特集 2015年5月27日

「ファミマ入店音」の正式なタイトルは「大盛況」に決まりました

あのチャイムの作曲者、稲田康さんと記念撮影
あのチャイムの作曲者、稲田康さんと記念撮影
どんなものにもそれをデザインし、作り、生み出したひとがいる。

ファミレスの伝票たてるためのアクリルの筒だって、形をデザインしたひとがいて、アクリルを切って作っている人がどこかにかならずいる。

あの、ファミマの入店音にしても作曲したひとがいるのだ。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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印象深いファミマ入店音

ファミリーマートに入ると聞こえるあの音「♪ちゃらららららーん、ちゃららららー」というチャイム音。あまりにも日常に溶けこみすぎて、ふだんはあまりきにしないけれど、言われてみればたしかにきになる音である。
みなさまご存知、ファミマ入店音。
他のコンビニの「ピンポーン」とか、「ピロリロピロリロ」といったそっけないチャイム音に比べるとちゃんとメロディになっているので、記憶に残りやすい。

印象深いメロディなので、勢いあまって、勝手に歌詞までつけてしまったこともある。いったいあの耳なじみするメロディはなんなのか?

「私が作曲しました」

こちらが、あの「ファミマ入店音」の作曲者、稲田康さんだ。
(ファミマのチャイムは)冗談で書いたような作品ですから
(ファミマのチャイムは)冗談で書いたような作品ですから
あのメロディの創造者が今、目の前にいる……と思うと、感慨もひとしおである。

「いやー、あんな半分冗談で書いたようなもので作曲者なんていわれるのはねぇ、ほかの作曲家のひとに申し訳ないよー」
と、謙遜する稲田さん。現在は指揮者として活動しておられ、作曲はほとんどすることはないという。
現在、稲田さんはコンサートでの指揮だけではなく、市川猿之助スーパー歌舞伎やオペラでのオーケストラの指揮など多方面でご活躍されている
現在、稲田さんはコンサートでの指揮だけではなく、市川猿之助スーパー歌舞伎やオペラでのオーケストラの指揮など多方面でご活躍されている
――そもそもこのチャイム音はどういう経緯で作曲なさったんですか?
「今から36年近く前かな、29歳ぐらいのころ、松下電器(現在のパナソニック)で出してる冷蔵庫とか洗濯機なんかの出す音の調整をやってたんですよ、嘱託で」

――音の調整ですか
「そう、音程が悪すぎるとか、アタック音が強いとか。例えば、カァーンって冷蔵庫開けた瞬間鳴ったらびっくりするじゃないですか? まあ、そんな冷蔵庫ありませんけど、例えばね。そこをね、ファーって感じにすると、なんか、ゴメン!みたいにやさしく扱おうって気持ちになるでしょ、そういう調整をしてたんです」

――ということは、その中でのお仕事のひとつとしてチャイムを作曲された?
「そういうことです」
このチャイムがこんなに色んなところで使われるとは思ってなかったそうだ
このチャイムがこんなに色んなところで使われるとは思ってなかったそうだ
一般的に「ファミマ入店音」と言われているあの音は、1978~79年ごろ、稲田さんが松下電器の家電製品のチャイム音をチェックする仕事をしていた時に、ドアホン用チャイムとして作曲したもののひとつだった。

稲田さんが作曲したチャイムが入ったドアホンは現在もパナソニックから販売されており、ネットからでも入手することができる。

そういうわけで、あのチャイムは、ただたんにファミリーマートがパナソニック製のドアホンを各店舗で採用している、というだけの話で、ファミリーマートが特別に作ったチャイムというわけではない。
たまに「一般家庭なのにファミマのチャイムがなる家」が存在するのはそのせいだ。

権利関係があやふやになってた

――最近、ファミリーマート以外のところでもこのメロディを聞く機会が増えたような気がします
「数年前に演劇かなにかで、このチャイムを使いたいって相談がパナソニックにきて、そういえば権利関係どうなってんだってことになったんです」

「それでも三十数年前の話でしょう? お互い(パナソニックと稲田さん)とりかわした書類もあったはずなんですけど、どっちもなくしちゃっててね、弁護士たててちゃんと権利関係ハッキリさせたんです」
権利関係の申請をした時につかった楽譜をみせて頂いた
権利関係の申請をした時につかった楽譜をみせて頂いた
権利関係が不明瞭になっていたこのチャイム、稲田さんが改めて書類を取り交わして権利関係をはっきりさせてから逆に様々なシーンでの利用が増え始めたらしい。

