たけやのパンが存在しない世界に驚きました
秋田ご出身で県外に引っ越された方が驚いたこと。興味深いことに同様の投稿が2件あった。
秋田県出身で、結婚して関東在住です。
「バナナボート」といえばマリンスポーツなのがショッキングでした。
秋田の「バナナボート」と言えば、全国区でいう「まるごとバナナ」の様な洋菓子なのです。
そもそも、バナナボートを製造販売しているたけや製パンが全国区じゃない事を知りませんでした・・・。
ちなみにたけやはマーラーカオもおいしいです。
yama☆さん
秋田県秋田市出身です。
秋田ではヤマザキパンはたけやパンでした。
なので、「春のパン祭り」も「たけや春のパン祭り」だったように記憶しています。ヤマザキといえばデイリーのヤマザキでした。
上京し、タケヤパンが存在しない世界に驚きました。
大阪出身の夫からは訳が分からないと言われますが、この製パン会社の地方別問題は多々あるのでしょうか?
ymkさん
「地元では全国区だと思っていたメーカーのパンが、県外に出たら売られていなくて驚いた」話といえば青森の工藤パンが一部で有名であり(青森では車を走らせていると「工藤パン」の看板がたくさんかかげられているのに気づく)常々気になっていた。
秋田ではそれが「たけや製パン」なのか。
確かめるべく秋田へ。一番最初に入ったスーパーで早速たけや製パンの「アベックトースト」(右)と、お、工藤パンの「イギリストースト」(左)も。まぶしいかな、これぞ東北のパン勢力…!
「バナナボート」とは死ぬほど食べるもの
秋田出身である当サイトライターの高瀬克子さんにもたけや製パンについて聞いてみた。すると投稿にもあった「バナナボート」の話が。たけや製パンといえば高瀬さんにとっては「バナナボート」なんだそうだ。
「うまいです! むかし死ぬほど食べました。ぜひ食べてほしい」と力強い。
で、到着するなり探したらスーパーのチルドデザートコーナーにシリーズそろってこの陣取りぶり
確かにこの光景に幼少からなじんでいれば、「バナナボート」といえばお菓子でありまさか地球上でもっともうかれたマリンスポーツのことを指し示すとは思いもしないだろう。
早速買ってイートインスペースで食べてみた
わ、なんだこのスポンジのきめの細かさは。スポンジじゃないなこれ「スフレ」だ
ちょっと待てちょっと待て、これは確かにおいしい。ちゃんとしたお菓子屋さんで売ってるレベルのやつだ
さらにスーパーやコンビニを歩いてみればどこへ行っても「たけや」のパンが並んでいる。関東生まれの関東育ちの私には初見のパンばかりなのである。
なるほど、これが秋田たけや帝国か…!
「ランチパック」が「フレッシュランチ」?
さて、そうして秋田駅を中心にスーパーやコンビニを練り歩くなかで、おやと思う商品にもぶつかった。
これを見てほしい。
分かりやすく山崎製パンの「ランチパック」の陳列棚なのだが、そのなかに…「フレッシュランチ」…?
で、見るとたけや製パンの製品のようである。
ほかにも関東住みの私にとってはヤマザキのパンとしてなじみのある「北海道チーズ蒸しケーキ」がたけやの名前で売られており、さらにヤマザキでいうところの「ふんわり食パン」に似た雰囲気のパッケージの商品がたけやの名のもとに「もちっとやわらか」という商品として並んでいる。
上、山崎製パン 下、たけや製パン
これはなかなかのパラレルワールドだ。置いてあるパンのメーカーが違う。似てるけどちょっと違う、景色(パン)。
違いとしては些細かもしれないがダイレクトに日常にかかわってくるだけに違和はじわじわと来るはずだ。じわじわと違いが身にしみ、しかしまたじわじわと慣れていく。転居とは文化を季節の変わり目のように味わうものなのかもしれない。
というか、ほんとにこれどういうことなんだろう。
ここまで来たからにはお伺いしますぞ、たけや製パンその本陣へ…!
