特集 2014年6月13日

「牛鍋」と「すき焼き」の違いとは? 横浜の老舗2軒に聞いた

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牛鍋とすき焼きの違いは何か? と聞かれると全く分からない。筆者は「すき焼きの古い呼び名が牛鍋で、実際の料理内容は同じでしょ」と思っていた。

しかし「牛鍋とすき焼きの違いはありますよ」という投稿をいただいたのだ。これは調べる以外に進む道はない…。

はまれぽ.com 藤井 涼子
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牛鍋? すき焼き? 区別がつかない・・・
牛鍋? すき焼き? 区別がつかない・・・

牛鍋とすき焼きの違いを文献から紐解く。「牛鍋」と「すき焼き」

よく考えてみれば、名前が違うのだから内容が違うというのも当然かもしれない。
それにすき焼きに関しては、関東風と関西風があるというにわか知識があるが、それがそれぞれどのような違いがあるのか明確に分からない。

これを機会に、キッチリ調べようではないか。
まず手始めに、広辞苑で牛鍋とすき焼きについて調べてみた。
広辞苑 第五版
広辞苑 第五版
広辞苑には、以下のような内容が書いてあった。

「牛鍋」
牛肉を野菜などと鍋で煮ながら食う料理。明治時代行われた、現在のすきやき風のもの。うしなべ。


「すき焼き」
牛・鳥肉などに葱・焼き豆腐などを添えて鉄鍋で煮焼きしたもの。
維新前まだ獣肉食が嫌われていた頃、屋外で鋤(すき)の上にのせて焼いて食べたからとも、肉をすき身(薄切り)にしたからともいう。


・・・これでは、牛鍋とすき焼きの違いは全然分からない。

牛鍋とすき焼きは、広辞苑の見解では使用する肉が「牛肉」と「獣肉食」との違いはあるものの、牛鍋を「すきやき風のもの」と紹介しているので、調理法としてはほぼ同じと捉えられる。

過去から現在までの「美食家」と呼ばれる有名人は、牛鍋やすき焼きをどのように食べていたのだろうか?

まずは、すき焼きから調べてみた。

漫画『美味しんぼ』の海原雄山のモデルとも言われ、芸術家であるとともに、美食家としても名を馳せた北大路魯山人(1883~1959年)が食した美食の中でも、特にこだわったのが「すき焼き」という。

それはどんな食べ方なのだろうか? こちらの本からその答えを探した。
『すき焼き通』 向笠千恵子著
『すき焼き通』 向笠千恵子著
「魯山人風」と思われる、すき焼きの作り方はこう。
1、牛脂を熱した鉄鍋に入れて、脂をあぶり出す。肉を入れ、軽く焼き色をつける。酒(適宜)を振り入れ、みりん(ごく少々)をおまじないで落とす。
2、さっと焼いた肉を食す。
3、次にネギを焼く。太めのネギの白い部分を5㎝くらいにぶつ切にし、鍋の中に縦にして鍋に並べる。

肉以外の具はネギのみのようだ。
肉、ネギ、肉、ネギ、と順番に焼き、その順番で食べる、という流れ。
魯山人は「ネギは根深にかぎる」と言ったとか言わないとか・・・(フリー画像より)
魯山人は「ネギは根深にかぎる」と言ったとか言わないとか・・・(フリー画像より)
次に、美食家として有名であった小説家、池波正太郎の本『男の作法』からすき焼きを調べた。

そこには「いい肉を使うか、安い肉を使うかで、すき焼きの作り方は違ってくる」とあり、2通りの作り方が書いてあった。
『男の作法』 池波正太郎著
『男の作法』 池波正太郎著
「いい肉を使って焼く時は、肉を焼いて、割り下(わりした)を少し。それをパッと食べる」とし、何枚か肉を食べた後に、野菜。といっても、野菜はやはりネギだけのようだ。
「割り下」とは、だし汁に醤油・みりん・砂糖・酒などの調味料を加え煮立てた汁のことで、つまりは、すき焼のタレのことだ。

一方、安い肉の場合は、濃い割り下にしらたきや豆腐も一緒に入れて、「鍋が焦げつくくらいに甘辛く煮て食うのも、これはこれでいいもんなんだ」と紹介されていた。
憧れの「いい肉」(フリー画像より)
憧れの「いい肉」(フリー画像より)
ひと言で「すき焼き」と言っても、色々な食べ方があるようだ。

では、牛鍋はどうなのだろうか?
先ほどの『すき焼き通』にも『男の作法』にも、牛鍋についての記述はなかった。

そこで、横浜にある、牛鍋を扱う老舗へ取材に行き、牛鍋とすき焼きの違いを調べてみることにした。

明治26年創業、牛鍋の老舗「じゃのめや」へ

横浜市内には現在、明治創業の牛鍋の老舗が3軒あるようだ。
いずれも中区に位置し、店名は「じゃのめや」、「荒井屋」、「太田なわのれん」。

今回の取材の内容「牛鍋とすき焼きの違いを教えてもらいたい」ということを事前に電話で伝えたところ、残念ながら、太田なわのれんは取材NGだったが、じゃのめやと荒井屋は取材に応じでくれるという返事だったため、さっそくお店へ向かった。

