル社会ってこういうことなんすかね。
生き物の味が食べている餌に大きく影響を受けるのは事実である。が、いくらなんでもそこまで単純じゃなかろう。そもそもライチの樹液が果汁と同じ味かという話である。
だいたいおやつなら最初っからライチ食えよ!あれか?日本の小学生が学校帰りにツツジやサルビアの花の蜜を吸うようなもんか?
テングビワハゴロモが多いという集落。
バンコク中心部から西へ数時間走ったところにある集落へ向かう。この場所を選んだ理由はたまたま確実に信頼できる目撃情報が仕入れられたからというだけであり、実際はタイ各地、あるいはラオスやミャンマーなど東南アジアのかなり広い範囲にテングビワハゴロモは分布している。
この集落でも「あんな虫、ここまで来なくてもバンコク周辺の果樹園にでも行けば普通に見られるでしょ?」と言われてしまった。うーん、あんまり聞きたくなかった情報だな。
地元の方たちに話をうかがってみるが、「この辺じゃ虫は食べないよ」とのこと。
小川にかっこいいカニがいたので数匹捕まえていくと喜ばれた。すりつぶして生のままソムタム(パパイヤのサラダ)に混ぜるらしい。…ジストマとか大丈夫?
スズメバチの巣が飾られていたのでてっきり蜂の子は食べるのかと思ったが「なんかカッコいいから置いてるだけ」だそうだ。
集落では親とはぐれた子リスが保護されていた。「食べるの?」とは冗談でも聞けなかった。
地元の方々の了承を得てからいよいよライチ狩り…ではなく虫採りを開始。
まばらに植えられているリュウガンの木の幹を見て回る。
木を見て回るとイロカエカロテスというトカゲがいっぱいいることに気づく。でも彼らがついている木にはテングビワハゴロモはあまりいないそうだ。食べられちゃうから。
発見!ヘンテコだけど超綺麗
とりわけ太い一本のリュウガン。その幹、ちょうど僕の目の高さにニョキッと赤く細い突起が生えていた。
いた!テングビワハゴロモだ。
これがライチ味疑惑のかかった虫、テングビワハゴロモ。
そしてもう1匹。今度は緑色の突起だ。
テングビワハゴロモには頭の突起が赤いもの、緑色のもの、白いものなどいくつかの種類があり、地域や季節によって見られる種が変わってくる。
この時はちょうど緑色の種の盛期だったようでまとまった数が観察できたが、赤いものはたったの一匹しか見られなかった。
緑色のものも。赤いものと比べると派手さはないが、これはこれで宇宙生物のような独特な佇まいである。
そっと近づき、手のひらをお椀のようにくぼませて取り押さえるのだが、これがなかなか難しい。
この虫、脚にバネのような機構が仕込まれており、危険を察知すると「パチン!」と跳ねてどこかへ消え去るのだ。その初速たるや、体感的にはバッタの比ではない。目で追えない、さながら瞬間移動のようである。
あっけにとられて周囲をキョロキョロ見回すと、あさっての方向で黄色い翅をパタつかせて飛んでいるのだった。
普段隠れている後翅は蝶のように鮮やかな黄色。翔ぶときはこの模様がチラチラと瞬いてとても綺麗。
試食! ライチというよりむしろ…
さあ、苦労はしたがなんとか捕まえたぞ『ライチ味の虫』!
ついに長年の疑念に決着をつける時が来たのだ。
ここからは記事のテンポ早いよ!
前情報だとキーポイントはこの角とのこと
友人の話では「天狗の鼻みたいな角を折ると、そこから果汁のような体液を吸い出せる”らしい”」とのことであった。
神経が集中している胸部を一思いに指で押さえて締め、角の先端を折り取る。…たしかに空洞だ。ストローのように。
角の内部はストローのような空洞になっている。ここから体液を吸い出すという話だったが…
ぽっかり口を開けた角の先を口に含み、一気に吸う!(※虫を生で食べるのは衛生面などからおすすめしません)
「!!…こ、これは!」
いや、味がどうこう以前にいくら吸っても何にも出てこないんですけど…。
「なーんも味しない!そもそも体液なんて出てこない!」
うん。角の内部は完全にがらんどうだったのだ。
おっとぉ、一気に敗色濃厚になってきた。というか、ほぼガセネタ確定では。
…というわけで、一気に決着をつけてしまおう。体液をすすれないなら、そのまま全身を食べるのみ。
あっ! これライチじゃない! ナッツだ!
カシュカシュと薄いキチン質の身体が口の中でほぐれていく。ライチやリュウガンを思わせるみずみずしさはまったくない。むしろモサッとしている。果汁のような甘酸っぱさは微塵も感じられない。しかし、噛みしめていくうちに身に覚えのある味わいが舌上に広がった。
ん?まったくライチじゃないけどなんかちょっとおいしいかも…。あっ、これピーナッツの風味だ!
裏から見ると針状の口とかがたしかにセミっぽいでしょ?
それもそのはず、テングビワハゴロモとセミは同じカメムシ目に属す、言ってみれば「親戚同士」なのである。エビとカニは味が似ている、みたいな話なのだ。
ただ一つ残念なのは、セミの方がいくらか味がよく、かつ食べ応えもある点である。テングビワハゴロモは食材としてはライチの代用にもセミの代用にもイマイチなり得ないことが明らかになってしまった。なお、この結果は赤いものでも緑のものでも同じ出会った。
イカした見た目は噂や迷信に説得力をもたらす
というわけで、テングビワハゴロモライチ味説は残念ながら否定されてしまった。
元をたどると、この虫が果樹につくことからイメージされた迷信なのだろう。あるいはこの手の虫には糖が含まれる甘いオシッコを出すものもいるから、その辺りの情報が混ざり込んで伝達ミスを起こしたのかもしれない。しかし、そんな出所不明でわりとトンデモな話でも「あるかも…」と思わせてしまうのは彼らの奇抜なビジュアルゆえにちがいない。
そういえば南米には近縁なユカタンビワハゴロモという虫がいるが、そちらにも「頭がめっちゃ明るく光る!」とか「噛みつかれたらすぐ異性とゴニョゴニョせんと毒だか呪いだかで死ぬぞ!」みたいな迷信がある。実際は発光も噛みつきもしないのだが。それだけビワハゴロモという虫たちがロマンあふれる姿形をしているということなのだろう。
車のリアガラスにも日本語が。…なんか情緒あっていいね。