秋田で創業、今年で66年目
こちらが秋田市にあるたけや製パンさん
工場の隣にはアウトレットの販売店もあった。いいですねいいですね…!
この日は大雨。頭のなかはパンでいっぱい、期待で目を血走らせた上にそこそこ雨にぬれた、あれ? ひょっとしてこのひと妖怪なのかな? 的なことになっている私を快く迎えてくださったのは企画課の加藤勇人さんだ。
よろしくおねがいします!
「ランチパック」と「フレッシュランチ」の関係性などとにかく聞きたいことはいろいろあるのだが順を追ってお話をうかがっていこう。
まずは何しろなんでここまで秋田にがっちりと根付き県の人々が全国展開のメーカーだと思うくらいの認知が深いかである。
(以下緑の文字は加藤さんのお話)「弊社は昭和26年の2月に創業いたしまして今年66年目を迎えているんですけれども、かつて秋田には3つパン屋さんがありました。
それを昭和55年に弊社が吸収して現在にいたってるんです。秋田でパンといえばうちが一社しかなかったということで浸透してるのかな、という気がいたします」
個人商店であった製パン店が大規模な流通メーカーとして台頭しはじめた時代、そこを秋田でぬきんでたのがたけや製パンだったのだ。
社屋入り口の胸像こそ創業者の武藤茂太郎氏(訪ね先の会社で胸像を見るのは尊い時間ですよね)
さらに秋田にこれでもかと根付いてきた理由はもう一つあるようだ。
コーヒー、粒あんグッディ、アベックトースト
がっちりと秋田に根付く、そのもう一つの理由はたくさんのロングセラー商品たちだ。こちらでは昭和30年代に発売されたパンが今なお複数種類販売され続けている(味自体は少しずつ今にあわせて調整しているそう)。
「若い人も親の世代からおやつとして与えられていたパンが『バナナボート』だったり、『粒あんグッディ』だったり、『アベックトースト』だったり、『コーヒー』だったりしたんじゃないかなと」
「もう誰が作ったかさえ分からないです。パッケージも変えていませんね」
かつてあったものが今もあり続ける。売り続けらることで当たり前にあるものとして認知も確固なのだろう。
たけやのパンといえばこれという人も多いらしい「アベックトースト」。ジャムとマーガリンのサンドパン
商品名もかっこいい上にパッケージもいかす。まんなかのあんこのイラストがリアル
パンだけど商品名がずばり「コーヒー」なのがクールすぎる。甘めのコーヒークリームなんだろうなと思って食べてみたらきちんと苦くてコクのあるちゃんとした「コーヒー」の味で驚いた
余談になりますが、秋田の人はコーヒーへの意識が高いんじゃないか。この取材のあと秋田県内だけのコーヒーチェーン「ナガハマコーヒー」にも行ったのだが、本気のうまいコーヒー店だった
君は「学生調理」を知っているか
さてそんな「かつてからあるたけやのパン」としてもう一つ有名なパンがある。
「学生調理」だ。
これ! コンビニですぐ見つかったので写真だけ撮らせてもらって後で買おうと思ったらその後どこへ行っても売り切れであった……! 油断した……
他県から来たものとしては何事かという商品名である。四字熟語としては動物電気(劇団名です)くらいのインパクトだ。
コッペパンにナポリタン、魚肉ソーセージのフライとキャベツのサラダがはさまっていて名前の迫力に中身が過剰に応じているところも良い。
「それこそ本当に昔からあるパンですね。
かつて学校の売店向けに学生さんに食べてもらうためのパンということで大きいものとか、たくさん具が入ったものを開発したんですけれども、一つのパンでおかずがたくさん食べられたら学生さんは喜ぶんじゃない? ということでテスト商品としてお持ちしたんですね。
そうしたらそのテスト商品を売店さんが新製品と間違えて販売してしまって。当然サンプルですので数本しかなかったんですけれども、今度いつ入るんですかという問い合わせがきたんです。
それでもうじゃあすぐ発売しようと。学生さんのリクエストの中で生まれた調理パンということで名前も『学生調理』と」
企画、開発、サンプル製作、即販売のスピード感のなかで波に乗るようにつけられたネーミングだったようだ。狙ってないところが最高にかっこいい。