はじめに伺ったのは、地下鉄阪東橋駅から徒歩5分のところにある、じゃのめや。
じゃのめや代表取締役 山崎義昭さん
じゃのめや代表取締役 山崎義昭さん
じゃのめやの創業は1893(明治26)年。今年で121年になる牛鍋店だ。
メニューは牛鍋としゃぶしゃぶとなっている。
メニューは牛鍋としゃぶしゃぶとなっている。
早速、山崎さんに、牛鍋とすき焼きの違いについて質問してみた。

牛鍋とは、「鉄鍋に割り下を入れて、そこへ肉や野菜を入れてグツグツ煮る」というもの。

それに対して、すき焼きとは「鉄鍋に、はじめにざらめ(砂糖)を撒く、そこにお肉を入れ、お醤油をちょっとかけて食べるというもの」とのこと。ざらめと醤油を使って、肉を焼きつけて食べる、というすき焼きの方法は、現在は「関西風すき焼き」と呼ばれている。
「関西風は自分でやってみたら焦げちゃって」と山崎さん
「関西風は自分でやってみたら焦げちゃって」と山崎さん
「自分の好きなように焼いて食べる、っていうことから”すき焼き”っていう名前になったんじゃないかな。やっぱり関西風のやり方が本来のすき焼きだと思うよ」と山崎さん。

じゃのめやの牛鍋は、はじめに鉄鍋に割り下を入れ、沸騰したところでお肉、つづいて野菜を入れ煮込む、という流れだそう。
(画像提供:じゃのめや)
(画像提供:じゃのめや)
「この関西風すき焼きと牛鍋の『いいとこどり』をしたのが、関東風すき焼きではないか」と山崎さんは指摘する。

関東風すき焼きとは「熱した鉄鍋に牛脂を入れ、はじめに肉を焼き、割り下をジャーッと入れてから肉を食べる。そのあとに、残りの肉と野菜などの具材を入れ煮込む」というものだそう。

日本人は明治時代から牛肉を食べる習慣が始まった。

当時の関東は牛鍋屋が主流であったそう。しかし、関東大震災でお店が燃えてしまったりして、一度に多数のお店がなくなってしまった。
大正15年撮影 じゃのめや本店(画像提供:じゃのめや)
大正15年撮影 じゃのめや本店(画像提供:じゃのめや)
その時に関西からお店を出店する人や料理人が関東に進出してきて、関西風のすき焼きが伝わってきたのではないか、と山崎さんは話してくれた。

「やっぱり、ざらめを使って肉を焼くのは焦げやすくって難しいから、いいとこどりをした関東風のやり方が広がったのかも知れないね。」とのこと。
お店の前の看板には牛鍋ではなく、「すきやき」の文字が!
お店の前の看板には牛鍋ではなく、「すきやき」の文字が!
ここ!
ここ!
看板が「すきやき」になっている理由については、関東で、牛鍋屋からすき焼きがはやり始めた時に一度、メニュー名を流行に乗って「すきやき」に変更した時期があったそう。

しかし、「横浜発祥と言われる牛鍋を大事にすべきだ」と、またメニュー名を牛鍋に戻した、という経緯があるそうだ。

では、もう一軒の牛鍋の老舗、荒井屋の見解はどうだろうか。次に荒井屋へ取材に向かった。

創業119年の歴史!荒井屋へ

荒井屋は、じゃのめやから徒歩5分程度のところにある。

出迎えてくれたのは、荒井屋4代目、美人女将の荒井順子さん。
創業1895(明治28)年の荒井屋
創業1895(明治28)年の荒井屋
歴史を感じる、趣ある個室に案内していただいた
歴史を感じる、趣ある個室に案内していただいた
椅子に座るなり、さっそく牛鍋とすき焼きの違いについて質問すると、「一言でいうと、牛鍋は『グツグツ』煮るもの、すき焼きは『ジュージュー』焼くものです」とのこと。

牛鍋は、一人分の肉や野菜を鉄鍋に入れ、そこに割り下を注ぎ火をつけてグツグツする。

すき焼きは、はじめに肉をジュージュー焼き、その後にネギや野菜などを加えていくというもの。肉を焼く時の味つけが「ざらめ(砂糖)と醤油」の場合には関西風すき焼きと言われ、割り下を使う場合は関東風すき焼き、と言われるということだそう。

なるほど、じゃのめやの山崎さんの説明と全く同じ内容だった。
牛鍋の歴史背景にも詳しい女将さん
牛鍋の歴史背景にも詳しい女将さん
牛鍋は横浜発祥と言われている。横浜港が開港し、横浜に外国人居留地ができた。

そこで、外国の人々が食べていた牛肉に日本人が興味を持ち、食べ始めるようになったのが、幕末から明治初頭ということらしい。

当時は、食べ慣れていない牛肉のくさ味を消すために、醤油や味噌を使い鍋で煮込むということをやってみたところ、あまりの美味しさに大流行したということのようだ。これが牛鍋の始まりとなる。

山崎さん同様、やはり女将さんも「牛鍋は横浜発祥、すき焼きは関西から流れてきた雰囲気がある」と話していた。

牛鍋とすき焼きの違いを見る!