正体不明だった曲の素性がハッキリし、逆に利用しやすくなったのかもしれない。

――(ネットなどで)使用される場合は稲田さんに連絡がいくんですか?
「ないない、全然ないですよ」

――いいんですか!?
「厳しく言えばねえ……ダメなんですけども……そんなの別にいいですよね」

――よかった……実は先日みんなでファミマ入店音の歌詞を考えようって企画(こちら)を勝手にやっちゃったんです……。
「あぁ、そうですか、あはは」
作曲者のお墨付きもらったぞー!
作曲者のお墨付きもらったぞー!
YouTubeなどで自分がアレンジして演奏するなど、常識的な使用にかんしては稲田さん自身は特に気にしていないようで胸をなでおろしたが、やはり、さすがにちょっとということもあったらしい。

「テレビのバラエティ番組の中であの音がしばらく使われててね、友達から『稲田さん、出てるねー』なんて言われて気づいて、それはパナソニックに調べてもらって、ちゃんと印税払ってもらいました」

――印税は「ファミリーマートで一回鳴ったら1円」みたいな話はじゃないんですね。
「あはは、いやー、そうだったらいまごろ大金持ちですよ」

――稲田さんの方からご指摘されたのはそれだけですか?
「そうですね、それだけですね、さすがにテレビはね。あとはヤマハが出してる『これが弾けたら人気者』みたいな楽譜集があって、そこに載ってるんです。そこからは1冊売れたら数十円づつみたいに印税はもらえますね」

実をいうと、ぼくはその本をたまたま買って稲田さんの名前を知り、コンタクトをとって取材をお願いしたのだ。
この楽譜集に稲田さんの作品が載ってた
この楽譜集に稲田さんの作品が載ってた
ピアノは全く弾けないけれど、ファミマの入店音ぐらいなら練習したら弾けるようになるかなと思って買ったのだが、弾けるようになるより先に、作曲者の人に会ってしまった。

教会のチャイムをイメージして作曲した

――あのチャイムを作曲するにあたり、なにかイメージしたものはありますか?
「うーん、ヨーロッパの教会の鐘のイメージかな。チロル地方の教会とか、ウェストミンスターの鐘のような」

――確かに、言われてからきくと学校のチャイム(ウェストミンスターの鐘)の雰囲気に似てる気はしますね。このチャイムを作曲する他に、例えばボツになった曲はありますか?
「いやー、ボツになった曲は覚えてないし、楽譜ももうないんでね、その代わりこのまえ家からこんなテープがごっそりでてきたんですよ」

そう言って見せてくださったのは様々な作品のテストで作曲した音が入っているテープだ。
40年ほど前のテープだ
40年ほど前のテープだ
――「四季のメロディ」とか、すごく気になりますね。
「これはね、当時季節によってチャイムがかわるインターホンかなにかの開発をしてたのかな? 日本の四季の童謡を私が編曲したんですね」

実際の音はこちらだ。
――これは現在は使われてないんですか?
「おそらく使われてないでしょうね、この前数十年ぶりに聞き返してみたんだけど、よく出来てて、なかなかいいじゃないかと思ったんだよね」

過去にやった仕事をこうやって振り返ってみて、よく出来てるなと思えるのはなんだかうらやましい。

――こちらのテープは「1978年松下チャイムテストテープ」とありますが?
「これもおそらく使われてないでしょうね」
1978年という年代からみると、現在ファミマで使われている機種に入っているメロディーのプロトタイプかもしれない。
全体的に音が短く、曲調もそっけない感じのものが多い。

ただ、後半の6曲はファンファーレっぽいものや、コントのオチっぽいもの、SF風のもあり、なかなか面白い。
もし、ファンファーレみたいなメロディが採用されていれば、今頃ファミマの入店音は「登場したときみたいな音だな」なんて言われてたかもしれないし、パラレルワールドのファミマではSFっぽい入店音が鳴ってるかもしれない。

ぐうの音も出ない「弾いてみた」

ファミリーマートのチャイム。せっかくなので、稲田さんに演奏していただいた。自作自演というやつである。自作自演を本来の意味で見る機会はなかなかない。
YouTubeを検索すると「ファミマ入店音」を「弾いてみた」として動画をアップしているひとがたくさんいるけれど、これほど由緒正しい「弾いてみた」はないだろう。なぜなら作曲者本人だから。