このパン、2014年にラジオ番組にその面白さを買われ番組とのコラボ開発で「中年調理」という学生ではなく今度は中年に向けたパンがシリーズとして限定発売されて話題になっていた。もしかしたら見聞きした方も多いかもしれない。
がっつりした量の多さでいうとさきほどご紹介した「アベックトースト」も実はこの物量感。こんな袋菓子パンみたことないぞ。学生街の食堂のようなサービス精神
山崎製パンのグループ会社でもある
さて、先ほどスーパーやコンビニを偵察したなかで大きな謎だったのが、山崎製パンの商品との関連性だ。
ヤマザキの「ランチパック」とたけやの「フレッシュランチ」が並んで売られている
うかがってみると、こちらは山崎製パンのグループ会社なんだそうだ(前述の青森の工藤パンも同様に山崎製パングループとのこと)。
「『フレッシュランチ』というのは基本的に弊社の開発した自社開発商品なんです。
『ランチパック』というのは全国展開という感じで。
機械は山崎製パンと一緒です。パンは一緒で中が自主開発なんです。
もともと私どもも『フレッシュランチ』ではなく『ランチパック』として商品を出していたんですね。
それをお互いの自社規格でやりましょう、ということになりまして。
『ランチパック』というのは山崎製パンのブランドですので、私どもの独自のブランド名として『フレッシュランチ』として差し替えたかたちです」
ひとつ買ってみた『フレッシュランチ』。またコーヒーの話になってしまうが、これまた本格的な味わい深いコーヒークリームだった。秋田の人コーヒー本気で好き疑惑が止まらない
ちなみに山崎製パンと同一商品名で売られている「北海道チーズ蒸しケーキ」は自社規格としてまだ切り替わっていない状態、ということ。なるほど!
秋田は寒いので半生に近い食パンを出した
さらに気になっていた食パンの「もちっとやわらか」だ。パッケージが山崎製パンの「ふんわり食パン」に似ている。
冒頭でもご紹介したこちらですな
こちらも、商品の方向性としては「ふんわり食パン」同様、耳まで白くやわらかいという切り口で作られた食パンだそう。
ただし、「ふんわり食パン」とは配合が違う。秋田は寒い土地なので低い気温で食パンのようなパンは固くなりがちなのだそうだ。そこを「もちっとやわらか」は気候に合わせた柔らかい状態で出荷することで固くなりにくくしているという。
「配合としてはかなり生っぽい配合にしています。寒いエリアなので、寒くてもかたくならないパンということで作っています」
方向性は同じでも、地域に合わせた結果違う商品になる。パッケージの雰囲気は踏襲しつつも商品名で差別化しているということのようだ。
確かにかなりしっとりしていた…!
続いて投稿にあった「たけや春のパン祭り」について聞いていきます!
たけや春のパン祭り?
冒頭に紹介した投稿に、「『春のパン祭り』も『たけや春のパン祭り』だったように記憶しています」とあったがこれもかつては本当にそうだったという。
これも山崎製パンとたけや製パンがグループ関係にあることに関係しているようだ。
「『春のパンまつり』というのが定着するまではうちが主導してやっていまして、そうやっていくうちに認知が広がりましたのでもともとの『ヤマザキ春のパン祭り』にして今はやってますね」
ヤマザキであれたけやであれ、春になればパンを祭ろうという気持ちはひとつである。
お土産ではなく県内に向けて「いぶりがっこパン」を作る
と、自社開発への注力が伝わってきたところでもう一つ気になっていたことがある。
コンビニでもスーパーでもたけや製パンのパンはやけに「秋田」推しなのである。
秋田県内でなぜ秋田県をテーマにしたパンを売るんだろう、他県の名物なんかを入れた方が売れるんじゃないか…と思っていたのだがそうでもないようなのだ。
コッペパンにも「あきた」の名が入っていて男鹿の塩が使われている
「当初私のほうは秋田で売るなら、たとえば福岡ですとか兵庫ですとか、遠地のものを提供したほうがお客様には喜ばれるんじゃないかと思っていたんです。が、秋田のもののほうが非常に喜んでいただけたという」
そうなのか…!