荒井屋には「牛鍋」と「すき焼き」の両方のメニューがある。

その調理法がどう違うのか、実際に見せていただいた。

はじめに牛鍋から。

火をつける前に、肉や野菜、豆腐などの材料が全部鍋に入っている。
写真は牛鍋の「あおり」1人前3500円(消費税込、サービス料別)
写真は牛鍋の「あおり」1人前3500円(消費税込、サービス料別)
ここへ割り下を入れ、火をつける。はじめは強火で煮るのがコツだそう。
秘伝の割り下は10種類程度の材料を使用しているそう
秘伝の割り下は10種類程度の材料を使用しているそう
肉を返しながら、グツグツ
肉を返しながら、グツグツ
さっと煮えた肉を一番初めに味わう。

その後に、煮込んで割り下の甘辛い味が染み込んだ野菜や肉を一緒に食べる、というのが牛鍋の美味しさだ。
生卵にからめて、いただきます!!
生卵にからめて、いただきます!!
荒井屋ではA5ランクの牛肉を使用しているとのこと。

全体に脂のサシが入っていて、やわらかく、もちろん美味しい。ひと口めの肉はさっと煮ただけなので、それほど割り下の味が強くなく、肉本来の旨みが味わえると感じた。

徐々に味が染み込んでいく肉と一緒に生卵をたっぷりからめて食べていく、という味の変化も楽しめた。

続いて、すき焼き。
特撰5000円(消費税込、サービス料別)写真は1人前
特撰5000円(消費税込、サービス料別)写真は1人前
はじめに熱した鉄鍋に牛脂を入れる
はじめに熱した鉄鍋に牛脂を入れる
火をつける前に、材料をすべて入れていた牛鍋とは違い、熱した鉄鍋へ一枚ずつ肉を入れて焼いていく。
ジュージューと音がし、香ばしい香りが漂う
ジュージューと音がし、香ばしい香りが漂う
荒井屋のすき焼きは、割り下を使った関東風だ。肉に火が通ってきたら、割り下を注ぐ。
ジャーー!!
ジャーー!!
そして、はじめに肉をいただく。
すき焼きも生卵が必須でしょう
すき焼きも生卵が必須でしょう
はじめに焼きつけているので、牛鍋に比べてすき焼きの方が肉が香ばしい。

荒井屋では「牛鍋とすき焼き、半々くらいの注文数」とのことで、確かに甲乙つけがたい美味しさだ。

何枚か肉を食べた後、野菜や豆腐などを加えて煮る。
荒井屋では太くて甘い「千住ねぎ」を使用しているそう
荒井屋では太くて甘い「千住ねぎ」を使用しているそう
これですき焼きは完成。このまま煮込みつつ、生卵につけていただく。

「普通の家庭で食べている『すき焼き』とは、みんな牛鍋なんじゃないかしら」と女将さんは言っていたが、同様のことを、じゃのめやの山崎さんも言っていた。

確かに、冒頭に紹介した「男の作法」に載っていた二通りのすき焼きの作り方のうち、「安い肉の場合は」と紹介してあった作り方は、牛鍋の作り方だ。

牛鍋とすき焼きには作り方という点で明確な違いはあったが、普通の家庭で食べるすき焼きは、そこまで厳密に「牛鍋かすき焼きか」使い分けていない、ということのようだ。

<まとめ>

「牛鍋」
牛肉と野菜を一緒に鉄鍋に入れ、そこに割り下を流し入れた後、火をつけて『グツグツ』煮るもの。

「すき焼き」
はじめに肉を鉄鍋で一枚ずつ『ジュージュー』焼き、その後に野菜を加えていくというもの。
すき焼きには、関東風と関西風の2種類がある。

関東風は、割り下を使用するのに対し、関西風は割り下を使用せず、ざらめ(砂糖)と醤油を使って味付けする、というもの。

取材を終えて

はじめは「牛鍋とすき焼きの明確な違いなんて調べても分からなそうだし、無理…」と逃げ腰だったが、ハッキリとした結果が出て安心した。

牛鍋とすき焼きを同時に食べる、という人生初の経験をしたが、個人的には牛鍋の一枚目の肉の味わいの方が、ふんわりしていてやわらかく、肉と脂の旨みがストレートに味わえる気がして、もう一度食べるなら牛鍋が食べたい、と思いつつ帰路についた。
次はランチかな
次はランチかな
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