作曲者本人による自作自演の、印籠を見せつけられたような、ぐうの音の出なさったらない。

3度と5度の工夫

稲田さんによると、このチャイムには、3度の音程と5度の音程を使った工夫があるという。

音程というのは、ふたつの音が重なったときの音の響きのことをいうのだが、3度、5度というのは、そのふたつの音がどれだけ離れているかを表す。

比較的やわらかい、優しい印象のある3度の音程と、空虚でどことなく冷たいイメージのする5度の音程。

ファミマ入店音は、最初3度の音程で始まり、3度のまま盛り上がったところで、5度の音程ですこし冷たい雰囲気を出して、最後は3度の音程で解決する。という、流れがある。
優しさ→空虚さ→安心という流れがある
優しさ→空虚さ→安心という流れがある
こんな短いメロディの中にも空虚さや柔らかさといったストーリーが詰まっている。

たしかにこのメロディ、最後の方がちょっとさみしい雰囲気があるなと思っていた。と、言うと「おれは前からそう思ってた」みたいな話で恥ずかしいけれど、歌詞をつけてもらう企画の時、悲しい内容の歌詞をのせても意外としっくりくるなと感じたのはそういうことだったのだ。

3度の音程は他にも

稲田さんの作曲した音はこれだけではない。実はこんな音も作曲してる。
エレベーターの音だ。稲田さん自身による演奏を聞いていただきたい。
この音は聞いたことがあるというひと、かなりいると思う。こんな音まで作曲者がいるのだ。

「こんな音」ってちょっと失礼な言い方になってしまったけど、あえて言わせてもらった。

このエレベーターの音も柔らかい印象になるよう、3度の音程を使っているという。
3度の音程で音が優しい感じになるんです
3度の音程で音が優しい感じになるんです
いわゆるインテリジェトビルのエレベーターでよく聞くやつだ。

エレベーターメーカーは、こんな短い音にまで気を使ってるのかと感心すると同時に、どんなものにも作った人がいる。そのへんからわいて出てきたわけではない。ということを改めて認識する。

ファミマじゃないチャイムも使われている

稲田さんが把握しているもので、現在でも使われているチャイムは他にもある。
これは、ファミマ入店音よりもすこし長いメロディだ。

稲田さんの話によると、王子のホールで鳴っているのを聞いたことがある、とのこと。
こちらも「ぜったいどこかで聞いたことある!」というメロディだ。

しかし、聞いたことあるとはいうものの、どこで使われているかなかなか思い出せなかったのだが、いつも打ち合わせで行く練馬高野台のバーミヤンで、何かのタイミングで鳴っているのは確認できた。

上記ふたつのメロディとファミマの入店音は、現在販売されている機種に収録されている音だ。

同行してくれていた編集部の古賀さんは「この音きいたことあるー!」と完全にミーハーのノリで瞳孔がぱっくり開きっぱなしの大興奮状態だった。

「ファミマ入店音」の正式なタイトルを決めてもらおう

さて、この「ファミマ入店音」。ファミマに入ると鳴るから俗に「ファミマ入店音」とか「ファミマのチャイム」なんて言われている。

しかし、別にファミマじゃなくても鳴ることもあるし、ただたんに入店音とかチャイムというだけではもったいないほど人口に膾炙している。

そこで、これを機に稲田さんに「ファミマ入店音」の正式なタイトルを決めてもらいたいと思う。

――いかがでしょうか?
「ハハッ、こりゃたいへんなことになったな、わかりました、ちょっと考えてから後ほどでもいいですかね」
「こりゃ大変なことになったな」「すみません!」
「こりゃ大変なことになったな」「すみません!」
というわけで後日、ほんとうにタイトルがメールで送られてきた。
西村様へ

先日はありがとうございました。ファミマの入店音ですが命名しました。

メロディーチャイムNO.1 ニ長調 作品17「大盛況」

としました、よろしく御願いします。
おぉ、交響曲風のタイトルきました。このチャイム、ニ長調だったのか、とか、作曲順でいうと17番目なのか。といった新しい発見もありおもしろい。

タイトルに「大盛況」とつけたところなどは、コンビニで使われているということを考慮した稲田さんなりの気遣いだろう。

とにかく、あのチャイムは「大盛況」という正式タイトルが決定したので、今後あのチャイムを表記する場合は、「ファミマ入店音こと『メロディーチャイム第1番・大盛況』」などのように、正式タイトルを踏まえた表記をするように、皆様ご協力のほどよろしくお願いたします。

日常の中のクリエイティブ

稲田さん自身は、30数年前「大盛況」を作曲した当時、まさかこんなに長く使われるチャイムになるとは夢にも思ってなかったという。

3度と5度の工夫のように、実際インターホン用のチャイムにそこまでストーリー性が必要なのか? という疑問もないではないのだが、逆にメロディに起伏があるからこそ、作曲から40年近く経つ今でも使われ続け、いろんなところでこねくり回されつづけている理由かもしれない。

ぼくもどこでどんな仕事が残っていくのかわからないので、ちゃんとしようと思った。
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