そういう流れで販売されている「いぶりがっこのパン」!!
いぶりがっこがパンの中に2枚入っている。本気だ
「いぶりがっこパンは今月(7月)で一旦おわりです。
いぶりがっこは冬雪の中から大根を収穫していぶして作っているんですけれども、これが12月なんです。ですので旬的には1月。
お土産としては年中ありますけれども、うちの場合はこれはお土産として売っているわけではないので、時期に合わせてその年にとれた旬の大根だけを使ってやりたいという企画なんです。
来年の1月くらいにはもしかするとまた販売できるかな、というところですね。新米と同じで。旬のいぶりがっこを入れないとと思っています。」
いぶりがっこに「旬」があるとは知らなかった。確かにおいしいいぶりがっこを食べなれている秋田の人々に向けるとしたら旬の時期のみの期間限定商品でしかありえないのだろう。
カレーパンも秋田の名産をベースに開発
地元の原料を使うのには原料が不足したり原価が高くついてしまうなど苦労もあるということだったが、それでも作るくらい地元に受け入れられているのだそうだ。
工業団地のパン、「工団パン」とは
地元に受け入れられる、といえば本社近くにあるたけやパンがフランチャイズで運営しているデイリーヤマザキにはハッとさせられた。
こちら、店内にベーカリーがあるタイプの店舗なのだが完全な独自開発で店舗スタッフが考案、製作する「工団パン」というものを出して人気だそうなのだ。
写真の田口店長はじめ店の方が自力で開発している(むりにポージングをお願いしてしまった)
推し方がすごい
秋田工業団地店で売っているパンだから工団パンである。地元への密着もいよいよ本格的なことになっている。
「工団あんぱん」はあんとクリームの入ったパン。焼印のこの主張!
考えてみれば「工団」というのは「工業団地」の略だろう。工業団地であれば秋田工業団地以外にもほうぼうにあるはずで、限定された固有名詞ではないはずだ。
パンに、工業団地と書いてある。
そんなことある訳ないとわかりつつ、工業団地味のパンについて思いをはせた。なんだ、この時間帯。
そして食べてみればこの工団パン、本当にどれもおいしい。フィリングが贅沢に使われ、味の方向性がクッキリしている。迷いのない味だ。
エビカツタルタルをはさんだ「工団バーガー」、油断してかぶりついたらこっちにも焼印があった
秋田に来て、秋田のパンにふれ、そして工業団地と書いてあるおいしいパンを食べた。
たけや製パンの全貌をつかんだようで、まだつかみきれないないようで、しかしそうやってつかみきれないものこそが自分が生まれ育った土地とは違う土地の食文化なのだろうな、と、妙にふにおちた。
パンがうまい
さて、取材の際におみやげとしてたくさんのパンをいただきつつ、自分でもスーパーやコンビニでここぞとばかりたけやのパンを買ってきた(もちろん秋田のそのほかの名物も大量に買って自宅に送りつけた。最高だ)。
自分の地元のパンではないスペシャリティがそう感じさせるのかもしれないし取材させてもらった感謝からそう思うところも少なからずあるかもしれないが、パンはどれもおいしかったのだ。
コッペパンはやわらかく、ジャムはしっかり酸っぱい(あまったるいだけじゃない)。コーヒーには苦味があって、あんこはガツンとしょっぱい。クリームにもこくがあった。
工団パンもそうだったのだが、どういう味にしたいかという方向性がはっきりしているように感じた。
長く秋田で秋田に向けてパンを作っているのだ、秋田県の人の好みを知っているから味がブレないんじゃないか。
というか、秋田はなんでもうまいんじゃないかなもしかして